安保健+宮城県第三女子高等学校演劇部 作 |
登場人物 先輩 マサエ よしえ
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トモ子登場 | |
トモ子 | こんにちは? |
先輩 | こんにちは。 |
トモ子 | ここ演劇部ですか? |
一同 | ・・・・・。 |
先輩 | ここは合唱部ですよ。 |
トモ子 | 演劇部じゃないんですか? |
先輩 | 新入部員の方? |
トモ子 | はい。 |
先輩 | 演劇部は3階の化学室の隣の教室と、4階の視聴覚室と、体育館の舞台に向かって左側の部屋で活動してるよ。 |
ゆき | 演劇部ずるい。 |
マサエ | ずるい。 |
よしえ | 初めて意見が合った! |
マサエ | お前は、演劇したいのか? |
よしえ | マズ。 |
マサエ | 演劇より大切なものが世の中にある。 |
マサコ | ある。 |
よしえ | ヤバ |
マサエ | 知ってるか? |
マサコ | 知ってるか? |
よしえ | 演劇もいいけど、合唱部もいいよ。演劇のように声出しもできるし、観客を感動させることができるよ。 |
マサエ | そういう問題ではない。 |
ゆき | いいかげんにして、マサエ。 |
マサエ | いいかげん? |
よしえ | こんなの作ってみない。合唱部も舞台装置作るよ。 |
トモ子 | そうなんですか。 |
ゆき | そ、そうだよ。楽しいよ。 |
マサエ | ウソは良くない。 |
トモ子 | 他に一年生はいるんですか? |
マサエ | いない。 |
よしえ | ドッキリドキドキ! |
マサエ | 君が入れば一年生は君ひとりだ。孤独を味わうことになる、それは君にとっていいことなのか?だがしかし、将来、君一人でこの部を自由にできる。(トモ子の周りをぐるぐる回り、途中でマサコもついていく) |
よしえ | ドキヤバ! |
トモ子 | そうですか・・・。 |
よしえ | ふふふ・・食べる? |
トモ子 | えっ・・。 |
よしえ | これ、おいしいよ。 |
マサエ | チョコ味は特にいい。(トモ子に一歩近寄る。マサコも視線がずれている) |
マサエ | マサコ視線違う!(マサコが視線を直す) |
トモ子 | はい、(先輩を見て)さっき廊下にいた人ですね。 |
先輩 | 廊下? |
トモ子 | 廊下で先生と話していた人ですよね。 |
マサエ | 私もいた。 |
先輩 | そうだけど。 |
トモ子 | わたし、大切だと思ったんです。 |
先輩 | なにが? |
トモ子 | ああやって、アピールすることです。 |
先輩 | そうだけど。 |
トモ子 | そうです。自分のしたいことを人前でするって、とても大切だと思いました。なにをアピールしてるか私には分からなかったけど。私、てっきり演劇部だと思いました。 |
マサエ | わたくしは感動した!わたくしは感動した! |
マサコ | わたくしも感動した!わたくしも感動した! |
マサエ | マサコ、視線違う!(マサコが視線を直す)そうです、あなたの言うとおりです。わたくしは感動した!オーッ、ついに来た、先輩待ってください。銀ちゃんの仮装大賞のグレイトなアイデアが浮かびました。 |
マサエ、感極まって出ていく。 | |
マサコ | マサエ〜!あれ、どっち?ドタドタドタドタ・・・。 |
マサコも十字架を抱いて退場 | |
よしえ | ヤバババ。これって、とてもヤバ。とっても嫌な予感。 |
トモ子 | どうしたんです? |
先輩 | 難しい年頃だからねえ。 |
ゆき | 真面目にやりあったのがバカみたいです、先輩。 |
先輩 | そうかもね。ごめんね、驚かして。 |
トモ子 | いいんです。 |
先輩 | でも、いい人たちだよ。 |
トモ子 | わかります。なんとなく。 |
よしえ | ニャンデ? |
トモ子 | こうやって、お互いの意見をぶつけあうって大切です。 |
先輩 | そうだね。 |
よしえ | ぶつけあってるだけ。ちっともまとまらない。 |
先輩 | でも、ここの人はみんなやさしいよ、トモ子ちゃん。 |
よしえ | 私には先輩だけのように思える。 |
トモ子 | ・・・・どうして知ってるんですか私の名前。 |
