跫 作・川名 又一 |
相沢里美・鈴木えみ・石川章子・永井まゆみ・阿部昌子・山田勝己・浅野由美子・早坂広・安曇洋子 |
昭和58年に黒川高校が東北大会で上演し、平成 年には宮城広瀬高校が東北大会で上演した。宮城県の生んだ作品としては全国でもっとも多く上演されている。 注目・・・ト書きに注目。演技・演出の仕方が書いてあります。初心者が取り組むのに最適の、必ず感動的な芝居が出来上がる、そういう本でする。 |
第一場 放課後の教室。山田勝己は一番後ろの席で学級日誌をつけている。相沢里美、浅野由美子はおしゃべりに熱中している。阿部昌子は勝己の後ろに立ってぼやっと皆を見ている。季節は11月。えみはいちばん後ろの席の側に立っている。まゆみは、一番前の自分の席に立って、片付け物をしている。広は、机の周辺を捜し気味である。 |
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広 | あらあ、筆箱ねえやあ。 |
まゆみ | ばーか。ぼやっとしてっから、まだ隠さったんでねえのか。 |
広 | さっき、使ったんだがらや。 |
えみが筆箱を眺めながら。 | |
えみ | おい、まゆみ、ここにおもしろい筆箱あっと。 |
まゆみ | なんや、ヌード写真でも貼ってあんのが? |
広 | (後ろを見て)あっ、そいづ、俺のだ。よごせ! |
えみ | 広、おめえ、見だごどねえべ。 |
広 | なんや? |
えみ | 正直に言ったら、これ返してやっと。 |
まゆみ | ヌード写真なんか貼って。ほれ、正直に言ったら返すとや。 |
勝己、立ち上がり、えみの襟首をつかみ、ぷらさげるようにして筆箱を取り上げる。 | |
勝己 | もうやめろや。 |
まゆみ | ちょっとヌード写真ってどういうのや。うちの広もついに色気づいたかや。 |
勝己 | そんなの入ってねえ。うそだ。 |
勝己、広に筆箱を返す。広は大事そうに受け取り、かなり時間をかけてカバンに入れて、カバンを机の上に立てておく。えみとまゆみは勝己の方にアカンベをしながら、里美と由美子のほうに近づいていく。 | |
里美 | 困ったときはお互いさまだべ。あまりよけいなごど、根掘り葉掘り聞かねで協力すんだ。 |
由美子 | んだってわげも分がんねのに千円もカンパすんのが? |
里美 | わげも分がんねってさ、おいが原水禁だの難民救済だのってカンパ集めるわげねえべ。バイクで罰金くったとか、もっと深刻なことが起こったどが少しは言わねくても分がったらいいべ。 |
まゆみ | 誰か妊娠したんだが? |
里美 | (突然辺りを見渡して)もろに言うんでねえ。聞こえっぺ。 |
この頃、石川章子、入ってきて、机の間を通り抜けるとき引っかかって、広の机の上のカバンを倒す。すると、中から、財布が顔を出す。ちらっと左右を見てから財布を手に持って、二、三歩くが、阿部昌子の視線と目が合って、急いで近くの机の中に財布を放り込む。 | |
真由美 | (興奮気味で)おら、やんだ。そんな、そんなごとした人さカンパだなんて。 |
まゆみ | なんぼぐれえ集めればいいのや? |
里美 | 男半分、女半分、こっちは五万円くらいあればいいべ。本人がなんぼか持ってっぺから、二,三万集めりやいいんだ。 |
章子 | (いつのまにか近づいていて)そいづ、誰なのや。あいづでねえのが。(目線でえみを指す)毎日ダンプさ乗せらってんだ。 |
里美 | (制止するように)章子! |
章子 | そのぐれえ教えだっていいべ。 |
里美は、急にカンパ袋をひったくると皆の輪から少し離れて | |
里美 | おい、いい加減にしろよ。おいは助けてやろうってカンパ袋を回してんだよ。何したの、誰だのって、それじゃあまるっきりおとなの野次馬がいじめてんのと同じじゃねえか。これだけは言っておくよ。困ってんのは、おいたちと同じ園芸科の女の子だ。黙って助けてやれよ。 |
