消えたビー玉 @
                    小山賢治

1993年度 当時宮城広瀬高演劇部として上演.。仙台空襲がテーマ。タケオたちの小学校へ忽然と現れる少年は、いったい・・・・・
タケオ・アキコ・ジュン・ヤスヒコ・タケオの姉・タケオの母・タケオの祖父・群集
                                                                                      消えたビー玉A

 

@  爆撃機、焼夷弾、爆弾、爆発、燃える。そうした空襲時の音。
    やがておさまり、
幕が開く。

       舞台奥に学校。
     その下手側手前がヤスヒコの演技空間となる。
     舞台なかほどの上手側にタケオの家の茶の間。
     舞台前を主として塾への路筋にあてる。
     そろそろ夕食の準備が始まっている。     
     祖父、テレビを見ている。

タケオ (登場)何見てんの。ニュースか。おっ、ベメタラづけ、こいつ好きなんだ。
祖父 ちゃんと手、洗ったのが。
タケオ    うん。チャンチャカチャチャ……
祖父 なんだ、そいづは。
タケオ これ?チャンチャカチャチャ……今はやってるファミコンのバックミュージック。
祖父 ふん。子供は、外で遊ぷもんだ。家ん中で、ファ、ファムコンだど。情けねえ。
タケオ ファミコン!時代が違うのよね。チャンチャカチャチャ…、何、これ、やだ、ニンジンだ。
祖父 タケオ!
タケ     はい。
祖父 お前な、戦争が始まれば、ごはんなんか食えねぐなんだぞ。ニンジンってゆったら、最高のごちそうだ。毎日、電球に黒い布かけで、静かにして食ったもんだ。それでも、うちは、まだよかった。親父が頑張って店やってだからな。あん時の空襲さえながったならな。
タケオ チャンチャカチャチャ・…・もう一切れいただくかな(つまむ)
祖父 タケオ、聞いてんのが。
タケオ    聞いてま−す。
祖父  いいが、おじいちゃんは、ひとでなしだから、もうだめだが、お前は、これがらの人間だから、ちやんと人間らしぐなれ。
タケオ  おじいちゃんはひとでなしじゃないよ。おじいちゃんは、自分のお父さんを助けようとしたけど、炎にまかれて、助けられなかったんでしょ。それは、しようがないことだよ。うん、今日の漬物はことのほかうまい。
祖父  おめな、しようがないではすまねえんだぞ。
タケオ なんでえ?   

(登場)タケオ!何やってんの。時間だよ、塾に行くんだろ。

タケオ おなかすいちやったよ。ごはん食べてから行く。
母  塾終わってから、お姉ちゃんと一緒に食べるんだろう。
タケオ    え−!お姉ちやんの部活、遅いからさ。(つまむ)
こらっ!
タケオ いててて。痛いなあ。
母      おなかいっぱいになったら、頭の回転にぷくなるだろう。
タケオ 育ち盛りなんだからさあ。
あんたね、少年サッカーチーム、やめたんでしょ。将来はJリーグだとか大きなこと言って入ったくせに。
タケオ だって、あそこ、六年になってからではもう遅いんだもの。監督は相手にもしてくれないよ。
それでわかったでしょ。スポーッがだめなら、勉強して、良い学校に入る。それしかないの。いい高校に入るには塾に行くしかないの。わかってるの !
タケオ    そんなこと言ったって。ぼくまだ小学生だよ。
母                サッカーの監督、何と言ったの。六年生になってからではもう遅いんでしょ。同じことよ。小学生だから、行くんでしょ。高校生になったら、もう遅いの。ゆっくりしてなんかいられないの。行きなさい。
祖父  今の子供は気の毒だな。おねえちゃんも、女のくせに野球なんかやらされで。世の中、狂ってばっかしだ。
タケオ おじいちゃん、野球じやないの。ソフトボール、ソフトボール。
ジュン   

タケオ君!

