ダーク・スーツのいるゴルフ

(前頁より)



邦銀ロンドン次長昼食会は、毎月極めて真面目に開催されていた。

大使館に大蔵省から出向されている澤木さんは、穏やかなお人柄で
信望が厚く、最新の情報による大局的なお話で会は始まる慣習であ
る。
二番手は、図体も話もでっかい豪快な論客である日銀の戸部次長の、
英蘭銀行(バンク・オブ・イングランド)とのやりとりのご苦労談がある。

これに対する邦銀としての生々しい現場の意見交換で、例月の議題
は順調に消化される。ワインが効いてきて、コーヒー・ブレイクの頃に
なると、ロンドン生活の珍談奇談雑感が交互に開陳される。 



本国を遠く離れたこの地では、過当競争よりも協調融資・平和共存こ
そ生活の知恵として、情報の交換、仕事のギブ・アンド・テイクが常識
となっている。
ロンドン次長会は、支店長と行員の間にあって、ストレスの溜まるポジ
ションに立つ者の、フラストレーション解消の場でもあった。共感性の
ある仲良し倶楽部であった。

「ところで皆さん、各行が大過なく運営されているのは、我々次長が
支店長以上に働いているからだと思いませんか」
(当時の支店長方よ、某君の若気の大言壮語を許し給え)

「同感、同感」
「ひとつ提案があります。月曜日を一日だけ、支店長に留守番をさせ
て、土・日・月と、スコットランド・ゴルフ・ツアーをやりませんか。
折角英国に来ているのに、セント・アンドルーズやグレンイーグルで
プレーせずに日本へ帰るというのも不甲斐ない話だと思いませんか」
「賛成、賛成」
「異議無し」

この遊びの提案者が誰であるかは、永遠に極秘中の極秘である。
口の堅い銀行員のこととて、漏らすような次長はいない。友情と機密
が守れないようでは、シティの勤めはできない。

当時の支店長方も、皆さん太っ腹であったと思われるが、まさか次長
会でこんな遊びの話が協議されていたとはご存じなかった。
当然の事ながら、
「ナ、ナ、ナンダト、お前たち次長が一斉に休みを取るだって!そん
なにゴルフで遊びたいのか、しょうもない奴だな。まあ、しゃあないか。
ボーを振って来たまえ」

と半ば呆れ、半ば驚き、苦笑いされたか腹立たしく思われたかは定
かでない
が、全支店長が次長のスコットランド・ゴルフ・ツアーを承認された。

かくしてロンドン次長会スコットランド・ゴルフ3連戰のツアーが組まれ
た。もちろん私費であることは付け加えておかねばなるまい。
(日本と違って、ゴルフの費用は格段に安いからできたのである)

第1日(土) セント・アンドルーズ    オールド・コース
第2日(日) グレンイーグル       キングズ・コース
第3日(月) グレンイーグル       クイーンズ・コース





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