里美はみんなを見回すが、誰も動こうとしない。 えみは机に座って下を向いている。 |
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里美 | なあ、みんな!おいたちは園芸科だ。普通科にも家政科にも入れなかった。ふきだまりみてえなもんだ。意地でもあっちの連中さ助けてくれなんて言いだくねえべ。おいたちしか助けられんのねえんだよ。 |
広 | (戸口の所に立っていて)先生来っと。 |
里美 | (カンパ袋を隠しながら)あとで回すがらや。必ずな! |
生徒達、あわただしく動き回り、補習を受ける広・まゆみ・昌子が最後列の三つに座る。先生、入ってくる。 | |
安曇 | みんな残ってっか? |
広 | はーい。 |
まゆみ | 先生、今日は数学勉強するよ。 |
広 | いいな、まゆみは受験勉強だもんな。おらは、赤点取っからって居残りだ。 |
安曇 | あ、そうだ、まゆみさん、病院のほうは決めたんだか? |
まゆみ | はい。準看の学校さ通わねばねえがら、なるべく近い所にすっかと思って。 |
勝己 | じゃ、先生、俺たち帰ります。 |
安曇 | ああ、さようなら。日誌は? |
勝己、日誌を渡して出て行く。 章子、由美子、えみが続いて挨拶して出て行く。 |
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里美 | (ふざけて)皆さん、今度こそ赤点取らないように頑張んのよ。 |
そのまま出て行こうとする。 | |
安曇 | あらっ!里美さんどうしたの? |
里美、急に神妙になり、引き返してくる。 | |
里美 | 先生、あの、今日、歯医者に予約があるもんですから。 |
安曇 | (微笑みながら、でもきっぱりと)だめ! |
里美 | (急に鼻押さえて)鼻が、ああ、急に鼻アレルギーになっちゃった。 |
安曇 | (温かい感じで)あんたのは、勉強アレルギーて゜しょ。だーめ。 |
広 | 里美、こっちさ座れ。 |
まゆみ | 諦めんだ。 |
里美 | まずったな。もうちょっとだったのになあ。 |
里美、頭をかきながら、多少は捨て鉢にどさっという感じで座る。そこはいちばん後ろの勝己の席である。 | |
安曇 | (改めてみんなを見て)あらあ、みんなずいぶん後ろに座ったのね。さては敬遠したな。 |
里美 | ねえ、先生。 |
安曇 | なんだ、里美。 |
里美 | 先生はなして先生になったんだ? |
安曇 | 先生が?(生徒のほうに近づきながら)そんな話してたら、(まゆみのほうに向かって)勉強する暇なぐなっちゃね。 |
まゆみ | ううん、話して。先生、おらも聞きてえ。 |
広はもうせっかく出したノートをたたんで、話を聞くつもりになっている。 | |
安曇 | (広のほうを見やりながら)あのね、先生は本当は体育の先生になるつもりじゃなかったの。特殊教育の先生になりたかったの。 |
まゆみ | トクシュ教育? |
安曇 | そう。あたしは盲学校の先生になりたかったの、本当は・・・・ |
里美 | 先生も変わってんだっちゃな。 |
安曇 | 高校んとき、すごい劣等感あってさ、「あたしみたいなの、なんで生まれてきたんだべ」なんて本当に思ってたの。だいぶロマンチックだったのね。目の不自由な人とかのとこだったら、あたしでも少しは役に立つんでないかなんて思ったの。 |
里美 | なんだか信じらんねえな。 |
安曇 | 思い出しても恥ずかしくなっちゃうんだけど、ある晩、とっても暗かったの。外に出たらね、白い杖をついた人が歩いてくるの。あたし、とっても気の毒に思ってさ、「暗いのに大変ですね。」って声をかけたの。そしたらその人、「はい、歩きにくい晩ですね」って言ったの。 |
