レストルームA
果奈andかおり + 宮城県古川女子高等学校演劇部 作 |
レ ス ト ル ー ム A |
おば | またおいでー。今度はお茶も出すからねー。 |
直 | ここで? |
おば | 独特なコクが出るんだよ。 |
直 | かぐわしいだろうね・・・。 |
おば | いいじゃないか。あの子は、もてなしたくなるんだよ。苦しみを乗り越えた人間ってのはスカッとしたもんだねえ。 |
直 | うん・・・。やっぱり先輩ってすごかった。先輩前よりもかっこいいよ。つらいこと抱えてるのにあんなにすかっとして・・・。強いよ先輩。 |
おば | はー。 |
直 | 何? |
おば | 先輩は先輩はって、おまえは言葉を覚えたばかりの乳飲み子か。 |
直 | だって、先輩はあたしと違ってすごくて・・・。 |
おば | ちーがーう。あんたはしようとしないだけなんだよ。まだわかんないのか |
直 | ・・・。 |
おば | ジンクスだの何だの。流すだの何だの。トイレをつまらせんなっつうの(ぶつぶつ) |
するとどこからともなく 赤いトイレットペーパーが絨毯のように転がってくる。 その上を歩いて成金登場。 |
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おば | こりゃ!トイレットペーパーを無駄遣いするな! |
成金 | 無駄遣いじゃなくってよ。何回もまき直してつかってるんですもの。 |
おば | ・・・。 |
成金 | こんな汚いトイレに入ったら私の靴が汚れてしまうわ。 |
おば | きたない? |
成金 | あら、私ったらつい本音が、ほほほほほ。 |
直 | ここ汚く」ないですよ。 |
成金 | 汚いったら汚いのよ。(個室に入る) |
おば | あの女ーっ。(あばれる) |
直 | 落ち着いて! |
おば | おちついていられるか。私の城が汚いだあ?! |
直 | 汚くないって。 |
おば | くそっ。こうなったら徹底的にぴかぴかにしてやる。(直へ) サンポールとたわし! |
直、渡す。 | |
おば | 亀の子じゃなくて柄のついてるやつ。 |
直 | ないよ? |
おば | あ、しまった!マイたわしを家におきっぱなしに・・・。 |
直 へ向き合いデッキブラシを渡す。 | |
おば | 留守を頼む!(去る) |
直 | えっ、ちょっと・・・。ってもういないし・・・。(ゴシゴシ) どうすんのよこれ。(ゴシゴシ)・・・なんであたし掃除なんか。手紙流しに来たのに。・・・って忘れてた!あのおばちゃんのせいだぁ。・・・ん?もしかして今って手紙流す絶好のチャンスでは?・・・でも、何かなあ!。 |
うろうろしながら個室の方に近寄る。 成金がトイレから出てくる。ぶつかる直。 |
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直 | ○□★$△◎! |
成金 | あら、ごめんなさい。でもそこにいるあなたが悪い。 |
すぐに行こうとする成金。 あきらかに腹部がふくらんでいる。 |
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直 | まって!そのお腹・・・。 |
成金 | 何ざますか。私は単なる通りすがりの・・・妊婦ざます。 |
直 | いや、無理です。もしや、ペーパーどろぼう? |
成金 | おかしな言いがかりはよすざますよ。身重の身のなんてことを! |
直 | そんなに腹が角ばった妊婦がいますか。 |
成金 | そ、それはこの子がムキムキだからですわ。腹筋割れてるんです。 |
直 | 想像しちゃったー。ともかく、ここを荒らされたらあたしが怒られるんです。返してください。 |
成金 | これが万が一このトイレットペーパーだったとしても皆自由に使うじゃないの。・・・だから一個や二個持っていったっていいのよ。 |
直 | よくない!それに明らかに三個以上だし。 |
