消えたビー玉 @ |
1993年度 当時宮城広瀬高演劇部として上演.。仙台空襲がテーマ。タケオたちの小学校へ忽然と現れる少年は、いったい・・・・・ |
タケオ・アキコ・ジュン・ヤスヒコ・タケオの姉・タケオの母・タケオの祖父・群集 |
消えたビー玉A |
@ 爆撃機、焼夷弾、爆弾、爆発、燃える。そうした空襲時の音。 やがておさまり、幕が開く。 舞台奥に学校。 |
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タケオ | (登場)何見てんの。ニュースか。おっ、ベメタラづけ、こいつ好きなんだ。 |
祖父 | ちゃんと手、洗ったのが。 |
タケオ | うん。チャンチャカチャチャ…… |
祖父 | なんだ、そいづは。 |
タケオ | これ?チャンチャカチャチャ……今はやってるファミコンのバックミュージック。 |
祖父 | ふん。子供は、外で遊ぷもんだ。家ん中で、ファ、ファムコンだど。情けねえ。 |
タケオ | ファミコン!時代が違うのよね。チャンチャカチャチャ…、何、これ、やだ、ニンジンだ。 |
祖父 | タケオ! |
タケ | はい。 |
祖父 | お前な、戦争が始まれば、ごはんなんか食えねぐなんだぞ。ニンジンってゆったら、最高のごちそうだ。毎日、電球に黒い布かけで、静かにして食ったもんだ。それでも、うちは、まだよかった。親父が頑張って店やってだからな。あん時の空襲さえながったならな。 |
タケオ | チャンチャカチャチャ・…・もう一切れいただくかな(つまむ) |
祖父 | タケオ、聞いてんのが。 |
タケオ | 聞いてま−す。 |
祖父 | いいが、おじいちゃんは、ひとでなしだから、もうだめだが、お前は、これがらの人間だから、ちやんと人間らしぐなれ。 |
タケオ | おじいちゃんはひとでなしじゃないよ。おじいちゃんは、自分のお父さんを助けようとしたけど、炎にまかれて、助けられなかったんでしょ。それは、しようがないことだよ。うん、今日の漬物はことのほかうまい。 |
祖父 | おめな、しようがないではすまねえんだぞ。 |
タケオ | なんでえ? |
母 |
(登場)タケオ!何やってんの。時間だよ、塾に行くんだろ。 |
タケオ | おなかすいちやったよ。ごはん食べてから行く。 |
母 | 塾終わってから、お姉ちゃんと一緒に食べるんだろう。 |
タケオ | え−!お姉ちやんの部活、遅いからさ。(つまむ) |
母 | こらっ! |
タケオ | いててて。痛いなあ。 |
母 | おなかいっぱいになったら、頭の回転にぷくなるだろう。 |
タケオ | 育ち盛りなんだからさあ。 |
母 | あんたね、少年サッカーチーム、やめたんでしょ。将来はJリーグだとか大きなこと言って入ったくせに。 |
タケオ | だって、あそこ、六年になってからではもう遅いんだもの。監督は相手にもしてくれないよ。 |
母 | それでわかったでしょ。スポーッがだめなら、勉強して、良い学校に入る。それしかないの。いい高校に入るには塾に行くしかないの。わかってるの ! |
タケオ | そんなこと言ったって。ぼくまだ小学生だよ。 |
母 | サッカーの監督、何と言ったの。六年生になってからではもう遅いんでしょ。同じことよ。小学生だから、行くんでしょ。高校生になったら、もう遅いの。ゆっくりしてなんかいられないの。行きなさい。 |
祖父 | 今の子供は気の毒だな。おねえちゃんも、女のくせに野球なんかやらされで。世の中、狂ってばっかしだ。 |
タケオ | おじいちゃん、野球じやないの。ソフトボール、ソフトボール。 |
ジュン | タケオ君! |
母 | ほら、迎えに来たよ。(バックを持って出て行くタケオに)さぼるんじやないよ。たまにアッコちやんみたいに、いい成績とんなさい。返事は。 |
タケオ | は−い……あ−あ、いやんなっちやうよなあ。 |
A
学校。校庭の片隅.。 |
