TATUYA ISHII 2002 ART PERFORMANCE
ART NUDE
in Zepp Sendai

−アートパフォーマンス編−(第二部)

 車の通るなか、ずっと歩き続ける靴音。子供の話し声が通り過ぎたり、ジャズピアノの演奏が近づいてきて遠ざかる。♪リンゴーン、リンゴーン、と予鈴が鳴る。そろそろ第二部の開始である。♪ウーというサイレンがどんどん近づき、カンカンカンという鐘を打ち鳴らす音も聞こえる。火事が近いのか? そんな中、ずっと歩き続ける靴音。

 靴音がギターとパーカッションの音にとってかわる。そこにパンフルートのメロディがのる。南米の民族音楽のようなフレーズである。さびのところはパンフルートの3度上をフルートが寄り添うように演奏する。曲の終了近くになって、ステージのフットライトが消え、明かりがつく。

 後ろに控えていたオブジェは前進している。同時に老人の顔であったそれは、90度回転して、頭の部分を縦にしている(老人の顔が下を向いている形)。それは全くの卵形、とがったところを上にして直立している状態である。2メートルは優に超えるだろう高さの卵に、彼はどういうものを描くのか。

 ほどなく石井が登場、例によってイットマンを脇に抱えている。上手側におくと、「おすわり」と指さし指示する。

 さあ眠い目をこすりつつ見てください。大人のコンサートですから、がまんがまんの2時間でございますからね。
 みなさんの中でラドン温泉に行ったという方、いらっしゃいましたらメールでも手紙でも結構ですから、どうだったか教えてくださいませ。ゲルマニウム温泉にラドン温泉、行ったことのある方はぜひどういうところだったか教えてください。
 というわけでございまして、これから書いていきたいと思います。(右脇の台にマイクをおく)