母  ほら、迎えに来たよ。(バックを持って出て行くタケオに)さぼるんじやないよ。たまにアッコちやんみたいに、いい成績とんなさい。返事は。
タケオ は−い……あ−あ、いやんなっちやうよなあ。

 

A     学校。校庭の片隅.。
   アキコが一人寂しくコンビニで買った弁当を広げる。

アキコ  おかあさんは、今日も遅いから、お弁当を買ってきました。お家は、一人だと寂しくて、アッコはいやだから、今日は学校で食べます。お母さん、いただきま1す。う−ん、おいしい。おかあさん、お仕事ごくろうさま。ヘヘ、おいしい。
     夏の日が暮れてくる。ゆっくり黙々と食べるアネコ。
  下手側、校舎の脇にふっと一人の少年が浮かび上がる。
  アキコ、ぎくっとするが、気を取り直して、しばし見ていて、
アキコ ねえ、何してるの?
ヤスヒコ   (間こえない)
アキコ  ねえ、何してるの?
ヤスヒコ   (間こえない)
アキコ (立って傍に行く)ねえ、何してるの?
ヤスヒコ  探してるの。
アキコ 何を探してるの?
ヤスヒコ   ビー玉。
アキコ ビー玉?
ヤスヒコ   うん、ビー玉。
アキコ    君、どこの子?学校にそういうの持ってくると、先生にしかられるよ。
ヤスヒコ   持って出るの、忘れたんだ。だから、戻って来て、探してるんだけど、どこにもないんだ。おかしいな。
アキコ    ふう−ん、(そこらへんを探してみる)君、名前は?
ヤスヒコ  ぼく、ヤスヒコ。
アキコ    ヤスヒコくん、私は、あきこ、アッコと呼んで。よろしくね。(握手しようとするが、ずっと通り抜けてしまう)
ヤスヒコ  明日、また来なくっちゃ。大切なビー玉だから。(消える)
      茫然と立ちすくむアキコ

 

B      

タケオ 終わった終わった。ヤッホー。
ジュン 終わった終わった。ヤッホー。
タケオ  家に帰ってファミコンやるぞ。
ジュン  家に帰ってファミコンやるぞ。あ、学校の宿題がある。
タケオ     いいんだ、宿題は、あしたの朝、アッコのを写せばいい。
ジュン  でも、この間みたいに、いやだって言ったら、どうするんですか?
タケオ     おれなんか、アッコのおかげで、いつも叱られてんだぞ。「アッコちゃんを見習いなさい、アッコちゃんみたいにいい成績とんなさい、返事は。」だから宿題はアッコに見せてもらうんだ。
ジュン 変な論理ですね。
タケオ (アキコに気付く)アッコだ。何してんだ?しっ!(近づいて)わっ!
ジュン     わっ!
アキコ     (ふりむく)
タケオ  なんだよ。なんだよ。
アキコ     今から塾?
タケオ     馬鹿。もう終わって、帰るとこだぞ。
アキコ     えっ、もうそんな時間なの。
タケオ カアーッ!だから女ってのは困る。
ジュン     今日、塾をさぼったでしょう。学校の宿題は大丈夫ですか。
タケオ  馬鹿。何言ってんだ。
ジュン でも・…。
タケオ  お前な、夏の夜に学校に一人で来ちやいけないんだぞ。学校には幽霊が出るんだ。
アキコ  ……。
タケオ  夜、一人でこの学校の中にいると、校舎の西の外れ、あの辺、あの辺に、一人の女の子が寂しそうに立っているんだ。だれかなあって思うだろう。するとその女の子は、うらめしそうにこっちをみるんだ。白い顔で。うらめしそうに。
ジュン  きやあああ−っ!
タケオ  (びっくりする)なんだ!
ジュン こわい。
タケオ     おどかすなっ。
アキコ     ねっ、それ、ほんとの話。
タケオ     うん、おねえちやんが言ってた。夏になると出るって。ほんとに怖いって。この学校はたたられてんだ。
ジュン  そう言えば、僕も聞いたことあります。夜に校庭に来て、窓を見たら二階の窓から女の顔が外を見てたって。
タケオ そんなの、誰かいたんだ。
ジュン  あるのは顔だけで、首から下はないって。
タケオ  うっ!
ジュン     それからまだあります。タ方、廊下歩いてたら後ろから誰かがついてくるんだって。振り向くと、暗い廊下の壁の中から人の顔がぷわっと出てきて、またすっと消えるんだって。
タケオ  よせっ!お前がそういう話得意だってこと、忘れてた。
ジュン     まだ、あります。
タケオ もういい。やめろ。
アキコ  私、見たの。
タケオ     えっ?
アキコ  さっき、幽霊を見たの。
ジュン  どこで?
アキコ     あそこ。あそこに犬小屋の壊れたのがあるでしょ。あそこ。
ジュン  あそこ?あれ!さっきタケオ君が言ってたのと、ほとんど同じ場所ですね。
アキコ    