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アキコ | おかあさんは、今日も遅いから、お弁当を買ってきました。お家は、一人だと寂しくて、アッコはいやだから、今日は学校で食べます。お母さん、いただきま1す。う−ん、おいしい。おかあさん、お仕事ごくろうさま。ヘヘ、おいしい。 |
夏の日が暮れてくる。ゆっくり黙々と食べるアネコ。 下手側、校舎の脇にふっと一人の少年が浮かび上がる。 アキコ、ぎくっとするが、気を取り直して、しばし見ていて、 |
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アキコ | ねえ、何してるの? |
ヤスヒコ | (間こえない) |
アキコ | ねえ、何してるの? |
ヤスヒコ | (間こえない) |
アキコ | (立って傍に行く)ねえ、何してるの? |
ヤスヒコ | 探してるの。 |
アキコ | 何を探してるの? |
ヤスヒコ | ビー玉。 |
アキコ | ビー玉? |
ヤスヒコ | うん、ビー玉。 |
アキコ | 君、どこの子?学校にそういうの持ってくると、先生にしかられるよ。 |
ヤスヒコ | 持って出るの、忘れたんだ。だから、戻って来て、探してるんだけど、どこにもないんだ。おかしいな。 |
アキコ | ふう−ん、(そこらへんを探してみる)君、名前は? |
ヤスヒコ | ぼく、ヤスヒコ。 |
アキコ | ヤスヒコくん、私は、あきこ、アッコと呼んで。よろしくね。(握手しようとするが、ずっと通り抜けてしまう) |
ヤスヒコ | 明日、また来なくっちゃ。大切なビー玉だから。(消える) |
茫然と立ちすくむアキコ |
B |
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タケオ | 終わった終わった。ヤッホー。 |
ジュン | 終わった終わった。ヤッホー。 |
タケオ | 家に帰ってファミコンやるぞ。 |
ジュン | 家に帰ってファミコンやるぞ。あ、学校の宿題がある。 |
タケオ | いいんだ、宿題は、あしたの朝、アッコのを写せばいい。 |
ジュン | でも、この間みたいに、いやだって言ったら、どうするんですか? |
タケオ | おれなんか、アッコのおかげで、いつも叱られてんだぞ。「アッコちゃんを見習いなさい、アッコちゃんみたいにいい成績とんなさい、返事は。」だから宿題はアッコに見せてもらうんだ。 |
ジュン | 変な論理ですね。 |
タケオ | (アキコに気付く)アッコだ。何してんだ?しっ!(近づいて)わっ! |
ジュン | わっ! |
アキコ | (ふりむく) |
タケオ | なんだよ。なんだよ。 |
アキコ | 今から塾? |
タケオ | 馬鹿。もう終わって、帰るとこだぞ。 |
アキコ | えっ、もうそんな時間なの。 |
タケオ | カアーッ!だから女ってのは困る。 |
ジュン | 今日、塾をさぼったでしょう。学校の宿題は大丈夫ですか。 |
タケオ | 馬鹿。何言ってんだ。 |
ジュン | でも・…。 |
タケオ | お前な、夏の夜に学校に一人で来ちやいけないんだぞ。学校には幽霊が出るんだ。 |
アキコ | ……。 |
タケオ | 夜、一人でこの学校の中にいると、校舎の西の外れ、あの辺、あの辺に、一人の女の子が寂しそうに立っているんだ。だれかなあって思うだろう。するとその女の子は、うらめしそうにこっちをみるんだ。白い顔で。うらめしそうに。 |
ジュン | きやあああ−っ! |
タケオ | (びっくりする)なんだ! |
ジュン | こわい。 |
タケオ | おどかすなっ。 |
アキコ | ねっ、それ、ほんとの話。 |
タケオ | うん、おねえちやんが言ってた。夏になると出るって。ほんとに怖いって。この学校はたたられてんだ。 |
