「あれ?あまり見かけない顔だな……」
 隣のスツールに座っている悪友の言葉に、何気なく入口へと視線を向けた。
 次の瞬間――宮本 達城(みやもと たつき)は、スツールを倒しそうな勢いで立ち上がった。
 ガタンと派手な音がさざめいていた店内に響いた。
 その音に振り向いた彼は、達城に気づくと大きく目を見開き踵を返すと店の外へと走っていった。
「ちっ――」
 達城は小さく舌打ちをすると、その後を追いかけて行く。

「……何なんだ?一体――」
 後に残されたのは飲みかけのバーボンと、呆然とした悪友―上野 大介(うえの だいすけ)だった。

「ちくしょ……見失ったか――」
 急激な運動に上がった息を整えながら周りを見渡すが、彼はいなかった。
 
 ――人違い?……いや、自分を見て逃げたということは、間違いない。
 逃げたということは、あの店がどういった種の店かわからずに入ったというワケでもなさそうだし。
 
 冷たく整った秀麗な顔を思い出し、自然と唇の端に笑みが浮かんだ。

 

**************

 

「おはよう、宮本君」
 出社した達城をいち早く見つけた聡美(さとみ)が声をかける。
「おはようございます、東海林(しょうじ)先輩」
 2年先輩であり、入社時に研修を担当した聡美には、いまだに頭が上がらない。
「今日の予定は?」
 営業のアシスタントのリーダーである聡美は、営業2課の社員すべてのスケジュールを把握しているが、確認のため敢えて訊く。
「今日は、篠谷システムの打合せが15時より先方でありますので、午前中は高原(たかはら)とプランを詰めます」
「わかりました。ミーティングルーム使う?」
「そうですね。2人なんで、第7ルームを使いたいですね」
「ちょっと待ってね。……ん。14時までは空いてるわ。使用予定に入れておくわね」
「ありがとうございます」
 にっこりと笑って自分の席へと向かった。

「おはよう、高原」
 ほっそりとした背中が、強張ったように震えた。
「あ、ああ――おはよう」
 硬い声で応える同僚―高原 遥(たかはら はるか)は、決して顔を上げようとしない。
 その頑なな態度では、自ら昨日の件を認めているのと同じなのに――。

 普段は完璧なポーカーフェイスで感情を悟らせることなんてしないのに、時々こうやって無防備な仕種をする。
 入社研修時。あまりにも馴染もうとしない遥に、あまりいい感情は持っていなかった。
 しかし、4年もつきあっていると段々と見えてくるものがあった。
 馴染まない―わざと独りでいるような態度をとるのは、何か隠し事があるのだと――。

 それが何か知りたくて、自分だけが遥の秘密を知っていたくて――

 気づけば、こんなにも自分の中に遥がいた。

 清潔そうな風情に冷たく整った顔。
 そのストイックな瞳が、遥を狙っている女性陣を牽制している。
 ましてや同性と、なんてことには縁が無いと思っていたが――。

「篠谷のミーティング、第7取ったから朝礼が終わったらやろうぜ」
「え?そんな――別に、ルームを取らなくても、そこでいいんじゃないか?」
 やっとのことで顔を上げた遥が、パーテーションで切られただけの応接用の机を視線で指し示す。
「……聞かれて困るのは、お前だろ?」
 わざと耳元で囁くと、遥の顔がサッと強張る。
 その様子に内心で苦笑する。
 性癖がバレたのは俺も同じなのに――。
 もしかしたら、こういった世事には馴れていないのかもしれない。
 始業のチャイムと同時に始まった朝礼の間も、遥はどことなく落ち着かない。

