キャリィ・オン
       作・佐藤喜志夫

母  長女  次女  父

キャリィ・オンA  

 

 この舞台は、どこまでも透明、それも冷たい程に透明である。
 
で、ここは「と゜こにでもあるごく普通の家庭のダイニングキッチン」て゜ある。
 
舞台中央にテーブル、そして椅子が四つ。それを囲むように、四本の柱がある。その他の舞台装置は何もない。
 これから登場してくる人物四人の服装は、しろ(もしくは白に近い)に統一し、その上に何か一つだけ着ている。これは四人それぞれに違った色である。
 
小道具については芝居の後半まで全く必要としない。あくまでも、それらしい演技で進行していく。

 母登場。 食事の支度をしている風情。

カナエさん、食事の準備ができたから、こっちにいらっしゃい、・・・・・聞こえないのかしら。まさか怒ってるんじゃないよね、・・・カナエさ〜ん!食事の・・・・

 女出てくる。 この女が「カナエさん」で、次女である。

準備ができたから食べましょね。
次女 (座る)
いつも遅くてゴメンネ。今日は特に遅くなっちゃったわね。ごめんごめん。はい、ご飯。それから味噌汁ね。今夜は豪華でしょ。マグロの刺身、中トロだよ中トロ。それにイカの刺身。たまにはふんばらないとね。父さんがいたら『一本つけてくれ』なんて・・・・・
次女 (母に鋭い視線)
あ、いや、そうじゃなくて、母さんだよ、母さん。母さんビールでも飲んじゃおうかね。今夜は最高、なんてね。それがいいそれがいい。さうしよっと。
 母、ビールを取りに行く。
(喋りが止まらない)学校はどう? おもしろい? 男女共学よね高校。いいわね。母さんなんか女ばっかりの高校だったから色気も何もなくて。冷えてて美味そうだね。そのくせ妙に男を意識しちゃってさ、たいした男でもないのに男の先生がモテたりしてね、少しでも若かったりしたらもう大変。このアワが何とも言えないね。若いってだけで、すっかりアイドル、仕方ないよね男がいないんだから、用務員のオジサンまでモテたりしてさ、ハハハハハ・・・・あーうまい!たまんないのよねこの一杯が。その点今はいいよね、教室の半分は男なんでしょ。どう、ハンサムボーイいる? ボーイフレンドなんかいっぱいいるの? いたら今度連れておいでよ。母さん一生懸命接待してあげるよ。そのかわり母さんが休みの時に連れてくるんだよ。どう、マグロ、おいしいだろ、高かったんだよぉ、イカはねえどれもこれも同じようなもんで選ぶのに苦労したんだけどさ。・・・・・いけるじゃない、うん、結構いけるよ。・・・・・うまい、うまい、ね、うまいでしょ。それにしてもアキコさん此の頃毎晩遅いよねえ。毎日毎日残業なんだろうかね、それに今日は土曜日ですよ。今時土曜日も仕事だなんて会社あるんだろうか。そういう母さんだって土曜日も日曜日もないけどさ。ま、世の中いろいろ、会社もいろいろってことですかね。あ、いや、そうじゃない。これはデート、おデートですよ。きっと。細菌のアキコさん、化粧も少し濃い目だし、珍しく香水の匂いもホンワカだもんね。男ができたたんだ。フフフフフ、やるわねアキコさん。カナエさんはどうなの? いるの男?
次女 (茶碗を置)
え?
次女 (母をにらむ)
母さんうるさい?
次女 うるさい。
ゴメンネ。
 音もなく無言で食べる。が・・・・
あら、もう十時過ぎてるじゃない。ゴメンネ、明日からはもう少し早く帰らないとね、でも仕事がねえ、あの店長なんだかんだってうるさいんだよねぇ。学校にも行かない? ガチャガチャうるさい先生、いるでしょ、どうだい?
次女 (母を見る)
ゴメンネ。
  無言。ちょっと違った空気が流れた。
  女入ってくる。この女は長女「アキコさん」である。
長女 もう十時過ぎてるっていうのに、今頃食べてんの? しょうがないなあ母さんは。カナエも母さんなんかあてにしないで勝手に食べちゃえばいいのに。(座る)あらビール? 私も飲もうかなぁ、いいでしょ母さん。
