安保健+宮城県第三女子高等学校演劇部 作 |
|
登場人物 先輩 マサエ よしえ
|
コーラス部の部室、後ろに傾斜台 |
|
ゆき | (鏡を持って合唱の練習しながら)もっと、眼をパッチリ開いたほうがいいですか? |
先輩 | うん。 |
ゆき | こうですか。 |
先輩 | うん、いいとおもうよ。 |
ゆき | こんな風に背筋をシャキっと伸ばしたほうが、品があっていいですよね? |
先輩 | うん、いいとおもうよ。 |
ゆき | やはり、女は品ですよね。男性審査委員が多いですからね。「い−」の口の形が一番難しいんですね。いー。これで良いですか?いー。私舌が普通の人より長いんです。少し引っ込めないと下品ですよね。引っ込めるのが難しいんです。 |
先輩 | うん。いいと思うよ。 |
ゆき | 舌が長いのが良いんですか?先輩、真面目に答えてください。 |
先輩 | ごめんね、真面目だよ。 |
ゆき | そうですか、ありがとうございます。この口でいいですよね。 |
先輩 | うん、良いと思うよ。 |
ゆき | 先輩に良いと言われると自信がでます。 |
先輩 | そお。 |
ゆき | そうです。先輩、何読んでるんですか? |
先輩 | 「無知の涙」 |
ゆき | 「無知の涙」・・・ですか。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | バカが泣くって話ですか?それだと私泣きっぱなしです。 |
先輩 | そんなことないよ。 |
ゆき | 私、「援助」ってとてもいい言葉で、「交際」もとっても、いい言葉で、いい言葉といい言葉が合わさったから援助交際ってとってもいい言葉だと、ずっと思っていました。最悪の言葉だったんですね。私ってとってもバカですね。 |
先輩 | そんなことないよ、ゆきちゃん。今の日本語ってとっても変だね。 |
ゆき | そんなことより、うちの部、5人しかいませんよね。5人でいいんですか? |
先輩 | いいとおもうよ。 |
ゆき | コンクールですよ。 |
先輩 | いいと思うよ。1人でもいいみたいだよ。 |
ゆき | えっ、一人で合唱するんですか? |
先輩 | 難しいね。 |
ゆき | そうですよね。口は二つないですからね。どうして、耳は二つあるのに口は一つなんですか? |
先輩 | どうしてだろうね。多分、聞くほうが大切だからじゃない。 |
ゆき | そうですか?意見を言うほうが今の世の中を生きていくのに大切だと思います。 |
先輩 | それって、ちょっとさびしいね。 |
ゆき | どうしてです。 |
先輩 | 世の中には意見を言いたくても言えない弱い人が沢山いる。 |
ゆき | そうですか?少なくてもうちの部にはいませんね。先輩は別ですけれど。あっそうだ、先輩、メイクしてもいいですか? |
先輩 | メイク? |
ゆき | はい。合唱コンクールは声だけでなく、顔の表情が大きく審査に影響すると思うんです、特に男性の審査員は色気に弱いんです。 |
先輩 | そんなこと無いと思うよ。 |
ゆき | あります。女の魅力を最大限に使わないとなりません。審査員も人間です。完全ではありません。 |
先輩 | ゆきちゃんって、大人だね。 |
ゆき | そうですか?だって私、実証ずみです。 |
先輩 | 実証済み? |
ゆき | はい。推薦入試でメイクしたんです。 |
先輩 | ゆきちゃん、推薦だったの。 |
ゆき | はい。私、実力では絶対にこの学校に入れませんでした。私、人より目がすこし小さいんです。ですから、眼を少し大きく見せたほうが魅力的なんです。それで必死にメイクしたんです。メイクが良かったから合格したんです。 |
先輩 | そうなんだ。 |
ゆき | そうです。中学の校長先生も言ってました。見た目が大切だって。 |
先輩 | そうだね。人間が決めることだからね? |