広 | 盲だったら、昼間だって暗いんだっちゃ。先生はばかだごと。 |
安曇 | そう、恥ずかしかったなあ。それよりもからかったみたいに思われないかって心配だった。でも、あの人立派だったなあって思っちゃった。 |
まゆみ | それで、と゜うして体育の先生になったんだ? |
安曇 | これさ、あんまり宣伝すんじゃないよ。その大学オッコッツタの。 |
まゆみ | それで体育大学。 |
安曇 | うん。体動かすの好きだったからね。 |
広 | 先生も俺らと同じだな。ずっつこけっつときもあんだっちゃ。 |
安曇 | そう、みんななど同じよ。成績悪いはやらないだけ。 |
里美 | 広、先生は大学落っこったの。あんたは自衛隊落っこったの。どこが同じなのや。 |
広 | (やり返す勢いで)なあに!面接だけの会社落っこった人は誰や? 「顔が少々」って言われたんだべ。 |
里美 | (急に立ち上がる)なに! |
安曇 | (制するように)里美さん!(里美が座るのを見届けてから)さあ、広君は分数の掛け算、割り算の練習だったのね。問題出されたのあるんでしょ。 |
広、再びノートを開いて準備。里美は何もしようとしないで座っている。まゆみはさっそく勉強を始める。安曇先生は、まゆみの勉強の様子を確かめ、里美のほうに近づいてくる。 | |
安曇 | 里美は英語た゜ったっちやね。 |
里美 | ああ、英語。一学期はなにしろ、(片手で二本指を立てて)これだもんね。 |
安曇 | Vサイン。あらっ、(教務手帳を開けながら)一学期の英語、赤点でなかったっけ? |
広 | 違う。先生。(片手で二本指を立てて)これVでねえ。二点のこった。二点。 |
里美 | うるせえ!おめえは黙ってろ。 |
安曇 | (里美の方に手をかけて)さあ準備して。一学期が二点。二学期は停学で試験受けてないんでしょ。今学期悪かったら、本当に落第よ。 |
里美、しぶしぶ、ぺっちゃんこのカバンから、うすっぺらなノート一冊、取り出す。安曇は里美の様子をじっと見ている。 | |
里美 | (見られているので仕方なく)昌子、教科書見せろ。 |
里美、昌子の所に机と机をつける。それを見届けてから、安曇は、広のほうに移っていく。 | |
広 | 先生、これどうすんだ? |
安曇 | はいよ。掛け算かな。 |
里美、先生の動きを確かめながら、ごそごそとカンパ袋を持ち出して隣りの昌子に渡す。昌子は何も気にしていないいように、カンパ袋を机の上にのせて、自分の財布を出して千円を入れる。里美は、先生に見つからないかどうか気が気でない。しかし、昌子が入れ終わると、目で合図して、前の人、まゆみに回させる。 | |
安曇 | 分子と分子、分母と分母を掛ければいいの。そう、だいぶできるようになったじゃない。 |
安曇、教え終わると、教卓の方にゆっくりと歩き出す。まゆみはカンパ袋を受け取ると、そのまま前の広に送ろうとする。それを見ている里美、慌ててまゆみの肩をたたき、金を入れろとジェスチャーで促す。まゆみはそれを見て、ポケットに手を突っ込み、十円玉一個を入れる。里美、身振り手振りで、十円でなく千円入れろと促すが、回す。カンパ袋が前の方に回っていったので、危ないと思った里美は、質問して先生を自分の方に呼んでくる。 | |
里美 | 先生! ちょっと来て! |
安曇 | (振り返りながら)なあに? |
里美 | いいがらちょっと来て! |
安曇、里美の方に近寄ってくる。広、カンパ袋を隠すようにして、カバ゜ンの中から財布を出そうとする。 | |
里美 | (先生の顔を見上げて)おいは何すればいい? |
