宮城県古川女子高等学校演劇部 作 |
タペストリー A |
5 美晴の死 | |
ICUの前、雪乃が祈るように座っている。 | |
桂 | おばさん… |
雪乃 | 桂ちゃん…和さんも。 |
和 | 美晴ちゃんは…美晴ちゃんが事故だなんて嘘ですよね。 |
雪乃 | もう、何がなんだか分からなくて。 |
桂 | 今、手術中なんですか。 |
雪乃 | 頭を強く打ったみたいなの。意識がなくて… |
桂 | きっと…きっと、大丈夫です。美晴は絶対死んだりしない。 |
和 | そうだよ。 |
東村山 | 橘さん!中へお願いいたします。 |
東村山と雪乃、中へ。間。 | |
雪乃 | そんな・・・美晴、美晴、目をあけて、美晴! |
暗 転 | |
安藤 | …昨日夕方、午後五時三十六分、信号無視のダンプカーにはねられ、患者は意識不明の重体となりました。ここ、INABA総合病院に運ばれましたが、残念ながら脳の機能が停止し、臨床的脳死と判定されました。患者は、二十歳女性、このドナーカ−ドを所持していました。現在、法的脳死判定、及び、臓器提供の意思について、家族の同意を確認している最中です。はい、まだ、家族の同意は得られておりません。えー、ただいま、脳死患者がおります、INABA総合病院前からお伝えしております… |
和 | なんでこんなに大騒ぎするの。美晴ちゃんのこと何もしらないくせに。ひどいよ。 |
桂 | (虚ろに)しょうがないじゃない、.脳死状態で、ドナーカードを持ってんだもん。これで騒ぐなって言う方が無理だよ。 |
和 | ・…もう、すっかり朝なんだ。…美晴ちゃん、どうなるんだろ。 |
桂 | …美時の肉親はおばさん一人だから、おばさんが同意すれば移植することになるよ。 |
和 | あたし…やだ。 |
桂 | ・・・ |
和 | あたし、美晴ちゃんの体、人にあげるのいやだ。 |
桂 | …なんで?臓器移植して他の人を生かすのは美晴の願いだったじやない。 |
和 | でも、いやだよ。美晴ちゃんがバラバラになっちゃう。 |
桂 | 美暗が望んだことだよ。 |
和 | なんで?だって、脳死ってまだ、死んでない、心臓は動いてる…もしかしたら治るかも知れないでしょ。 |
桂 | 二度と治らないから「死」 っていうのよ。 |
和 | でも、でも、まだちゃんと、生きてるんでしょ。 |
桂 | 生きてる?‥生かしてんのよ。機械で人工的にね。 |
和 | だって…、美晴ちゃん…だって…。 |
桂 | ・・・ |
和 | …でも、やっぱり、嫌だ! |
桂 | 美暗が望んだことだよ。 |
和 | …もう、絶対に、生き返らないの? |
桂 | そうね。 |
和 | そうね、って、さっきから…何でそんなに冷静でいられんの?あんたどうしてそんなに冷たいの?美晴美晴ってあんなに仲良くしてたのに、涙一つ見せないで。 |
桂 | どうせ死ぬの。あともう少ししたら心臓も止まる。死んでしまうの。美晴は死ぬの。 |
和 | そんなに美晴ちゃんを殺したいの? |
桂 | ・・・ |
和 | …氷みたい、人間じゃないよ、おまえこそ死んじゃえ! |
和、飛び出す。桂、呆然と立ち尽くす。 | |
屋上。西崎がタバコを吸っている。 和、息をきらしながら走ってきて号泣。西崎に気付く。 |
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西崎 | あーあ、見つかっちゃった。 |
和 | …看護婦がタバコなんて吸って、ダメなんじゃないの? そういうのって。 |
西崎 | 看護婦だってね、人間なの。こういうもん味わないとやってらんない時があるのよ。 |
和 | そんなこと言って… |
西崎 | この仕事はね、そんなに甘くないのよ。すべてがきれい事ごとですまされるわけじゃないんだから。 |
和 | じゃあ、なんでやってんのよ! |
西崎 | さあ、なんでかなあ…どうしたの、泣きべそかいて。 |
和 | …美晴ちゃんが… |
西崎 | ああ、あれね。見て、すごい騒ぎ。・・・疲れるよね。 |
和 | なにが! |