でも、男の子だったの。

ジュン    

男?ふうん。

タケオ  ねえちゃんは女の子だって言ってたぞ。その子は、学校で死んだんだって。だから出るんだって。男じゃねえぞ。
アキコ     お話しもしたよ。その子と。
ジュン  えっ、幽霊と話したんですか。それはすごい。アキコさん、ヒーローですよ。
タケオ  嘘だろう。じゃ、そいつは、学校なんかになんで出てくるんだよ。
アキコ 

ビー玉探しに来るんだって。

タケオ
ジュン
えっ−!
ジュン なに、それ。
タケオ ビー玉!ぶざけんなよ。塾さぼって、こんなとこで遊んで、嘘までつくなよな。
ジュン そうですよ。僕、まじめに聞いてしまった。
タケオ  俺のねえちゃんは女の子だって言ったんだぞ。嘘つくなよな。(つっつく。だんだんいじめになってくる)成績いいからって、いい気になるなよな。
アキコ   やめなさいよ。
タケオ     なんだよなんだよ。何持ってる。おっ、弁当かおまえ、うちでごはん食わせてもらえねえだろ。ジュン、おまえもやれ 。
ジュン     でも。
タケオ こいつは、おまえにも嘘ついたんだぞ。お−、べんとうのにおいだ。シャケ弁だな。シャケのにおいだ。くさいぞ、くさいぞ、くさい。
アキコ  やめてよ。
    タケオの姉が通りかかる。
姉  タケオ!
タケオ  (気付かない。いじめに夢中)
姉   (いきなりタケオを捕まえる)なにパカやってるの!
タケオ  あれっ、おねえちやん。
姉  男の子が、女の子をいじめるんじゃないの!
タケオ     でも。
姉   でももへちまもないでしょ!おいで!あんたたちも、お家に帰り。このばか!
   姉、弟を引きずっていく。

 

C  タケオの家、母は台所仕事をしている。

姉  ただいまあ。ちょっと、お母さん!
母  おかえり。あら、タケオも一緒だったの。
おかあさん、聞いて。タケオったらアッコちやんとこ、いじめてたのよ。私が通りかかんなかったら、何やってたかわかんないよ。
タケオ そんな。言い過ぎだよ。
姉  なによ。あんたなんか、あんたなんか、死んじまえ、この。
タケオ    

なに興奮してんだよ。

姉  当たり前でしょ。いじめられる側にもなってみなさいよ。ゆるさないからね。こいつ。
タケオ    

いててて!おおいてえ。

   母の給仕でふたりの食事が始まる。 
  祖父はすでに食事を終えて、テレビを見ている。

母  アッコちやんとこ、いじめてたって。どうして?
タケオ    

う−ん。

母  う−ん、じゃないでしょ。
タケオ    

うん。

母  うん、じゃないでしょ。いつになったら、ちゃんと話せるようになるの。そんなことだから、塾の先生にもあきれられんですよ。
タケオ (はぐらかそうとして)ね、お父上は、今度はいつ帰ってくるんですか。
姉  バカ、(ささやくように)単身赴任でしょ。何言ってるの。
タケオ  (ささやくように)でもさ、前は、毎週帰ってたじゃない。
姉       (ささやくように)あそこからここまで、往復でいくらかかると思ってるの。
母  こどもも、あんたたちくらいになると、お金かかるのよ。だからがまんしてるの。一番がまんしてるのは、お父さんなのよ。それを、なんなの!長男のタケオが、そんなにいいかげんで!今度はいじめ!あんたね、悔しかったら頑張って勉強したらどうなの。勉強もしないで成績の良い子をいじめるだなんて。ああ、やだ。どう言ったらわかってくれるのよ。この!(ついなぐってしまう)
タケオ 痛っ!
母    痛いくらいなんです。その程度で高校に入れるんなら、がまんしなさい。
タケオ   高校に入ってどうするの?
 母   何言ってるの。大学に入るんでしょ。
タケオ   大学って、なんで?
母              決まってるでしょ。いい会社に就職するのよ。そうしなけれぱ、今のステイタスは保てないでしょ。
タケオ    何のこと、その、ステータスって。
母             

いい生活をするってことよ。少しでも高い身分になるってことよ。

タケオ         いい身分って、お父さんみたいに。
母              

そう。今は不景気なんだから、もう前みたいな景気のいい日本は来ないんだから、せっせと勉強して、いいとこに入る。それしかないのよ。

タケオ      おれ、単身赴任のないステータスがいいなあ。
母   勉強すればいいでしょ。勉強して公務員になればいいでしょ。努力もしなかったら、どこにも行けないんだから。わかってんの?タケオ、わかってんの?
タケオ

いてててっ!ごちそうさまっ!