 ♪忍び寄るようなソプラノサックスの独奏が始まる。
 石井は右側の台に寄り、2列ある、絵の具を入れるカップの重なりから左の重なりを右へ移動し、絵の具が入れやすいように高さを低める。太い白毛の丸筆をとり、赤の絵の具をカップに落とす。次いでえび茶のように赤みの強い茶色を足し、オレンジを足す。それらを混ぜながらスポイトの容器で水を入れている。
 右側の壇(2段の階段が卵の左右に用意されている)に上った彼は、卵のてっぺんから右側に向かって赤(静脈血のようなどす黒い赤)を塗る。筆を逆手に持って塗り込んでゆく。ところどころたたきつけるようにもしている。
 同様に左側の段に上がり上方から塗っていく。てっぺんから約3分の1ぐらいが濡れた鉄さびの赤に染まった。
 ♪キーボードにギターののツツン、ッツンというつま弾きが加わる。音数は少ない。
 左脇に用意されていたベージュの薄い布(向こう側が透けて見える)を1枚取り上げる。再び壇の上に立ちトップを塗りなおす。正面上側、赤を上塗りしたその上に布を広げて貼り付ける。40センチ四方ぐらいの布の周りを筆で叩き、絵の具で固め、貼り付ける。さらに布の上から絵の具を塗りつける。先ほどまでつやつや光っていた表面が、布の荒い織り目でくすむ。
 ♪再びサックスが入り始める。
 正面の先ほどより下、赤を塗った上に、タオルぐらいの大きさの布を斜めに貼り付け、まわりを絵の具で固める。さらに手で布の表面をたたいて空気を抜いている。の中に、うっすらとベージュが透ける。
 ♪サックスに鉄琴の音が入る。キン、という金属音が耳障りだ。小さく声明(しょうみょう=読経)が聞こえ始める。
 左側の上にも布を貼り付ける。長方形の布が横長に貼り付けられる。
 ♪声明がだんだん大きくなり、ついに演奏をかき消すぐらいになる。なぜかリズミカルになる音楽。鉄琴の音が明るく、声明の重苦しさとどこか食い違う感じ。
 をさらに塗り広げてゆく石井。
 ♪声明はいつの間にか消え、音楽も立ち消える。今度はソプラノサックスのみが動き出す。
 降りて左右に歩き、出来を確認する石井。またを手にする。絵の具のふたをしめて、貼りつけた布の上に筆を叩きつける。壇を降り、左右に動いて見る石井。また布を取り出す。今度は深紅の布である。薄い絹のようなそれを、左側面に貼り付ける。
 ♪キーボードのスーという和音が聞こえる。リズムがだんだん不気味になる。パーカッションがどすんどすん、という低音を響かせ、ちょっと身構える。
 筆を持って右側面をたたいてゆく。左側へ降りると、手にした粉を先ほど塗ったの上に投げつける。赤い部分に、細かいおがくずのような黄色い粉が降りかかった。
 ♪テナーサックスの長音がする。
 なにか小さなものを手にした石井は、卵に近づき赤の輪郭の外側を塗ってゆく。黄緑色のコンテだということがわかる。の下、地色のとの境界部分にかなり強い力でギザギザとこすってゆく。その線は美しいというよりも乱暴の一言である。
 ♪シンバルがかすかに響く。ピアニッシモのトレモロだ。
 石井は丸筆をふるっている、まだ乾ききる前の赤の上に。オレンジ色の絵の具である。赤錆色に明るさが加わる。壇を降りて左右に動く。手をかざしてバランスを見ている。
 ♪声明が再び聞こえ出す。
 焦げ茶の絵の具を容器のまま持ち、丸筆をつける。そのまま赤の輪郭線をなぞっていく。さらに両手でその絵の具を赤の側に伸ばしなすりつける。茶色からへのワイルドなグラデーションができあがった。
 ♪キーボードの低音がぶーんと響く。金属音ががスパークする
 左右に歩く石井。絵の具をもとに戻す。今度は丸筆に緑をとって、卵の中央、若干右寄りにを描く。そのまま中を塗りつぶしていく。
 ♪スッチャ、スッチャ、スチャ、3連のリズムが刻まれる。フルートの音にエコーが大きくかかる。
 緑の●の周りにオレンジのコンテ(パステル)をギザギザにこすりつけてゆく。強くこするため、彼の手の中で次々に折れてゆく。降りて左右に動く石井。手をかざす。
 ♪フルートの音続く。どすん、というドラム。
 またカップに黄色の絵の具落としている。さらに別の絵の具も入れている。どうやらのようだ。水を混ぜる。筆で混ぜている。オブジェの色よりも少し黄みがかった白である。できあがったを、卵のまだ塗られていない部分(下1/3ぐらい)に塗ってゆく。
 ♪いつのまにかフルートのみになっている。エコーが強い。ホラーっぽい感じから夜明けを感じるおだやかな風景へ。
 白を卵の底の部分まで塗り広げる。しゃがんで下を塗っている姿勢がかなりつらそうだ。
 ♪フルートの音に、チン、という金属音、さらにギターがチコ、チコっと合いの手を入れる。なかなか盛り上がってこない音楽。緊張感が伝わる。
 また絵の具をとる石井、それをカップに落とす。である。緑の●黒い縁取りがされる。なにかまがまがしいものを感じる。そのままの上に黒でドットを書く。ちょうど布の貼りつけられたあたりだ。中央に上下2個、左に上下2個、右へ1個、さらにその上に1個。一度塗ったの上に逆手で強く塗りつける。が卵の上に垂れて筋をつける。さらに左に上りドットを塗り、たらす。幾筋もの黒筋が白の上を走る。
 ♪キーボードの早いパッセージが切れ切れに響く。三度声明の声が聞こえる。
 壇を降りて左右に動く石井。左から新聞紙を取り上げ周りをちぎっている。白の絵の具に水を足し新聞紙を持って近づく。白い部分、中央左下にの絵の具をつけ直す。もう一度周りをちぎった新聞紙を絵の具の上から貼り付けている。
 ♪ギターの弦をはじく音が強く響く。
 右側面にも同様に新聞紙を貼り付ける。今度はカラーページらしく、中央に黄色い色が見える。左下にも同様に貼り付けてゆく。
 ♪リズムはダ、ダ、ダ、ダダダと重苦しい3連になっている。ギターの弦が強くはじかれる。キーボードもちぎった音符を投げつける。
 先ほど使った赤のカップをとった石井は、それを手になすりつけている。さらにそこへオレンジの絵の具をつけ、てのひらを朱赤に染める。その手で先ほど貼り付けた新聞に、真っ赤な手形をつけてゆく。新聞紙の上の手形は、いやらしいほどに鮮明で毒々しい。
 ♪ギターのエコーが強い。キーボードも相変わらずだ。
 四角いトレイを手にした石井、なにやら漆喰のような、セメントのようなものをトレイに乗せて、佐官のこてで新聞紙の周りを盛り上げていく。3カ所すべての周りに漆喰をこすりつけると、そのままトレイを捨ててしまう。  中央の手形の周りにパステルでギザギザに線を描く。赤で手形の上にさらに手形をつける。中央は左手で、右側のはちょっと迷って右手でちょんとつけた。
 ♪バックはいつしかピアノの音のみの演奏に変化。カウベルがコココンと鳴らされる。
 トレイにオレンジの絵の具を足し、を入れる。刷毛でこねる。刷毛を縦に振り、オレンジの上にとばした。オレンジのしぶきが赤色の上に飛び散る。茶に近いオレンジである。 降りて見ている石井。緑のパステルをとっての左横に何かを書いている。文字のようである。大文字でLIFE EGGと書かれていた。
 細筆にをとり、手形の周り(新聞紙の上)にドットを書いてゆく。丸の下に黒い線が引かれる。下側放射状に5本。うねるような線である。最後に右下にしゃがみ、緑のパステルでサイン、ペインティングは終了した。
 一礼して下手に退場する石井。しかし音楽つづく。
 ♪キーボードのスースーという低音が不気味な感じ。ギターが早いパッセージを投げる。スートトト、という感じで終了した。