よしえ | 先輩に知らないことはない。 |
先輩 | トモ子ちゃん知ってる、若葉町の四軒となりの桜友美。 |
よしえ | 初めて知った、先輩の名前。なんて素敵、さくらなんて。ちなみに私の名前は猫じゃなくて犬田。いつも犬、犬って呼ばれてた。 |
トモ子 | 先輩ですか! |
よしえ | やはり、みんな、先輩を先輩と呼ぶ。 |
ゆき | よしえ、おまえ、いちいちうるさい。 |
先輩 | 大きくなったね。 |
トモ子 | はい。 |
先輩 | みんな元気? |
トモ子 | はい。 |
先輩 | みなさんに宜しく言ってね。 |
トモ子 | この前、姉さんと先輩の写ってる写真ありましたよ。持ってきますか? |
先輩 | うん。 |
トモ子 | 先輩・・。 |
先輩 | なに? |
トモ子 | 元気ですか? |
先輩 | うん、元気だよ。ともちゃんは? |
トモ子 | なんとかやってます・・・じゃあ、そろそろ失礼します。 |
よしえ | えっ、もう行くの? |
トモ子 | すみません、4時から面談なんです。早く終わったらきます。 |
よしえ | 面談ってだれ? |
トモ子 | 田中先生です。 |
よしえ | 田中!良かったね。 |
先輩 | トモ子ちゃん、ここの部もいいよ。 |
トモ子 | 先輩がいるんですからいいに決まってます。 |
よしえ | 私もいる。 |
先輩 | 考えてみて。 |
トモ子 | 分かりました、じゃあ。 |
よしえ | ラッキー、一名部員ゲット。 |
〈傾斜台から〉 | |
マサエ | 先輩〜い! |
先輩 | なに? |
マサエ | 偉大な考えが私に舞い降りました。 |
よしえ | ゲッ! |
先輩 | なに? |
マサエ | 銀チャンの仮装大賞です、見てください。 |
先輩 | いいけど。 |
よしえ | まず! |
まず、コマーシャル、続いて銀ちゃんの声、タイトル「日本の死刑・絞首刑を考えるー明日天気になあれ」のタイトルついたプラカードが傾斜台にセットされる。結婚行進曲が流れる。ウエデングドレスを着たマサエが登場、傾斜台を登る。げげげの鬼太郎のテーマが流れる。 |
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マサコ | ヒヒヒヒ!おーい、鬼太郎!(幕から少し頭を出す)目玉親父!(げげげの鬼太郎の目玉のかぶりものをして傾斜台に駆け上がる。目玉親父の視線がずれている。) |
マサエ | 結婚!(ウェディングドレスを着て傾斜台に駆け上がる)マサコ、視線違う。(目玉に視線を直す。) |
マサエ・マサコ | 結婚!合体!(マサコのだめ親父のかぶりものを脱いで反転させマサエにかぶせる。目玉親父を反対側は真っ白なので、マサエはてるてる坊主のようになる。マサコがウエデングドレスの中に隠れる。傾斜台の上で) |
マサエ | てるてる坊主 |
マサコ | てる坊主!(傾斜台の背後に沢山のてるてる坊主が絞首刑のように垂れ下がってる。) |
ポン・ポン・ポン・ポン・ポン・カーン。失格になり、マサエとマサコが愕然とする。 | |
銀ちゃん | (声のみ)お名前、教えてください。 |
マサエ | マサエ。 |
銀ちゃん | 目玉はだれですか?(目玉にマイクを向けて) |
マサコ | マサコ。 |
銀ちゃん | どうして、こんな、ダブルな考え思いついたのですか? |
マサエ | ダブル? |
銀ちゃん | ゲゲゲの鬼太郎とてるてる坊主のことです。 |
マサエ | おまえ、本当に銀ちゃんか? |
銀ちゃん | げっつ!けんか腰。 |
マサエ | 欽、銀、銅、お前、銅ちゃんでないか?お前たちはこれを笑うのか! |
銀チャン | といいますと? |
マサエ | お前たちは、死刑囚がてるてる坊主を見てどんなに苦しんでるのか知ってるのか?てるてる坊主は絞首刑だ!“明日天気になれ”と言っても死刑囚に明日はないのだ! |
マサコ | (胴体から)そうだ!そうだ! |
マサエ | 全国のみなさん、君たちはこれを見て笑えるのか!笑ってはならないのだ!怒りを持て! |
マサコ | そうだ!そうだ!クリームそうだ! |
マサエ | 怒りがこの腐った世の中をきれいにするのだ。(二人がポーズを決める。) |
