果奈andかおり + 宮城県古川女子高等学校演劇部 作 |
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レストルーム @ レストルームA はこちら |
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登場人物 | |
菅原 直 (高校生) | 小山 澪華 (眼鏡・ロリータ) |
御手洗清子 (おばあちゃん) | 内田 響子 (閉所恐怖症) |
伊集院蘭子 (成金) | |
浅井さなえ (小学生) | |
新田 咲 (中学生) | 厠野かほり (イエロー) |
名越美沙子 (大学生) | 権田原ため (グリーン) |
井上愛美 (OL) | 糸井 礼奈 (ホワイト) |
林 月夜 (ブルー) |
1 トイレ | |
水を流す音。ここは公園のトイレ。それなりに清潔感があって明るい。人が出ていきトイレは静寂に包まれた。 一人の少女がやってくる。しかしどう見ても挙動不審。個室を数えたり、そっと開けてみたりしている。そのうち、左から三番目のトイレの前で止まる。なにかためらっている様子。 そこへやってくる女子高生。瓶底眼鏡をかけている。少女と鉢合わせ。思わずお辞儀。瓶底、個室に入る。間もなく、瓶底が個室から出てくる・・・似ても似つかぬ姿で。 |
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直 | !!! |
瓶底、去る。少女、落ち着きを取り戻した後、その個室の前まで戻る。手紙らしきものを取り出し、じっくりと読む。そして何か覚悟を決め、個室の中に入ろうと・・・ 妊婦が駆け込んでくる。 |
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妊婦 | あーもうだめー。出ちゃう出ちゃうー。 |
直 | ! |
妊婦そのまま個室に消えるのを確認すると大きく息を一つつき、手紙を見つめ、天井を見上げてつぶやく。 | |
直 | お母さん・・かぁ・・。(そして意を決したように)よっし!流そう! |
意気込んで扉に手を掛けた瞬間、個室の上から声が聞こえてくる。 | |
おば | こらぁー。(見え隠れ) |
直 | 何? |
おば | やめろぉぉー。 |
直 | どこー? |
おば | 手を離ぁぁー・・・(体勢が崩れた様子) |
直 | (おばあちゃんの切れ端が・・)あ! |
おばあちゃん見参。片手にラバーカップ。 | |
おば | あああー。 |
直 | ぎゃぁああああああああー。 |
おば | この頃この左から三番目のトイレに変なものばっかりつまっていると思ったら、張り込みしてて正解だね。 |
直 | 誰ですか。 |
おば | トイレの妖精。 |
直 | あやしい・・・ |
おば | おまえこそ。そんなに挙動不審で。 |
直 | それは・・・腹痛で・・・。 |
おば | 腹痛娘がそんなにひょうひょうとしていられるか。私は長年にわたって実に様ざまな腹痛を見てきたが、みんなトイレに向かってまっしぐらだったよ。個室に入らずうろつくおまえに、腹痛を語る資格はない! |
直 | じゃあ、用を足しに・・・。 |
おば | 「じゃあ」って何さ。「じゃあ」って。 |
おばあちゃん、直の手の手紙に気付く。 | |
おば | その手に持っているもの、もしラブレター? |
直 | 違います。 |
おば | ははーん。それをあたしの大事なトイレに流して詰まらせるつもりなんだね。 |
おばちゃん、手紙を取ろうとする。 | |
直 | 何するんですか! |
おば | 何って、ここは私の城!犯人を見つけておきながらみすみす流させてなるものか!取ってもつまる取ってもつまる。これはあたしへの嫌がらせ?妬み?嫉妬?ともかく人の気もしらないで何様だい! |
直 | あたし、ここに来たの初めてだし・・・。 |
おば | うそこけ! |
直 | ほんとです。 |
言い合う二人の横を小学生がすーっと通り抜け、例の左から三番目のトイレにゴミ袋を突っ込み必死で流そうとする。 | |
