― Act.2 ―
実際に顔を合わせたのは、何日振りか――。
しかも偶然でしかない。1階から15階までのエレベーター。
2人きりになれたのは、我慢し続けた自分へのご褒美かも知れない。
――などと、非現実できなことまで考えるほど、宮本
達城は焦れていた。
棚ぼた的な告白から3週間――。
あれが、自分に都合のいい夢だったのかもと思えるほど、前の生活と変わらない。
いやむしろ、別のプロジェクトで動き出したため、遥と顔を合わせる回数が減った。
気に入れば、速攻手をつける主義の達城にとっては、この3週間が地獄のように長く感じる。
ましてや、あれほど手に入れたかった高原
遥が自分を好きだと言ってくれたのだ。
「なぁ、今日家に来ないか?」
「今日は、残業だ」
あっさりと切られる。
「今日もだろ……」
遥が会社あげてのプロジェクトに参加することを命じられたのは知っている。
だから、強引に出られない。
これが普通の仕事であれば、後で手伝うからとでも言いくるめて強引に持って帰るのに――。
「じゃあな」
そろそろエレベーターが特別企画室のある階につく。
仕事とプライヴェートを分けるのが上手い恋人は、あっさりと離れようとする。
そのたおやかな腰を抱き寄せて、口唇を重ねる。
わずかに触れた程度で、エレベーターは止まってしまう。
「愛してるよ、遥」
返ってきたのは、困ったような笑み。
「あ、宮本さん。ちょうどよかった。今日、夜お暇ですか?」
遥とすれ違いで入ってきた総務の女の子が、嬉しそうに話し掛ける。
金曜日の夜――。恐らく飲み会の誘いだろう。
華奢な背中は振り返らない。
「『俺も』くらい言って欲しいよな……」
「え?何ですか?」
「いや――。今日、夜空いてるよ」
「ホントですか?」
満面の笑みを浮かべ話す彼女に気づかれないように、達城はもう一度溜息をついた。
*********
「遥のやつ、無理してないだろうな――」
3次会に雪崩れ込もうとする同僚たちと別れ、帰路につく。
店の前に呼んだタクシーに乗り込むとすぐ雨が降り出した。
窓を流れる水滴を見つめながら誰に聞かせるつもりもなく呟いた。
「中まで入りましょうか?」
「いや――ここでいいよ」
マンションの前に止めさせ、料金を支払うと腕で雨を避けながらエントランスへと走った。
「ふぅ……」
水滴を軽く払いながら、顔を上げて人影に気づいた。
「遥?」
オートロックの操作盤の前にいる男が顔を上げた。
「……もう、帰っているかと思って――」
小さく笑った遥は全身濡れていた。
「この馬鹿!いつからいたんだよ!?」
慌てて歩み寄り、その腕を掴む。
もどかしげにロックを解除し、エントランスに引っ張り込む。
エレベーターを待つ間さえ、もどかしい。
血の気のない頬に触れる。
そしてその冷たさに、思わず手のひらで包み込んだ。
「……暖かい」
「馬鹿だな、ホントに――」
そっと抱きしめた。
密やかな音を立てて開いたエレベーターに縺れるように乗り込んだ。
どちらともなく重ねた口唇も冷え切っていた。
温もりを移すために、柔らかく下唇を食む。
短すぎるキスは、それでも遥の口唇に薄らと赤みが増した。
玄関を開け、鍵をかけるのと同時に口唇を重ねた。
「ふ……んっ――」
歯列を割り、柔らかい感触を絡め取る。
くちゅりという濡れた音に、縋るように襟元を掴んでいた指に力がこもる。
腕の中の躰はひどく頼りなく、思わず強く抱き締めた。
「苦しい――」
口唇を離し、自分よりも少し高い位置にある耳朶へ囁いた。
「ごめん――」
それでも腕の力が抜けない。
遥はクスと笑みを零す。
「ほら――お前も濡れるだろ、宮本」
力を入れて押すと、やっと少し体が離れた。
「とりあえず、風呂に入ろう」
名残惜しそうに腕を離すとバスルームへと向かう。
入る寸前に玄関に立ち尽くす遥に気づいた。
「どうした?入れよ」