マサコ | そうだ、そうだ!メロンそうだ! |
マサエ | もう一度言う、怒りが世の中きれいにする。私と一緒にデモをしよう!(ポーズ) |
マサコ | そうだ!そうだ!あずきそうだ!まずそうだ! |
デレクターの声 | 途中ですが、ここで、コマーシャルにします。 |
マサエ | わたくしは感動した。わたくしは感動した。 |
マサコ | 目玉も感動した。目玉も感動した。 |
マサエ | ヒヒーン! |
マサエ・マサコ | パッカパッカパッカ、バカバカバカ・・・(マサコがドレスのすそを持って傾斜台を降りていく) |
ゆき | 先輩、私、とっても、疲れました。先輩は疲れません。 |
先輩 | なにが? |
ゆき | マサエの暴走です。 |
先輩 | そうかなあ。 |
ゆき | なにも感じないのですか!私、もう、ついていけません。私、決めました。 |
先輩 | なにを? |
ゆき | 私、この部辞めます。 |
先輩 | 辞めるの? |
ゆき | はい、私、こんな番茶に付き合えません。 |
先輩 | 番茶? |
ゆき | これは番茶です。マサエの行動はみんな番茶です! |
マサエ | なにを言うか、お前の行動のほうが馬鹿げた番茶ではないか! |
ゆき | お前のほうが番茶だ! |
マサエ | おまえだ番茶! |
〈ゆきとマサエが言い合いを繰り返す〉 |
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よしえ | 番茶って、飲む、お茶?私たち、ここで、お茶飲むの? |
先輩 | それって、番茶でなくて茶番じゃない。 |
よしえ | 番茶で話せる2人はとってもスゴイ。 |
マサエ | そうですか、茶番ですか。先に間違ったのはゆきです。物事の深く考えれない軽薄な人間プチ・ブルジョアはこうだ、話にならない。私は命がけで言ってる。ゲット・アウエイ・ヒヤ、出て、おゆきなさい、ゆき。これから、「ゆき」のことを「おゆき」と呼ぶことにします。さあ、出て、おゆき。ゲット・アウエイ・ヒヤ、おゆき。 |
ゆき | とっても失礼、私は出て行かない! |
マサエ | 出て行くって言ったのはおゆきさんだ。自分の言ったことに責任を持て。さあ、出て、おゆき。 |
先輩 | どうしたの、マサエ。 |
マサエ | なにがですか? |
先輩 | なんかとっても焦ってるみたい。 |
マサエ | そうですか? |
徐々に照明が落ちる。マタイ受難が流れる。傾斜台に上がった母とマサエに照明が、母がマサエの背中に向かって話す。 | |
母 | マサエ・・・。 |
マサエ | 行く。 |
母 | 大丈夫・・・。 |
マサエ | 行く。 |
母 | 付いていく。 |
マサエ | いい。 |
母 | ・・・はい、お弁当。(弁当を渡す。) |
マサエ | うん。 |
母 | 本当にいい。 |
マサエ | うん、いい。 |
母 | やっぱり送ろうか。 |
マサエ | 一人で行く。 |
母 | そう。 |
マサエ | うん。 |
母 | 無理、しなくていいんだよ。 |
マサエ | 分かってる。 |
母 | 1時間で帰って来ていいんだよ。 |
マサエ | 分かってる。 |
母 | はじめは保健室でいいんじゃない。 |
マサエ | マサエ、もう、逃げない。 |
母 | ・・・苦しくない。 |
マサエ | 苦しくない。 |
母 | うん。 |
マサエ | 吉田さんからいいこと聞いた。 |
母 | なに? |
マサエ | 桃がドンブラコ、ドンブラコ流れてきました。中から? |
母 | 桃太郎! |
マサエ | なかからおじいさんが生まれてきました。 |
母 | 吉田さんって面白いね! |
マサエ | じゃあ、行く。 |
照明が戻る。マサエが立ち上がる。 | |
マサコ | どうしたの、マサエ? |
マサエ | なにも。 |
マサコ | 大丈夫? |
マサエ | うん、マサエ、ちょっと一人になりたい。 |
マサエが出て行く。 | |
マサコ | ・・・・先輩、マサエ、文通してたんです。吉田さんっていうんです。知っていますか? |
先輩 | 知ってるよ。 |
マサコ | 本当に先輩に知らないことないんですね。 |
