あしおと A

                        第三場     

学期末考査二日目の教室。二日目最後の試験がまもなく終わろうとしている。里美は欠席して、机の上にはテスト用紙が裏返しで置いてある。勝己、章子、まゆみは一生懸命書いている。広は机の上にうつぷせになって、寝ている。えみは頼杖をついて物思いにふけっている。由美子は書き終わって、答案用紙を手で持ち上げて見ている。章子が、由美子の答案用紙をのぞこうとするが、うまくいかない。安曇先生は、机間巡視をしている。

終了のベルが鳴る。先生、急いで教卓の所に戻る。

安曇 それじゃ、提出してください。

それぞれが、答案用紙を持って、立ち上がってくる。広はえみに起こされる。勝己は先生の後ろ側に回り、先生の肩越しに集められた答案を、さかんにのぞく。

安曇 

勝己君、早く出しなさい。

勝己  いいのあったら写すべがと思ったんだ。けっと、さっぱりいいのねえなや。
 先生は笑いながら、.答案を受付取る。皆、口々に試験のことを言いながら、席に戻る。
安曇

(答案用紙をそろえながら)今日は、これで終わりですから、掃除して帰ってください。

えみ (鋭く)先生!
安曇 (手を止めて)はい。
えみ  里美、どうしたんだ?
勝己

試験、二日も休んでヤバイんでねえのが?

安曇  そうなの。何回も電謡したし、昨日は家にも行ってみたの。里美さんには会えないのよ。「学校に行く」って家は出ているらしいの。
まゆみ 先生、里美は二学期の試験、受けてねえんだっちゃ。
安曇