「いや――」
戸惑うように逸らされた視線。
達城は小さく笑う。
「安心しろよ。別に今夜抱こうってワケじゃない――」
「そ、そんなんじゃ――」
「いいから。風邪ひくだろ?」
再び促され、やっとのことで遥が靴を脱いだ。
「いい部屋だな――」
1LDKの間取り。恐らくリビングの奥が寝室なのだろう。
リビングには、ゆったりとしたソファーと大きなテレビ。
「そう言えば、映画が好きだったな――」
タオルを片手に入ってきた達城を振り返る。
「ああ――。でも見に行く暇がないから、ビデオで我慢してるよ」
おどけるように言いながら、遥の頭にタオルをかぶせ、軽く叩くように水気を取る。
「服、貸してやるから風呂で暖まれ」
「うん――」
小さな頷きがひどく幼い。
その手をひいて、バスルームに連れて行く。
「バスタオルはここ。石鹸とかは中にある。着替えはここに置いておくから」
「うん――。悪いな、突然押しかけて」
「気にするな、嬉しいよ」
応えははにかむような微笑み。
思わず抱き寄せたくなり、慌ててバースルームから出た。
「まいった――」
貸す着替えを用意しながら、溜息をついた。
早くも先ほどの発言を後悔し始めてる。
あんなに無防備になられては、我慢できるものもできない――。
手早く着替えを揃えるとバスルームの棚にそっと置いた。
擦りガラスの向こうに細いシルエット。
視界に入ってしまったそれを無視することはできなかった。
しばらく見つめ、慌てて我に返った。
「風呂、ありがとう――」
「ん?ああ――。ちゃんと暖まったか?」
「うん。いい匂いだな……」
リビングに漂うコーヒーの香り。
「ほら――」
やや大きめのカップを手渡す。
「ありがとう」
湯気の向こうで儚く微笑む。
「――俺も、風呂入るから」
「あ、うん。悪いな、先に入ってしまって」
気遣うような遥に笑って見せると、バスルームへと足を向けた。
ゆったりとしたソファーに座り、わずかにブランデーの香りがするコーヒーを啜るように飲む。
安心できる空間――。
まず最初にそう思った。
会社でも自宅でも、気の休まる時間はない。
耐えかねて家を出ようとして果たせなかった。
今夜も恐らく携帯が鳴らされているだろう――。
それが予想できたから、すでに携帯は見知らぬ場所のごみ箱に電池をはずして捨てた。
3週間、悩んだ。
このままでは、達城の重荷になるかもしれない。
しかし、もう戻れない――戻りたくないのだ。
トロリとした眠気が遥を取り巻く。
「たつき――」
そっと、呟いてみた。
「ま、こんなことだろうと思ったが――」
達城は苦笑気味に、ソファーで眠る遥を見て肩を竦めた。
そっと抱き上げると思ったよりも軽い――。
寝室のドアを足で開け、そっとベッドに降ろした。
少し湿り気を残した髪を梳き、額にキスを落とす。
「ん――」
「あ、悪い。起こしたか」
無防備な瞳が、うっすらと笑んだ。
「――達城」
甘ったるい声音で、初めて名前を呼ばれた。
細い腕が首筋に絡まる。
「遥――」
ともすれば誘うようなその所作に、達城は陥落した。
「んんっ――ふ……」
キスに慣れていない遥は、時折苦しそうに口唇をずらす。
その密やかな吐息にさえ煽られる。
組み敷いている華奢な躰に乱暴しそうになる。
「は、ぁ……」
唾液でお互いの口唇がベタベタになるまでキスは続いた。
「遥?大丈夫か?」
「うん――」
少し苦しそうに肩で息をする遥を起こし、宥めるように背を撫でた。
「な――」
「ん?」
「遥が欲しい――」
直截な言葉と熱い抱擁に、遥の頬が朱に染まる。
「……抱かないって言った」
拗ねたように密やかな声が牽制する。
「前言撤回する」
「約束を反故するのは、信用を無くすぞ」
可愛くない言葉を呟く口唇を、再び塞いだ。
「……俺より、姉さんの方を信用しているんだろ?今さらじゃないか?」
「……根に持ってるな?」
