風薫り 走れタチバナ アスコット
(前頁より)
まずはプログラムを買って、この日の出走がどうなっているのか目を
通した。
その日ごとの小冊子になっていて、レース毎の馬の名前、馬主名、
馬の年齢、体重、騎手と着衣、袖の模様と帽子の色が書かれている。
たとえば、第1レース番号111の馬は「バロネット」(准男爵)、持ち主は
レディ・ビーバーブルック。レディとつくのは貴族の夫人である。多分
准男爵夫人であろう。
騎手のコスチュームは、馬主の姓をもじってかビーバーブラウン(海狸
の毛皮の色)のシャツにメイプル・リーフ・グリーン(楓の葉の緑色)の
たすき模様とある。馬の名前といい、着衣のカラーといい、ユーモラス
である。
次のページに目を移した憶良氏が、驚きの声をあげた。
「おやっ、第1レースに女王の馬が走るよ。馬主の欄にザ・クイーンと
ある。馬の名前はジョーキング・アパートだ」
「ジョーキング・アパートって、『冗談はさておき』ってことでしょう?」
「そうなんだ。愉快なネーミングだね。ジョッキー(騎手)の着衣は、紫
色に金色の紐模様、袖は派手なスカーレット(緋色)、帽子は黒に金
色の縁取りだ」
「何頭走るのですか?」
「第1レースは29頭出走することになっている」
「贔屓の馬は騎手のシャツを見ていればいいのね。ちょっとプログラ
ムを貸して」

パラパラと見ていた美絵夫人が、憶良氏に指で示した。
「女王様はもう一頭走らせるわ。第4レースに『ファイヤワーク・パー
ティ』(花火大会)という馬だわ。パッと景気よく走るのかしらね。馬の
名前にもユーモアが感じられるわね。アラッ、騎手は違うけど、服装
は同じだわ。面白いわ」
美絵夫人は目の色を変えて丹念に見始めた。
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