そうなの。受けてないの。

広  んじゃ、俺と一緒に落第だ。
安曇  広君はそんなことないでしょ。
おらあ、もうだめだ。
安曇 (肩をたたきながら)頑張んの。
えみ 先生!このあいだの財布のことは、本当に無罪になったんだが?
安曇 ええ、里美の机の中から、財布が出てきただけじゃ、里美が盗ったことにはならない。だから無罪ってのも変だけど。何もなかったと同じことになったの。
由美子 先生,そんなことうそだ。
安曇 えっ、由美子さん?どういうこと?
由美子 先生、おら、里美んごどあんまり好きでねえ。んでも、あれじゃあんまりかわいそうだ。
えみ  由美子、何あったんだ?
由美子  あのな、土曜日の夕方、体育館さ行ったんだ。里美な、ひとりで意見発表会の練習してだ。なんだかおら感激してしまった。だがら、おら、邪魔しねえように入り口の戸の陰でじっと見てた。あの里美がだぞ、おらやあ、ほんとに。
       みんな、感動している。だんだんに、席を立って集まってくる。
それがらは、早くしゃべれ。
由美子 うん、そしたらや、教官室から突然がりがり親爺、出てきてさ、「そこで、何してんだあ」っていきなりどなったんだ。里美、うんとび.っくりしたんでねえか、突然走り出して隣りの控え室に逃げ込んだんだ。そしたら、あいづは、ものすごい勢いで追っかけだんだ。あとは、控え室の中から、いっぱいどなり声が聞こえた。「代表になんかさせねえ」とか「疑い晴れたわけでねえ」とか、里美は、あいづんごど突き飛ばして、泣きながら出てった。
安曇  ……そんな:…・ばかな。
えみ きたねえな先生、本当はみんなで疑ってたんだ。
勝己 里美、辛かったべな。今、どこにいるんだべ。
安曇  とにかく、出てくるようにって"ことづて"を頼み、手紙も頼んできたの。読んでくれるといいけど。
えみ なあ、みんなで里美、捜すべ。そして連れでくっぺ。
由美子 捜すったって、見当もつかねもんなあ。
それぞれ、顔を見合わせて、話し合っている。昌子、立ち上がって、先生の所に近づいてくる。近づくにつれてみんな、昌子に注目し始める。
昌子 (先生の前で)先生、里美……里美は、財布盗ってねえ。
安曇 えっ?(昌子を見る)
        勝己、えみ、立ち上がって昌子のほうに近づいてくる。
勝己 昌子!
えみ  何だって、昌子。
昌子 里美はなんにもしてね。おら知ってる。
えみ  知ってる?:…誰や……財布盗ったの誰なのや?
昌子 (答えようとするが緊張して答えられない)
えみ 昌子、見てたのか?……里美は、どんな思いしてっか分がっか? なあ、財布盗ったのは、誰だ?
昌子  (後ずさりしながら)……財布盗ったのは……。
勝己 昌子、誰なのや。
昌子 財布盗ったのは、おらだ。
    皆、呆然として、昌子を見る。静寂の間がある。
章子 (吐き出すように)うそだ。財布盗ったのは、あたしだ。
広  いったい、どっちが本当なんだ?
章子  先生、昌子は、中学校んときも同じようなことに出会ってるんだ。教室で時計がなくなって、その場面を見ていた昌子は、本当のことをしゃべったんだ。そしたらついに、その時計盗った子は自殺してしまった。それ以来、昌子、閉じこもってしまって、ほとんど口きかなくなった。(みんなのほうに向かって)だから、多数決なんかも、手、挙げたことねえ。昌子、辛かったべ。言わなければ、里美が辛い思いするし、本当のこと言えば、中学のときと同じになる。だから財布盗ったの、自分だって言ったんだべ。(昌子の両肩に手を置いて)昌子、安心しろ。あんだ言ったんでねえ。あたしが、自分で言ったんだ。先生、財布盗ったのあたしだ。
その時、突然入り口の戸が開く。そこには、黒スカート、黒ジャンパー姿の里美が立っている。皆、口々に、「里美!」と、声を掛ける。里美はじっとみんなの顔を見ているが、ほとんど無表情である。そして教室の中に入ってき、先生の前に立つ。
里美 先生!退学届けの用紙、もらいに来た。
章子 里美! あたしが悪いんだ。いたずらのつもりだった。カバンから飛び出した財布を近くの机の中へ投げ込んだんだ。ほんのいたずらのつもりだったのに、大騒ぎになってしまって、だんだん言えなぐなってしまった。あんないたずらして、そのうえ、今まで黙ってて、本当に悪がった。許してけろ。今がら職員室に行って全部しゃべる、
里美 やめろ、章子、そんなごどしたってなんにもなんねえ。おいみてえな、白い目で見られる人間が一人増えるだけだ。
勝己 章子、許してやれんのか?
里美 許すなんて、そんなごどおいは分がんね。あとで殺してやりてえぐれえ頭にくっかもしゃねえ。でも、戸の外で昌子と章子の話聞いで、今は、腹立つちゅうより、ほっとしてる。それに財布のごとはとっくに終わってるしな。
えみ 里美、あんだは、学校やめでだめだ。白い目に負げだごどになる。白い目、認めたことになんだぞ。
勝巳  里美はおらほのクラスの代表だ。やめでだめだ。
安曇  里美さん、昌子も、章子も、みんな精一杯生きてる。みんな、あんたが好きなの。一緒に頑張ってほしいのよ。
由美子  里美、体育館で練習してたベ。なあ、発表会さ出て、思いっきりしゃべれ。
広  里美が今やめでだら、落第すんの俺一人になっぺ。
えみ 先生、里美は、なんでこんな目にあうのや。何もしてねえんだぞ。悪いのは誰や。
勝己  謝んねげねえの先生たちでねえが?
えみ 里美、カンパ頼んだりいろいろ心配かけたけっと、おいは学校やめる。
里美    えみ、あんだ、そんなむちゃなごど言って。
えみ  ううん。前からやめっぺと思っていたんだ。んでもなんとなく決心つかなかった。もう、学校なんて、なんの未練もねえ。おいは学校やめで子ども産む。
由美子 子ども?(皆、動揺する)
広  子ども産むどぎって、学校やめねばねえんだが?
えみ  生徒にも産休つうのあんだったらやめねえで産むどもな。
里美  あんだ、本当に学校やめるのが?
えみ  ああ、五月ごろは母ちゃんだ。あの人、自分でダンプ買って稼いでる。んでも、月賦払うのもなかなか大変なんだって。おいも働く。そうすれば……。なあ、里美、あんだは、みんなから選ばれで代表になったんだ。やんねば逃げることになるよ。
安曇 里美さん、頑張って。今やめたら、本当に、ただ負けたことになる。里美さんや昌子さんに謝らなければならないのは、この私だ。先生のほうだ。先生も、もう一回やリ直したいの。先生も応援する。意見発表会、頑張ってやってほしいの。
まゆみ がりがり親爺んごどしっかりにらみつけて、しやベったらいかんべ。
     昌子が、里美に近寄ってきて、手を引いて教卓の所に連れていく。
昌子 里美、話して聞かせて!
里美  昌子!
勝己 そうだ。俺たちもまだ聞いたごとねえ。やってみろよ。
由美子 ねえ、聞かせて。
        章子、自分の上着を脱いで、教卓の所へ行く。
章子 (制服を差し出して)これ着たほうがいいよ。
里美 (章子をじっと見てうなずく)
里美、ジャンパーを脱いで、制服を着る。
みんな、自分の席に着く。
次の勝己の台詞のところで、照明は
FOし、台詞が終わったときは、教卓の所だけが、ぬきで照らされる。
勝巳 (司会になったつもりで)次の発表者を紹介します。園芸科三年一組、相沢里美さんです。「みじめさを乗り越えて」という題目で発表します。
          全員の拍手。ここからは意見発表会の当日とみてよい。
里美