「ぜ〜んぜん」
真実味のない口調で肩を竦める。
遥の上からどいて、そのままベッドを降りる。
「宮本?」
「トイレで一発、ヌイてくる――」
あからさまな言葉に真っ赤になる。
「お前――」
「嫌がるのをどうこうする気はサラサラないからな」
肩を竦める達城から視線をそらすとポツリと呟いた。
「……やじゃない」
「遥?」
「別に嫌じゃない。ただ――」
「ただ、何?」
怖がらせないようにそっと遥の元に戻り、優しく頬を包む。
「……ただでさえお前が俺の中にいる。抱かれてしまえば、もっとお前でいっぱいになる」
「遥」
「……怖い――」
ポツリと聞こえないほどの声で呟いた。
たまらず、力の限り抱きしめた。
「俺だって、怖いよ」
「宮本?」
「気づけば、何時だって遥の事を考えてる――」
「……馬鹿者――」
甘ったるい呟きに、わざと傷ついた振りをして――
「ん、ふ、ぅ……」
一糸纏わぬ肢体が小さく震える。
さらりとした肌は、達城の手を吸いつくようにしっとりと受け止める。
そっと撫でる度に細波のような震えが遥を困惑させる。
「あっ――」
そっと薔薇色の尖りを摘んだ瞬間、甘えたような声が零れ遥はきつく瞳を閉じた。
「っ――」
指先で弄われ、じれったい痛みにも似た波が遥を動揺させる。
真面目な遥は、男同士の恋愛が――SEXがどんなものかを色々な書籍で調べた。
だから、男でも胸が感じるのは知ってはいたが、躰はわかっていなかった。
「み、やもと――」
困惑したように潤んだ瞳が見上げる。
「達城」
「え?」
「達城って、呼べよ」
「たつき」
「大丈夫。怖くない――」
「でも、こんなの、知らないっ――」
決して止まることのない悪戯な指先に翻弄されそうになる。
その初心な反応に、下腹に熱がたまるのがわかる。
「ひっ――」
口唇で挟み軽くひっぱると、喉奥が苦しそうに息を詰めた。
強い刺激に紅く染まった尖りを舌先でくすぐると、白い喉が声もなく仰け反る。
「は、ぁっ――」
立ち上がりかけた遥に、同じように昂ぶった自分を押し付けた。
「や、ぁ――あつ、い……」
灼けつくような熱さに驚いた遥は、思わず腰を引いた。
「大丈夫だから……」
やんわりと遥を握ると、ゆるゆると掌を上下させる。
「あ、ん――やだ……」
数回擦られただけで、屹立の先端からトロトロと蜜が溢れる。
指の間から濡れた音が聞こえ、遥は思わず目の前の男の肩に爪を立てた。
「たつきぃ……」
「遥……俺のも――」
吐息と共に囁かれ、遥は肩から男の下腹へと指を滑らす。
「――!」
触れた思わぬ熱に、一瞬手を引いた。
「いや?」
戸惑い見上げると、切れ長の瞳が気遣うように自分を見下ろしていた。
それにゆっくりと頭を振ると、もう一度触れた。
たどたどしく触れる度にビクビクと戦慄く雄に、いつしか夢中になって指を絡ませていた。
それに連動するかのように自分の雄も昂ぶり、熱くなる。
「やっ――んふ……たつ、きっ」
「はるか」
掠れた声に囁かれ、ゾクリと背が震える。
「だ、めぇ――っちゃうっ……」
「いい、よ。一緒に――」
「ふ、ぁっ――」
「くっ――」
鋭く息を飲み、2人の掌にそれぞれの欲情が絡まる。
荒い吐息を宥めるように、口唇を重ねた。
「たつき?」
甘ったるい声が身を起こす達城を不信に問う。
「体、拭くもの持ってくる」
「え?」
見上げ、視線を逸らした。
「遥?」
「……かった?」
「え?何?もう一回――」
「俺とじゃ――つまらない?」
潤んだ瞳が寂しそうに笑む。
切ない笑みに、そっと抱きしめた。
「んなワケないだろ――」
「でも……」
「これ以上進んだら、我慢ができなくなる――」
「――いいよ」
密やかな声が耳朶をくすぐる。
「遥?」
「お前が欲しい――達城」
清廉な瞳が間近に見つめる。
その奥に、紅蓮の炎にも似た欲情を見た気がした。
濡れそぼった下肢が太腿に押しつけられる。