   祖父の側へ送げる。
タケオ おじいちゃん。また時代劇かあ。今の時代は(かってにチャンネルをかえる)おう、Jリーグよ。オレーオレーオレオレー、やった、ああ、おしい。
祖父 何が、「オレー」じゃ。このサッカーくずれが。(チャンネルを元に戻す)
タケオ    おっと奇襲できたな。今日は仙台に空襲はないのかよ。(チャンネル)
祖父 人の苦しみを茶化すもんじゃねえベ。子供は子供らしく遊べってんだ。(チャンネル)
タケオ    それは母さんに言ってくださいってんだ。(チヤンネル)
祖父 

成績悪いやつは、ベンキョウしろってんだ。(チャンネル)

タケオ ぐっ、ぐぐぐっ、ベンキョウ!敵は、ラリホ−を使ったな。
祖父 なんだ、その、ラゾホーっつのは?
タケオ  眠気をおこさせる呪文さ。ベンキョウっていう呪文は、ぼくに眠気をおこさせるんだ。でも負けないぞ。(いきなり明かりを消す。ウルメトラマンのテーマを日ずさんで)ずん、ずずずずん、どどどどお−ん、ざあ−、しゆ−っ、ババァーン……。
祖父 なんだ、なんだ、どうした、母さん危ねっ、焼夷弾だ、燃えるぞ、燃えるぞ。危ねっ、気をつけろ−つ!!
タケオ 

(びっくりして明かりをつける)

祖父     

ん、あ、タケオ。(呆けたようになっている)           

  暗  転。

 

D   塾へ行く途中。アキコ登場。
     タケオとジュンが後を追って登場。
タケオ  せいの!
タケオ
ジユン 
アッコー!しやけ弁食ったか!しやけ弁はうめえか!(無視するアキコ、タケオ。走って前に立ちふさがる)
タケオ  逃げるなよ。(回れ右するアキコ。今度はジュンが前に立ちぷさがる)
ジュン 逃げるなよ。
アキコ     逃げてんじゃないわ。
タケオ じゃ、なんだよ。逃げたって、シャケ弁の臭いは消えないぞ。
アキコ    

何よ。しゃけ弁はおいしいのよ。栄養素もたっぷりだし。

ジュン それはそうだ。(タケオに睨まれ)痛っ!
アキコ どいてよ。
タケオ     だめだ。しゃけ弁くさいから、だめだ。におい消しのおどりをやれ。
アキコ  何よ、それ。
タケオ  ジュン、踊れ。
ジュン

えっ。

タケオ  なんでもいいから踊れ。(ジュン、ちょっと体を動かず)これがにおい消しの踊りだ。さあ、踊れ。
アキコ もおっ、行くとこあるんだから、どいてよ。
ジュン どこに行くんですか。
アキコ  どこでもいいでしょ。
タケオ  危ないんだぞ。女の子のひとり歩きは危ないんだぞ。日本の夜は危険なんだ。
ジュン    

まさか学校じやないでしょうね。

アキコ  だったらどうなの。
タケオ あっ、学校が一番危険なんだぞ。
アキコ  (無視して行こうとする)
タケオ  何持ってる。(いきなりアキコの手をつかまえて、取り上げる)なんだ、ビー玉じゃんか。
アキコ  返して。
タケオ     だめだ。
アキコ     返してよ。意地汚いんだから。
タケオ      (呪文をとなえる)おれはいじめっこだ。意地汚いとちやう。
アキコ  同じようなもんでしょ。返して!
タケオ 

(呪文をとなえる)違う。いじめっこは、ステイタスだ。意地汚いというのは違う。おれの人格を傷つける言葉だ。酋長許さない。

アキコ  何言ってるの、ばか。返して!
ジュン  タケオ君、ステイタスって何?
タケオ     アッコのステイタスは、成績がいいってことだ。そしておれのステイタスは、いじめっこということだ。どっちもステイタスなんだ。おんなじなんだ。アッコ、 学校にビー玉持って行っちやいけないんだぞ。
アキコ  学校じゃないもん。塾だもん。
タケオ    

