(前頁より)



「次長、それなら近くに良いスクールがありますからご案内しましょう」
と、世話好きの奥谷君がお供を買って出た。

憶良氏が奥谷君に連れて行かれた所は、ロンドン北部郊外の住宅街
ゴールダス・グリーンの駅前商店街であった。
ここの商店街にはロンドン中心街の有名店の支店が軒を並べている。
ゴールダス・グリーン近辺は、富裕なユダヤ人が多く住居を構えている
ことでも知られている。
日本人ビジネスマン相手の下宿や貸家も多いところから、通称JJ
(Jewish & Japanese)の街とも呼ばれている。

商店街もそろそろはずれの場所で奥谷君が足を止めた。
「憶良次長、ここです」
「エッ! この店だって? どこにも練習場なんかないじゃないか」
表の軒先には、赤地に白兎をあしらった小さな看板が出ているだけで
ある。この兎のマークが、教習所の共通マークだそうだ。
ドア越しに内部を覗いてみると、机の前に五十を過ぎたくらいの眼鏡の
男が、所在なさげに新聞を読んでいる。
間口一間半、奥行き二間半といったような、小さな事務所と思えばよい。



「ここがドライビング・スクールなんです。この国では、日本のような箱
庭式練習場と法規を教える立派な建物はどこにもないんです。一人
二人の個人経営でやってるんです」
「成程、そういえばこの国は資本主義の国ではなかったなあ」
(注。戦後長い間労働党が政権をとって、英国型社会主義というか修
正資本主義というか、共産主義とは一線を劃す自由主義経済である)

憶良氏は、この眼鏡のマネジャーに、まず仮免許証テンポラリー・ライ
センスの申請手続きをして、第一回の練習日と時間の予約を済ませた。
一回分の代金2ポンド(当時で約1500円)を支払った。
(ポンドは高かったというか、円が力無き時代であった)
驚いたことに、運転を習うためには、まず仮免を貰わねばならない。
そう言われてみると、日本での箱庭の中での練習には、何の許可もい
らなかったが、仮免がないとレッスンが受けられないという方が、筋が
通っているような気がする。


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