小学生 | うわっ・・・あー、詰まっちゃった。 |
おば | あー!!(怒る)お前だったのかー。ふがふがふがー。 |
小学生 | ひいいいー。(泣く) |
直 | あーあ、泣かせた。 |
おば | あたしが悪いのかい?・・・なんで、トイレを詰まらせんのさ! |
小学生 | だって、忘れられるって・・・。 |
おば | は? |
小学生 | ここの左から三番目のトイレに忘れたいものをこっそり流せば忘れられるって・・・。二組の子が言ってたんだもん・・・。 |
おば | はああああ? |
直 | でも、いったい何を忘れたいの? |
おばあちゃん、袋を開ける。 | |
小学生 | あーー! |
直、おば | ・・・テスト・・・。36点、15点、50点、八点・・・。 |
おば | 手塩にかけて育てたトイレにこんな汚れたものを・・・。屈辱〜! |
小学生 | ひいいいー。 |
直 | (止めながら)悪い点数とったこと、忘れたかったの? |
小学生 | うん、。悪いテスト流せば、頭よくなるかと思って。 |
直 | ・・・いや!・・・。 |
おば | (直へ)それでわかった、あんたもその噂を聞いてきたんだね。その手紙! |
直 | (固まる) |
おば | (小学生へ)その噂、だいぶ広がってんの? |
小学生 | うん。りえちゃんもみっちゃんもこうちゃんも知ってるよ。でも、流すとこ誰にも見られちゃいけないの。・・・あ。見られた。 |
おば | (責めながら)だから、嘘なの。迷信、ジンクス。テスト流して頭良くなると本気で思ってんの? |
小学生 | ・・・少し。 |
おば | なるか!(直へ)・・・あんたの手紙。やっぱりラブレターかい?それとも、テストかい? |
直 | 違う、そんなんじゃ。 |
小学生 | おねえちゃんも忘れに来たの? |
おば | 何を忘れたいんだい? |
直 | 何でもない。何でもない。 |
おば | あー! |
直 | えー? |
おば | (素早く手紙を取り中を見る)「直ちゃん、きょうはお見舞いにきてくれてありがとう。おかあさん・・・」 |
直 | やめて! |
一瞬の静寂 | |
おば | ・・・さ、仕事しなくちゃ。(手紙を返し)用がないんなら帰った帰った。 |
直 | 帰りません。 |
おば | は? |
直 | 帰れません。 |
おば | あのね、掃除すんの。邪魔なの。 |
小学生、また性懲りもかく流そうとする。 | |
おば | こら、また! |
・・・そこへ派手な少女がやってくる。 三人、なんとなくトイレの陰に隠れる。 少女、洗面台のところで化粧直しを始める。 |
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咲 | 何これ、変な色。ノリも悪いし最悪。これもいらなーい。これなんてもう、問題外だしー。 |
咲、ポーチの中の物をいろいろ捨て始める。 | |
咲 | えーい。面倒くさ。 |
ぽーちごと捨てる。 ・・・今度はベックの中が気になったらしく、ごそごそ。 |
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咲 | これもいらなーい。これもいらなーい。これもいらなーい。あーもうっ! |
バックごとポイッ。そして新しいバック登場。 | |
咲 | この服もなんかなー・ |
服もポイッ。見かねたおばあちゃん、 | |
おば | くぉらああ〜。ダメだろー! |
直 | そうですよっ! |
おば | ゴミはちゃんと分別するっ! |
直 | へっ? |
おば | まずは燃えるゴミと燃えないゴミに分けるだろ・・・って、ゴミじゃなーい! |
直・小 | 気づくの遅っ! |
おば | ぬわあぁ〜に。 |
小学生 | (咲へ)何やってるの? |
咲 | 捨ててんの。他に何に見える? |
おば | なんで捨ててんのってこと。 |
咲 | いらなくなったから。いるんなら捨てる訳ないじゃん。 |