「行こう、高原」
「あ、ああ――」
 周りから見れば取り立てて含みのある会話ではないのだが、遥は逃げたい衝動に駆られた。

 廊下の1番奥にある企画ルームに行く間も、どういい繕うかを必死で考える。
 そんな気配を背中越しに感じて、思わず笑みが零れる。
 あまりにも可愛くて――。

「さてと、始めようか――」
「ああ――。篠谷の担当者からの要望を纏めたんだが」
 先ほどまでの戸惑った雰囲気は全くなく、硬質な声音で淡々と話す遥に苦笑した。
「それはいいとしてさ――」
「よくない」
 なるほど。こう出たか――。
「仕事の話で誤魔化そうとしているのか?」
「何を、だ?」
 どうやらペースを戻してきたらしい。
 そう。高原 遥はこうでなくちゃ――。
 さっきの様子もそれはそれで苛めたくなるほど可愛いが。
「それとも、俺を焦らしてるのか?」
「……――」
 ピキっとただでさえ乏しい表情が固まった。
「高原」
 ちょいちょいと指で顎を上げさせる。
「――っ!」
 驚かせないようにそっと口唇を啄ばんだ。
 触れただけで顔を離すと、呆然とした瞳が我に返り冷たく達城を睨む。
「ふざけるのはよせ、宮本」
「ふざけてなんかいねぇよ」
 肩を竦めながらあっさりと返した。
「高原が欲しいんだ――」
「……――え?」
 だいぶ遅れた反応に苦笑する。
「安心しろ。別に襲いやしねぇよ」
「宮本――」
「ほんとはさ、昨日のネタで脅してモノにしちまおうかとも考えたけどな」
 結局、できやしない。
 そう自嘲気味に笑った。
 こんなにも大事だったんだなと、今さらながら自覚した。
「……隣にいたのは、……恋人、じゃないのか?」
「ああ、あいつは違うよ。古くからの友人だ。あいつには、可愛い恋人がいるよ」
「そう、なのか――」
 呟き俯いた遥の様子に、再び先ほどの疑問が湧き上がる。
「なあ、高原。あの店、どんなトコか知っているのか?」
「え?――だ、だいたいは……」
「いわゆるハッテン場だぞ?」
「ハッテンバ?」
 素直な反応にやっぱりと頭を抱えた。
「ハッテン場ってのは、ナンパとかSEXだけが目的で人が集まるんだよ」
「……」
 一瞬考え、再び頬が硬直する。
「お、俺はよくお前があの店に行くって聞いて――」
 慌てて言い訳めいたことを言い募る。
 言ってから、しまったと口唇を抑えた。
「……俺が?」
 遥がきつく瞳を閉じる。
「高原?」
 促す声に諦めの溜息をついた。
「……自分がどこかおかしくなったのかと思ったんだ。4年前、新入社員研修で逢った時から気になって仕方がなかった」
 優しい掌がほっそりとした頬を包む。
 その暖かさに、瞳が伏せられる。
 いつも見せる冷ややかな顔立ちが、甘えるように緩む。
「……それでも3年間はもやもやしたものを無視してた」
「それで?」
 頬に当てられていた掌が動き、前髪を掬い上げる。
 そして、額に小さくキスを落とす――。
「でも、ある人に『苦しい恋でもしてるの?』って訊かれて、自覚した――」
 ふと開かれた清廉な瞳が見上げる。
 その奥に艶美な光を見つけ、抱きしめた。
「俺は、宮本 達城を愛してるんだって――」
 聞いた瞬間、吐息ごと奪った。
「んっ――」
 吐息を奪い、柔らかい口唇を軽く噛むと抱きしめている背中が震えた。
 性急に奪いたくなるのを必死で抑えたのは、その震えに怯えが混じっているのを感じたから――。
「はっ――けほっ……」
 解放すると一気に酸素を取り入れてしまい噎せる。
「遥……。もしかして、こういうの初めて?」
「じょ、女性との、けほっ――。女性とはあるが……」
「男は初めて?」
「――だから、言っただろ。おかしくなったって思ったって……」
 拗ねるように見上げる漆黒。
 達城はあの夜、自分があの店にいたことに感謝した。
「遥……。2度と、あの店には行くな」
「?」
「危なすぎる。喰われるぞ」
「……お前はそういう店に通っていたんだろ?」
「う……――」
 痛いところを突かれ、視線を逸らした。
「宮本?」
「――だって、仕方ないだろ!?俺は、遥ほど自制心が効かないんだからっ」
 半ばヤケになると、遥が肩を震わせ笑う。
「あはははは――」
「……んなに、笑うなよ」
「だって、お前――」
「ち、っくしょ――」
「んぅ――」
 唸るように毒づくと、再び遥の口唇を塞ぐ。
 先ほどよりも深く、しかし遥が苦しまないように時折口唇をずらす。
「――愛してるよ、遥」
 蕩けた瞳がひどく幸せそうに笑む。
「抱いていい?」
 耳元で囁かれ、頷きかけ――

 コンコン――

「うわっ――」
 突き飛ばされ、達城は情けない声を出す。
 それに構わず、慌てて外されかけたネクタイを直しながら無粋な訪問者に誰何する。
「コーヒーを持ってきたんだけど……」
 扉を開けて入ってきたのは、聡美。その手にはお盆に乗った2つのコーヒーカップ。
「あ、ありがとうございます」
 受け取りながら、何とか取り繕う遥の横でむっつりと機嫌が悪い達城。
「……もしかして、お邪魔しちゃった??」
「え、っと――」
「折角、口説き落としたところなのに――」
「み、宮本??」
「あらら。ごめんなさい。そんな気がしたんだけど――もし、達城が高原くんに無体な事をしていたら止めなきゃと思って」
「しょ、東海林先輩?」
「余計なお世話だよ――姉さん」
「姉さんって……」
「私と達城は親が再婚同士なの。つまり、血の繋がらない姉弟ってこと」
「そうなんですか……」
「それより無体なことってどういうことだよ?」
 心外な――とでも言いそうな声音に、聡美はコロコロと笑う。
「あら、だってあなたの節操なさといったら、本当に手に負えないんだもの」
「姉さんっ。人聞きの悪いこと」
「ほう。そうなんですか?東海林先輩」
「は、遥――」
「本当に節操がないのよ。少しでも好みならば、まず手をつける」
「なるほど」
「遥、信じるなよ」
 ちらりと全く信用していない瞳が達城を見る。
「お前な――。恋人と会社の先輩、どっちを信じるんだよ??」
「東海林先輩」
 あっさりと言い切られ、聡美は腹を抱えて笑い出し達城はがっくりと座り込む。
 その横で、完全に冷静さを取り戻したようにして照れを隠す遥は、仕事の資料を整える。
「遥〜〜」

 情けない声を出す恋人を見下ろしてから、窓の外を見つめる。
 口元が緩んでしまうのを隠すために――。

NEXT


嬉しいいぃぃぃぃヾ(^^ゞ))..( シ^^)ツ_フレーフレー


とうとう、ワタシのHPにワタシ以外の方の作品が載る事になりました。
提供は、Sleep in The Blueのるんさんです。(^^)
るんさん曰く、「Newキャラなので、なれ初めから〜〜なんて思っていた
ら、そこまで行ってくれませんでした。
もう少し気力を貯めましたら、初H編をお届けにあがりますので、まずは
なれ初め編をお納めください。」
っと言う訳なので、皆さん!リクエストしましょう!!(^◇^)
リクエストはこちらです。

 


TOP

NEXT