ジュン | そう言えば、僕も聞いたことあります。夜に校庭に来て、窓を見たら二階の窓から女の顔が外を見てたって。 |
タケオ | そんなの、誰かいたんだ。 |
ジュン | あるのは顔だけで、首から下はないって。 |
タケオ | うっ! |
ジュン | それからまだあります。タ方、廊下歩いてたら後ろから誰かがついてくるんだって。振り向くと、暗い廊下の壁の中から人の顔がぷわっと出てきて、またすっと消えるんだって。 |
タケオ | よせっ!お前がそういう話得意だってこと、忘れてた。 |
ジュン | まだ、あります。 |
タケオ | もういい。やめろ。 |
アキコ | 私、見たの。 |
タケオ | えっ? |
アキコ | さっき、幽霊を見たの。 |
ジュン | どこで? |
アキコ | あそこ。あそこに犬小屋の壊れたのがあるでしょ。あそこ。 |
ジュン | あそこ?あれ!さっきタケオ君が言ってたのと、ほとんど同じ場所ですね。 |
アキコ |
でも、男の子だったの。 |
ジュン |
男?ふうん。 |
タケオ | ねえちゃんは女の子だって言ってたぞ。その子は、学校で死んだんだって。だから出るんだって。男じゃねえぞ。 |
アキコ | お話しもしたよ。その子と。 |
ジュン | えっ、幽霊と話したんですか。それはすごい。アキコさん、ヒーローですよ。 |
タケオ | 嘘だろう。じゃ、そいつは、学校なんかになんで出てくるんだよ。 |
アキコ |
ビー玉探しに来るんだって。 |
タケオ ジュン |
えっ−! |
ジュン | なに、それ。 |
タケオ | ビー玉!ぶざけんなよ。塾さぼって、こんなとこで遊んで、嘘までつくなよな。 |
ジュン | そうですよ。僕、まじめに聞いてしまった。 |
タケオ | 俺のねえちゃんは女の子だって言ったんだぞ。嘘つくなよな。(つっつく。だんだんいじめになってくる)成績いいからって、いい気になるなよな。 |
アキコ | やめなさいよ。 |
タケオ | なんだよなんだよ。何持ってる。おっ、弁当かおまえ、うちでごはん食わせてもらえねえだろ。ジュン、おまえもやれ 。 |
ジュン | でも。 |
タケオ | こいつは、おまえにも嘘ついたんだぞ。お−、べんとうのにおいだ。シャケ弁だな。シャケのにおいだ。くさいぞ、くさいぞ、くさい。 |
アキコ | やめてよ。 |
タケオの姉が通りかかる。 |
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姉 | タケオ! |
タケオ | (気付かない。いじめに夢中) |
姉 | (いきなりタケオを捕まえる)なにパカやってるの! |
タケオ | あれっ、おねえちやん。 |
姉 | 男の子が、女の子をいじめるんじゃないの! |
タケオ | でも。 |
姉 | でももへちまもないでしょ!おいで!あんたたちも、お家に帰り。このばか! |
姉、弟を引きずっていく。 |
C タケオの家、母は台所仕事をしている。 |
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姉 | ただいまあ。ちょっと、お母さん! |
母 | おかえり。あら、タケオも一緒だったの。 |
姉 | おかあさん、聞いて。タケオったらアッコちやんとこ、いじめてたのよ。私が通りかかんなかったら、何やってたかわかんないよ。 |
タケオ | そんな。言い過ぎだよ。 |
姉 | なによ。あんたなんか、あんたなんか、死んじまえ、この。 |
タケオ |
なに興奮してんだよ。 |
姉 | 当たり前でしょ。いじめられる側にもなってみなさいよ。ゆるさないからね。こいつ。 |
タケオ |
いててて!おおいてえ。 |
母の給仕でふたりの食事が始まる。 |
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母 | アッコちやんとこ、いじめてたって。どうして? |
タケオ |