小学生 | そうだよ!いらないから捨てるんだよ。だからこれも・・・(テストを流しに行こうとする。) |
おば | うおりゃああっ! |
会心の一撃。」 | |
小学生 | ギブギブギブッ! |
直 | (二人をよそに)いらないって(手にとって)新しい物ばっかり・・・。 |
咲 | もう古いの。飽きちゃったの。時代の波に乗らなきゃ、生きてる意味ないじゃん。 |
直 | そうかな・・・。 |
咲 | いつまでも古いもの大事に持ってても邪魔なだけでしょ。 |
直 | ・・・うん。捨てちゃった方がいい。 |
咲 | でしょ。 |
おば | (ゴミ箱をあさり)あー新品じゃないか!(使う。鏡を見て)あたしもまだまだいけるじゃない。 |
直・小 | うっ。 |
おば | あんた、これ捨ててどうする、新品じゃないか。まさか、万引きしたんじゃ・・・。 |
咲 | はあ? |
小学生 | わーるいんだ、わるいんだー・ |
おば・小 | せーんせーにいってやろうー。 |
おば | おばちゃんも行ってやるから自首しよう。 |
咲 | ちがーう!これはちゃんとお金払って買ったの! |
おば | ウソこけ!あんた、だいたいにしていくつだい? |
咲 | ・・・。 |
おば | シカトかワレー!? |
咲 | 十四だよ。 |
直 | じゃあ、中学二年生?あたしより三つも年下? |
咲、直をにらみつける。 | |
直 | ・・・ごめんなさい。 |
おば | 十四のおまえさんがそんなに金が続く訳ないだろ?・・・警察に行くよ。 |
咲 | 万引きなんてやんやいって。お金いくらでもあるもん。 |
おば | ・・・!あんたまさか、別の方法で、稼いでいるんじゃ・・・。 |
小学生 | 別の方法って? |
おば | あんたには聞かせられない。 |
直・小 | ・・・ 援助交際? |
おば | わお。自首しよう。 |
咲 | だから、違うって!それにそんなのもう誰もやってないし。・・・親がくれるの。 |
直 | 親?いくら? |
咲 | いくらでも。 |
おば | だめだね!最近の若い親は、簡単に金を渡して。お金のありがたらをちゃんと教えないから物のありがたさも分からない子に育つんだよ。(直に)あんたんちの親はどうだい。 |
直 | ・・・ |
小学生 | うちはおこづかいないの。皿洗いとかおつかいとかすると、くれる。 |
直 | 皿洗い、いくら? |
小学生 | 五円。 |
直 | おつかいは? |
小学生 | 七円。 |
おば | 意外に苦労してるんだね。そうさ、お金ってのは、労働した汗と引き換えにいただく、重みがあるものなんだ。この不景気だろ?トイレ清掃業も厳しくてね。でも、これはあたしの天職だから精一杯やるのさ。だからこそ、少ない給料をもらったときの嬉しさといったら・・・。(涙) |
咲 | うちの親たち馬鹿だよねー。「忙しくてかまってやれないから」って、簡単にお金置いてくの。こんな使われ方してるなんて知らないでさー。ま、そのおかげで、新しい物どんどん買えるんだけど。 |
小学生 | さびしくない? |
咲 | え? |
小学生 | 一緒に遊べなくてさびしくない? |
咲 | ・・・。 |
小学生 | うちのお母さん、すっごくがめつくてしかも恐いけど、一緒にいないとさびしいもん。 |
咲 | ・・・もう、ほっとかれるの慣れたし、それにこうやって、あの親からもらった金で買った物を捨てると、胸がすーっとするし。 |
小学生 | (捨てられたものを拾って渡す)ほんとに? |
咲 | ・・・ |
咲の携帯鳴る | |
咲 | もしもし・・・あ、美穂?うん、うん、分かった。すぐ行く。 |
おば | あのさ。 |
咲 | 何。 |
おば | 親はそう簡単に子供のこと捨てないよ。やり方は間違っているけど、大事に思ってんだよ。 |
咲 | (去ろうとする。) |
小学生 | ねえ、もっと一緒にいてってお母さんに言ったことある? |
咲 | あたしだって昔は!・・・友達呼んでるから。(去る) |
小学生 | ・・・お母さんとお父さんのこときらいなのかな? |