ゆき | そうです。私、服装だけじゃ駄目だと思って思い切ってメイクもしたんです。私、初めて化粧してみたんです、親に見つかると取り上げられるんで、受験場のトイレに駆け込んでメイクしました。皆、驚いていました。私、勝ったと思いました。 |
先輩 | そうかもね。 |
ゆき | そうです。 |
先輩 | 面接で何か言われなかった。 |
ゆき | 言われました。まつげ落ちたよ、それ君の睫毛って。私言いました。これ私の睫毛でありません。これ付け睫毛ですって。それから、もう少し短いほうが良いですかって、私聞きました。 |
先輩 | それで、なにか言われた? |
ゆき | そうかもねって言われました。私言いました。入学したら短くしますって。それで合格したと思います。 |
先輩 | すごいね。 |
ゆき | なにがですか? |
先輩 | 推薦入試で付け睫毛落とすなんて。 |
ゆき | だって、初めて付け睫毛したんですもの。慣れていなかったんです。 |
先輩 | そうかもね。 |
ゆき | その時の面接官が田中先生でした。 |
先輩 | ゆきちゃん、運良かったね。 |
ゆき | なにがですか? |
先輩 | 面接官が田中先生で。 |
ゆき | そうですか? |
先輩 | 生徒指導部の市川先生だと落ちてたかもしれないね。 |
ゆき | そうですか、私の魅力だと大丈夫だと思います。もし、田中先生に落とされていたら一生田中先生を恨んでいたかもしれません。そう考えると面接って、とっても怖いですね。 |
先輩 | 田中先生って心が広くていい先生だよね。 |
ゆき | そうですか。いつも「しょうがないなあ」って、言ってますけど。 |
先輩 | でも、そう言いながらきちんとやってくれるよね。 |
ゆき | そうですね。マサエなんか、筆記用具を忘れたんですよ。試験官の田中先生に「筆記用具を忘れたんですけれどいかがしたらいいでしょうか?」って質問したそうです。田中先生、あわてて職員室に鉛筆と消しゴムを取りに行って貸してくれたんですって。確かに田中先生はいい人です。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | それにしても推薦入試って裁判ですよね。 |
先輩 | |
ゆき | そうです、裁判です。良いか、悪いか、人間を裁きますから。 |
先輩 | 難しいね、人間は神様じゃないないからね。 |
ゆき | 知ってます、マサエ推薦だったんですよ。きっと、面接官が間違ったんです。本当に裁判って怖いですね。あいつのことだから、死刑判決のように、命ごいしたんじゃないですか、泣きながら訴えたんじゃないですか。きっと、そうです。 |
先輩 | ゆきちゃん、マサエは一般受験だよ。 |
ゆき | えっ、そうですか、実力で入ったんですか、私、信じられません。それより、どうします? |
先輩 | なにが? |
ゆき | 自由曲です。 |
先輩 | そうだね。 |
よしえ登場。 |
|
よしえ | ふふふふ、食べる。 |
ゆき | 何、それ? |
よしえ | ふふふふ〈猫のように部屋の隅に行く。〉 |
ゆき | 笑うな、真面目に答えろ、猫女。 |
よしえ | だから「ふ」。ニャオン |
ゆき | ふざけるな。 |
ゆしえ | だから「ふ」 |
ゆき | ふ? |
よしえ | うん、「ふ」。ふ菓子。 |
ゆき | もういい。それより、先輩、なににします? |
先輩 | どうしよう。 |
ゆき | 来月ですよ。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | 5人だと難しいですよね。特にパート分けが難しいですよね。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | 5人でも出場できるんですか? |
先輩 | できるよ、 |
よしえ | 食べる? |
ゆき | よしえ、しつこい。 |
よしえ | ゆきが食べないお菓子なんて、おかしい。 |
