[晋雪庵柳崕]  田中茂稻

  晋柳崕 蕉窓 晋柳子 柳の本    (老鼠堂晋永機のあとを継ぐ)

  明治33年、[?]風一派を樹立。「俳諧百人一首」を刊行し、天覧の栄誉を受けて門下生が増大した。

  東京市本所区松坂町二丁目五番地

  夕暮は花にもあるか鐘の声     (少し面白いですね。 敏)
  待し夜はあやなしは啼時鳥
  さざ波や黄金ちらして秋の月
  山姫のもすそに似たりたひら雪


 関わった俳書

俳諧心の杖 翠雲庵柳崕編 自筆写  写 明21
蕉門十哲集 老鼠堂永機、晋雪庵柳崕編 東京 博文館 明31.09
明治新撰俳諧百人一首 晋雪庵柳崕(田中茂稲)編 穂積永機校 東京 市川惣四郎?てい風吟社 明33.06

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