う−ん。 |
母 | う−ん、じゃないでしょ。 |
タケオ |
うん。 |
母 | うん、じゃないでしょ。いつになったら、ちゃんと話せるようになるの。そんなことだから、塾の先生にもあきれられんですよ。 |
タケオ | (はぐらかそうとして)ね、お父上は、今度はいつ帰ってくるんですか。 |
姉 | バカ、(ささやくように)単身赴任でしょ。何言ってるの。 |
タケオ | (ささやくように)でもさ、前は、毎週帰ってたじゃない。 |
姉 | (ささやくように)あそこからここまで、往復でいくらかかると思ってるの。 |
母 | こどもも、あんたたちくらいになると、お金かかるのよ。だからがまんしてるの。一番がまんしてるのは、お父さんなのよ。それを、なんなの!長男のタケオが、そんなにいいかげんで!今度はいじめ!あんたね、悔しかったら頑張って勉強したらどうなの。勉強もしないで成績の良い子をいじめるだなんて。ああ、やだ。どう言ったらわかってくれるのよ。この!(ついなぐってしまう) |
タケオ | 痛っ! |
母 | 痛いくらいなんです。その程度で高校に入れるんなら、がまんしなさい。 |
タケオ | 高校に入ってどうするの? |
母 | 何言ってるの。大学に入るんでしょ。 |
タケオ | 大学って、なんで? |
母 | 決まってるでしょ。いい会社に就職するのよ。そうしなけれぱ、今のステイタスは保てないでしょ。 |
タケオ | 何のこと、その、ステータスって。 |
母 | いい生活をするってことよ。少しでも高い身分になるってことよ。 |
タケオ | いい身分って、お父さんみたいに。 |
母 | そう。今は不景気なんだから、もう前みたいな景気のいい日本は来ないんだから、せっせと勉強して、いいとこに入る。それしかないのよ。 |
タケオ | おれ、単身赴任のないステータスがいいなあ。 |
母 | 勉強すればいいでしょ。勉強して公務員になればいいでしょ。努力もしなかったら、どこにも行けないんだから。わかってんの?タケオ、わかってんの? |
タケオ | いてててっ!ごちそうさまっ! |
祖父の側へ送げる。 |
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タケオ | おじいちゃん。また時代劇かあ。今の時代は(かってにチャンネルをかえる)おう、Jリーグよ。オレーオレーオレオレー、やった、ああ、おしい。 |
祖父 | 何が、「オレー」じゃ。このサッカーくずれが。(チャンネルを元に戻す) |
タケオ | おっと奇襲できたな。今日は仙台に空襲はないのかよ。(チャンネル) |
祖父 | 人の苦しみを茶化すもんじゃねえベ。子供は子供らしく遊べってんだ。(チャンネル) |
タケオ | それは母さんに言ってくださいってんだ。(チヤンネル) |
祖父 |
成績悪いやつは、ベンキョウしろってんだ。(チャンネル) |
タケオ | ぐっ、ぐぐぐっ、ベンキョウ!敵は、ラリホ−を使ったな。 |
祖父 | なんだ、その、ラゾホーっつのは? |
タケオ | 眠気をおこさせる呪文さ。ベンキョウっていう呪文は、ぼくに眠気をおこさせるんだ。でも負けないぞ。(いきなり明かりを消す。ウルメトラマンのテーマを日ずさんで)ずん、ずずずずん、どどどどお−ん、ざあ−、しゆ−っ、ババァーン……。 |
祖父 | なんだ、なんだ、どうした、母さん危ねっ、焼夷弾だ、燃えるぞ、燃えるぞ。危ねっ、気をつけろ−つ!! |
タケオ |
(びっくりして明かりをつける) |
祖父 |
ん、あ、タケオ。(呆けたようになっている) |
暗 転。 |
D 塾へ行く途中。アキコ登場。 タケオとジュンが後を追って登場。 |
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タケオ | せいの! |
タケオ ジユン |