安曇 | アルファベットは、書けるようになったでしょ? |
里美 | 書ける。あいつは大丈夫だ。二年生の冬休みにさあ、毎日五十回ずつ書いでこいって言われて、落第だって脅がされたがらやったっちゃ。五十回ずつ書いでっとしゃ、なんだかおいの頭、本当にばかになったんでねえがと思ったわ。 |
安曇 | それで覚えたの? |
里美 | 覚えね。あんどきは、書いただけだ。んでも、今は覚えた。ちゃんと書ける。 |
突然、大きな音をたてて、広が立ち上がる。そしてねカバンの中を、慌てて、真剣に探し始める。皆、広の方をじっと見る。安曇、だんだん広の方に近づきながら、 | |
安曇 | どうしたの? |
広 | 財布、ねぐなった。 |
安曇 | 財布が? |
広 | さっき、実習の帰り、パン買ってきたんだ。絶対にこごさ入れだ。 |
安曇 | 間違いなく入れといたのね。 |
広 | 今日、ヘッドホーン買うべと思って、金もらってきたがら、一万円札とあと千円札も六枚も入ってる。絶対間違いねえ。 |
里美、まゆみは呆然と見ている。昌子が一歩前へ出始めたとき、 | |
安曇 | (振り向きながら)みんなは、もちろん知らないわね。 |
里美はじっと先生の顔を見ている。まゆみは先生と向き合ったとき、軽くうなずく。 昌子はまた黙り込んでしまう。 |
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安曇 | さあ、困ったわね。ニ組や三組のほうでも、何人かやられてるんだって。広君、放課後、確かにあったのね。 |
広 | うん、パン買うとき、あったんだ。 |
安曇 | そう。分かった。(みんなに)じゃあ、先生がもう一度、よく捜してみるから、ちょっと廊下に出て。それからね、自分のカバンは自分の机の上に置いていってね。あっ、広君、どんな財布なの? |
広 | 赤いジーパンの。中に写真も入ってる。 |
安曇 | そう。じゃ、廊下に出て。 |
皆、のろのろした動作で、不安な表情でカバンを置き、出て行く。安曇、全員が出て行くのを見送ると、教室全体を見渡し、広の机に近寄り、カバンの中、机の中を捜すが出てこない。物思いに沈む様子で教室の後ろまで行くが、くるりと振り向き、意を決したように、後列の角から、机の中を捜し始める。後ろから二列目まで来たとき、カンパ袋が落ちているのを見つけ、しばらく見ているが、ポケットに入れて、また捜していく。後ろから四列目の机の中から、赤いジーパンの財布が出てくる。 中を確かめるが間違いない。しばらくためらったあとで、 |
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安曇 | (廊下の戸を少し開けて)里美、先生一人じや大変だから、ちょっと来て手伝って。 |
里美 | (いつもの調子で)いいよ。先生、一緒に捜してけっから。 |
里美の入ってきたあと、安曇は静かに戸を閉める。 | |
安曇 | (里美の机に近寄って)里美、この机、あんたのでしょ。 |
里美 | はい、そうで・・・・(突然、緊張して)まさか、先生。 |
安曇 | 困ったことになったわ。机の中、見てごらん。 |
里美、おそるおそる机の中を見る。そして財布をつかみ出す。 | |
里美 | ・・・・・こんな。・・・・・おいは知らねえ。 |
安曇 | ねえ、里美さん、落ち着いて正直に言って。どうしてこんなことに。 |
里美 | (呆然として)正直にって、おいは何も知らねえ。本当だ。おいは今まで三回も停学になっている。今度何かあったら退学だぞって、何回も言われた。だから、おいは本当に何もしてねえ。たばこと無断外泊と交通事故で停学になった。んでも、人の物盗ったりしたごとねえ。 |