ゆき | さむ。先輩、5人だとパート分けも微妙ですよね。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | 宮三女子高のコーラス部は129人だそうです。 |
先輩 | すごいね。 |
ゆき | そうですよね。わたしたちの26倍です。正確には25.8倍ですけど。 |
よしえ | そんなことより先輩、食べます。この「ふ」、美味しくて、ふふふですよ。 |
先輩 | うん、いいよ。 |
ゆき | よしえ、うるさい。真面目な話に割り込むな。 |
よしえ | ニャーオン。(部屋の隅にいく。) |
ゆき | おまえ、隅、好きだな。 |
よしえ | 隅で、すみません。先輩、ふ菓子、美味しいですか? |
先輩 | うん、美味しいよ。 |
よしえ | 本当ですか先輩。ふふふって笑ってください。 |
先輩 | ふふふふ |
よしえ | 先輩、かわいい!もう一度、お願いいます。 |
先輩 | ふふふ。 |
ゆき | こら、先輩をおもちゃにするな。お前、大会いつか分かってるか? |
よしえ | ドッキ。へへへへ、知ってるよ、6月ろくにち。 |
ゆき | ろくにち?ばか、6月ごにちだ。 |
よしえ | ははは、間違えたーあ。ごにちじゃなくて五日って言うんだよ。ゆきちゃん。 |
ゆき | うるさい、、、、。じゃあ、自由曲どうする。 |
よしえ | (ゆきを無視して)ジャーン、そう思って、先輩、持って来ました。ニャン、これで決まりです。先輩、一緒に踊って頂けますか? |
先輩 | いいけど。 |
ゆき | 踊る? |
よしえ | 先輩と踊るのが私の夢だったのです。皆の前で踊りたいんです。 |
先輩 | いいけど。 |
よしえ | いきますよ、先輩。 |
先輩 | いいけど。 |
ストーンズのスタート・ミー・アップが流れる。2人が踊り始める。 |
|
マサエ登場。マサエも入って踊る。呆れてユキが止める。マサエが消える。 |
|
よしえ | 先輩、私、先輩の踊り見てますます好きになりました。とてもセクシーです。 |
先輩 | マサエは? |
よしえ | あっつ、いない。 |
先輩 | マサエって、忍者みたいだね、神出鬼没。 |
よしえ | じゃあ、もう一曲、いきましょう。マサエ出てくるかもしれません。マサエ、最近、学校に来てませんからね。曲でおびき寄せましょう。 |
先輩 | うん、いいよ。 |
ゆき | 止めて!よしえ。 |
よしえ | どうして? |
ゆき | また、ぐちゃぐちゃになる。 |
先輩 | でも、ゆきちゃん、マサエは部員だよ。 |
ゆき | そうですけど、マサエ、コンクールに落ちた後、この学校の合唱部を有名にするってNHKの喉自慢にでたじゃないですか。 |
よしえ | ドッキリ、ドキドキ。 |
NHKの喉自慢のテーマ曲、マサエが上手の傾斜台から走って登ってくる、先輩が机に座ったままハーモニカを吹く。 |
|
マサエ | 18番、宮城県第四女子高等学校から来ました、合唱部代表1年3組、出席番号も18番、マサエ。吉田拓郎の「今日までそして明日から」を歌います。
私は今日まで生きてきました、時には人をあざけ笑って。 そして、明日も生きていくでしょう。また、人をあざけ笑って。 そして、明後日も生きていくでしょう。また、人をあざけ笑って。 そして、しゃさっても生きていくでしょう。また、人をあざけ笑って。 |
カ〜ン |
|
ゆき | 先輩恥ずかしくなかったですか? |
先輩 | なにが? |
ゆき | 一緒にいて? |
先輩 | 恥ずかしくなかったよ。 |
ゆき | あんなに笑われたんですよ。皆に白い眼で見られたじゃないですか。 |
よしえ | 確かに。 |
先輩 | 恥ずかしくないよ、マサエ歌詞忘れただけで、とても真剣だったよ。あれを見てマサコが入部してきたんだよ。ゆきちゃん。 |