成金 | 仕方ないわね。ほら。(一つ差し出す。) |
もみ合いになる。意外に強い成金。 | |
直 | あー、もうだめだ。早く帰ってきて、おばちゃーん。 |
レッド | まて! |
照明が暗くなる。 どこからともなく音楽が聞こえてくる。 「産みたいんジャー」登場。 |
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グリーン | この世に妊婦がいるかぎり。 |
イエロー | どこで陣痛起ころうと。 |
ブルー | たとえそれが自分のお産中でも |
ホワイト | ふんばりながら飛んでいく。 |
直 | すいません。取り込み中なんです。 |
成金 | そうです、運命の分かれ道です。 |
直 | おばちゃん待ってるんです。 |
イエロー | ちょっと、待たれてるわよ、清ちゃn。 |
ブルー | あの、清さんならここに・・・。 |
直 | あー、もー、ちょっとこれ持っててください!(ブルーに手紙を渡す。) |
ブルー | え?あのぅー、う。 |
おば | 何やってんだい、お貸し。(無意識のうちに手紙を懐へ)こらー無視すんな! |
直・成 | え?(やっと気づく) |
直 | (レッドへ) あれ?・・・おばちゃん? |
レッド | そうでないとも言い切れない・・・。やったね、歯が生えた☆離乳食レッド(ポーズ) |
イエロ | 子どもの成長記録しよう☆母子手帳イエロー(ポーズ) |
グリーン | ふわっとやさしい母のぬくもり☆ベビー服グリーン( ポーズ) |
ホワイト | 紙か布か迷っちゃう☆おむつホワイト(ポーズ) |
ブルー | (しんどそうに) 初産とっても不安です、マタニティーブルー(ポーズ。産気づく。心配される) |
全 | 五人合わせて「お産戦隊産みたいんジャー」(キメポーズ) |
成金 | はははー見つかってしまったわ。でもこのトイレットペーパーがこのトイレのものという確証はあるの? |
イエロー | 浅はかな女め。よく見るがよい、その芯の部分を。 |
成金 | 何!? (見る) 「尾木山公園、二番目のトイレ、七 月十九日、二個目。御手洗清子」やられたー。でも頑張れ蘭子。これは私が書いたのよ。 |
イエロー | くそー、しぶといやつめ。 |
グリーン | では、あれを。 |
おば | そうだな。ホワイト! |
ホワイト、どこからともなく瓶のおいてあるワゴンを持ってくる。 | |
直 | 何? |
おば | チャララン。今週もやって参りました。産みたいんジャーのきき芳香剤対決! |
グリーン | 今週のチャレンジャーは、1番似非妊婦。2番女子高生。 |
直 | あたしも? |
ホワイト | 迎え撃つチャンピオンは一。 |
イエロー | 無敗の九十九連勝。トイレの清ちやん! |
全 | ひゅーひゅー。 |
グリーン | ルールは簡単。ここにラベンダーの香りの芳香剤が三つ あります。 さて、消臭ポットはどれでしょう。 |
ホワイト | 当てた人が優勝です。 |
イエロー | それでは、よーい‥・嗅いで! |
すごい勢いでにおいをかぎまくる三人。 | |
ブルー | そこまで。それではフリップに答えを書いて下さい。 |
書く | |
ホワイト | せーので出してください。せーのゥ 2番、1番、3番。おーつと答えが分かれました。 |
成金 | ちょろいですわ。 |
直 | わかんないよ。 |
ブルー | それでは答えの発表です。消臭ポットは…2番です。 |
イエロー | チャンピオンの勝ち! (おめでとう一〇〇連勝) |
成金 | やられたー。 |
ホワイト | ちなみに1番は徴香空間、3番は消臭元でした。 |
レ ッド | さあとどめだ。いくぞみんな。必殺! |
全 | 「おばネプ」(ハモる。) |
成金 | 参りましたぁ〜。 |
ホワイト | もう、くるんじゃないよ。 |
成金 | はい、このご恩は忘れません。さようなら! (去る) |