おば | さーねー。でも、少なくとも、ここにはもう捨てにこないさ。 |
おばちゃん、掃除を始める。 | |
直 | でもまたどこかで捨てるかもしれない。 |
おば | でも、もう捨てないかもしれない。 |
直 | でも。 |
小学生 | さなえも帰る。じゃーねー。(去る) |
直 | そうだ、あの、ものは相談なんですけど・・・。 |
おば | あ? |
直 | 少しだけ、席を外してくれませんか。 |
おば | はあ? |
直 | いると、流せない・・・。 |
おば | だめ!まだあんな噂信じてるの?だめだよ。トイレが詰まるからね。命かけて守るよ。 |
直 | えー。 |
おば | あんたもあの子と同じだね。 |
直 | え? |
おば | 簡単に捨てようとして。 |
直 | ・・・そんなのあなたに関係ないんじゃないですか。 |
おば | なにお! 絶対守る! |
そこに杖をついたジャージ姿の人と閉所がきて、個室に入る。 閉所は必死にドアに鞄を挟もうとする。 |
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閉所 | あー。やっと落ち着ける。 |
薄く開いたドアが気になってしかたがない直。 善意でそっとドアを閉めてやる。しかし、 |
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閉所 | っっぎゃあー!狭いよー。 |
ばたん!と戸が開きへろへろと崩れ落ちる閉所。 直、それを支えて呼びかける。 |
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直 | 大丈夫ですか! |
閉所 | これこそ雪隠責め・・・ |
直 | えー。 |
おば | 私に任せろ!スーッポンッ! |
閉所 | !(何故か笑顔。) |
直とおば、悪寒が走り後ずさる。 | |
閉所 | う?あ、ありがとうございます。もう大丈夫です。うーん。 |
直 | 大丈夫には見えないけど・・・っていうか、どうしたんですか。 |
閉所 | 実は私、狭いところが苦手で。いわゆる閉所恐怖症なんです。 |
直 | じゃあ、部屋でくつろぐときは? |
閉所 | ドア、開けてます。 |
直 | ドライブするとき。 |
閉所 | いつも半ドアです。 |
直 | あぶなっ! |
おば | お風呂はどうだい? |
閉所 | (顔を赤らめながら)全開です。 |
直・おば | まじで! |
閉所 | だからお願いです。どうかこのドアを少しだけ開けさせておいてください。!じゃないと私・・・限界・・・。 |
おば | わかった!邪魔しないから存分に出しなさい! |
おばちゃん、閉所をトイレに押し込む。 | |
おば | なあ、ちょっと音姫使ってみ。 |
閉所 | 音姫ですか? |
音姫の音。 しばらくすると水を流す音がして 閉所、さっぱりした顔で出てくる。 |
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閉所 | トイレを渡り歩き五ヶ所目にしてやっと・・・。 |
直 | 大変ですね。 |
配所 | ええ、でもこんな私も私ですから。ああ、本当にありがとうございました。御恩は一生忘れません。 |
去ろうとして | |
閉所 | 音姫の音色もすばらしかったです。 |
閉所、出て行く。あぜんとする『直。 | |
直 | ハァー・・・いろんな人がいるなぁ・・・。 |
おば | そうさねぇ・・・でも不憫だね。きっと昔の傷が何か関係してるんだよ。 |
直 | 昔の傷? |
おば | ・・・多かれ少なかれみんないろいろ抱えてんのさ。あの子はそれがちょっと極端に現われてるだけだよ。 |
直 | ・・・うん・・・。忘れたいって思わないのかなあ・・・。 |
おば | そりゃあ、思うさ。 |
直 | でしょう。忘れたいことって誰にでもあります。流した方がいいことってあるんです。 |
おば | そこで流してしまうかどうかは、その人次第だけどね。 |
直 | ・・・。 |
