石井はまず左の台からトレイをとり、そこへ特大の絵の具つぼから絵の具を落とす。色は黒である。それを練りながら卵を観ている。水を入れさらに練る。卵に近づくと、上1/4若干右寄りに大きく○を描いた。その丸を塗りつぶし、右側の段を上がると、その●を避けるように、てっぺんから右と左に蛇行した2本のラインを描く。
今度は中央に戻り、先ほどの●の左斜め下、卵の下1/3若干左寄りに同じような○を描いて塗りつぶす。そのドットの左右を、ドットを避けるようにして縦のラインを描く。2つの中州に阻まれた川のような形ができあがる。
そして、その右側のラインから外側、つまり卵の右側面へ向かって、黒でどんどん塗りつぶしてゆく。
♪コンガがトントン、シンセサイザーがフー、サックスが低めの長音を奏でる。演奏者がお互いに探り合っているような感じ。
音の成り行きにかまわず、塗り進めてゆく石井、その筆裁きはものすごく速い。ドットたちをかわしてどんどん周りを塗りつぶしてゆく。卵の右側がみるみるうちに黒く染まってゆく。中央の2つの線の間も黒に塗りつぶす。
♪ソプラノサックスが短いフレーズを何度も繰り返している。ギターがチ、チ、チと入ってくる。音楽が胎動している。
右から左へ移り、左側面を塗りつぶしている石井。上からどんどん塗ってゆき、側面、下側へと塗り広げる。ざっと塗り終えると台から降り、離れて確認している。
♪ギターが強く弾かれる。パーカッションが入ってリズムが形作られる。緊迫した感じがする。
石井は卵の正面へと近づくと、真ん中部分に黒を塗り広げてゆく。彼の胸ぐらいの高さから下方向へ塗っているので、次第にしゃがんだ姿勢になってゆく。その姿勢のまま右側面へと手を伸ばしている。かなりきつそうだ。
右側を塗り終え、台を降りる。2つの大きな岩に流れを分かたれた三本の滝を想像する。
次に彼は、左に置かれたかごから赤の布を1枚取り上げる。絵筆と共に赤布を持って左側の台を上がり、卵の細くなってゆくあたりを再度絵の具で塗らす。そして、その上に赤の布を貼り付け周りを絵の具で固めてゆく。長方形の所々に赤い色が残る。
白地に赤の模様(亀甲?折り鶴?)の入ったきれを、先ほどの赤い布より上部、卵の上から1/3ほぼ中央部分に貼る。布をたたく筆が音をたてる。
♪最初の声明がきこえてくる。サックスがヴーンンという音をたてる。
布貼りサイクルに入ったらしい石井、次々と布を取り上げては黒の上に貼り付けてゆく、白の布、右側上にオレンジが入っているものを右下に貼る。桃色を基調とした着物地(縮緬のように見える)を貼ろうとするが、うまくゆかずやめる。絵の具を塗り、左脇ぎりぎりのところにトルコ石色の布を貼る。今度は右側面に赤とトルコ石色の布を貼り付ける。まわりを丁寧に貼っている。
♪ギロがズーッ、ギターが入り、ベースがボロッボロッと音をはじき出す。次第にジャズっぽくまとまってゆく。
布をとって戻り、卵の左上を黒で塗り直す。朱赤と青の布だが、青が勝っている。貼って塗って周りをたたく。空気を抜くためだ。
♪ベースがド、ドと低い短音をおいてゆく。いつのまにやらベースだけになっている。
オレンジの布をやぶく石井。それを中央部の下の方に貼る。布の上を手でたたいて、丁寧に貼っていく。
♪キーボードの音がいきなり飛び出してくる。グワーンと広がる低音。
布を貼り終えた石井、今度は丸筆をとると、カップに赤を足す。そのうえにオレンジを足し、混ぜ合わせながら卵に近づいてゆく。ドットを挟んで白く残っていた2本の筋の部分を朱赤で染めてゆく。