声 | こうして地域住民と妊婦をおびやかすニセ妊婦、もといペーパー泥棒は去った。しかしこの世に妊婦がいる限り、行け!産みたいんジャー、押し掛けろ!産みたいんジャーっ たとえ呼ばれていなくても…。 |
ブルー | お産戦隊産みたいんジャー、毎週日曜朝七時三〇分より絶賛?放映中! (またみんなでポーズ) |
レッド | 解散。今晩八時から反省会ね。 |
他 | はーい。じゃあね。 |
みんな去る。ブルーはもとの個室に。 | |
直 | (レッドのサングラスをとる)やっぱり。っていうか、おばちゃん、何者? |
おば | なまもの。早く食べてっ。 |
直 | それよりさっきのすごかったねー。 |
おば | だろ?衣装だって手縫いなんだよ。・・・そういえば先週の産みたいんジャーで、ブルーが悪の秘密結社「サカゴーン」にとっつかまって。 |
直 | でも、ホワイトの臍の緒ブーメランで助かったんだよねー。 |
おば | おお、おまえも産みたいんジャー好きなのか! |
直 | うん、実は・・・。(思わず仲良くするが、はっと気づいてやめる。) |
そこへ女の人が入ってくる。 何かつぶやきつつうろうろしている。 |
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愛美 | あーもー、どうしよう、どうしたらいいんだろう。あ、とにかく、トイレに入ってすっきりしよう。 |
トイレに入る。二人、興味津々。 | |
直 | どうしたんだろうね、あの人。 |
おば | そうねえ。たとえば、 |
直 | たとえば? |
おば | 「長年片思いしていた会社の上司(四八)にこの胸の内を伝えたら相手も私のことを想ってくれていた。でも相手には綺麗な妻とかわいい子供が一ダースもいるから『離婚して』なんて言わない。一緒にいるだけで幸せだもん。とか思っていたのに。つきあい始めて三ヶ月、彼が突然結婚しようと言って来たの。そんな、家庭を壊すつもりなんてなかったのにー。どうしよおおおおおお。」 |
いつの間にか女の人が立っている。 二人、振り返る。固まる。振り返る。固まる。 |
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愛美 | あーん(突然泣く) |
二人おろおろして声をかけられない。 おばちゃんが逃げたので、直、愛美に近づく。 |
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愛美 | うあああー(もっと泣く) |
直 | ごめんなさい。あの人がひどいこと言って、妄想癖があるんです。 |
おば | 何? |
愛美 | 違います。 |
直 | は? |
愛美 | どうしてうら若き乙女が困っていたのに、声を掛けなかったんですか。 |
おば・直 | はあ? |
愛美 | いいんです。どうせ私なんか涙の訳を気にかけてくれる人もいないんです。(つめよる) |
おば | なんだい、話したいことがあるなら最初から言いなよ。このナイスバデイでうけとめるっ。 |
愛美 | 結構です・・・私っていつも人生の大切なことにつまづいてばっかり。・・・本当に何も聞かないで。もっと具体的に言えば五年前の六月十一日に何があったかなんて私の過ちを聞かないでー。 |
直 | えー。 |
おば | あんた、かなりきてるね。さ、聞いてやるよ。まさか、これか?(親指を立てる) |
愛美 | ハイ、その通りです。私、取り返しのつかないことを・・・だから・・・しないって・・・。 |
おば | 何をしないって? |
愛美 | 恋です。 |
直 | 何で? |
愛美 | もう私に恋をする資格はないんです。 |
おば | かわえーのーケツも青いのー。あたしを見なさい。あたしは四六時中恋してるからこれでもかってくらい美しいのさ。 |
直・愛 | ・・・。(痛々しく目をそらす) |
愛美 | でも、本当にひどいことをしちゃったんです。今思い出しても…。 |