シーッ!
長女 何なの?
食事は無言でいただくの。これ日本のしきたり、ね、カナエさん。
長女 馬鹿みたい。
次女 お姉ちゃん。匂う。
長女 何が。
次女 わかんない。でも匂う。
長女 そう・・・・・・(スコシフアンニナル)・・・友達と飲んできたからね、でもちょっとだけなんだよ。
次女 違う、そんな匂いじゃない。
長女 え?(スコシウロタエル、ソシテ、ジブンデニオイヲ、カイデミル)こ、香水の匂いよ。好きな香水見つけたの、だからその匂いよきっと。
次女 だったらそんなに慌てなくてもいいのに。
長女 あ、慌ててなんかいないよ。
次女 何かウロタエテル。何してきたの?
長女 え? 何、何なの?
次女 (アキコをじっと見る)
(次女に負けない程にアキコを見つめる)
長女 何よその目は、・・・・・私は何もしてないからね。
アキコさんはもう大人だから。
次女 うん、・・・・・(スコシハズカシゲ)
長女 二人ともいやらしいわよ。
次女 お姉ちゃんはもっといやらしい。
カナエさんも負けずに頑張れ。
次女 明日模擬テストがある。
終わったら頑張れ。
次女 ・・・・・(ウツムイテシマッタ)
あ、あれだよ・・・・・・テスト、テストだよ。
次女 母さんが一番いやらしい。
ゴメンネ。
長女 勝手に遊んでれば、テレビつけるよ。
次女 私がつける。
長女 ありがと。
  次女、リモコンでテレビのスウィッチを入れる。画面ではエグザイルが「キャリイ・オン」を歌っている。ほんのちょっとして次女はスウィッチを切る。
長女 切らないでよ。
次女 この歌、好きじゃない。
長女 いい曲じゃない。
次女 (無言)
アキコさん(ビールを注ごうとする)
長女 もういい。
そう。…カナエさんはもう卒業だね。
次女 うん。
長女 私寝る。
お風呂、お湯入れてないよ。
長女 シャワーでいい。
ゆっくり入ればいいのに。
次女 卒業したら一人で暮らすよ私。
短大に行くんじゃないの?
次女 行くよ。
長女 入学金や授業料はどうするの。
次女 親に出してもらう。
長女 親って、父さんでしょ。
次女 親でしょ。
長女 そりゃそうだけど、家は出るけどお金は出してもらうだなんて勝手過ぎるじゃない。
次女 学費だよ。
長女 お金でしょうが。
次女 お姉ちゃんだって出してもらったでしょ。
長女 私はちゃんと家から通ったし今でもこの家にいる。
次女 家にいるから出して、一人で暮らしたら出さないなんておかしい。
そりやそうだ、カナエさん正しい。
長女 母さん!
だって間違ってないだろ。
長女 母さんはそれでいいの?
けっして間違ってないからね、出すのが当然だろうね。
長女 正しい、間違いの問題じゃないでしょ。
じゃ何の問題なの?
長女 カナエは家を出るって言ってるのよ。
次女 家を出るんじゃなくて、一人で暮らすの。
長女 同じことじゃない。
次女 別に親子の縁を切るわけじゃない。
長女 そんなこと当然でしょ。それから家を出る-…
次女 お姉ちゃん。
長女 わかっ,てる、一人で、一人で暮らすということはアパートとかに住むことになるんだろ。
次女 うん。
長女 敷金とか家賃とか生活費はどうするの?
次女 生活費は毎月もらう。
長女 誰に。
次女 親。
長女 父さんでしょ!
次女 家にいたって学生なんだし、食事も出してもらうし、お小遣いだってもらうでしょ。
それはそうだ。
長女 母さん!
間違ってないだろ。
長女 そういうことじゃないって言ってるでしょ。
どういうことなの?
長女 もういい、母さん黙ってて。
わかった、黙ってる。でも少しはいいだろ?
長女 勝手にすれば。
ありがと。
長女 カナエ、敷金とか家賃はどうするの。
次女 借りる。
長女 誰に。
次女 親。
長女 父さんでしょ!
次女 借りっぱなしにするつもりはない、必ず返済する。
長女 返済って、だいたいこの家の口ーンだって何年残ってると思うの?
あと五年。
長女 なのよ。アパート借りるお金なんて出せるわけないでしょ。