よしえ | 全然、知らなかった。 |
先輩 | 吉田さんだよね。 |
マサコ | マサエ、お父さんが居ないから、吉田さんをお父さんのように思ってた。吉田さん、いつもマサエを励ましてくれた。 |
先輩 | そうだね。吉田さんっていい人だね。 |
よしえ | 全く知らなかった。 |
マサコ | よしえ、イチイチうるさい。 |
ゆき | 吉田さんって誰ですか。 |
先輩 | 死刑囚の人。 |
ゆき | 死刑囚・・・。 |
先輩 | 19才で4人の人を殺してしまった悲しい人。 |
よしえ | 四人も! |
ゆき | 怖い、殺人鬼! |
マサコ | 鬼?吉田さんは人だ!お前はやっぱり薄っぺらな女子高校生だ!出て「おゆき」! |
ゆき | だって、そうでしょ、4人も殺したんだよ。 |
マサコ | だから、鬼なんですか? |
ゆき | テレビでそういう人を、みんな鬼っていってる。 |
マサコ | みんなで渡れば怖くない赤信号。みんなで言えば怖くないテレビ。人が殺されるのに鬼と言って、君たちは死刑判決に拍手するのか。 |
ゆき | じゃあ、殺された人とその家族はどうなるのですか?その人たちの悲しみはどうなるのですか。 |
マサコ | 先輩、もう、我慢ができません、わたしこの手紙読みます。 |
先輩 | 手紙? |
マサコ | はい、マサエへの吉田さんからの最後の手紙です。 |
先輩 | 最後。 |
照明がマサコに。途中でシシリアーノがかかり、マサエも重なって読み始める。 | |
マサコ | マサエさんへ 元気ですか。私も吉田拓郎が好きです。マサエさんが喉自慢で「今日までそして明日から」を歌ったと聞いて私も会場で応援できたらどんなに幸せかと思いました。いい先輩ですね、あなたの夢を叶えてくれて。友はとても大切ですよ。苦しい時、しっかり支えてくれる友はありがたいものです。十代のとき私にはいませんでした。私はあなたのようにかたくなで傷つきやすく、そして、とても貧しく辛かったことを思い出します。6歳の時親に見離され、海岸で打ち上げられた小魚を食べて生きていました。マサエさん、学校をやめたいと思うことが多々あると思いますが、学校は大切ですよ。知識はきっといつか役にたちます。学校に行かなかった私は無知で何度も泣きました。マサエさん、辛いことを言わなければなりません。私はもう、あなたに手紙を出すことができなくなりました。ごめんなさい。死刑が確定した者は、ごく一部の親戚以外は手紙を書くことができないのです。(マサエのみ。マサコ口パク)なごり惜しいのですが、これが最後です。お体に気をつけて生きて下さい。いつも、愛があなたに微笑みますように |
傾斜台の上から、マサエが叫ぶ。 | |
マサエ | 吉田さん、手紙ください、私はあなたの手紙が読みたい。マサエ、苦しいよう、吉田さん、マサエの心潰れる。マサエ、壊れる、どうすればいいか分からない。ああああ、マサエ、決めた、マサエは決めた、マサエは結婚をする、マサエは結婚する!!! |
マサエが傾斜台から走って去る。 | |
マサコ | 先輩、マサエ、心配です。ちょっと見てきます。 |
先輩 | うん。 |
よしえ | 私も見に行っていいですか? |
先輩 | いいよ。 |
2人が出て行く。 | |
ゆき | 先輩、質問していいですか? |
先輩 | いいけど。 |
ゆき | どうして先輩はマサエに優しいんですか? |
先輩 | そんなことないよ、ゆきちゃん。 |
ゆき | やさしいです! |
先輩 | そんなつもりはないけど。 |
ゆき | あります。もう、いいです。私、疲れました、やっぱり、この部、辞めます。みんな、マサエのことばかりしか考えてくれません。 |
先輩 | 弱いからね。 |
ゆき | マサエが? |
先輩 | うん。そうだと思うよ。 |
ゆき | 違います。マサエは、とっても強いと思います。 |
先輩 | どうして? |
ゆき | だって、赤点とっても平気だし、出席日数が足りなくても気にしていないし。留年しても平気です。自分の思うままにやって人を巻き込んでいるだけです。 |
先輩 | そうかなあ。 |
ゆき | そうです。 |
トモ子がやって来る。 | |
トモ子 | 先輩、いいですか? |