塾なら、なおさら駄目なんだぞ。学校なら遊んでもいいけど、塾では遊んじや駄目なんだ。先生が言ってたぞ。

アキコ  どっちの先生?
タケオ  (一瞬つまる)おれは先生の代理だ。アッコのビー玉は、没収する。
アキコ  ほんとに、もう、いいかげんにしてよ。
ジュン    

(ささやくように)アキコさん、ステイタスってなんですか。

アキコ     (ささやくように)わかるわけないでしょ。
タケオ    こらっ!仲良くするな、仲良く!(いきなりビー玉をほうり投げる)
アキコ
ジュン
あっ、あ−あっ。
タケオ!
   いつの間にか来ている。部活の帰りである。
タケオ  やぱい。ジュン、行くぞ。(走って退場)
ジュン     待ってよ。(後を追う)
姉       こらあ、逃げるなあ・…大丈夫、アッコちやん。
アキコ  はい。大丈夫です。
姉       タケオのやつ、またいじめてたんでしょう。家に帰ったら、みっちりやっつけてやるから。
アキコ  でも、大丈夫です。
姉  そう、強いのね。塾に行くの?
アキコ     はい。
姉  そう。あ、さっきタケオは、何を投げたの?
アキコ  ビー玉です。
姉  ビー玉。しょうがないなあ、まだそんなもので遊んでるなんて。いつまでも幼いんだから。(退場)

 

E アキコ、財布を出して中身を調べる。やがで、ある店に入る。
   タケオとジュンの二人登場。

ジュン 入りましたよ。
タケオ     なんだろう。またシャケかな。
ジュン  そんなに毎日シャケ弁ぱっかり食べないでしょう。
タケオ  ばか、シャケ弁はな、安くてうまいんだ。弁当の中では、永遠のヒット商品なんだぞ。お前んとこは、ステイタスが高いから、こんなの知らないだろうけどよ。
ジュン   知ってまずよ。ちょっと覗いてきます。
タケオ     気づかれるなよ。
   ジユン、隠れて覗いて、首をひねりながら、、戻ってくる。 
 
タケオ     どうした?
ジュン     ビー玉です。
タケオ    

ビー玉?(首をひねる)

ジュン    

どうします。また没収ですか。

タケオ    

お前な、あいつは本当に塾に行くと思うか。

ジュン    

さあ。

タケオ    

後をつけよう。

ジュン  えっ。
タケオ  何だよ。
ジュン だって、塾が。
タケオ ・・・・・・・・。
ジュン はい、わかりました。
タケオ 来た。
   アキコの後をつける二人。アキコは小学校へ。
ジュン 学校ですね。
  アキコは、以前ヤスヒコと出会った場所に腰を下ろす。
ジュン あれっ、すわっちゃいましたよ。
タケオ      しっ!
   次第に暗くなってくる。
 ジュン 暗くなってきましたね。
タケオ  しっ!
   アキコは動かない。
ジュン あの、帰りませんか。
タケオ  しっ!
ジュン ぼく、塾に行かなければ。
タケオ しっ!
   二人のすぐ後ろにヤスヒコ、立つ。青い光に包まれて
ジュン こっち見てますよ。
タケオ  気づいたのかな。お前がしゃべるからだぞ。
ジュン  まだ見てる。

     振り向くふたり。
   驚撈のあまり声にならない悲鳴を上げる。
   ヤスヒコはそんなふたりに気づかない。
    すっと脇を通り抜けてアキコの所ヘ。
    アキコ、立ち上がる。