安曇 | 困ったわ。事実だけを言えば、広君の財布がなくなった。そして、その財布が、里美の机から出てきた。そういうことでしょ。 |
里美、持ってた財布をたたきつける。 | |
里美 | いい、先生! 先生はおいの言うことと、この財布と、どっち信じんのや。 |
安曇 | 里美。 |
二人、じっと向き合う。 溶暗。 |
第二場
第四校時終了間近の教室。安曇先生が、掲示物(求人情報)を貼っている。そこへ、実習服を着たえみが入ってくる。 |
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えみ | 先生、何か用事ですか? |
安曇 | えみさん、ちょっと座って。 |
えみ | 今、実習中だから早く帰んないと。 |
安曇 | 担当の先生から時間もらってあるから、それはいいんだけど、えみさんに、確かめたいことあったの。 |
えみ | ・・・・・・。 |
安曇 | あのね、先生、変なうわさ耳にしたんだけど。 |
えみ | (不安な感じで、座りながら)何ですか? |
安曇 | そうね、こういうことはずばり聞いた方がいいわね。あなた、妊娠してるんじゃない? |
えみ | えっ? |
安曇 | 最近、体育は見学ばかりでしょ。内科検診もさぼって行かなかったそうね。このことを心配しているのは、私と保健室の先生だけなの。 |
えみ | だって、先生それそは・・・・。 |
安曇 | それに昨日、こんな袋もみつけたの。カンパ袋て゜しょ。罰金なんかで困ったとき、これを回すんでしょ。一万八千円も入っているわ。ただの罰金じやないわね。誰かが、あなたのために回したんじゃない。 |
えみ | 私、知りません。 |
安曇 | 保健の先生ともいろいろ相談したの。生徒部へ知らせてとか、処分しようとか考えているんじゃないの。あなたを傷つけたくないし、もしおろそうとか思ってるんだったら、一回、保健室の先生とも相談したほうがいいと思うの。けっして悪いようにはしないわ。 |
えみ | 先生、高校生が子ども産むって悪いことですか。 |
安曇 | えっ、子ども産むつもりなの? |
えみ | 先生、おいは、小さいとき、時々、押入れに寝た。なんでだが分かるすか? |
安曇 | と゜うして? |
えみ | 母ちゃんは、一人で一生懸命働いでおいを育ててくれた。そんな母ちゃん大好きだった。でも、時々、和服なんか着ておしゃれした。そんな夜、おいは、押入れに寝せられた。真っ暗で、うんと恐がった。夢ばっかり見て、丸まって寝た。 |
安曇 | えみさん! |
授業終わりのペルが鳴る。 | |
えみ | (普通の明るさに戻って)先生、おいひとりで決める。自分ひとりで責任とる。 |
安曇 | えみさん、一回、保健室の先生の所に行ってみなさいね。 |
曇先生の台詞の途中で、里美・章子・由美子・勝己・広がどやどや入ってくる。みんな、実習服である。 | |
章子 | (上着を脱ぎながら)しかしや、豚って臭っちゃなあ。 |
由美子 | 鼻が曲がって、しばらくは役に立たたねもんな。 |
広 | んで、その鼻も落ちこぼれだっちゃ。 |
里美 | 腹立つっちゃなあ。おいたち、園芸科だべ。なして豚小屋の冬囲いしなくちゃなんねえのや。 |
章子 | 少し文句言うど、「おめえらは、勉強しているよりは、まだいかんべ。」ってどなられておしまいだ。 |
里美 | 確かに英語でしぼられるよりはいいな。 |
近くにいた勝己、里美の頭を小突く。 | |
里美 | (笑いながら)なあにいいべ。(急に怒りが戻ってきたように)んでもや、本当にこき使われでるって感じだっちゃなあ。 |
広 | (椅子の上に立ち上がって、片手を挙げて演説口調で)私たちはドレイではない。学生である。あのう、勉強しない学生のこと何て言うんだ。 |
えみ | 遊び人。 |
