※「高校三年間で基礎が身につくわけがない」
高校の演劇部に入ると、みんなと一緒に「アエイウエオアオ」とか「あめんぼ赤いなアイウエオ」という発声練習を
するわけですが、どうしてこのような練習をするのでしょうか。「キャストになった時の準備として普段からやっておく」
というのが答えになると思うのですが、では、キャストを希望しない人はしなくてもいいものなのでしょうか。照明や
衣装を担当することになった場合は発声練習をしなくてもいいのでしょうか。
このことには、いろいろな考え方があるので、一概に結論を出すぺきではないと思いますが、ブロの劇団と違って、
高校の演劇部の場合は専門別に分かれているわけではなく、演劇部員の多くは、入学してから演劇というものに初
めてふれるのではないでしょうか。そういう意味では、機会あるごとに演劇に関するいろいろなことを経験して、「演
劇とはなになのか」探ってみるぺきだと思います。
プロと呼ばれる人から言わせると「高校の三年間で、演劇の基礎が身につくわけがない」そうです。確かに、専門家
が毎日、それも何年間もやってできないことを、だかが三年やって出来るとは私も思いません。しかし、そのブロとい
われる人のことを、歌舞伎の人は「おしろうとさんと言うことがある」ということを聞いたことがあります。人間の成長に
合わせて身体作りをし、声を鍛え。感覚を養い、幼いときから何十年もかけて基礎を身につけていく立場の違いがそこ
にあると思います。
しかし、私は高校演劇にも基礎練習は必要だと思っています。自分たちが感じたことや考えていることを、演劇とい
う形で表現する場合、「観客によりよく伝えるために」できるだけの努力をするのが当然です。いざ、キャストになってか
ら、「声が出ない、どうしよう」ということのないように、毎日の練習の中に、計画的に取り入れることが大切です。
運動部でも、その活動内容に適した基礎練習をすることと同じです。演劇部に入部したなら、全員必要最低限のこと
はやってみよう。そして、自分の声や話し方を意識し、みんなと練習することで、人前で話し伝えるということを考えてみ
るということは、人生を豊かにするということからみても、大切なことだと思います。アメリカでは、学校のなかに「話す」
という教科があり、話し方のテクニックについて勉強しているそうです。
私は、高校における演劇の基礎練習には、次の三つの目的があると思っています。
●「演劇についての基礎的なことを身につける」
これはもちろん、いうまでもありません。
●「部員の意識の自覚」
毎日全員でやっていると、しらずしらずのうちに仲間意識が出てくるものです。演劇は、複数の人間が集まって、ひ
とつの舞台を作るわけですが、立場が違っても、討論しても、「伸間意識」がしっかりしていれぱ、いい舞台ができるもの
です。私は、キャストやスタッフが決まっだ後でも、毎日の練習の初めには全員で発声練習をするよう話していました。
●「自信と周囲へのアッピ‐ル」
ベランダで、あるいは外で、演劇部員みんなで行う発声練習は、「今日も演劇部は練習しているよ」という周囲へ
のデモンストレーションをしていることにもなり、多くの人が見ているところで声を出す自分に対する自信へとつながっ
ていくものを持っていると思います。
※「基礎練習の内容と効用」
演劇の基礎練習としての内容は、演劇にとすべてなので、「発声練習」だけではなく「動きの基礎」や「スタッフ関係
の勉強」など沢山考えられます。しかし、放課後の活動では時間が制約されるので、基礎練習にそんなに時間をとる
ことができません。したがって、「発声練習」を中心にしながら「動きの基礎」をそれに加える形になることが多いと思い
ます。「スタッフ関係の勉強」は、大抵の場合スタッフに決まってから勉強することになると思いますが、興味のあるこ
とについては、講習会などの機会をとらえて、大いに勉強して下さい。
「発声練習」や「動きの基礎練習」は、その学校なりの方法があると思いますが、私は、後述の参考図書から抜粋し
た、その学校なりの「基礎練習テキスト」を作っていました。発声については「呼吸、発音、発声、早口ことぱ、詩や短
文の朗読、セリフなど」。動きの練習については「柔軟体操、リズム体操、パントマイム、ゼスチャ‐、身体表現、ポーズ
エチュード、など」を適宜選択して、三十ページくらいのものにまとめて使っていました。
入部した最初の頃、発声や動きの基礎練習を部員とやってみると、自分の声や身体が自由にならないことに気がつ
きます。上級生の声に圧倒されたり、自由に表現する動きに感心したりすることになります。つまり、自分というものを
意識することになるのです。そこからスタートし、舞台に立った時を想像しながら、大きな目標に向けて自分自身を前
進させることになります。そのような意味から、「基礎練習は、自分を知り自分を変える第一歩」と、私は感じています
※「自分の声を知り、作る」