先輩 | いいけど、面談終わったの? |
トモ子 | はい。私、この部に入部していいですか。 |
先輩 | いいよ。 |
トモ子 | 田中先生言ってました。とても良い部だって。 |
先輩 | 田中先生が? |
トモ子 | はい。ちょっと、のんびりしているけど、やさしい人たちだって・・・先輩、相談したいことがあるんです。 |
先輩 | どうしたのトモ子ちゃん? |
ゆき | 私、いないほうが良いですよね。 |
トモ子 | いいですよ、いてください。 |
先輩 | どうしたのトモちゃん? |
トモ子 | 私、怖い夢を見るんです。 |
先輩 | 夢? |
トモ子 | はい、ここずっとです。 |
先輩 | どんな夢? |
トモ子 | 亡くなった姉さんの夢なんです。姉さんが亡くなったのは事故で仕方ないことだって、ずっと自分に言い聞かせてきました。あの人がお酒を飲んでいなかったら姉さんは死ぬことはなかったと思い続けてきました。あの人がお酒を飲まなかったら、いい人だって。 |
先輩 | そうだね、いい人かもしれないね。 |
トモ子 | 今、姉さんと同じ年になって、16歳で死んだ姉さんがとても切なく思えます。1ヶ月も死線をさ迷い、意識がないのに、じっと天井を見つめて涙を流している姉さんを思い出すと切なくて胸が張り裂けそうになります。大
きく目を開いて、なにか言いたそうに口を開けて姉さんは死んでいきました。 |
先輩 | そうだね。 |
トモ子 | おばあちゃんが、そっと眼と口を閉じてあげたことを今でも覚えています。 |
先輩 | そうだね。 |
トモ子 | 先輩・・・・。私、あの人を恨んでるんでしょうか? |
先輩 | 運転手の人? |
トモ子 | はい。 |
先輩 | ・・・。 |
トモ子 | 私、同じ夢見るんです。夢の中で、私、河岸に立ってるんです。あの運転手はひどく酔っ払っていて、縛られたままボートに乗せられるんです。 |
先輩 | ・・・。 |
トモ子 | やがて、ボートは岸を離れ、一番深い所に来た時、あの運転手は縛られたまま河に突き落とされるのです。彼は必死に助けを叫ぶんです、泣きながら叫ぶんです「助けてくれ!」って。みんなが私に口々に訊くんです、「どうする、助ける?それとも見殺しにするか」「どうする、助ける?殺すか」って何度も聞くんです。私、じっと、眼を閉じているだけなんです。彼は何度も泣きながら叫ぶんです。私は硬く眼を閉じたままなんです。・・・きっと、私、心の底で、あの人が死んでしまえって思ってるんです。 |
先輩 | とても難しいね。 |
ゆき | (キッパリと)私は、ともちゃんは助けると思います。いや、助けます。 |
先輩 | うん、助ける。 |
ゆき | トモちゃんは真剣に悩んでる、助けたいから悩んでると思う。だから何度も同じ夢を見るんだと思う。トモちゃんは絶対に助ける。 |
トモ子 | そうですか・・・。 |
トモ子 | 先輩、ありがとうございました。 |
ゆき | がんばれ。 |
トモ子 | はい。 |
ゆき | ごめんね、馴れ馴れしくトモちゃんって呼んで。 |
トモ子 | そんなことないです。来れて、とても良かったです。今日は疲れたので帰っていいですか? |
先輩 | いいよ。始まったばかりだから、ゆっくりやろう、トモちゃん。 |
トモ子 | はい。今度、友達入部に誘ってみます。やはり沢山いたほうがいいですよね。 |
ゆき | (見送りながら)私、この部、辞められなくなりました。 |
先輩 | そうだね。人を裁くって難しいね。トモちゃんの姉さんが死んだ時、私、殺そうと思ったよ。 |
ゆき | 先輩がですか・・・。 |
先輩 | うん |
バッハのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番シシリア−ノが静かに流れる。マサエが傾斜台を後ずさりしながら登って行く、吉田さんを独房から出さないように必死で抵抗する。 | |
マサエ | 来るな!マサエ、吉田さん、殺させない。来るな!マサエ、吉田さん殺させない、出て行け!わあー、あっあー!連れて行くなあ!連れて行ったらマサエ死ぬぞー!わああ、わああ!わああああああああ!吉田さんを放せ!放せ! |