(立ち上がる)
長女 どうしたの?
預金通帳見てみる。
長女 そんなもの見なくたってわかるでしょ。
見なくちゃわかんないよ。
長女 じゃ見たらいいでしょ!
何怒ってんのさ、おかしな娘だねアキコさんは--…(と言いつつ去る)
長女 全くもう!こんなだからカナエのような勝手な娘ができてしまうのよ!
次女 お姉ちゃん何を怒ってるの?
長女 カナエ、この家にいることがどうしてイヤなの?
次女 別にイヤじゃないよ。
長女 じゃどうして家を出たいなんて言うの。
次女 家を出るんじゃない。
長女 わかったよ、その、どうして一人で暮らすというのよ。
次女 同じでしょ。
長女 何が。
次女 ここに居ても、別の所に居ても同じだよ。
長女 どうして。
次女 一人でしょ。
長女 え?
次女 ここに居たってみんな一人、たまたまそこに居合わせた人と食事をし、話らしいことはするけどみんな一人で暮らしてる、結局一人なんだからどこに居たって同じだよ。
長女 私たちは家族なのよ、そうでしょ。
次女 家族?
長女 家族は一緒に暮らすのが当然なの。
次女 どうして。
長女 どうしてって、家族だからでしょ。
次女 説明になってないよ。
(戻ってくる)ダメだ、母さんにはカナエさんに貸すお金ないわ。案外たまらないもんだねえ。
長女 そんな話やめてよ、寂しくなるだけじゃない。
父さんに頼んでみたらいい。父さんならあるかもしれないよ。
長女 母さん!
次女 母さんから頼んでよ。
そうだね、母さんから頼んでみるよ。
長女 何言ってるの!そんなことより、母さんはカナエが家を出ることに賛成なの?
次女 一人で暮らすの。
母  早いか遅いかだけの違いだろ。
長女 え?
いずれは一人になるんだろうしさ。
長女 母さん。
母  アキコさん、あなた疲れてるのよ。泊まってきてもよかったのに。
次女  (ホホヲアカクシテウツムイタ)………
長女  母さん。
母  もう寝るよ。明日は日曜だけど仕事だし、主婦も大変なんだよ。
長女 主婦なんかしてないくせに。
何か言った?
長女 何でもないよ。
母  そう。先にお風呂いただいていいかい?
長女 どうぞ。
ありがと。
   母去る。
長女     不思議な沈黙となる。
次女 (食卓を片付け始める)
長女 『ゴチソウサマ』くらい言って片付けたら。
次女 (無言)
長女 カナエ!
次女 お姉ちゃんも。
長女 え?
次女 『ただいま』くらい言ったらいいのに。
長女 言ったよ! 言ったと思う。
次女 ウソばっかり。
長女 何?
次女 何でもない。
長女 そう。
次女 私は言ったよ。
長女 言ってない。
次女 それじゃ聞こえなかったんだ。
長女 どうして。
次女 何か考えてたんじゃない?
長女 何を?
次女 わかんないよ。
長女  勝手なこと言わないの。
次女 仕方ないさ。
長女 え?
次女 私、お姉ちゃんじゃないもの。
長女  そんなこと当たり前でしょ。
次女 でしょ。
長女  だからなんなの。
次女  わかんない。
長女   わけわかんないこと言うんじゃないよ。
次女  私もそう思う。
長女 一体何だって言うのよ!
次女 お姉ちゃん変。
長女 何が。
次女 何をそんなに怒ってるの?
長女 (ミョウニナツトクシタヨウニダマツテシマツタ)……?
次女 ね、変でしょ。
長女 (キヲトリナオシタ)変じやない、カナエちょっとここに座って。
次女 何よ。
長女  どうしても家を出る……
次女   一人で暮ら……
長女   わかってる、どうしても一人で暮らすというの?
次女  うん。
長女  何か不満でもあるの?
次女 さっき言ったよ。
長女 一人だってこと?
次女  うん。
長女 そんなの説明になってないよ。
次女 家族と同じだね。
長女 え?
次女 説明になってないもの。
長女 なんなのよ一体。
次女 (ダマッテシマッタ)
長女 どうしたのさ。
次女 (モウウンザリシナガラモ)お姉ちゃんには何の迷惑もかけないでしょ。