おば | でも、あの勇気を見たかい?あの子はいつ誰にケツを見られるかわからない危険と隣り合わせさ。でも外出するのをやめずに自分の意志を貫いているんだよ。・・・おっと目から鼻水が・・・。 |
そこに、杖をついたジャージ姿の人がトイレから出てくる。 | |
おば | おお美沙子ちゃん、元気だったかい? |
美沙子 | おばちゃn。いつもここいるのねえ。 |
おば | トイレは第二の故郷だからのう。 |
親しげに話す二人、古くからの友人のようだ。 直、美沙子をよく見る。 |
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直 | 美沙子先輩?あの陸上の名越美沙子先輩ですか! |
おば | おや、知り合いかえ? |
直 | 知ってるも何も・・・あああどうしよー、こんなに近くにいる! ハアハア・・・。 |
直、興奮し、おばちゃんをバシバシたたく殴るける。 | |
おば | おやめ!あうち!一体なんなんだい。 |
美沙子 | あの、ごめんなさい。どこかで会いましたっけ? |
直 | あ、あたし菅原直です。中学の時から先輩にずっと憧れてきたんです。 |
美沙子 | え?・・・まだ私のこと覚えててくれる人がいたんだ・・・。 |
直 | はい?もう先輩すごくて。大会で先輩の走る姿見たことがあるんですけどあの、一〇〇Mとか二〇〇Mとか、あたしなんかとは比べものにならないくらいすごくて・・・。 |
美沙子 | あなたも陸上やってるの? |
直 | 中学の頃。あたし、先輩と同じ尾木山中学の陸上部だったんです。 |
おば | ほー、そんな事に打ち込むタマにゃ見えないね。 |
直 | 何よー。 |
美沙子 | 直・・・ちゃんは種目、何だったの? |
直 | 中距離でした。でもいつも高校のグラウンドまで行ってみんなで先輩の走る姿見てました。 |
美沙子 | えー、そうだったの? |
直 | ああ本物!ずっと憧れてたんです。こんなところで会えるなんて。・・・あなた、どうして知り合いなの? |
おば | 二人だけのヒ・ミ。ツ。 |
直 | ・・・。 |
美沙子 | でもあなたもおばちゃんと仲いいね。 |
直 | 仲良くなんかないです。 |
美沙子 | そう? |
直 | 仲いいも何もさっき会ったばかりで・・・。 |
美沙子 | おばちゃん、相変わらずだね。 |
おば | いやいやそれほどでも。 |
直 | あなたが流すとき邪魔してきただけでしょ。 |
美沙子 | 流す? |
おば | そうなんだよ、聞いてくれるか美沙子ちゃん。こやつは変な噂を聞いてトイレを詰まらせにきたんだ。 |
美沙子 | もしかして、何でも忘れられるトイレ? |
おば | あららら美沙子ちゃんも知ってるの?なんてこったい。 |
美沙子 | そっか。hじゃああなたも何かを忘れたいんだ。 |
直 | ・・・。 |
おばちゃん、便器持ってくる。 | |
おば | どいたどいた!便器様のお通りだ! |
直 | 何それ! |
おば | 何って様式便器にきまってんだろ。やだね最近の子は物を知らなくて。そんなんじゃ、トイレの別名なんて一個も言えないだろ! |
直 | 別名?・・・便所! |
おば | あとは? |
直 | え?えーと・・・。 |
おば | 甘い!甘いね!耳の穴かっぽじってよーく聞きな。厠、雪隠、行厠、ご不浄、録音、金閣寺、はばかり、ラバトリー、トイレット、レストルーム、ウオッシュルーム、そしてちょっとお花を摘みに。 |
美・直 | (拍手) |
おば | あ、すまんな美沙子ちゃん、立ちっぱなしで。ほら座って。便器カバーも新品。 |
美沙子 | ・・・ありがとう。 |
直 | あの・・・ずっと気になってたんですけど、足、どうしたんですか? |
美沙子 | え?ああ |
直 | そういえば、先輩、高校三年のインターハイでも怪我してましたよね。もう、びっくりしました。 |
美沙子 | 知ってるんだ。ま、新聞にも載ったらしいからね。 |
直 | 出てたら、絶対優勝だったのに。その怪我はどうしたんですか。 |