マサエガ屋上のフェンスをよじ登り、飛び降りようとする。それを感じて、先輩が傾斜台に走っていく。マサエを抱きしめて止める。 | |
マサエ | わああああ、わあああああ、わああああああ! |
先輩 | 大丈夫、大丈夫(ささやく) |
マサエがすすり泣く、暗転。被せて、スタート・ミー・アップが流れて、ユキと先輩が踊る。二人同時に窓の外を見て立ち止まる。ゆきが曲を止める。 | |
ゆき | 先輩、いい天気ですね。 |
先輩 | うん。 |
ゆき | 先輩・・。 |
先輩 | なに? |
ゆき | マサエ、どうしてますかね。 |
先輩 | どうしてるだろうね、こんなに天気いいのにね。 |
ゆき | マサエ、メール送っても返事きません。 |
先輩 | そっとしておこう。 |
ゆき | そうですね。 |
先輩 | 独房の中にいる吉田さんのこと考えて自分も部屋に閉じこもっていると思うよ。 |
ゆき | マサエって、とても優しい人なんですね。 |
先輩 | そうだね、人の痛みが分かるカナリヤだね。 |
ゆき | カナリヤ? |
先輩 | うん、カナリヤ。炭鉱の中のカナリヤ。炭鉱の中で、ガスが発生すれば一番最初に苦しみ死んでいく。でも、それで多くの人が助かる。 |
ゆき | カナリヤ・・・。 |
先輩 | カナリヤって、とてもいい声でなくよ。 |
ゆき | そうですか。 |
よしえが登場。遠くからワンワン吠えている。 | |
よしえ | ワンワン。 |
ゆき | お前、いつから猫、やめたんだ。 |
よしえ | 私、本来の自分に戻ったの。私、犬田はもともと犬なのです。犬田はコンクールのことが心配できました。 |
ゆき | 先輩、私、この曲歌たいんです。 |
先輩 | 思い出のグリーングラス・・・。いい曲だね。 |
ゆき | 先輩、知っていたんですか?私、ずっと前から歌いたかったんです。 |
先輩 | 知ってるよ。マサエが歌ってたよ。 |
ゆき | マサエが・・・。 |
先輩 | ゆきちゃん、知ってる、この歌、死刑囚の歌だって。 |
ゆき | 死刑囚の歌・・・。 |
先輩 | 死刑になる人が死刑になる前の日の夜に見る夢の歌。 |
ゆき | 先輩、歌いましょ! |
先輩 | いいけど。 |
よしえ | (先輩の真似して)いいけど! |
三人が集まってハミング。練習し始める。やがて辺りが暗くなり、照明が中央を照らす。マサエとマサコとトモ子が加わり、演劇部全員で「思い出のグリーングラス」を明るく歌い始める。 | |
汽車から降りたら小さな駅で |
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迎えてくれるパパとママ | |
手を振りながら呼ぶのは | |
あの子の姿さ |
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思い出のグリーングリーングラス・オブ・ホーム |
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帰った私迎えてくれるの | |
思い出のグリーングリーングラス・オブ・ホーム |
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悲しい夢みて 泣いた私 |
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ひとり都会で迷ったの | |
生まれ故郷に立ったら |
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夢が覚めたの | |
思い出のグリーングリーングラス・オブ・ホーム |
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笑顔でだれも迎えてくれるの |
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思い出のグリーングリーングラス・オブ・ホーム |
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〈静かに幕〉 | |