小 幡 陣 屋 跡
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入り口の復元城門 陣屋の中門を復元したようで すが、薬医門形式の門にしては 外側と内側の柱の太さが大きく 違っていて、もし礎石が残って いてそれに従ったのなら、この ような柱の配分だと高麗門形式 だった筈で、枡形まで復元され ているのに違和感が残ります。 | |
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復元長屋と土塁 陣屋跡に復元された15間長 屋と土塁で、土塁の左手が外郭 右手が御殿のある内郭と陣屋自 体も分かれていました。正面の 空堀はもっと深かったと思うの ですが、安全の為か形ばかりの 深さになっているようです。 |
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整備された楽山園 戦国時代を駆け抜けた織田家 の宗家として、庭の造園には特 に力を入れたようで、他の大名 陣屋には見られない規模の庭園 だったようです。今も周囲の山 並みを借景とした美しい庭園と して整備されています。 |
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武家屋敷の入口 入口の奥が見えず、門が正面 に向かない等、城の出入口に用 いられる、枡形といわれる防御 に適した形になっています。地 元の説明では「食い違い郭」と されていますが、武家屋敷特有 の景観を見せています。 |
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整備が進む武家屋敷街 写真の右手が谷に沿った斜面 の上流側で、街並を区切るよう に城壁が復元されています。と いっても堀も石垣も無い簡素な もので、城の防御というよりは 城主格だった小幡藩の格式を整 えるだけの壁だったようです。 |
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町の中を流れる疎水 町屋地区の真ん中には雄川疎 水が流れていて、両側に残る古 い街並みが城下町小幡を有名に しているようです。武家屋敷地 区の整備だけではなく、この町 屋地区の街並も整備保存される よう願うものです。 |
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