アッコー!しやけ弁食ったか!しやけ弁はうめえか!(無視するアキコ、タケオ。走って前に立ちふさがる) |
タケオ | 逃げるなよ。(回れ右するアキコ。今度はジュンが前に立ちぷさがる) |
ジュン | 逃げるなよ。 |
アキコ | 逃げてんじゃないわ。 |
タケオ | じゃ、なんだよ。逃げたって、シャケ弁の臭いは消えないぞ。 |
アキコ | 何よ。しゃけ弁はおいしいのよ。栄養素もたっぷりだし。 |
ジュン | それはそうだ。(タケオに睨まれ)痛っ! |
アキコ | どいてよ。 |
タケオ | だめだ。しゃけ弁くさいから、だめだ。におい消しのおどりをやれ。 |
アキコ | 何よ、それ。 |
タケオ | ジュン、踊れ。 |
ジュン | えっ。 |
タケオ | なんでもいいから踊れ。(ジュン、ちょっと体を動かず)これがにおい消しの踊りだ。さあ、踊れ。 |
アキコ | もおっ、行くとこあるんだから、どいてよ。 |
ジュン | どこに行くんですか。 |
アキコ | どこでもいいでしょ。 |
タケオ | 危ないんだぞ。女の子のひとり歩きは危ないんだぞ。日本の夜は危険なんだ。 |
ジュン |
まさか学校じやないでしょうね。 |
アキコ | だったらどうなの。 |
タケオ | あっ、学校が一番危険なんだぞ。 |
アキコ | (無視して行こうとする) |
タケオ | 何持ってる。(いきなりアキコの手をつかまえて、取り上げる)なんだ、ビー玉じゃんか。 |
アキコ | 返して。 |
タケオ | だめだ。 |
アキコ | 返してよ。意地汚いんだから。 |
タケオ | (呪文をとなえる)おれはいじめっこだ。意地汚いとちやう。 |
アキコ | 同じようなもんでしょ。返して! |
タケオ |
(呪文をとなえる)違う。いじめっこは、ステイタスだ。意地汚いというのは違う。おれの人格を傷つける言葉だ。酋長許さない。 |
アキコ | 何言ってるの、ばか。返して! |
ジュン | タケオ君、ステイタスって何? |
タケオ | アッコのステイタスは、成績がいいってことだ。そしておれのステイタスは、いじめっこということだ。どっちもステイタスなんだ。おんなじなんだ。アッコ、 学校にビー玉持って行っちやいけないんだぞ。 |
アキコ | 学校じゃないもん。塾だもん。 |
タケオ |
塾なら、なおさら駄目なんだぞ。学校なら遊んでもいいけど、塾では遊んじや駄目なんだ。先生が言ってたぞ。 |
アキコ | どっちの先生? |
タケオ | (一瞬つまる)おれは先生の代理だ。アッコのビー玉は、没収する。 |
アキコ | ほんとに、もう、いいかげんにしてよ。 |
ジュン |
(ささやくように)アキコさん、ステイタスってなんですか。 |
アキコ | (ささやくように)わかるわけないでしょ。 |
タケオ | こらっ!仲良くするな、仲良く!(いきなりビー玉をほうり投げる) |
アキコ ジュン |
あっ、あ−あっ。 |
姉 | タケオ! |
いつの間にか来ている。部活の帰りである。 |
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タケオ | やぱい。ジュン、行くぞ。(走って退場) |
ジュン | 待ってよ。(後を追う) |
姉 | こらあ、逃げるなあ・…大丈夫、アッコちやん。 |
アキコ | はい。大丈夫です。 |
姉 | タケオのやつ、またいじめてたんでしょう。家に帰ったら、みっちりやっつけてやるから。 |
アキコ | でも、大丈夫です。 |
姉 | そう、強いのね。塾に行くの? |
アキコ | はい。 |
姉 | そう。あ、さっきタケオは、何を投げたの? |
アキコ | ビー玉です。 |
姉 | ビー玉。しょうがないなあ、まだそんなもので遊んでるなんて。いつまでも幼いんだから。(退場) |
E アキコ、財布を出して中身を調べる。やがで、ある店に入る。 |
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ジュン | 入りましたよ。 |