広 | (もう一回、姿勢を正して)私たちはドレイではない。遊び人である。 |
皆が口々に「あほ!」と言う。このときちょうど、昌子が入ってくる。自分が入ってきたとき、皆が「あほ!」と言ったので、きょとんとする。不思議な沈黙・・・・・。 | |
安曇 | 昌子さん、遅かったんだね。 |
里美 | 昌子、おとなしいと思って、まだ茶碗洗いでもさせられたんだべ。自分で使った茶碗ぐれえ自分で洗えってや。 |
昌子 | (にこっと笑って)おら、りんごもらって食べてきた! |
広 | ありゃあ、いいなや。 |
皆口々にはやしたてる。 | |
由美子 | みんな、ちょっと聞いで! |
それそれが勝手におしやべりしている。 | |
由美子 | ねえ、みんな、今日、代表決めねばねえんだってば・・・・・静かにして! |
安曇、見かねて立ち上がってくる。 | |
安曇 | (中央まで出てきて)みんな、今日は弁当食ったの? |
広 | 食った。 |
里美 | まだ、腹減った? |
由美子 | 先生、何かおごってけんだか? |
勝己 | 二時間目の終わりに食ったっちゃな。 |
安曇 | 全員食べたようね。じゃ、ちょっと由美子の話聞いて。 |
しぶしぶ皆が座る。 | |
由美子 | 今度の試験終わった次の日、農業クラブの意見発表あるっつうっちゃ。そんどき、おらほうがら代表出さねばねえんだ。んだがらや、今日、代表決めでけろ。 |
えみ | こんな人数少ないクラスからも代表出すんだか? |
章子 | 棄権してだめなんだか? |
広、パンを出して食べ始める。それを見つけた里美、「少しけろ!」と、押しつぶしたような声で騒ぎ出す。「うるせえごだ」と言いながら、章子もその騒ぎに混じってしまう。 | |
由美子 | いつも棄権だどや、なんだが、おしょしいべ。 |
安曇 | そうね、みんな、言いたいこといっぱいあるんでしょ。友だち、学校、そしてお父さん、お母さんへの不満、(少しずつ静かになる)そうだ、進路決まっている人は誰だっけ。由美子さんが洋裁学校、章子さんが美容学校、勝己君がガソリンスタンド、あとはまだだよね。(全員静かになっている)決まらない人はもちろん不安だと思うし、決まった人も、自分がやっていけるかどうかとか、いろんな不安がある。そういうこと、代表に発表してもらうといいよ。園芸科三年一組だけじゃない。どのクラスもそう思っている。皆、一生懸命聞いてくれるよ。 |
勝己 | 俺も棄権しないで出たほうか゜いいと思う。合唱祭は、おらほう人数少ないからだめだっちゃ。んだがら、クラスでがんばれるのは今度が最後だ。 |
由美子 | なあ、みんな、今度は代表出すべ。 |
皆、互いに顔を見合わせている。 | |
えみ | と゜うやって代表決めんのや。 |
広 | 多数決いいっちゃ。 |
里美 | よし、分かった。多数決すっぺ。誰か推薦してけろ。 |
章子 | 由美子がいい。 |
由美子 | おら、やんだ。だめだぞ。 |
里美 | んだって、推薦されたんだもんな。由美子いいど思う人。 |
「はーい」と口々に言いながら、勝己と昌子を除いて全員、手を挙げる。勝己は全員の様子を見ている感じ。昌子はほとんど無関心。 | |
里美 | よし、絶対多数で決まり。由美子が代表だ。 |
全員の拍手。 | |
由美子 | おらやんだ。なして、いつもおらばっかり。おらやんねぞ゜。 |
章子 | んだって、決まったんだいっちゃね。 |
えみ | 恵美子は中学校んときも、代表に出たぺ。やったらいいべ。 |
由美子 | うそだ。おら、弁論大会なんか出たことねえ。人のことだと思って、適当なごど言って・・・・・。農業クラブの役員だってむりやり押し付けたんでねえが・・・・・。 |
