やっと開いた落下傘
「ノーブレス・オブリージ」について
(前頁より)



日本ではどうであろうか。
「ノーブレス・オブリージ」に相当する日本語や倫理規範や格言が、身
近に思い当たらないないことに、憶良氏は愕然とする。
適切な表現がないのが不思議であるが、武士道の世界、とりわけ上
級武士には厳然と存在していたとみられるこの美徳が、明治維新とと
もに滅びてしまったような気がする。

明治維新が下級武士のエネルギーで為されたのはよいが、革命は旧
弊を刷新するプラスの面と、残すべき美風もかき消すマイナスの面が
ある。
革命を賛美ばかりしてはいけない。たとえば、第二次世界大戦敗戦の
ショックでは、アメリカはすべて正しく、日本はすべて間違いといったよ
うな全面否定、自己喪失の感すらあったことを冷静に思い出そう。


日本帝国陸海軍の元帥大将たちは、「生きて虜囚の辱めを受けるな」
と兵士に訓示していた。このため真面目な兵士や民間人たちが数多く
戦死し、あるいは自決した。ところが敗戦となった時、人間の真価がポ
ロリと出ている。

軍人中の軍人として権勢を極めた陸軍大将はピストル自決に失敗し、
米軍の捕虜となった。多くの高級将官たちも自決どころか「生きて虜囚」
となった。

人前では威厳に満ちた将官でさえ、生命への執着心がいかに強かっ
たことか。哀れなのは、虜囚の辱めを受けまいと死を選んだ兵士たち
や民間人である。
エリートと見えし方々も平凡な人間であったのだ。本当に尊敬に値す
る人はいつの世でも数少ない。




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