「遊んでばりいっと、園芸科行きだぞ!」中学時代よくこう言われました。高校の入学式当日、その園芸科の教室で先生を待っていたときは、みじめな気持ちでいっぱいでした。しかも、あの広い教室に、仲間はたった十三人でした。でも、少しは期待しました。どんな先生だろう? 高校生活って、何か新しいことあるんだろうかって、ちょっぴり胸をときめかしました。でも、結局学校は学校でした。いい子はいい子。だめな子はやっぱりだめ。役貝になるのも、作文集に載っかるのも、いい通知表もらうのも、みんな決まっているんです。私たちは、学校に何を期待しているのでしょうか。私は、二年八か月の間に、三回停学処分を受けました。だから、この意見発表会に出る資格がないと、きつく叱られました。でも私のクラスの仲問は、私を停学にする代わりに私を信頼してくれました。私はだめな子というレッテルを貼られ、片隅に押しやられている生徒のみじめな気持ちを、人一倍よく知.っでいます。その気持ちを正直に話すことで、代表としての責任を果たしたいと思います。(照明、ゆっくりと暗くしていく)私たちのクラスは、最初十三人でした。一年生、の六月の考査のときは、すでに十人に減っていました。私も、本当は私立高校に行きたかったんです。でも私立は金かかかるからだめ、(声もだんだん小さくする)そのうえ、成績が悪いから、ここへ来ました。そんな生徒が、三人やめていったのです。でも、私は、やめませんでした。高校へ入ってから知り合った仲間のおかげです。

     暗転になって直後、音声も聞こえなくなり。三場、終わり。

   

第四場

二月二十八日、卒業式前日。教室の中はえみの分の机一組が減って、七組の机、椅子が置いてある。勝己、広、由美子、章子、昌子の五人がいつになく神妙に座っている。まゆみと里美の机が空いている。賞状の額が一つ壁にかけてある。

安曇 章子さん、卒業おめでとう。昌子さん、よく頑張ったわね。おめでとう。勝己君、いろいろ本当にご苦労さま。助かったわ。
(通知麦をしばらくぼおっと見ていたが)先生、ちょっとちょっと。
安曇 なあに、広君。
先生、俺、本当に卒業できたんだが?
安曇 大丈夫。ほんとに卒業よ。三学期は本当によく頑張ったね。
んじゃ、まゆみと里美も卒業だべ。
安曇 ええ、まゆみさんは、今日準看の学校の合格発表があるの。もう、まもなく来ると思うわ。
勝己 里美はどうしたんだ?
章子    どうしてもだめだったんだが?
由美子 里美、卒業できねえんだが?
昌子 里美は、おいは落第だって言ってだ。
       皆、言葉もなく、沈黙が流れる。
そんなばかな話ねえ。おら、三学期は里美におごられながら、ずいぷん勉強した。里美は先生なんかより、うんと、おっかねえんだから。
章子 みんなで卒業すっぺなって、うんと勉強した。昌子だの、広だの、あだしも、里美のおかげでうんと頑張れたんだ。
由美子 先生、今度はカンニングだってしながったぞ。里美はカンニングうんとうまいんだがら、今度だって、うまくやれば……。
勝己 先生、あの賞状は、三年聞で、おらほのクラスのたったひとつの賞状だ。意見発表会で、努カ賞もらってがら、里美は変わったんだ。
由美子 んだ、勉強してんのなんか見っと、ひやかしてばっかりいだのに、あれがらは勉強しろって追っかけてた。なあ、広。
あのや、勉強しろって言ってもや、先生だちは、すぐ忘れだみでいに諦めっからいいんだ。んでもや、あいづは絶対諦めねえもんなや。
由美子 何言ってんの、そのおかげで卒業できたんだべ。
章子 先生、里美は変わったんだ。なんで卒業できねのや?