♪キーボードがガムランのような金属音を響かせ始める。続いてボンゴが入り音楽はリズミカルに発展してゆく。
白く抜けた部分にさらに塗ってゆく。右のドットの回りを取り囲んでから下方向へ。そして左側のドットの回りを囲んでから上方向へ。左脇へ離れて見ている。2本の赤い川が描かれる。
手にしていた赤のカップを捨てる。右へ行ってトレイに入れ水をつけると、先ほどの●の回りを再びなぞる。
♪声明が再びインサートし次第に大きくなってくる。風の音のようにスササササとパーカッションがささやく。
川はオレンジ色になってゆく。右側の●の下にも塗っている。目のような●の下、赤い川にオレンジ色がたれてゆく。その筆を振る。中央からから右、左へと歩きながら鋭く筆を振っている。今回のペインティングは激しい。
♪フルートが長音を響かせる。声明はまだ続いている。
左右に歩く石井、手をかざしている。確認しているのか、次の展開を考えているのか。
♪コンガが、スササ、という音が出す。
パステルらしきものを取る。左の川へ近づくと、ネズミ色のパステルで黒との境界線を作っていく。右下に貼った布を貼り直す。はがれてでもいたのだろうか。手で黒の上へこすりつけている。
赤を縦方向左下、中央、と下方向に塗っている。さらに手でこすりつけている。黒の筆へ
♪ギターが爪弾き、キーボードが忍び寄るように入ってくる。なんとなく怪しく怖い感じがする。
白をカップに取る。丸筆に水をつけて入れる。さらにスポイトの容器で水を足す。そしてそれらを丸筆でこねる。
♪ギター、キーボードにソプラノサックスの音が加わり、さらに怪しく怖い感じになってゆく音楽。
右の●の下へ弧を描くようにたっぷりと白をおく。さらに左の●の上側へも同様に白をおく。さらに右の●へ白をおく。白がしたたってゆく。今度は絵の具を指につけ、卵の中央へ弾いてとばす。その指をエプロンの下でぬぐう。そして白を指で赤の上へ塗りつけている。まだ乾ききっていない赤と混ざり、うっすらグラデーションを描いている。
♪サックスの音が低音へと移動する。キーボード
絵の具のついた手で、ばたばた右上を叩く。台を離れて右へ歩く、左へ歩く。次はどうするのか。
白の絵の具をとり、それを持ったまま丸筆をとりにゆく。ねずみ色ができあがる。それを卵のてっぺん、黒の上から塗っている。卵のとんがった部分がグレーと黒の階層を成す。
♪3度目の声明が聞こえ始める。音楽がやむ。ギターがかすかに聞こえる。
てっぺんから左側面へグレーが塗り進められる。脇に貼った布の上を避けて塗ってゆく。
♪チン、チンと鐘の音が。ピアノの高音によるはやいパッセージが入る。
左下の黒のところ、縁を残してしてねずみ色へ塗る。右側も、中央下の部分も、太めに黒い輪郭を残してはいるが、すべてグレーに塗られてゆく。全体に黒かった卵は、赤い川を除く大部分が灰色になり、なんとなく煤けた印象になる。その分赤と瞳のような●の回りの白がビビッドに目に飛び込んでくる。
離れて、寄って、グレーの筆で左横をたたく。中央も逆手で叩く。どんどん叩く。全体にたれる。中央上へ向かって筆を振る。しぶきが卵の上へかかる。
丸筆をとり絵の具取る。黒の●の縁へ白の絵の具を塗る。さらにねずみ色の上へ。
♪コンガ、ピアノ。ピアノやみ、コンガだけに。
黄色右側面へ。
♪キーボードがガムラン風の金属音を奏でる。行進曲風のリズムだ。
あるく。ふでとる。黒のトレイを取って右の布の上を叩く。ふちぬる。
♪ガムランがやむ。
左右に歩く。
♪コンガのみ。再びガムランはいる。
細筆に白を取る。カップを取る。こねる。近づく。それを中央下、左の上へ。さっき白を塗ったばかりの上へ、水つけてたらす。目のような模様に白い涙のようにたれてゆく。