長女 それが大変ご迷惑なの!
次女 どうして。
長女 お姉ちゃんね、近々結婚しようと思う。
次女 今日の人?
長女 そう、まだ内緒にしててよ。
次女 もう内緒じゃないわよ。
長女 母さんや父さんには言わないでっつてこと。
次女 どうして。
長女 だってそうじゃない、・・・・・・ちょっと待って、私のことじゃなくてカナエ、あんたのことが問題なの。
次女 どんな問題なのよ。
長女 だから、お姉ちゃん結婚しようと思うの。
次女 私のことと、お姉ちゃんの結婚することとは全然別じゃない。
長女 別じゃない。
次女 どうして。
長女 考えてもみてよ。私が結婚するということは、この家を出るということよ。そうでしょ。
次女 二人で暮らすんだ、お姉ちゃんは。
長女 ね、私はここを出ることになるの。
次女 そうだね。
長女 そうでしょ。それなのによ、カナエまで出るとなったらこの家はどうなるのよ。
次女 どうにもならないよ。
長女 母さんと父さんの二人っきりになるのよ。
次女 そうね。
長女 そうねって、それでカナエはなんとも思わないの?
次女 どういうこと?
長女 二人っきりじゃ寂しいでしょ。
次女 そんなことないよ。今とたいして変わらないんじゃない?どっちみちみんな一人でやってんだもの。父さんだって帰ってこないし。
長女 そんなことない!
次女 ある。
長女 たとえこの家族がみんなそれぞれ一人でやってるにしろ、実際にいるのといないのとでは精神的に大きく違う。
次女 家族って精神的ってこと?
長女 それだけじゃないけど、それが一番大きい。
次女 だったらそれこそ問題ないよ。
長女 どうして。
次女 私が一人で暮らすということは単に物理的なことだもの。
長女 ただからそれが違うって言ってるんでしょ!
次女 (モウゲンカイミタイ)
長女 カナエ!
次女 (デモキヲトリナオシテ)もうやめようよ。
長女 やめる?
次女 退屈なんだもの。
長女 退屈? 自分のことでしょ。
次女 自分のことはちゃんとわかる。
長女 大事なことでしょ。
次女 普通のことよ。
長女 家を出ることがどうして普通のことなのよ。
次女 ホラ。
長女 ああ、そうそう一人で暮らすのね、その一人で暮らすということが、それもちゃんとここに家があるというのに、それなのに一人で暮らすということかどうして普通のことなのよ。
次女 ホラ。
長女 一人で暮らすってちゃんと言ったでしょ。
次女 お姉ちゃんの言うことわかんない。
長女 お姉ちゃんもカナエの言うことわかんない。
次女 ね、こんな退屈なことないじゃない。
長女 でもそれじやダメだって言ってるの。
次女 お姉ちゃんがここに居たらいいさ。
長女 え?
次女 結婚して、ここに居たらいいじゃない。家族なんでしょ、精神的なんでしょ。
長女 それとこれとは違うでしょ。
次女 ・・・・・・(カンベキニゲンカイデス)・・・・・・
長女 ・・・・・・? ・・・カナエ? ・・・・・・カナエ。
次女 (オヤスミノヨウデス)
長女 カナエ・・・・・・眠ってんの? カナエ・・・・・・
次女 (オキルケハイハアリマセン)
長女 寝るんだったら自分の部屋で寝たらいいでしょ!
次女 そうする。
長女 カナエ・・・・・・
   次女、椅子から立ち上がろうとする。
長女 カナエ!
次女 何よ。
長女 『オヤスミ』ぐらい言いなさいよ。
次女 言ったよ。
長女 言ってない!
次女 ・・・・・・(去る)
長女 カナエ!
  ややあって、母が入ってくる。
お先にいただきましたよ。あら、カナエさんは?
長女 部屋に行った。全く勝手なんだから。
どうかしの?
長女 どうかしたのってことないでしょ! どうして叱らないのよ。
叱るって、母さんが? カナエさんを?
長女 当然でしょ。
カナエさん何か悪いことしたの?
長女 あんまり自分勝手じゃない。
仕方がないじゃないか。自分でやりたいようにやるのが一番。母さんや父さんの時代は自分のやりたいようになんかできなかったから、なおさらそう思うよ。