「愛してるよ、遥」
優しくシーツに縫い止めながら、そう囁いた。
俺も――という囁きに、切れ長の瞳が緩んだ。
「情けない顔――」
クスという笑いと共に囁かれ、拗ねた振りをする。
「ん――」
柔らかく口唇を噛まれ、酩酊にも似た陶酔がじわりと体の奥底から湧き上がる。
男らしい掌が内股をサラサラと撫でる度に、細波のような火が燻る。
「ぁっ――」
濡れた欲望をそっと指先でなぞられて体を竦めた。
「怖い?」
即座に首を振った。
「もっと――ほし、い……」
精一杯の強がりに達城は笑むと、一気に体を起こした。
「――っ!たつきっ!」
膝頭が胸につく位、大きく脚を広げられる。
「やだっ――」
達城の目前に全てを――雫を零す屹立も、その奥の秘めやかな窄まりまでもが曝される。
「いやぁ……」
それでさえ十分逃げ出したいくらいの羞恥なのに、こともあろうに恋人は舌先で触れる。
泣き声のような声音にさえも、達城は行為を止めない。
舌先で嚢の裏から窄まりにかけて、何回もくすぐる。
「たつ、き――たつきっ……」
名前を呼ぶことしかできず、ゆるゆると首を振る。
羞恥に咽び泣き、それでも自分を呼ばわる恋人に激しい欲望と僅かな罪悪感を感じる。
「遥――」
囁く熱い吐息が屹立に触れ、ますます忘我へと追いつめられる。
「ひっ――」
クヌリと舌先が潜り込む。
そう理解した瞬間、突き上げる熱を解いた。
自分の腹部を流れる白濁に羞恥のあまり落涙する。
「ぅっく……ふ、ぅ……」
達城は抑えていた脚を放し、零れる涙を口唇で拭い取る。
「んんっ――」
口唇を塞ぐと同時に、濡れた指先を潜りこませた。
遥の負担が少なくなるように丹念に解していく。
辛そうに眉根が寄れば、すぐに指先をはずし躰のそこかしこにキスを落とす。
「たつ、き――も……」
挿れて――と口唇が動く。
やっとの事で指2本を含んでいる秘孔はまだ固い。
そう告げるが、頑なに求めてくる恋人に達城も限界だった。
「ひっ……あ、あっ…ぐ――」
圧倒的な質量に圧迫される。
内臓を押し上げられるような感覚に、遥は苦しそうに喘ぐ。
「……か…、るか――」
「…ぁ……」
小さく頬を叩かれ、真っ白になりかけた視界に心配そうな恋人の顔が滲む。
「……き」
「大丈夫、か?」
キツく喰い締められ、達城も苦しそうにしながらも遥を気遣う。
「……ってるの?」
「ああ――」
シーツを握り締めている手をそっと掴み、指先を繋がっている部分挿に触れさせる。
ビクリと手を引きかけて、そして恐る恐るたどる。
ぽろと涙が頬を落ちた。
「遥?辛いか?」
「ちがっ――」
引きかけた達城の首筋に慌てて腕を絡めた。
「好きだ――」
耳元で告げられる。
だから、動いて――吐息で囁かれた。
「あっ――!あぁっ……ぐっ」
ギリギリまで腰を引き、一気に最奥まで突き上げる。
受け止め切れない衝撃に、遥が苦しんでいるのはわかっていたが止めることができない。
箍が外れた奔流に流され、捉えられ――。
「いやっ――」
惑乱と衝動と――そして愛しさ。
愛してると告げ、告げられ――。
その幸せに、苦さに啼いた。
虚空へと放り出されそうな恐怖に手を伸ばし、指を絡め取られた。
「はるかっ――」
「ぅっ、あぁぁぁっ―――」
体内に席捲していた熱が解放され、弛緩し――何もかもが消えて残ったのは……。
愛しさだけだった――。
*********
「もう、2度とやらせなからなっ――」
ズキズキと痛む腰をかばいながら、目の前でにやつく男に枕を投げつける。
目が覚めた時――。
傍らに愛しい人がいる朝。
例えようもなく幸せで、思わず顔が緩む。
『すげぇ、よかった』
そう囁いた途端、恥かしがり屋の恋人から枕の洗礼を受けた――。
END
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