マサコ | ドタドタドタ・・・(傾斜台に駆け上がる)マサエ、すばらしい!(手を2回打つ)はぁ〜!(傾斜台から駆け下りる) |
ゆき | それはそうですけど。 |
よしえ | マサコが入部してきて、マスマスこの部は白い眼で見られるようになった。 |
ゆき | よしえ、いったい、だれが歌うの、あんな歌? |
よしえ | 先輩です。 |
先輩 | 私が? |
よしえ | 嫌ですか? |
先輩 | いいけど。 |
よしえ | 先輩、ありがとうございます。私たちがコーラスします。これで間違いなく、合唱部会に新風が流れます。 |
ゆき | 先輩、なんてこと言うんです!大会まで一ヶ月ないんですよ。真面目に考えてください、先輩。こんなのやったら、失格です。合唱部会から永久追放です。お前、そんなにロックが好きなら、バンドに行け、猫おんな! |
よしえ | にゃにゃにゃおーん!(部屋の隅に行く。) |
マサエが傾斜台から登場。何も書いてない、てるてる坊主(死刑の象徴)のついたプラカードを掲げて来る。 |
|
ゆき | 今度は何? |
マサエ | 今度って? |
ゆき | それ。 |
マサエ | 見てのとおりだ。 |
ゆき | 見ての通りって? |
マサエ | 見えないのか? |
ゆき | 見えません? |
マサエ | お前には心眼がないのか? |
ゆき | ・・・・心眼? |
マサエ | ふん。眼だ。 |
ゆき | 眼? |
マサエ | そうだ。心の目だ。 |
ゆき | 何それ? |
マサエ | ふん。 |
よしえ | 食べる? |
マサエ | お前、パイナップルって言ってみろ。 |
よしえ | パイニャップル。 |
マサエ | バナナは? |
よしえ | バニャニャ。 |
マサエ | フン、いいきなもんだな。 |
よしえ | なにが? |
マサエ | 分からないのか? |
ゆき | なにが? |
マサエ | 君たちは自分たちだけ生きていればいいと思っているのか? |
ゆき | ますます、分からない。 |
マサエ | もういい、行く。先輩すみません、ちょっと、デモしてきます。 |
先輩 | デモ? |
マサエ | デモ行進です。 |
先輩 | いいけど。 |
マサエ | ありがとうございます。 |
先輩 | 大丈夫、マサエ。 |
マサエ | まかして下さい。 |
よしえ | まってマサエ。 |
マサエ | なに? |
よしえ | このフ菓子、チョコレートでコーテングされている。食べる? |
マサエ | チョコ、じゃあ貰っとく。 |
マサエが下手に消えて行く。 | |
よしえ | マサエはチョコに眼がニャイ。(袖幕に消える) |
ゆき | こら!よしえ、どこに行く。 |
よしえ | (袖幕から顔を出して)へへへへ、先輩、マサエ見てきます。 |
ゆき | よしえ、逃げるな!〈よしえ消える。〉 |
よしえ | ニャーオン! |
ゆき | ・・・・先輩、この部、もう終わりです。 |
先輩 | そうかな。 |
ゆき | そうです。大会前なのに皆、好き勝手なことしてます。 |
先輩 | そうかなあ? |
ゆき | 物事には常識ってものがあります。 |
先輩 | 難しいね。 |
ゆき | 何がですか? |
先輩 | 常識。 |
ゆき | どうしてです? |
先輩 | ゆきちゃんは正しい時、首を縦に振るよね。 |
ゆき | はい、振ります。そんなこと、当たり前じゃないですか。首を横に振る人なんていません。 |
先輩 | でもネパールでは首を横に振るよ。 |
ゆき | ネパール? |
先輩 | うん。アジアの遠い国。 |
ゆき | じゃあ、正しくないとき首を縦に振るんですか? |
先輩 | ネパールではそうだね。ゆきちゃんは見舞いに菊を持っていかないよね。 |
ゆき | あたりまえじゃないですか。墓参りじゃないんですから。 |
先輩 | 菊を見舞いに持って行く国もあるよ。 |
ゆき | そうなんですか。でも、ここは日本です。 |