西崎 | …人ってさ、生まれた瞬間から死に向かって進んでいくもんじゃない。だけど、あたし達はそれに逆らってる。だから、疲れんの。…きのう生きてた人がぽっくりいくのよ。治って退院していった人も死にに戻ってくるしさ。あー、疲れる。 |
和 | ・・・ |
西崎 | 最初のうちは、患者が死ぬ度に大泣きしてた。でもね、もう涙がでないの。慣れたんじゃないのよ。人って、悲しみが大きいと、涙が出なくなんのね。なんかね、だんだん、きつくなる。 |
和 | ・・・ |
西崎 | 臓器移植もさ、大騒ぎしてるけど、本人の意志でいいんじゃないの。ただね、誰かが生き延びるために誰かが死ぬのを待って、準備しとくなんて、あーあ、しんどい。 |
和 | ・・・ |
西崎 | 家族はさ.、脳死なんて、なかなか認められないよね。患者をずーっと診てきた看護婦だって、同じ。でも、その死で生きられる人もいる。だけど… |
和 | ・・・ |
西崎 | 単純、じゃないよね。と、いうわけで、タバコ、吸っちゃうんだよね。体に悪いって、わかってんだけどね。…これでも、ずっと、やめてたのよ。 |
和 | …あたしにも吸わせて。 |
西崎 | だーめ、未成年は。…でも、いいか、はい。 |
和、おそるおそる吸う。 | |
西崎 | どう?落ち着く? |
和 | うえー、苦… |
西崎 | あはは。それが大人の味だよ。 |
和 | …ありがとう。 |
西崎 | いいえ。いい空。さてと。あたしも頑張るか。 |
西崎タバコを消して、去る。和も去ろうとして、 隠れる。 桂、入ってくる。 桂、座ってスケッチ ブックを見て、うつむく。 そして、スケッチブックを床に置き、空を見上げる。 和、出てきて。 |
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和 | …桂 |
桂、あわてて去ろうとする。 和、桂のスケッチ ブックを開く。 |
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桂 | 勝手に見ないで。 |
和 | 美晴ちやん。笑ってる。 |
桂 | ・・・ |
和 | すごくきれいな笑顔。 |
桂 | ・・・ |
和 | 輝いてる。 |
桂 | …ボランティアの話してる時は、いつもそんな顔してた。 |
和 | 絵って残るんだ。いつまでも、ずーつと。美晴ちゃんの笑顔も全部、そのままで。これも、これも、これも。(スケッチブックをめくる)…桂、ごめん…私何も分かってなかった。 |
桂 | ・・・ |
和 | 桂の方が辛いよね。 |
桂 | ほんとはずっと、泣きたかったんだよね。 |
桂泣き出す。和、桂の頭をなでる。 | |
和 | ごめんね。あんなひどいこと言って。桂の気持ちも美晴ちゃんの気持ちも全然わかってなかった。美晴ちゃんの、願いを叶えてあげたい。美晴ちゃんのいのちがどこかで生きるように、誰かの役に立つように。 |
桂 | …うん。 |
和 | そしたら、美晴ちゃん笑うかな、その笑顔で笑うかな。 |
桂 | …うん。 |
和 | 行こう、おばさんのとこ。この笑顔、見せてあげなきゃね。 |
安藤 | えー、ただいま、脳死患者がおります、INABA総合病院前からお伝えしております…患者は、ドナーカードを所持しており、現在、法的脳死判定、及び、臓器提供の意思について、家族の同意を確認している最中ですが、まだ、家族の同意は得られておりません。ただいま、脳死患者がおります。望ABA総合病院前からお伝えしております。 |
ICUの前。雪乃が椅子に座っている。 和、桂やってくる。 |
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桂 | おばさん…。 |
雪乃 | 桂ちゃん…和さんも…。 |
和 | 大丈夫ですか。 |
雪乃 | …ええ… |
桂 | あの…これ…。 |
和 | 桂が描いたんです。おばさんに見せてあげなきゃと思って。 |
桂 | 美晴、よく自分の夢の話、してくれました。その顔見てたら、すごい描きたくなって。これ、おばさんに。 |