おば | あー、もったいつけんじゃないよ。 |
愛美 | そう、あれはドレスもオーダーメイド、指輪もカンペキ、つきあって二年半、親公認、しかもできちゃった結婚じゃない、何もかも理想だったのに…。あの日私はバージンロードを歩いていました。 |
音楽 | |
ぉば | (司祭)永遠の愛を誓いますか? |
直 | (新郎) 誓います。 |
おば | では、新婦。 |
愛美 | (超笑顔で) 誓えません。 |
おば・直 | わお! |
愛美 | あーん、最初疑問を持ったときにやめればよかったー。 |
おば | だめだねそりゃ、悪女どころかあほだね。 |
直 | 言い過ぎ。 |
愛美 | だから私はもう恋なんてできないんです、そんな資格ないんですっ…でも、あれは一週間前…言われちゃったんです。『友達からでもいい、つきあつてくれないか』 って。会社の同僚で、なんにでも一生懸命で、不器用だけどやさしくて、三瓶なんです。そして、今日がその一週間後。 しかもこの公園で待ち合わせで、でもって約束の時間まであと十分。ああでも私は悪い女。これから断りにいくんですうっ。 |
直 | はあ…。いかなくていいんですか? |
愛美 | そうですよね。こんな所で見ず知らずの中年とこゎっばに話を聞かせてる場合じゃないのに、涙が・・・涙が止まらないんですー。 |
直 | 恋しちゃったらどうですか? |
愛美 | だめです。そんなことできませんし望んでもいません。 |
おば | シュビドゥバー。マドモアゼル清子の心理テストー。 |
直 | いきなり何? |
おば | その一、西郷隆盛が味噌汁をつくりました。味見をした感想は? |
愛美 | 濃いですたい。 |
おば | あなたは今恋をしたい。その二、池を覗いていると何かが浮かび上がってきました。それは何? |
愛美 | 鯉の死骸。 |
おば | あなたは今恋をしたい。その三、歩いてると、大好きな人がやってきます。それは誰? |
愛美 | 三瓶です。 |
おば | そして一言。 |
愛美 | 愛してるー。 |
おば | あなたは今恋をしたい。 |
愛美 | そうなのかしら… |
月夜 | (トイレから現れて) そうですよ。 |
愛美 | でも、私、もう恋なんて…。 |
月夜 | いいえ。清さんの心理テストは百発百中。現にそのおかげで私もダーリンと。 |
おば | やだねー。 いつまでも暑苦しいったら。 |
直 | あ、ブルーlさん!さっきはどうも。 |
愛美 | こちらは? |
おば | 今日出産予定日のパンパンの妊婦です |
月夜 | もうそろそろだと思います。 |
直 | こんなところにいていいんですか? |
月夜 | いい胎教になるんです。 あの、あなた恋についてお悩みのようだったから出てきてしまいました。 |
直 | 大丈夫ですか? |
月夜 | もう少しなら。 |
おば | この人ったら恋の資格がないなんて生意気なこ言ってね。そんなこと誰が決めたんだか。 |
愛美 | …私です。 |
おば | これだよ。何とか言ってやって。 |
月夜 | 恋の資格って女の人なら誰でも持ってるんじやないんですか?私、ダiリンに今も夢中です。 |
愛美 | でもダメです。 ダメなんです。 |
月夜 | どうしてそんなに自分に厳しいんですか?もう許してもいいと思いますよ。 |
愛美 | ・・・。 |
月夜 | あなたが新しい恋をすることで誰か傷つく人がいますか? |
愛美 | (首を振る) |
月夜 | だつたら、素直に三瓶さんにぷつかつていってください。 私のダーリンも三瀬さんに似てるんですよ。(写真を見せる) |
愛美 | ・・・。 |
月夜 | そんなに意地になるのなら私が三瓶さんとっちゃいます。 |
直 | だんなさんは? |
月夜 | 冗談ですよ。ダーリン一筋です。 |
おば | じゃあ、あたしがいただきます。 |
おばちやん、モン ローウオークでセクシーに出口ヘと向かう。 愛美、反射的にそれを止める。 |
