綽名(しゃくめい)は
ロンドン憶良と決まりけり

(前頁より)



英国の小学校は11歳(5年生)で卒業である。
コンプレヘンシブ・スクール(総合中学)と呼ばれる公立中学は、労働党政
権時代に積極的に推進されていったが、誰でも進学でき無理強いをしな
い、選択科目の多い制度は、おおらかな良い面はあったが、上級進学希
望者には不向きであった。

さりとて、短期間の英国生活とサラリーマンの資力では、パブリック・スクー
ルと称される有名私立中学への進学はとても難しい。
(英国でのパブリック・スクールとは大学進学向き高級私立中学なので混
乱しないように)

もう一つの中学にグラマー・スクールとよばれる公立中学がある。この中学
は日本の旧制中学に似ている。
小学校を卒業し、進学希望の11歳の子供はイレブン・プラスと称する全国
統一テストを受ける。これはとても難しい。
大学に進学しなくとも、グラマー・スクール出身者はプライドを持って、今な
お社会の中堅層を形成している。つまり、階級制度に応じた教育制度とな
っている。

日本からの派遣社員の子弟の大部分は、いろいろな制約でパブリック・ス
クールやグラマー・スクールに進学が難しく、また帰国後の適応問題もあっ
て、どうしても日本の教育制度にリンクした学校を望むこととなりがちである。

大介氏は一郎君に6年生の授業を受けさせるため、ロンドンから約40マイ
ル(64キロ)南にある、教立英国学院に申し込み、編入が決まった。
小学校は6度目の転校である。

初めての寄宿校とて十一の子のトランクにお守りを入る



牧歌的な林と畑の中にあるこの学校には、欧州各地の駐在員の子女たち
が寄宿生活をしているが、わが子にどのような生活が待っているのか。荷
物を詰める一郎君の顔に不安がかげる。大介氏は「得難い経験だ。頑張
れ」というほかに言葉はなかった。
平凡な人間は神様に祈り、お守りを持たせるしか術を知らない。
前川佐美雄先生には、この気持ちを酌んでいただいたようだ。
子持ちの無神論者の方々は、こういう場面でどう対応するのだろうか。心
の中で絶対者に縋ることはないのだろうか。


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