アキコ  いらっしゃい。
ヤスヒコ ……(さがしている)
アキコ     ヤスヒコさん、ビー玉探してるの?
ヤスヒコ うん。
アキコ はい。(ビー玉を差し出す)
ヤスヒコ  ……。
アキコ  はい、ビー玉よ。
ヤスヒコ 駄目なんだ。(探し続ける)
アキコ     これじや駄目?きれいなビー玉よ。
ヤスヒコ ちがうんだ。
アキコ  ちがうの?そう、これじや駄目なのね。
ヤスヒコ ちがうんだ。
アキコ     ヤスヒコさん、ねえ、どうしてビー玉なんか探してるの?
ヤスヒコ (首をかしげる)
アキコ  ね、どうして?
ヤスヒコ   (思い出そうとずるが)わからないんだ。ぼくには、なんにもわからないんだ。
アキコ  このビー玉、どうしようか。
ヤスヒコ  うん(探し続ける)
ジュン     あ、タケオ君!(タケオが、たまりかねて出ていく)
タケオ なんだよ。何もたもたしてんだよ。
アキコ     タケオ君、どうして!
タケオ  せっかく持って来てやったんだぞ。アッコが小遣いはたいて買って来たんだぞ。
ヤスヒコ (とまどっている)
タケオ     (アキコの手を握って)そら、ビー玉。
ヤスヒコ    ちがうんだ。
タケオ  何がちがうんだよ。アッコが、俺たちにぱかにされながら、それでも持って来たビー玉だぞ。なんとか言ったらどうだ。
ヤスヒコ  ちがうんだ。
タケオ  何がちがうんだ。このやろう。
ジュン  (タケオをおさえる)タケオ君、待ってください。
ヤスヒコ  ぼく、なんにもわからないんだ。
アキコ     わからないって、ここにビー玉探しに来てるんでしょ。
ヤスヒコ うん。ぼく、ビー玉を探さなければいけないんだ。兄さんの形見なんだ。でもないんだ。消えてしまったんだ。
アキコ  どうして?(首をかしげるヤスヒコ)
ジュン     ね、君は、ここがどこかわかってるのでずか。
ヤスヒコ  うん。ここ、ぼくの家。(三人顔を見合わせる)
ヤスヒコ ね、今日は何日?
ジュン 今日、今日は七月八日ですよ。
ヤスヒコ ふうん、もうすぐなんだ。
ジュン     何がですか。
ヤスヒコ    七月十日。お姉ちやんの誕生日なんだ。
三人

 (顔を見合わせる)

ヤスヒコ お赤飯を炊くんだ。もち米、もらったんだって、お母さん、言ってた。ひさしぷりなんだ。お米だって食べてなかったんだから。みんな、楽しみにしてるんだよ。
タケオ ジュン、何言ってんだ、こいつ。
アキコ 七月十日がお姉さんの誕生日で、お赤飯を炊くってことでしょう。
ヤスヒコ  うん。
ジュン それで、お母さんとか、お姉さんはどこにいるんですか。
ヤスヒコ    (首をかしげる)だって、みんな楽しみにしてたんだ。それなのに。
ジュン  それなのに?
ヤスヒコ        変だなあ。
アキコ ビー玉は?
ヤスヒコ    ずいぷん探してんだけど、ない。消えちやった。
アキコ でも、探してる。
ヤスヒコ  どうしたのかなあ?
ジュン ねえ、ヤスヒコさん、君は、七月十日にもここへ来るんですか。
ヤスヒコ  (身震いする)なんだか寒いなあ……。ね、来て!ぼく、どうしたらいいかわからないんだ。七月十日だと思うんだ。だから、来て!お願い。お赤飯食べたかったのになあ。
   ヤスヒコ、すっと消える。
三人 ハーッ!
ジュン こわかった。
タケオ     うん。
アキコ ヤスヒコさん、かわいそう。
タケオ     結局、どういうことなんかなあ。
ジュン     ここで、七月十日に、多分何かが起きたんですよ。
タケオ    

何が?

ジュン それが今ひとつはっきりしないんですよね。何しろご本人にもわかってないんだから。
アキコ   七月十日はお姉さんの誕生日で、お赤飯を食べるはずだった。でも、食べられなかった。それは何かが起きたから。
タケオ  学校を自分の家だと、思い込んでいるみたいだったな。
ジュン  ここにヤスヒコさんの家があったのかもしれませんね。となると、学校が建つ前の話だから、ずいぷん昔のことになりますね。さてと、塾に行きますか。
アキコ  塾はとっくに終わってるわ。
ジュン えっ、あれ、もうこんな時間?
アキコ  そうよ、ここだけ時間の流れが違うみたいなのよ。
タケオ ジュン、帰るぞ。
ジュン  はい。
アキコ ねえ、十日の日、どうするの?来るの?
ジュン はい。ちょっとこわいけど、乗りかかった船だから、何が起こるのか見に来ます。
アキコ  そうよ、乗りかかった船よ。ね、タケオ君。
タケオ  おれ、船は嫌いなんだ。
   三人別れる。
               つづく

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