離れて見ては絵の具を取ってたらし、また離れてみる。その繰り返しが激しい。その行動を目で追ってゆくだけで精一杯である。
♪4度目の声明が入る。いったん声明で区切られた音楽は、ソプラノサックスの音でまた動き出す。キチキチとリズミカルになる。
汗を拭き、左右に歩き、手をはたく。まだ左右に歩いている。トレイを捨てて、黒の縁をこする。右上のあたりのける。左右に歩く。
♪キーボードの電子音がする。少し耳障りだ。
石膏か漆喰のようなものをチューブからしぼり出す。鏝(こて)に漆喰をのせ、目のように見える●の上なすりつける。右目の上こする。左側面上へ。青の上へすりつける。
♪ソプラノの長音が聞こえる。エコーが強くかかっている。
中央下へもこすりつけ、左右に歩く。漆喰をチューブからさらに絞る。右下へこする。今度はねずみ色のカップををまた取り、右側面上へも塗っている。
♪強いエコーのかかったソプラノサックスが響く。コンガがドムドムいい、キーボードがインサートする。ゲーム音楽のような感じになってくる。
左●の上へ放射状に線を入れる。それを離れて見る。筆で絵の具こねる。黒だ。逆手で中央叩く。塗る。たたく。練る。水つける。叩いた上へ逆手で塗る。黒を右上の赤の中州の上に塗っている。
♪シンバルがばしばし入る。攻撃的で煽っているような感じである。
パステルをとり、それで描こうとしてやめる。赤で左脇のところへサインをする。
♪キーボードが主旋律、それにギター絡んで、全員やりまくりの状態から、いきなり停止させられる。
(いったん下手にはけた石井、再び登場して)なんかへんなものができました。誰にでも描けそうな絵ですね。…でもここまででたらめにやるというのも難しいんですよ。今回の作品は『混卵(乱)』です。札幌から始まって卵のテーマは3つ、戦卵、争卵、混卵、という。
去年はコンサートをたくさんやりましたが、今年は作品を残す年にしようかな、と思っています。
(イットマンを指し)渋谷の街をこれ持って歩いたりしてね。(客、笑い)こういうのが これあるといっすよ。
もう、へんなものほしがっちゃう。パチンコ台なんかも作っちゃって。…これでもれっきとした歌い手なんっすけど。(客、笑い)
(中略=今後の活動と次の曲『あなたに』の曲説明)
……こうやってみると目のように見えますね。涙を流しているみたいですよね。…精子にも見えますね。俺のエッチなところが出てますねぇ。いろんなことやってますね。…つくづくまとまってねぇ男だなと思いますよ。
…今回かっこつけるのよそうと思ったんですよ。そのときの空気感をたくしこめようと思って、あまりきれいにしてないんです。
…ずっと演奏を続けてくれた4人に大きな拍手をお願いします。(客、拍手) 音楽って強いですよ。(音楽に)描かされちゃう瞬間があるんだなぁ。
それでは、『あなたに』聴いてください。(前奏が始まって)座っちゃったりして。
(『あなたに』演奏)
この日のペインティングは相当に激しい、というより忙しいものであった。石井はあがったり降りたりあがったり降りたりを繰り返しつつ制作を進めていった。あまりの煩雑さにこちらのメモ書きが追いつかないぐらいであった(あちこち説明が不十分な点があるのはそういう理由です)。制作時間もながく4度の声明(読経)が聞こえてきた(10分〜15分おきのタイミングで入る)し、石井本人の行為のせわしなさに触発されたか、音楽もかなり煽動的でどきどきしてしまった。
この日のパフォーマンスはまさに『混乱』そのものと言えるだろう。