長女 母さん、本当にそう思ってんの?
そうだよ。
長女 それじゃ私もやりたいことやっていいのね。
遠慮でもしてたの?
長女 一応は気を使ってたわよ。
そんなふうには見えなかったけど。
長女 鈍感だからてでしょ。
それは悪うございました。
長女 わかった。私もやりたいようにやるから、そのときになってガミガミ言わないでよ。
今度は泊まってくるんだね。
長女 泊まるどころか、二度と帰って来ないかもよ。
まさか死ぬんじゃないだろうね、いやだよ心中なんて。
長女 馬鹿言わないでよ!
何かアキコさんには叱られてばっかりだね。
長女 叱ってなんかいないわよ。呆れてるだけ。
そんならいいけど。
長女 ちっともよくないわよ。
何か言った?
長女 別に。
そう。
長女 そんなことよりさっさと寝たら、明日も仕事なんでしょ。
そうそう思い出した。カナエさんは?
長女 さっき言ったでしょ。
もう寝たのかなあ。
長女 今更家を出るのは反対なんて言ってもはじまんないよ。
一人で暮らすの。
長女 母さん!
ごめんごめん。それよりカナエさん呼んできてよ。
長女 用事があるなら自分で呼んでよ。
そうだね、そうする。
長女 私寝るね。
アキコさんもここにいてよ。
長女 何なの?
別に話さなくてもいいんだろうけど、やっぱり知っててもらった方がいいと思ってね。
長女 どうしたのよ。
お風呂に入りながら考えてた、ゆっぱり話した方がいいって。
長女
カナエさん、まだおきてる? 起きてたらちょっとこっちに来てよ。話があるの。・・・・・・カナエさーん!
長女 どうしたっていうの?
カナエさんが来たら話すよ。そんな長い時間じやないから母さんの話聞いてよ。
長女 (立ち上がって)カナエー!
(拍手)
  次女、はいってくる。
長女 さっさと来なさいよ。
次女 何か用?
長女 母さん、話があるって。
次女 ・・・・・・(椅子にすわる。)
ごめんね、もう寝てたんでしょ。
次女 本読んでた。
カナエさんは勉強家なんだね。
次女 漫画だよ。
あ、そう。
長女 ぐたらないこと言ってないで、早く話してよ。
カナエさん、その漫画おもしろかったら後で母さんにも読ませてね。
次女 いいわよ。
ありがと。
長女 母さん!
ごめん。・・・・・・実はは、母さん、離婚することにしたの。
長女 ええーッ!
びっくりした?
長女 離婚って、父さんと?
次女 そんなこと当たり前じゃない、変なお姉ちゃん。
長女 カナエは何ともないの?
次女 私が何ともあったって仕方ないじゃない。
長女 あんたはどうしてそうなのよ。
次女 そうなのって、何がそうなの?
長女 母さんが父さんと離婚するって言ってるのよ。
次女 うん。
長女 それでいいの?
次女 お姉ちゃん、少し変だよ。
長女 何が。
次女 誰が離婚するのよ。
長女 何言ってるのよカナエ、母さんと父さんだって言ってるじゃない。
次女 でしょ。だから変だって言ってるの。
長女 どうして。
次女 お姉ちゃんが離婚するわけじゃない。
長女 そんなの当たり前でしょ。結婚もしてないのに、どうして離婚できんのよ。
次女 もうすぐ結婚するって言ったじゃない。
長女 そりそうだけど・・・・・・あ、それはまだ内緒だって。
アキコさん結婚するの? おめでとう、よかったね。母さんもこれで安心して離婚できる。
長女 安心して離婚だなんてどういうことよ。
どうもこうもないよ。こうやって二人とももう大人だし、ましてカナエさんは高校卒業したら一人で暮らすと言うし、アキコさんも結婚となれば、もう父さんも母さんも必要ないじゃないか。
長女 必要ないって言い方ないでしょ。それに母さんは父さんと愛し合って結婚したんでしょ。
そりゃそうだよ。激しく愛し合ったよ。
長女 激しくはいいけど、それなのにどうして離婚なんかするのよ。
母さんだってこの先何年生きられるかわからないし、好きなことやってもいいかなって思ったのよ。平均寿命も延びたことだし、もう一回人生をやり直すっていうのもいいかななんてね。