ここでは、発声練習とセリフの基礎練習について考えてみましょう。
いつも自分が話している話し方では、舞台に立ったとき、観客に十分声が届くとは限りません。また、声が届いたか
らといって、明瞭な「聞きやすいことば」になっているとはかぎりません。そこで、次のようなことをいつも考えながら、自
分の声について意識しながら「発声練習」をしてみてください。
まず、「ア‐エ‐イ‐ウーエ−オーア‐オ‐」と二十秒以上声を長く伸ばして練習するのは、身体に共鳴させながら、肺活
量をつける事になります。また、長く声を持続させることで自分の呼吸をコントロ‐ルする力をつけることになるのです。
この時、あるひとつの語の響き具合を、よく観察してください。こもった声、丸い声、よく通る声、鋭い声など様々な声を
聞き分けてください。そして、自分の声の特徴を自覚しながら、聞きやすい声になるよう練習しましょう。
早口ことぱは、ただ単に早く言うというよりは、口の形をしっかり作りながら、一語一語明瞭に意識して話すととによっ
て、頬や唇や顎の筋肉が鍛えられることになり、どんな言葉でもきちんと発音できる基礎を作ることになります。ことぱ
全体としてはやゝ硬い感じになるかもしれませんが、なにを話しているのかしっかり分かるように、口や顎を十分に使っ
て話しましょう。
次に、普通の早さで話す場合は、音程や息つぎを意識しながら、言葉の表情(明るさ暗さ、硬さ柔らかさ、抑揚、スピ
‐ド、など)をよく観察してください。特に、自分の言葉で「サ行、ハ行、ラ行、など」聞きにくいところがあるときは、じっく
り練習することです。
声を遠くまで届かせようということで、声をはりあげて喉に力を入れるような発声は、喉を痛めるのでやめよう。身体に
共鳴させることができると、演劇で言う「声をつぷだてる」ことでせりふは相当届くようになります。「つぶだてる」という
のは、一語一語明瞭な発声で綴られた聞きやすい言葉ということです。それを目標に発声の基礎練習をしてみよう。
私は、発声の基礎練習がある程度進んだところで一人ひとりの練習を録音して聞かせるようにしていました。自分の
顔を目分では見ることができないように、自分の声も自分では正しく聞くことができないのです。録音した自分の声を聞
くことで、客観的に自分の声の特徴を知ることができるのです。そのとき、アナウンサーのニュースの録音を聞かせると
その違いがよりはっきりします。ラジオやテレビのニュースを録音し、原稿に起こして録音と一緒に読んでみると、そうと
う早いスピ‐ドで読まないと追いつけないことが分かります。あれだけ早くても聞きやすいということは、やはりブロだなと
感心してしまいます。
あるNHKのアナウンサーの話ですが、ニュースなどを読む速さは、一分間に約三百三十宇くらいなそうです。そして、
ニュースの「原稿を読む」のではなく、「伝える」ことに重点を置いているということでした。
ある程度基礎練習が進んだとき、日本昔話のようなお話の最初の部分を、練習のひとつとしてみんなの前で話しても
らうことがあります。観客の立場で聞いたとき、物語の世界のイメージが頭に浮かぶような話し方になっているかどうかと
いうことを、みんなで批評し合いながら、話し方とともに聞き方の練習として行っていたこともありました。案外、トツトツと
した語りの時、聞いている自分の心の中に、ある世界が浮かんでくるようです。感情が入り過ぎた語りは、押しつけにな
り、聞き手にとって自分の世界が生まれにくいように思います。演劇のセリフも同じかもしれませんね。
※「個性を生かして」
全員で発声練習をしていると、声の響かせ方や呼吸の仕方などを知らず知らずに体得して自分のものにすることがあ
ります。響きの良い人がいれば、無意識のうちにそれを受け入れようとしているからかもしれません。しかし、その結果、
全員の声の質や呼吸の仕方や話し方の味がそろってしまうことがあります。合唱であれば、全員の声をある程度声をそ
ろえようとしますが、演劇の場合はキャストー人ひとりの個性が出ないと、全体の幅が狭くなってしまうのです。
ある東北大会の時、会場の周辺で出場校が発声練習をしていました。多くの学校が全員で行っている中で、ある高校
は個人毎にそれぞれの発声練習をしているのです。その学校の舞台を見て、セリフにもしっかりした個性を感じ、なるほ
どと思いました。
聞きやすい声で、明瞭に観客に届くような声になったなら、音程や声の色を意識して自分の幅を広げながら、いろいろ
な役柄や状況に対応できるような練習をしてください。そして「話す」ということについて、いろいろ考えてみてください。あ
る時ラジオで「日本は音程で、アメリカは強弱で感情表現する」ということを聞いて、なるほどと感じたことがあります。
キャストになってから、堅い読み方や棒読み、変な抑揚を直そうとしても時聞がかかります。基礎練習の段階で早目に
練習しておこう。また、いろいろな役柄や、様々な状況での表現についても基礎練習のとき体験し、自分の幅を広げ、三