先輩 | そうだね。でも、遠い国の人よりも、私たちの心はお互いに遠いかもしれないね。 |
ゆき | ・・・先輩って、頭いいですよね。 |
先輩 | そうかな。 |
ゆき | そうです。先輩と話してるといつも、そう思います。 |
先輩 | そんなことないと思うよ。少しみんなより年取ってるけど。 |
ゆき | 先輩、何歳ですか? |
先輩 | 28。 |
ゆき | えっ、本当ですか。 |
先輩 | うそ、19。 |
ゆき | おどかさないでください。先輩はいつも、10番以内ですよね。私なんか赤点3つも取ってしまいました。よしえは4つで、マサコは5つで、マサエは6つでした。 |
先輩 | そうだね、みんなで自慢しあっていたものね。 |
ゆき | 先輩はいつも10番以内ですよね・・・先輩はどうしてこのレベルの低い部にいるんですか? |
先輩 | みんなといると、とても楽しいよ。 |
よしえが入ってくる。 | |
よしえ | 先輩、大変です。マサエが捕まりました。生徒指導部の市川に。 |
先輩 | 市川先生に? |
よしえ | マサエ、わめいています。これは不当逮捕だって。このままですむと思うか、革命だ、革命だって、これは国家権力の横暴だって。訳の判らないこと言ってます。 |
先輩 | ゆきちゃん、ちょっと行ってくるね。 |
先輩が出て行く。よしえが部屋の隅に行く。 | |
ゆき | お前、すみ好きだな。 |
よしえ | これ本能、真ん中、怖い。猫隅好き。 |
ゆき | 随分、説明する猫だな、お前、自由曲どうする。(よしえに迫る。よしえ別の隅に行く。) |
よしえ | これ。 |
ゆき | ピストルズ?なにこれ? |
よしえ | パンク。 |
ゆき | パンクってタイヤ? |
よしえ | パンクって、ロックは死んだって言った、過激ロック。かける。 |
パンクではなくってアルバート・アイラーの「スピリチュアル・ユーニティー」が鳴る。音楽に合わせてマサエが傾斜台でもみ合う。 | |
ゆき | (イライラして)おまえ、どうして、こうなんだ。どうして、この合唱部に入っていたんだ。 |
よしえ | それは秘密、ひみつのあっこちゃん。 |
先輩とマサエがやって来る。プラカードに死刑反対と書いてある。 | |
マサエ | 先輩、私たちがこうしている間に、死ぬほど苦しんでいる人が日本にはいます。 |
先輩 | そうだね。 |
マサエ | 私たちは戦わなければなりなせん。 |
先輩 | そうだね。 |
マサエ | 戦いましょう。 |
先輩 | 少し休もう、マサエ。 |
マサエ | そうですか、わかりました。 |
ゆき | 先輩、そんなことより自由曲どうします! |
マサエ | ゆき、お前は引っ込んでろ。こうしてる間にも我われの社会は深刻になって行く。 |
よしえ | 今日も、やっぱり、意味不明。 |
ゆき | こうしてる間にも、他の学校ではコンクールに向けて練習している。 |
マサエ | 私を含めて君たちは殺してる。 |
ゆき | 殺してる? |
マサエ | 私はそのことを考えただけで眠れない。 |
よしえ | 夜間徘徊、猫も眠れない。 |
マサエ | 口を挟むな。 |
ゆき | 私たちが殺してる冗談でしょ。 |
マサエ | マサエ、冗談でこんなこと言わない。 |
よしえ | インデアン嘘言わない。 |
マサエ | うるさい!よしえ、お前みたいなのが世の中だめにする。 |
よしえ | ニャンデ? |
マサエ | フン、自分で考えろ。 |
ゆき | 先輩、ここは合唱部です。合唱の練習するところです。 |
マサエ | ゆき、合唱だけすれば良いというわけではない。もう一度言う、お前みたいなのが世の中だめにする。 |
ゆき | マサエ、あなたはおかしい。今日は特におかしい。 |
マサエ | デモは世の中を変えるためにとても必要です。先輩、そう思いますよね。 |
先輩 | うん、思うよ。 |
マサエ | 今の世の中、デモをダサいものだと白い眼で見る人がいますが誰かがやらなければならないのです。 |