雪乃 | そう…ありがとう…。 |
雪乃スケッチブックを開く。 | |
雪乃 | 雪乃 …美晴…。あの娘…こんなに笑うのね…。こんな、いい表情(かお)して…。私は結局、何も分かってあげられなかった…。いつもいつも家の事情であの娘を縛りつけて・‥。アフリカでもどこでも行かせてあげればよかった…ごめんね美晴…ごめんなさい…。 |
桂 | ぉばさん…美晴言ってました。面と向かっては言えないけど、おばさんのことすごく尊敬してるって。女手二つでここまで育ててくれたことすごく感謝してるって。 |
雪乃 | あの娘が‥・そんなことを‥・。 |
和 | だから…おばさん、美晴ちゃんの最後の願いを叶えてもらえませんか。 |
雪乃 | ・・・ |
桂 | ぉばさん…今美晴の願いを叶えてあげられるのはおばさんだけなんです。 |
雪乃 | …分かってる…本当は分かっているのよ。あの娘はもう戻ってはこない…でもね…あの娘の手あったかいの、鼓動がね聞こえるのよ。あともう少し経てば『おはよう。』って何事もなかったように日を覚ますんじゃないかって思えて…臓器移植だなんて、もう、これ以上、あの娘を傷つけたくないのよ。そっとしておいてあげたいの… |
桂タペストリーを出し、ひろげて | |
桂 | これ… |
雪乃 | ・・・ |
桂 | 美晴が織ったものです。タペストリー。 |
雪乃 | 美晴が…? |
桂 | 教えてもらいながら一生懸命織ったんだそうです。美晴が行きたがってた国で作られてるものだから |
雪乃 | ・・・ |
桂 | 人の命ってそのタペストリーの糸のように幾重にも重なり合ってできて行くんだと思います。縦糸と横糸とが両方存在して、初めて一枚の布になる。美暗も、そういう存在になりたいって言ってました。移植をうけた人と一緒に美しいタペストリーを織りあげていきたいんだと思います。お互いに支え合って生きていきたいんだと思います。 |
雪乃 | …美晴も…また生きるのね…。ありがとう。美晴のことを本当に考えてくれてありがとう。 …桂ちゃん、先生を呼んできてくれないかしら…。 |
桂 | (和と顔を見合わせた後、うなずく) |
暗 転 | |
安藤 | レポーターの安藤です。えー、患者の家族が臓器提供の意思表示を行ったことを受けまして、まもなく、第一回目の法的脳死判定が行われます。すでに、移植コーデイネ一夕ーからの詳しい説明を終え、脳死判定と臓器摘出の承諾書は病院側に提出されております。今後、臓器移植ネットワークにより最適のレシピエントの選択が行われます。なお、患者がドナーカードで、提供の意思を示した臓器は、心臓、腎臓、肝臓、肺、眼球(角膜)の以上です。 |
6 和の決意 | |
屋 上 | |
和 | キレイな空−。 |
桂 | 和、退院、明日だっけ? |
和 | うん。 |
桂 | おめでと。うるさいのがいなくなってくれるおかげでやっと落ち着いて勉強できるな。 |
和 | 何それ、あたしだって…。 |
桂 | あたしだって何よ? |
和 | さみしいなーって。 |
桂 | 何言ってんの。 |
和 | でも大丈夫だよ。また会いに来るから。 |
桂 | 来なくてもいいよ。だいたい和そんなヒマないでしょ。進路も決めなきゃいけないし。 |
和 | もう決まったよ。 |
桂 | へえ? |
和 | 何だと思う?わかんないと思うなあ。あたしね、看護婦になるの。 |
桂 | 何かそう言うだろうと思った。 |
和 | 何で分かんのよ。 |
桂 | だって和だもん。 |
和 | 何それー。 |
桂 | 美晴に影響されたのかね。 |
和 | そういうわけじゃないけど、人の命についてもっと深く考えてみたいと思ったの。誰かの死の上に成り立つ命とか、家族の気持ちとか、答えなんてないんだろうけど考えてみたいなって。 |
桂 | 存在しない答えを求めて…か。和の頭じゃムリだと思うけどね。 |
和 | ひどーい。やってみなきや分かんないじゃない。 |
桂 | そうだね。頑張ってね。 |
和 | …う、うん。 |
看護婦洗濯カゴを持ってやってくる。 「くそ重てぇ」 など言いながら。 |