由美子の強い拒否の態度に、だんだん戸惑い始める。「そんなごど言ったって」とか、つぶやきが聞こえる。お互いに顔を見合わせたりして、発言者、いなくなる。 | |
安曇 | ちょっといい? あたしも今の決め方は少し乱暴だと思うわ。このクラスには、勝己君という議長さんがいるてでしょ。それに、由美子さんがどうしていいのか、何も話合わないで、いきなり多数決は乱暴だと思うわ。由美子さん、おもしろくないっちゃ。 |
少しの間。 | |
里美 | んじゃ、ほら、議長出したらいがべ。 |
勝己 | (照れて笑いながら)俺、いいよ。 |
里美 | 遠慮してる場合でないの。あんだが出ないど、決まんねえんだ。 |
えみ | のっぽ! おめえ議長なんかできんのが? |
勝己 | あっ、言ったなあ。 |
勝己、教卓の前に立つ。 | |
勝己 | それでは、代表を決めます。誰か推薦してください。 |
「かっこいい」とか声がかかる。ほんの少しの間があって、広、立ち上がる。 | |
広 | はい、里美、いいっちゃ。 |
勝己 | 理由は? |
広 | リ、ユ、ウ? |
勝己 | 今度から、誰か推薦するときは理由も言ってください。 |
広 | 理由は・・・・・声が大きいから。 |
里美 | (少し照れながら)広! よけいなごどしゃべんな。 |
えみ | あたしも、里美がいいと思います。少し乱暴などごはあっとも、クラスみんなのごど、よぐかんがえでけっちゃ。里美に賛成。 |
里美 | (嬉しそうな表情は見せながら)ばがだごど。おいなんか出でって、何しゃべんのや。 |
勝己 | しゃべる中身は、みんなで考えればいいべ。他にねえすか? |
章子 | あたしは、やつぱり由美子、いいと思う。まじめだし、園芸科好きだ入ってきたの、由美子ひとりだっちゃ。だから、由美子が本当の代表だべ。 |
由美子 | やだ。おら、だめだぞ。 |
安曇先生、立ち上がって、何か気になるように物思いに沈んで、ゆっくり歩く。 | |
勝己 | そんじゃ、このへんで、決をとっていいですか。 |
えみ | いいでーす。 |
章子 | (少し遅れ)いいです。 |
勝己 | それでは。里美に賛成な人、手を挙げてください。 |
広、由美子、まず手を挙げるが、少し遅れて、章子も手を挙げる。昌子は見ているが、手を挙げようとしない。 | |
えみ | なんだ、章子も手を挙げてっちゃ。 |
章子 | そいだって、由美子、やんだって言うんだもん。(昌子のほうを見て)手を挙げないのは、昌子ひとりだっちゃ。 |
勝己 | それじゃ、絶対多数で。 |
安曇 | (勝己の言葉、さえぎるように)ちょっと待ってね。里美さんは、今度の意見発表会には、・・・・・少なくとも代表としては、出れないと思うの。 |
全員、先生の方に注目する。 | |
えみ | なしてや先生。 |
安曇 | 里美さんは、ちょっと困ったことにぶつかってしまって。 |
里美 |
先生、もっとはきっり言いなよ。 |
安曇 | 里美! |
里美 | おいは、広の財布盗ったって一言われでんだ。 |
広 | 財布はそのまま、出てきたんだし、先生もういいよ。 |
立ち上がって、里美に近づいて。 | |
章子 |
里美! なんで疑われたんだ? |
里美 | 広が財布なぐなったって騒いでたら、その財布が、おいの机がら出できた。おいは知らねえって言ってんだども、先生だちは誰も信じてけねえ。それに、二組でなくなったのもおいがやったんでねえがって、 |
昌子がだんだん章子のほうに近づいてくる。 |
|
章子 | 二組のぶんも……。 |
昌子、章子に近づくと、章子、くるりと背を向けて、角の席に座って、下を向く。それを見ると昌子、また端のほうに戻っていく。 | |
勝己 |
先生、里美が代表になるのはどうしてもだめか? |