ゆき | デモすればいいというものではない。 |
マサエ | お前は確定死刑囚を知ってるか? |
ゆき | 確定死刑囚? |
マサエ | 知ってるか? |
よしえ | 死刑になることが確定した人でしょ。 |
マサエ | 死刑になる?ばか猫、死刑にされる人だ。 |
ゆき | どっちだっていいんじゃない。 |
マサエ | よくない!もう一度言う、お前みたいなのが世の中をだめにする。 |
ゆき | なに、それ!マサエ言い過ぎ。 |
マサエ | 本当のこと言っただけだ。言いすぎなんかじゃない。この薄っぺらなプチ・ブルジョア! |
よしえ | なにそれ、ヘンテコテコ。 |
マサエ | じゃあ、お前は他に何知ってる? |
ゆき | なにが? |
マサエ | 死刑囚についてだ。 |
ゆき | ・・・。 |
マサエ | 何も知らないのか?今の女子高校生は本当にどうしようもない。 |
先輩 | 確定死刑囚は家族と弁護士以外には死ぬまで会えない。 |
マサエ | そうです、先輩、すごいですね。さすが先輩ですね。 |
先輩 | 家族がいなかったら外部の人とは誰にも会えない、弁護士以外は。面会は一日一回15分以内。手紙は一日四通以内。一回に使用する便箋は七枚以内。独房のスペースはほとんどの拘置所で三畳に一畳分のトイレと洗面所がついてる4畳間程度。窓はついているが、その多くは曇りガラスなどで視界は遮断されている。日差しが全く入らない部屋も多い。 |
マサエ | さすが先輩です。完璧です。 |
先輩 | 運動は夏の間の7月〜9月が週2回で冬は週三回。 |
マサエ | その通りです先輩。 |
ゆき | 先輩、そんなことより、自由曲決めましょう。 |
マサエ | だまりんしゃい! |
ゆき | なにが! |
マサエ | お前は痛みが分からないのか! |
ゆき | なんなの? |
マサエ | 死刑囚のだ。 |
マサエ | なにも感じないのか? |
ゆき | なにが・・・。 |
マサエ | 苦しみだ。 |
先輩 | 死刑囚は自分の処刑の日を知らず地獄の苦しみを味わってる。死刑が確定して半年以内に処刑されることになってるが、実際には平均して、7年後に処刑される。処刑は突然やって来る。 |
マサエ | そうです、そうです、先輩、そうです。ゆき、もっと、眼を開け! |
よしえ | マサエ、眼デカ、開きすぎ。 |
マサエ | (ゆきに鏡を差し出して)見ろ! |
ゆき | なにそれ。 |
マサエ | 見るのだ。 |
ゆき | 何を! |
マサエ | お前の顔を。見るのだ、お前の醜い顔を! |
ゆき | もう耐えられない、バカにするのも、ほどがある。 |
マサエ | こら、逃げるな! |
ゆき | 逃げる?! |
マサエ | (勝ち誇ったように)イエス・・・・・イエス・キリスト。 |
ゆき | なにそれ! |
マサエ | だから、イエス・・・・キリスト。 |
ゆき | もう、いい!(ゆき、出ていく。) |
先輩 | ゆきちゃん。 |
よしえ | やば。ゆきちゃん、今日も切れた。マサエ、まず。 |
マサエ | フン。 |
先輩 | ゆきちゃんは真剣にこの部のことを考えてる。 |
マサエ | 私もです。 |
先輩 | そうだね。 |
よしえ | でも、方向がまったくチガウ。 |
マサエ | フン、ゆきは狭い。わたしは、広く、私は世界を変える。 |
先輩 | そうだね。でも、ゆきちゃんはこの部が廃部にならないように真剣に考えてる。 |
マサエ | どうして廃部になるんです? |
よしえ | 広く考えすぎて、こんなことも分からない。知らないのはお前だけ。 |
マサエ | ・・・。 |
よしえ | 実績がニャ〜イ、この部。大会で一度も勝ったことがにゃ〜い、この部。いつも最下位、この部。部費もにゃ〜い、この部。このままだと、練習場所も県大会2年連続一位の演劇部に持っていかれる。まっ、しょうがにゃいけどね。 |