タケオ | なんだろう。またシャケかな。 |
ジュン | そんなに毎日シャケ弁ぱっかり食べないでしょう。 |
タケオ | ばか、シャケ弁はな、安くてうまいんだ。弁当の中では、永遠のヒット商品なんだぞ。お前んとこは、ステイタスが高いから、こんなの知らないだろうけどよ。 |
ジュン | 知ってまずよ。ちょっと覗いてきます。 |
タケオ | 気づかれるなよ。 |
ジユン、隠れて覗いて、首をひねりながら、、戻ってくる。 |
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タケオ | どうした? |
ジュン | ビー玉です。 |
タケオ |
ビー玉?(首をひねる) |
ジュン |
どうします。また没収ですか。 |
タケオ |
お前な、あいつは本当に塾に行くと思うか。 |
ジュン |
さあ。 |
タケオ |
後をつけよう。 |
ジュン | えっ。 |
タケオ | 何だよ。 |
ジュン | だって、塾が。 |
タケオ | ・・・・・・・・。 |
ジュン | はい、わかりました。 |
タケオ | 来た。 |
アキコの後をつける二人。アキコは小学校へ。 |
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ジュン | 学校ですね。 |
アキコは、以前ヤスヒコと出会った場所に腰を下ろす。 |
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ジュン | あれっ、すわっちゃいましたよ。 |
タケオ | しっ! |
次第に暗くなってくる。 |
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ジュン | 暗くなってきましたね。 |
タケオ | しっ! |
アキコは動かない。 |
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ジュン | あの、帰りませんか。 |
タケオ | しっ! |
ジュン | ぼく、塾に行かなければ。 |
タケオ | しっ! |
二人のすぐ後ろにヤスヒコ、立つ。青い光に包まれて |
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ジュン | こっち見てますよ。 |
タケオ | 気づいたのかな。お前がしゃべるからだぞ。 |
ジュン | まだ見てる。 |
振り向くふたり。 |
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アキコ | いらっしゃい。 |
ヤスヒコ | ……(さがしている) |
アキコ | ヤスヒコさん、ビー玉探してるの? |
ヤスヒコ | うん。 |
アキコ | はい。(ビー玉を差し出す) |
ヤスヒコ | ……。 |
アキコ | はい、ビー玉よ。 |
ヤスヒコ | 駄目なんだ。(探し続ける) |
アキコ | これじや駄目?きれいなビー玉よ。 |
ヤスヒコ | ちがうんだ。 |
アキコ | ちがうの?そう、これじや駄目なのね。 |
ヤスヒコ | ちがうんだ。 |
アキコ | ヤスヒコさん、ねえ、どうしてビー玉なんか探してるの? |
ヤスヒコ | (首をかしげる) |
アキコ | ね、どうして? |
ヤスヒコ | (思い出そうとずるが)わからないんだ。ぼくには、なんにもわからないんだ。 |
アキコ | このビー玉、どうしようか。 |
ヤスヒコ | うん(探し続ける) |
ジュン | あ、タケオ君!(タケオが、たまりかねて出ていく) |
タケオ | なんだよ。何もたもたしてんだよ。 |
アキコ | タケオ君、どうして! |
タケオ | せっかく持って来てやったんだぞ。アッコが小遣いはたいて買って来たんだぞ。 |