次女 (拍手)
長女 カナエ!
次女 すごい、今の母さんとってもステキよ。
そうかい、そう言われるとなんかテレるねえ。
次女 そんなことない。私見直しちゃった。
ありがと。
長女 二人とも遊んでないでよ。
次女 遊んでなんかないよ。
長女 カナエはちょっと黙ってなさい!
次女 変なの。
長女 母さん、母さんはそれでいいでしょうけど、父さんはどうなのよ。
父さんが先に離婚しようって言ったの。
長女 まさか……
最初はびっくりしたわよ。でもこの辺で新たに出発するのもいいかな.って、ね。
次女
そりゃいくら母さんでも少しは考えたよ。何だかんだ言っても二十年以上も夫婦やっでんだしさ。
次女 二十六年。
ありがと。それに喧嘩別れじゃないんだから、全く口もきかないというわけじゃない。たまには一緒に食事だってするだろうしね。
長女 だったら離婚なんかしなくたっていいじゃない。
お互い一人になってみるということなんだよ。こんだけ夫婦やってるとお互い空気みたいな存在だけど、一緒というとやっぱり相手を考えるからね。
長女 それが夫婦でしょ。
だから、その夫婦をやめてみようということになったんだよ。
長女 何考えてんだかちっともわかんないよ。
だってねアキコさん。さっきも一言ったけど、普通に生きてもあと三十年位はあるんだよ。父さんも母さんもこのままずっと同じじゃ進歩がないじゃないか。
次女 (拍手)
長女 母さん、私これから結婚するのよ。
次女 父さんと母さんをみならうべきね。
長女 馬鹿!
次女 何よ!
長女 これから結婚しようとしているのに、これじゃ夢も希望もないじゃない。両親は離婚するわ、妹は家を出るわじゃ、サトシさんの両親に私たちのこと許してもらえないかもしれないでしょ。
次女 そんなのおかしいよ。結婚するのはお姉ちゃんとその何とかさんでしょ。
長女 サトシ。
次女 サトシでしょ。
長女 気安く呼び捨てなんかしないでくれる。
次女 ごめん。---・だから、お姉ちゃんの結婚に私たち関係ないでしょ。
長女 家族なんだから関係ないわけないでしょ。
次女 家族?
長女 そう、私たち家族でしょ。
次女 家族って精神だって言ったじやない。
長女 そうだよ。
次女 結婚って精神?
肉体も関係あるよね。
次女 家族っていやらしい。
長女 馬鹿、そんなことじゃないわよ!
次女 怒んなくたっていいじゃない。
長女 とにかく、そんな家族じゃ結婚を許すことはできません、て言われるかもしれないの。
次女 だったらやめちやえばいいさ。
長女 そんな言い方ないでしょ。私の春はどうなるのよ。
次女 何それ?>
長女 両親は離婚する、妹は家を出る、姉は結婚できない、一体この家はどうなるのよ!
売り払うことになるんだろうね。
長女 母さん!
はい!
長女 真剣に話してんだから茶化さないで!
何か気にさわった?
長女 家って私たち家族のことでしょ。
次女 複雑なんだね。
長女 そうなの、とっても複雑なの。でもそこに愛があれば、思いやりのこころがあればちっとも複雑じゃなくなるの。
次女 何だかますます複雑みたい。
アキコさん。
長女 何よ。
まだ怒ってる?
長女 当然でしょ。
怒ってるとこ大変申し訳ないんだけどちょっと質問してもいい?
長女 これ以上怒らせないでよ。
結婚のご予定はいつ頃なんでございましょうか。
次女 (吹き出す)
長女 笑うな。
次女 だって、・・・・・・
あのオ。
長女 サトシさんの仕事の都合で来年の冬頃になると思う。
次女 ええーっ!
長女 何よ。
次女 あと一年以上もあるじゃない。
長女 そうよ。それがどうしたのよ。
次女 ダメになるかもしれないんだ
長女 何てこと言うのよ!
                    つづく

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