マサエ | 大丈夫です、私がデモをして世論に訴えます。先輩も其のときはいいですか。あの時ののど自慢のように。 |
先輩 | いいよ。 |
マサエ | 今度は、マサコもでます。お前もやれよな、化け猫。 |
よしえ | なんかとても不吉な予感。 |
マサエ | フン、土壇場でドタキャンするなよな。 |
よしえ | 私はニャンです。 |
マサエ | 先輩、お願いがあります。 |
先輩 | なに? |
マサエ | 私と一緒に銀チャンの仮装大賞に出て下さい。 |
よしえ | ゲーッ。 |
マサエ | 先輩とでれば、大賞、間違いなしです。 |
先輩 | いいけど。なにやるの? |
マサエ | まず、死刑反対を訴えるのです。そして、死刑になっても絶対に死なない方法を訴えるのです。 |
先輩 | どうやるの。 |
マサエ | 今考え中です。でも、ここまで浮かんでいます。 |
よしえ | 半分だけでいいから教えて、マサエちゃん。それによってこの部にいるかどうか決めたいの。 |
ゆき | やめてください、先輩。 |
マサエ | いたのか、ゆき。 |
ゆき | ここは合唱部です。仮装なんかより、コンクールの自由曲を考えるべきです。 |
マサエ | フン、コンクール主義、マサエ嫌い。でも、先輩、いい自由曲があります。コンクールでこれを歌えば優勝間違いなしです。 |
先輩 | いい曲? |
マサエ | 先輩、聞いて下さい。マサコが歌いますから聞いて下さい。マサコ・カモン。 |
マサコ、傾斜台のてっぺんでマタイの受難のアーリアを歌う。照明落ちる。傾斜台の上に夕日がそそがれる中、大きなてるてる坊主のついた十字架を背負って、マサエがやってくる。3人が集まって、マサエを目で追う | |
マサエ | マサコ、作ったぞ、これ。 |
マサコ | オオオー、サンキュー、マサエ。 |
マサエ | ウエルカム、マサコ。ウエル、ウエル、ウエルダン、マサコ。 |
よしえ | うっ、重。 |
マサエ | この中に石を入れた。実際のキリストの十字架は159キロあったいう説がある。 |
よしえ | ほんとに? |
マサエ | うそ。先輩、これどうですか。まえから一度、作ってみたかったんです。 |
先輩 | とても、いいと思う。 |
マサエ | ありがとうございます、先輩。これで演劇部に勝てるかもしれない。いや、この作品だと美術部にも勝てるかもしれない。 |
マサコ | 本当にここを演劇部が狙ってるんですか、先輩? |
先輩 | そうみたい。 |
マサエ | じゃあ、マサコがマタイの受難曲を歌い、十字架を私が背負ってコンクールに出ましょう。キリストは2000年前に死刑になりました。私がいれば死刑になりませんでした。 |
先輩 | そうかも。 |
マサエ | 出ていただけますか。 |
先輩 | いいけど。 |
ゆき | 待ってください! |
マサエ | 待たない。 |
ゆき | 絶対にやめてください。これはメッセージ性が強すぎます。コンクールに落ちます。無難なほうが審査員うけがいいです。 |
マサエ | 止めない。ゆき、コンクールだけが合唱ではない。 |
ゆき | 先輩、これおかしいです!先輩、こんな変態の言うこと聞くんですか。 |
先輩 | 変態? |
マサエ | 変態?お前のほうが変態だ! |
ゆき | おまえだ!変態! |
マサエ | おまえだ!変態! |
ゆき | 変態! |
マサエ | 変態! |
言い合いを繰り返す。よしえが間に入る | |
よしえ | 変態、変態、私も変態!・・・これ、変態なの? |
先輩 | それ、チョット違うんじゃない。変態じゃなくて、変人じゃない。 |
マサエ | そうですか?ゆきはどっちでもいいんじゃないですかあ、変人でも変態でも?それに最初に間違ったのはゆきです。 |
ゆき | マサエ・・・・。 |
よしえ | ぶぶぶ!ここは変なぶ!、美術ぶ!のような、演劇ぶ!のような。 |