ヤスヒコ | (とまどっている) |
タケオ | (アキコの手を握って)そら、ビー玉。 |
ヤスヒコ | ちがうんだ。 |
タケオ | 何がちがうんだよ。アッコが、俺たちにぱかにされながら、それでも持って来たビー玉だぞ。なんとか言ったらどうだ。 |
ヤスヒコ | ちがうんだ。 |
タケオ | 何がちがうんだ。このやろう。 |
ジュン | (タケオをおさえる)タケオ君、待ってください。 |
ヤスヒコ | ぼく、なんにもわからないんだ。 |
アキコ | わからないって、ここにビー玉探しに来てるんでしょ。 |
ヤスヒコ | うん。ぼく、ビー玉を探さなければいけないんだ。兄さんの形見なんだ。でもないんだ。消えてしまったんだ。 |
アキコ | どうして?(首をかしげるヤスヒコ) |
ジュン | ね、君は、ここがどこかわかってるのでずか。 |
ヤスヒコ | うん。ここ、ぼくの家。(三人顔を見合わせる) |
ヤスヒコ | ね、今日は何日? |
ジュン | 今日、今日は七月八日ですよ。 |
ヤスヒコ | ふうん、もうすぐなんだ。 |
ジュン | 何がですか。 |
ヤスヒコ | 七月十日。お姉ちやんの誕生日なんだ。 |
三人 |
(顔を見合わせる) |
ヤスヒコ | お赤飯を炊くんだ。もち米、もらったんだって、お母さん、言ってた。ひさしぷりなんだ。お米だって食べてなかったんだから。みんな、楽しみにしてるんだよ。 |
タケオ | ジュン、何言ってんだ、こいつ。 |
アキコ | 七月十日がお姉さんの誕生日で、お赤飯を炊くってことでしょう。 |
ヤスヒコ | うん。 |
ジュン | それで、お母さんとか、お姉さんはどこにいるんですか。 |
ヤスヒコ | (首をかしげる)だって、みんな楽しみにしてたんだ。それなのに。 |
ジュン | それなのに? |
ヤスヒコ | 変だなあ。 |
アキコ | ビー玉は? |
ヤスヒコ | ずいぷん探してんだけど、ない。消えちやった。 |
アキコ | でも、探してる。 |
ヤスヒコ | どうしたのかなあ? |
ジュン | ねえ、ヤスヒコさん、君は、七月十日にもここへ来るんですか。 |
ヤスヒコ | (身震いする)なんだか寒いなあ……。ね、来て!ぼく、どうしたらいいかわからないんだ。七月十日だと思うんだ。だから、来て!お願い。お赤飯食べたかったのになあ。 |
ヤスヒコ、すっと消える。 |
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三人 | ハーッ! |
ジュン | こわかった。 |
タケオ | うん。 |
アキコ | ヤスヒコさん、かわいそう。 |
タケオ | 結局、どういうことなんかなあ。 |
ジュン | ここで、七月十日に、多分何かが起きたんですよ。 |
タケオ |
何が? |
ジュン | それが今ひとつはっきりしないんですよね。何しろご本人にもわかってないんだから。 |
アキコ | 七月十日はお姉さんの誕生日で、お赤飯を食べるはずだった。でも、食べられなかった。それは何かが起きたから。 |
タケオ | 学校を自分の家だと、思い込んでいるみたいだったな。 |
ジュン | ここにヤスヒコさんの家があったのかもしれませんね。となると、学校が建つ前の話だから、ずいぷん昔のことになりますね。さてと、塾に行きますか。 |
アキコ | 塾はとっくに終わってるわ。 |
ジュン | えっ、あれ、もうこんな時間? |
アキコ | そうよ、ここだけ時間の流れが違うみたいなのよ。 |
タケオ | ジュン、帰るぞ。 |
ジュン | はい。 |
アキコ | ねえ、十日の日、どうするの?来るの? |
ジュン | はい。ちょっとこわいけど、乗りかかった船だから、何が起こるのか見に来ます。 |
アキコ | そうよ、乗りかかった船よ。ね、タケオ君。 |
タケオ | おれ、船は嫌いなんだ。 |
三人別れる。 つづく |