美沙子 | うん、あのときから治ってないんだ。 |
直 | !・・・すみません! |
美沙子 | 全然。ごめんね、がっかりさせちゃって。膝やっちゃってね。 |
直 | でもあのときそんなにひどくないってみんな言ってって・・・だからあたしも復帰したとばっかり・・・。 |
美沙子 | あはは。私もそのつもりだったんけど。・・・あれから三年か・・・。事故の後、お医者さんにもう二度と走れないつて言われて、茫然自失。大学の推薦も取り消されちゃって、でも、信じたくなくて、だけどどうしようもなくて、ずっとフラフラしてた。いつかまた前みたいに走れるんじゃないかってね。 |
直 | ・・・。 |
美沙子 | でも、そんな都合のいいことはなくて、私の足はうんともすんとも言わなかったよ。 |
直 | ・・・そうだったんですか・・・。あ、でも、その格好・・・。 |
美沙子 | 今ね、マネージャーしてるの。 |
直 | マネージャー? |
美沙子 | 尾木山体育大学の陸上部。なかなかね、いい感じにまとまってきてるよ。 |
直 | ・・・。できるんですか。 |
美沙子 | え? |
直 | マネージャーって・・・。あの・・・。陸上のこと。忘れたくないんですか? |
美沙子 | (きつぱりと)忘れたかったよ。忘れたい、っていうか、消してしまいたかった全部。 |
直 | ・・・。 |
美沙子 | 事故のことも、元気に走れた頃の思い出も、どうして私だけこんな目に、とかいう感情も全部。だから、とりあえず次の年に専門学校に進んだの。 |
直 | え?さっき大学って。 |
美沙子 | ああ、入ってやめた。 |
直 | なんでですか? |
美沙子 | 余計に苦しくて。関係ないことしているのが。 |
直 | だって、・・・。陸上してたら、思い出すじゃないですか。いやなこと。 |
美沙子 | うん・・・。最初は私もそう思ってた。でも、思い出って、ひとつの事実だったんだよね。 |
直 | 事実? |
美沙子 | だから、んー、それによって今の私があるってこと。いろんな起きたことを消そうとしても、無理なのね、だって、そのいろんなことによって、今の私がこうして作られているんだから。 |
直 | でも・・・。 |
おば | 自然が一番。無理はだめー。 |
美沙子 | 思い出が悪いんじゃなくて、弱さを思い出のせいにしてたことがいけなかったのね。 |
おば | それがわかったのがちょうど一年前、蝉時雨降りしきるこのトイレでありました。 |
美沙子 | やだ、あばちゃん、覚えてたの? |
おば | 当たり前よ。あたしの心の中にはトイレ日記があるのさ。 |
美沙子 | 恥ずかしいな。でもほんと、あの日はやりきれなさが爆発してて涙が止まらなくて。そのときおばちゃんが言ったの。「泣け泣け。」 |
直 | は? |
美沙子 | 「でもどうしてそんなに泣けるのかをよく考えな。」って。そのときわかった。陸上、やっぱり好きだって。一生懸命走ってた自分も、怪我して苦しんでた自分も大事だって。そういう自分を忘れては行けないんだって。それに気づいてさらにだらだら。 |
おば | 本当。あの時の美沙子ちゃんはすさまじかった・・・。 |
美沙子 | やだ・・・。 |
直 | すごい! |
おば・美 | えっ? |
直 | 先輩めっちゃすごいです。すごすぎて、半端なあたしとは大違い・・・。 |
美沙子 | そんなことないよ。二年遠回りしたからね。でもいまマネージャーやってて、とても楽しいよ。前に走ってたからこそ分かることも、言えることもある。ね、忘れなくてよかった。 |
直 | でも、それは先輩だから。あたしは先輩みたいには・・・。 |
美沙子 | (ふと時計を見て) あ!とっくに休憩終わってるし。ごめんなさいね。いかなくちゃ。 |
直 | あの! |
美沙子 | はい? |
直 | ・・・。 |
美沙子 | どうしたの? |
おば | いいから、行きな・ |
美沙子 | はい。じゃあ、おばちゃん、また。 |
美沙子、去る。 | |
つづく こちら へ |