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東村山 | あら、またここにいたの。よっぽど屋上が好きなのね。 |
南野 | 主任、早くこれ、干さないと。 |
看護婦、シーツを干しつつ一瞬芸。 | |
桂 | この人たち見てても看護婦やりたい? |
和 | …うん… |
南野 | え、看護婦になりたいんですか。 |
西崎 | やめたほうがいいよ。ろくなことないから。 |
東村山 | 本当、夜勤は多いし、肌あれるし、足、むくむし。 |
西崎 | 患者は言うこときかないし。給料安いし。 |
南野 | 洗濯物はこーんなにあるし、先輩はきついし。 |
東・西 | 何? |
南野 | いえいえ。そうだ、二〇三号室の中村のおじいちゃんにまた、お尻さわられちゃったんです。 |
西崎 | あーあたしもさわられたよ。 |
東村山 | …私、ないわよ。 |
南・西 | あはははー。 |
桂 | 本当になりたいって思う? |
和 | なるもん! |
院長、洗濯かごから登場。 | |
院長 | よく言ったーバーン、院長再び登場!フフハハハハ。 |
東村山 | 何やってんですか、院長! |
西崎 | どおりで重いと思った。 |
南野 | あれ、院長、今オペ中じゃ… |
院長 | だつてーあきたんだもん。エヘ |
看護婦 | エヘ、じゃねー。 |
院長 | ところで和くん、看護婦になったあかつきには是非この病院で… |
和 | (すかさず)いやです。 |
院長 | 院長カナシイ |
東村山 | 院長、早くオペ戻らないと、患者さん、やばいじゃないですか。 |
南野 | はい、いきますよ。 |
院長 | いやだプー。 |
看護婦 | 院長! |
院長 | 何をするー・あーれー。 |
院長、ひきずられて去る。 | |
戴帽式 |
7 すべては夢 | |
あわただしい足音、声。 全身麻酔による角膜移植。心電図の音。 病室、ベッドの上には両眼に眼帯をした少女。 ぼーっとしている。 |
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蛍 | ママ。 |
母 | なあに、蛍。 |
蛍 | あのね、蛍、この目、大切にする。 |
母 | どうしたの?急に。 |
蛍 | だってね、蛍、手術の時、夢見てたの。ながーい夢。 |
母 | 夢?どんな夢だったの? |
蛍、話そうとするが、ノックの音で遮られる。 看護婦二人。 |
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南野 | おはようございます。蛍ちゃん、気分はどうですか? |
母 | いいみたいです。 |
南野 | そう、よかったねー。それじゃあ、眼帯取りますね。今日は、昨日よりもう少し長く目を開けていられるよ。(時計を見、眼帯を取る) はい、ゆっくり目を開けてね。どう? |
蛍 | ・・・ |
南野 | 見えるかなあ。 |
蛍 | (うなずく) |
南野 | (カルテに記入)あのねー蛍ちゃん、このお姉さんのことわかるかな。蛍ちゃんの手術の時に一緒にいたんだよ。 |
和 | おはようございます。今日から、お世話させていただきます、沢村和です。 |
蛍 | あっ? |
和 | なあに?どうぞ、よろしくね。 |
蛍、ちょっと、あれ?って感じになっている。 | |
南野 | じゃあね、またね、蛍ちゃん。 |
南野、会釈をして去る。 | |
和 | あのね、蛍ちゃん、お姉さん、蛍ちゃんに早く元気になってもらいたくて、こんなものを持ってきました。じゃーん。 |
和、ハガキをとりだして渡す。 | |
蛍 | きれいな空。 |
母 | まあ、本当。 |
和 | それね、私のお友達が描いてくれたの。 |
蛍 | アフリカ。 |
和 | え? |
蛍 | アフリカの空。 |
和 | そうだよ。わかるの、蛍ちゃん。 |
蛍 | うん。蛍、この空、見たいな。 |
和 | そう?じゃあ、がんばって、どんどん元気になろうね。 |
まぶしい空。そして、幕。 |