      安曇、ひとりひとりをじっと見つめている。沈黙。

安曇  みんなのクラスは、入学のとき十三人だった。途中でやめた人が何人も出た。今年もえみさんがやめていった。
先生、えみなあ、腹大きくして騒いでんだあ。
安曇 (広の肩を軽くたたきながら)そう、とっても頑張っているわ。ねえ、みんな、えみさんは、高校卒業しないで途中でやめていったんだけど、どう思ってる?
       生徒は、顔を見合ったリしているが、沈黙。
安曇  みんなは、明日、晴れて卒業する。でも、みんなのほうが立派だとか、幸せだとかって言えるかしら。えみさんは、自分で選んで自分の人生を歩き出した。みんなより一足早くね。そしてみんなは、明日から自分の足で歩くしかない、自分の人生を歩き始めるんだわ。……里美さんは、今選ぼうとしているのよ。うめきながら、もがきながら、自分だけの人生のスタートを切ろうとしてる。先生、そんな里美さんが、とっても好きよ。
章子 先生、里美、学校やめてしまうべが?
安曇  さあ、先生は学校続けていくことになっても、やめていくことになっても、里美さん信じて応援していくわ。
      教室の入り口の戸、ノックされる。皆、いっせいに振り向く。
安曇 -い。
     一瞬の間があるが、誰も入ってこない。
里美 

(戸の外から)ちょっと、開けてよ!

由美子・昌子 あっ、里美だ!
 二人、同時に立ち上がって、戸を開ける。戸の外に、片手にカセットとバック、片手には紙袋を二つも抱えた里美が立っている。
由美子 (驚いて)里美!
勝己 なんだ、里美、その格好は?
里美 えへへへへ。何だと思う?
食い物が?
里美 そう。お別れ会すんだ。なあ、先生、いいべ。明日、おいは来ねえがらさ。卒業式は、ちょっとおしょすいもんな。みんなで、お別れ会するべと思ってさ。(袋から菓子とか飲み物とか出しがら)アルハバイトの金で買ってきた。
 みなは、里美が、陽気にすればするほど、痛々しさが感じられて、沈んでいく。里美は、皆の様子に気づくとさらに陽気に振舞おうとする。
里美 あっそうだ。プレゼントあったんだ。明日がらはみんな先輩だもんな。
由美子 (絞り出すように)里美!
里美 由美子のは、ええと、あっこれだ。(紙包みを由美子の手につかませて)あんだ、洋裁学校が?おいの服も作ってけろな。(昌子の前に行って)昌子、遊びに行くぞ。いい美容師になれな。広!(包みを出して)これだ。就職決まんねんだが? あんだも落第すればいがったのに。
 広、じっと里美を見ている。里美、勝己の前に行って、勝己を見て包みを差し出したまま。
里美 勝己! のっぽ、おいはな、おいは・・・・。
 里美、声がつまってしゃべれなくなる。
勝己 里美、これからどうすんのや。みんな心配してっと。
章子 里美、ごめんね。許してけろ。あだしのせいで、こんな苦しい目にあって。
里美 (章子の言葉をさえぎって、はっきりと)違う。あんだのせいでね。おいはもう一年やる。みんなと別れねばねえの、一番辛いけっと、おらは負けねえ。今まで学校に行くべと思ったごと一回もねえ。んでも今は違う。やる気出てきてる。落第して、学校続けるなんてうんと恥ずかしいけっと、おら、来年の春まで頑張る。
安曇 里美さん。
俺さ、時々差し入れに来っちゃ。
由美子 おめえなんか来んな。新入生と間違えられっと。(笑い)
 和やかな雰囲気になりかけたとき、舞台下手奥から「先生!」という大きな声が聞こえ、走る音が聞こえる。皆が入口の方に注目したとき、息せききって、まゆみが飛び込んでくる。入口から、一メートルくらい入った所で、立ち止まり、息せききっている。皆が注目する。晴れやかな顔である。
まゆみ 先生・・・・・先生、あだし、受かってだ。準看の学校、合格したんだ。
いいなや、おらあどうすればいいんだがや。
                            ――幕――