分間スピーチという段階にまで高めることで「話す」ということについての自信がつけば最高ですね。
※「自己解放で自由になる」
動きの基礎練習の目的は、顔の表情を含めた身体表現の練習ということになると思います。自分が感じたり考えてい
ることを表現しようとする場合、ことぱや身体を使ってなんとか相手に伝えようとします。昼休みの教室での友人の様子を
観察しているとよくわかります。身体を動かさずに、無表情で話しているということはまずありません。無意識のうちに手
や顔の表情で自分の気持ちや考えを表現しています。
演劇の場合、ある人物がある状況でなにかを伝えようとする場合、そのキャストは自分の持つ演技でそれを表そうとし
ます。発声練習やセリフの基礎練習がことばの部分とすると、動きの基礎練習は身体表現ということになります。本来、
ことばと身体表現は一体のもので、プロの劇団の練習を見ていると、体を動かしながら発声練習をしていることを目にし
ますが、ここでは、入門編として別々に考えてみます。
動きの基礎練習として考えられることは、いつもは意識していない身体表現を意識してやってみようというところにある
と思います。そのために柔軟体操やダンス、パントマイム、ゼスチャー、などの基礎練習や、それを発展させたエチュード
というような応用まで、いろいろ工夫して行うわけです。それらの練習内容の詳しい説明は、次の参考図書を見て下さい。
ここで、日常の身体表現と演劇という舞台での身体表現の違いについて、少し考えてみましょう。日常の会話は、大抵
の場合、相手との距離が近いためそんなに大きな動作を必要としていません。したがって、手を使って表現する場合でも
肘は脇腹についた状態の場合が多いのです。ところが舞台では、それでは人物が小さく見えてしまうので、肘を脇腹から
離した大きな動作をする必要があるのです。この、日常の動作との違いを意識しながら、自分の身体を使って自由に表現
できるように練習するわけです。
また、自分の表現したものが、観客からどのように見えるのか考えながら練習しよう。動けない棒立ちでも駄目、動き過
ぎてうるさいのも駄目、表現したいポイントをしっかりおさえた、それでいて自然に感じてもらえるような演技ができるように
なるまでやってみよう。
ところで、外国の人が身振り手振りで表現するのに比べて、日本人は言葉だけで表現しているといわれますがなぜでし
ょうか。一説によれば、日本語は言葉の種類が多く、相手のことを表現する言葉として「君、あなた、おまえ、おめ、貴様、
など」その場その時の状況に応じた言葉を選んで使うことによって、自分の気持ちを含めて表現しているのに対して、英語
では「YOU」という言葉だけなので、身体表現で補っているということでした。そのことからいえぱ、日本人は外国の人に比
ぺて、身体表現が下手なのかもしれません。演劇を通して自分の表現の幅を広げよう。
ことばや動きを使った表現を自分のものにすることによって、自分が解放されていく感じがつかめると思います。「話そう、
動こう」とする場合、それに対する大きな抵抗力が働き、見えない力で自分を束縛してしまいます。つまり、表現するという
ことについて、不目由な状態になってしまうのです。基礎練習をしながら、いろいろな表現を体験していくなかで、しだいに
その束縛しているものが取り除かれていくのです。それが、「話す、主張する、表現する」ことへの自信につながり、自己
解放されていくのです。
※「参考図書と基礎練習テキスト」
私の手元にある資料から、私が推薦する基礎練習に関した参考図書やテキストを紹介します。
(値段は変わっていると思われます)
☆晩成書房「東泉都千代田区猿楽町1の4の4] 03−293‐8348
●はなしことばの練習帳1(基礎編) 菅井建著 ¥515
●はなしことばの練習帳2(演枝編) 菅井建著 ¥515
●こえことばのレッスン1(こえ編) ささきえつや著 ¥721
●こえことぱのレッスン2(ことぱ編) ささきえつや著 ¥721
●こえことばのレッスン3(表現編) ささきえつや著 ¥721
☆黎明書房「名古屋市中区丸の内3‐4‐10大津橋ビル] 052‐962‐3045
●指導者の手帖二「演技入門ハンドブック」 編集
芸術教育研究所 ¥850
●指導者の手帖一四「続・演技入門ハンドブック」 編集 芸術教育研究所 ¥850
☆青雲書房[東京都文京区大塚3‐20‐4] 03−944−6002
●アマチュア演劇「演劇・けいこの基本」 阿坂卯一郎編 ¥520
●演劇クラブ・サ‐クル「けいこノ‐ト」改訂版
体操監修 野口三千三 ¥450
☆未来者「東京都文京区小石川3-7‐2] 03‐814‐5521
●テスピス双書54「初歩エチュ‐ド」訳者
根津 真¥450
つ づ く
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