里美 | おいは、今まで、三回えも停学になってる。今度は、退学かもしれねえ。 |
章子 | 退学って言われたのが。 |
重苦しい沈黙の中、章子がよろよろ立ち上がる。するとその時、入り口の戸が勢いよく開き、まゆみが入ってくる。ほとんど泣き出さんばかりの表情である。安曇先生の前に突っ立って。 | |
まゆみ |
先生、おいは準看にもなれねえ。園芸科がらは準看も受けらんねのすか。。 |
安曇 | まゆみさん、どうしたの? ちゃんと話して、ねえ、。落ち着いて。 |
まゆみ | 準看の学校受げっとぎは、どっかの医者に住み込みすんだっちゃ。だから医者のほう決まんねど、学校だけ受げだって、だめだっちゃ。 |
安曇 |
ええ。それでこの間、病院選んでたんでしょう。 |
まゆみ | 先生な、おいは、どれでもいいがらって三つも頼んでだんだ。そしたら三づとも、普通科とか家政科に回されでしまったんだ。 |
安曇 | まゆみさんは、準看の学校さ行ぐって一生懸禽勉強したんだもんね。 |
まゆみ | 先生、このクラスにいると就職もだめ、進学もだめ。おいはどうしたらいいんだ? |
まゆみ、先生に背中を向けて立つ。勝已、立ち上がって里美に近づいて。 | |
勝己 | 里美、本当に財布のこと、知らないんだな。 |
里美 | (勝已をじっと見て)うそでねえ。おいは本当に財布盗ったりしてねえ。 |
勝己 | よし、分かった。(先生のほうに向かって)先生、先生は、なして里美の言うごど聞いでけながったんだ。生徒部の会議さなんか、なして出したのや。……まゆみのことだってそうだ。あんまりひでえんでねえが。先生だちは、俺だちのクラスのごどなんか、何にも考えでけねえんだ。……(皆に向かって)なあ、みんな、さっき俺たちは、里美をこのクラスの代表に決めた。なあ、里美を俺たぢの代表にすっぺや。 |
えみ | んだ。先生だちなんか、何つったってかまわね。さっき決めた どおり、里美を代表にすっぺ |
由美子 | 学校がだめだって言ったら、おらほはやっぱり棄権になんだが? |
えみ | そんなごとになったら、その日は学校休むっちゃ。そんな学校来たぐねえ。 |
広 | そんなごどしたら、先生にごっしゃがれっぺや。 |
勝己 | ここで、別な人を代表に決めだら、俺だぢも里美んごど疑って ることになんねえか? |
由美手 | おら、里美信じる。んでも棄権はしたぐねえ。 |
勝己 | よし、それじゃ決取ってみようや。どっちになっても文句言うなよ。 |
みんな、うなずく。勝已、みんなの真ん中に出ていく。 | |
勝己 |
んじゃ、さっき決めたとおり、里美が代表でいい人、手を挙げてけろ。 |
えみ、勝己、すぐに手を挙げる。そしてゆっくりした感じで、章子が遅れて手を挙げる。 | |
勝己 | 賛成三人か。ちょうど半分だなあ。これじゃどうしようもねえな。 |
えみ | 昌子、反対が? 聞いでみろ。 |
勝見 | んだってや、昌子は多数決なんていっつも混ざんねぞ。手・挙げたの見たごとねえ。 |
えみ | (昌子のほうに近寄りながら)昌子、あんだ、賛成が反対が、賛成だったら手、挙げんだ。 |
昌子、にこにこして見ている。えみ、さらに近づいていくが、反応なし。えみ、諦めて帰りかけると、突然手を挙げる。 |
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勝己 | 昌子! おめえ賛成なんだなあ。(皆、驚ぐ)里美が代浅になるの、賛成なんだな。 |
昌子、手を拳げたままはっきりとうなずく。 |
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勝見 | 先生、里美は財布なんか盗ってねえ。立派なおらほの代表だ。 |
つ づ く |