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愛美 | やめて下さい ! |
おば | どうせ断るんだろ。 |
愛美 | でも…。私、昔の彼にしたことをどうしても忘れられないんです。 |
おば | なんで忘れようとするのさ。 |
月夜 | よく考えて。今の自分の素直な気持ちを。 |
愛美 | …でも、資格が… |
おば | 極端だネ一。それが若さかね。世の中は一か0かじゃないんだ。恋の失敗を心にとどめながら、新しい恋をしてなにがいけない? |
直 | それって苦しい。 |
おば | 苦しいよ。でも、全部忘れるなんて不自然だしね。みんな、中途半端なところで、なんとかやってんのさ。苦しいよ。 |
直・愛美 | ・・・。 |
おば | それが、生きていく、ってことじやないの? |
間 | |
月夜 | (苦しそう) あ、あのー…清さん。産まれそうです…。 |
直 | 大丈夫? |
おば | どれどれ、陣痛の間隔は短いかい?おお、分もう五間隔か。よし、ついにこのときが来たね。(指ばっちん) カモーン! |
産みたいんジャーのメンバー三人が現れる。 | |
三人 | ブルー! |
イエロー | 陣痛の波に負けないわよ。 |
ホワイト | 清ちやん。あとは任せて。 |
おば | 頼んだよ。 |
月夜 | 待って。(愛美に) あの、私も不安ですけど、と、案ずるより産むがやすしです。 |
愛美 | ・・・。 |
月夜 | 行ってきます。 |
グリーン | 産まれたらすぐ知らせますから。 |
一同去る。 | |
愛美 | …私にも、また恋が出来ますか? |
おば | (ほほえむ) もうしてるじゃないか。…さ、あんたも待ち合わせに遅れるよ。 |
愛美、よろよろと出口に近づく。ふいっと向きを変える。 | |
愛美 | どうなるかわからないけど、彼と話してみます。ありがとう。妊婦さんにもよろしく。(頭を下げ去る) |
直 | ‥・ブルーさん大丈夫かな。 |
おば | 大丈夫さ。みんなああやっ て母親になっていくんだ。 |
直 | どんな気持ちなんだろ。 |
おば | そうだな、不安もあるけど喜びも大きいんじゃないのかな。 |
直 | それは自分が産むからだよね。 |
おば | は? |
直 | ねえ…もL…もしだけど、自分で産んでもないのにいきなり子供ができたらどうする? |
おば | ちょ、ちょつと待った。よくわからんなー。説明してみ! |
直 | …あたし、お母さんのこと忘れたくてここにきた。 |
おば | なんで? |
直 | …新しいお母さんが来るから。 |
おば | ・・・。。じやあ前のお母さんは? |
直 | 死んだよ。 |
おば | ・・・。 |
直 | 今度、お父さんが再婚することになって、相手の人はいい人で、嫌な訳じゃないんだけど、でも、その人のこと、お母さんって呼ぶでしょ、そしたら絶対、呼びながら前のお母さんのこと考えてると思う。そういうの、悪いよね。うまくやっていけなくなるかもしれないよね。血がつながってないのに親子になるんだから…。だから本当のお母さんのこと、忘れないといけない気がする…。 |
おば | なんだいなんだい。何も始まってないうちから、そんなこと |
直 | いろいろ考えたよ。でもこれしか方法が・・・。 |
おば | まったく・・・。いい話ししてやろう。 |
直 | え? |
おば | あるところに・・・私の友人が住んでおりました。 |
直 | なーんだ、友達の話? |
おば | 友人は結婚しました。しかし、相手は子連れでした。 |
直 | それで? |
おば | 友人は変苦労しました。思春期真っ盛りの子どもですから、簡単によそ者を母だと認めません。お母さんと呼ばれたことも一度もありませんでした。でも、いつだっけな、学校から 「娘さんが倒れた」という電話が来たの。友人は取る物もとりあえず学校に向かった。 |