 再び登場した石井、いわく
 変なもんができました。古いんだか新しいんだかわからないという。
とりあえず「争卵(乱)」というタイトルにしましょう。争いの卵という。(息が切れている)絵を描くって結構体力を使うんですよ。大きいですからね。(できあがった作品を見ながら)なんの卵なんですかね。戦争とかの卵ですかね。

 …小泉さんも支持率90パーセントで出てきて、いま40パーセントになって……そんなに下がってないのか。
(ここから一気に内省的になる石井、しゃべってはいるがほとんど客席を見ていない)
 時代は変わっているのに、爺ぃどもは相変わらずのことやってて、迷惑でしょうがないっすよね。だいたいここにきているみなさんあたりが一番被害を被っているでしょう。俺も被ってますけど。
 だいたいリストラなんかも、金融問題もどうなってるんだかさっぱりわからないっすよ。リストラも、人を踏みつけて自分だけいい暮らしするってのは、どうなんっすか? …人を人と見られない国はもう滅びるだけだって思いますけどもね。
 …変な国になってきてますよね、この国は。バブルの頃をまだ追い求めているという。しあわせも金で買える。
 …そんなに不幸でもないと思うんですけどね、今でも。外国行くとわかりますけど、こんな贅沢しているところもないですよ。それを不景気とかなんとか外側から言われるから。わからなくなる。
 …戦争がおきなきゃいんですけどね。やばいかんじになってますよ。北朝鮮とかね。日本もみんな……
 …さっき歌ったKISSという曲の歌詞に「世界は本当の新たな敵を探す旅に出る」って歌詞があるんですが。敵を見つけないとやっていけないんですかねぇ。あの大きな国の、ボッシュとかブッシュとかいう人は。日本にも来るそうですけど。来て欲しくないですけど。
 …まぁ気楽に行きようぜとは言わないけど、爺ぃたちの話に耳を傾けるのはほどほどにしましょうね。わかんなくなるだけだから。

 それじゃ最後に1曲。
 30年40年生きてくると、「あの女に悪いことしたなぁ」と思うことがあるもんで。あの女に悪いことしたなぁ、あの男に悪いことしたなぁ、と思い出して謝りたいと思ったりする、今道でばったり会ったりしたら謝れるんじゃないかと思うんですよね。それを歌にしたんですが。
 ツアーで歌ったら「ぜひCDにしてくれしてくれ」ってうるせーんで、してみました。嫌だいやだと言いながら。…ってあっちこっちプロモーションしてるんで、やりたくねーわけじゃないてのはいやじゃないのはバレちゃってんですよね。というわけで「あなたに」、聞いてください。
 「座らせていただきます。疲れちゃった」とオブジェの前に座る。

 【あなたに】のピアノのイントロが始まる。うつむき加減で歌い出す。マイクを持つその両手は朱に染まっている。
 歌い出しはピアノのみの伴奏、繰り返しからパーカッションが入り、♪たぶん君は、からはギターが入ってくる。♪あのときいえなかった、からソプラノサックス、と順番に増えてゆく。そして2番からは全部の楽器が伴奏し大きなうねりになる。
 そのうねりに呼応するように次第に朗々と歌い出す石井。客席を見据えて歌っている。♪今もわからないでいるんだ、が♪今もわからずに、と語尾が変化。ちょっと間が空く。2度目の♪幸せすぎた恋の途中、のフレーズの最後は裏声へ。CDと違う歌い方に鳥肌がたつ。
 間奏でゆらりと立ち上がる。スキャットに凄く力が入っている。全身から声を振り絞っている感じの歌い方、余力をすべてふりしぼったというか、その声と姿に固唾をのむ。
 エンディングは静かに、キーボードのみが追従する。サックスが入り全員の奏でる後奏の中、一礼して去ってゆく石井。演奏が消えると入れ違いに、ずっと続いていた靴音が再び聞こえ始める。
 照明が落ちて客電がつく。アートヌードはこうして幕を閉じた。
 

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