直 | (息をつめて聞いている) |
おば | そしたら風邪をこじらせて熱が四十度もあってね、遠慮して言わなかったんだね。すぐ病院に運ばれたんだけど、全然熱は下がらず、夜も徹夜で付き添って・・・。 |
直 | それ以上言わないで。むすめさんは今空からお母さんのこと見守ってるよ。 |
おば | んなわけないだろ。次の朝には回復よ。娘も目を覚ましてね、そこで友人はゴーンと一発。 |
直 | ゴーン? |
おば | 頭突きだよ。前頭葉に一発。 |
直 | はあ?病人に? |
おば | どうしてそこまで無理をした。あたしに言うのが嫌なのかもしれないが、自分の体を壊すようなことだけはするな・・ って言っちまった、って。 |
直 | そしたら? |
おば | ドスメテイックバイオレンスな母親なんて最低、だってさ。・・・憎まれ口だけど、それが母親、って呼んでくれた最初だったんだよ。 |
直 | そうなんだ・・・。 |
おば | それから友人は、もう娘に遠慮しないって決めたんだ。冬休みの宿題でマフラーを編むときもね、教えてって頼られて、うれしくてうれしくて二十五メートルも編んじまった。 |
直 | 二十五メートル・・・。 |
おば | 初めて笑顔見せたときは、食っちまいたいくらいかわいかった。・・・って。・・・親も不安なんだよ。だけど、実の母親を忘れて欲しいなんてこれっぽっちも思ってない。ただ遠慮されるのが哀しいんだ。 |
直 | そうなのかな・・・(おばちゃんを無言で見る)そうかもね・・・。ねえ、その友人の名前、なんていうの? |
おな | え・・・。 |
直 | いいよ、言わなくて。 |
おば | なら、聞くなって。 |
直 | ・・・おばちゃん、何か・・・ちょっとすっきりしたみたい。じゃ、今日は取りあえず帰るね。 |
おば | ああ。トイレはすっきりするためにあるもんだ。 |
直 | そう?あ・・・あたしの体の方もすっきりしたいみたい・・・。 |
直、トイレにはいる。 おばちゃん、鼻歌を歌いつつ掃除を始める。 数秒後、水を流す音。音がやむ。 「あー」という悲鳴。 |
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おば | どうしたー? |
直 | (深刻な顔で出てきて便器の中を指差し)手紙。手紙がないの。どこにも。ポケットにも入ってないし。きっと落としたのに気づかないで流しちゃったんだあー。どうしよう。助けて! |
おば | ちょっと待った!(トイレをのぞき込み)詰まってはいないよ。本当に持ってないんだね。 |
直 | うん。ああ、どうしよう。 |
直、パニックになる。 おばちゃん、直に手紙の内容を思いださせる。 |
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おば | ・・・忘れてないじゃんか。 |
直 | ・・・。 |
おば | 大切な思い出を流せるほど、トイレは偉くないんだよ。 |
直 | ・・・。 |
おば | その偉くないところがトイレの偉ささ。 |
直 | ・・・なのそれ。 |
おば | もう大丈夫だな。 |
直 | うん・・・。 |
おば | そうか。あれ、帰るんじゃなかったっけ? |
直 | 帰るよ。結局一時間近く居ついちゃったあい。 |
おば | そうか、じゃあな。 |
直 | ・・・また来るね。 |
おば | 来るな! |
直 | 来るもん。 |
直去る。 | |
おば | はー、おもしろい子だ。(ごそ)ん?(手紙が出てくる。)あれ?これってもしや・・・。ふっ、バカだね。あの子もあたしも。 |
個室が光る。 | |
おば | おお。無事に産まれたようだね。 |
おばちゃん、ゴミを捨てに去る。 トイレに、また誰かがやってきた。 途切れることのない日常。 |
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幕 |