口語俳句作品展望2006   秋 尾   敏  2006年 

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 八〇年代に、日本文化の価値観がかなり転換した。重厚長大から軽薄短小へ、などと言われたあの動きである。その時代に、やはり日本語も大きく変化し、韻文のあり様も変わった。その象徴的な存在が俵万智の『サラダ記念日』(一九八七)であった。
 九十年代に入ると、俳句界にも徴候が顕著になり、いわゆる「平成軽み調」が広がっていく。その状況は、口語俳句にとっては追い風だったかもしれない。
 ところが二十一世紀に入ると、なぜか韻文全体の文語回帰が始まる。軽さから深さへのゆっくりとした方向転換が起こっているようにも見える。
 さて、編集部の助言に従って『俳壇年鑑2006』を資料とするが、実はこれみな二〇〇五年の作である。そこから現在を推察するということにしたい。
 まず『俳壇年鑑2006』の「実力作家三〇二人の秀句」欄をみるが、案の定というべきか、一貫して口語で作るという意志を貫いている作家はほとんどいない。けれど、それだけに、いずれもそれぞれの作者の俳語として飼い慣らされたものが多い。

 この遺影隣りに俺のゐた冬だ       鈴木鷹夫

 文語とか口語とかの別なく、もはや鷹夫語である。口語の中では「ゐ」という旧仮名は漢字のようなものだが、その違和感がまた作者の個性を描き出している。いっしょに写した記憶のある写真が遺影に使われていたのである。

 こんにゃくは形は典型的である      阿部完一

 この作家の句も、口語というより阿部語なのである。他の二句は客観的には文語。しかしこの句は、阿部語の、それこそある「典型」を見せている。

 鼠の愛がジェノバの坂にこびりつく    夏石番矢

 「鼠の愛」は糞かと思っていたら、最近始まった夏石氏のブログによれば、鈴木大拙が世界に広げてしまった「日本文化=禅」というステレオタイプに重なるものなのであった。大拙を「鼠」程度と喝破できるのは番矢氏くらいのもの。でも、大拙の禅への「愛」は一応認めているのである。「こびりつく」は実感だろう。

 叢に手をつっ込んで引っかかれ      前田吐実男

 何ごとも生半可に手を出せば引っかかれるくらいは当然。むしろ擦り傷で済んでよかったと思うべきか。寓意に満ちた句である。

 二百十日みんなで丸木橋渡ろ       山崎 聰

 厄日とは言え行楽日和となった。さあ、という訳だが、「丸木橋」には一抹の不安も残る。何事もご用心。

 いい汗をかこうよ海が見えるまで     山崎十生

 ひと癖ある作者の無邪気そうな言葉に思わず身構えた。忌野清志郎氏の「ピクニック」(『ホスピタル』所収)の類かと勘ぐってもみたが違うようだ。、素直に読んでおこう。

 クリスマスあんまり寝なくても平気    小林貴子

 これまた十代の言説のようだが、もう少し年の行った大人の女性の言葉とも。
まつすぐな廊下の続く大障子  いのうえかつこ
 こういう体言止めの句は文語とも口語とも特定しづらい。安易に断定はできないが、これは口語の雰囲気を十分に漂わせている。

 杖が待ってる 八十五歳が現れる    伊丹三樹彦

 「杖が待ってる」は謙虚さであろう。しかし「八十五歳が現れる」には齢の尊厳が表明されている。客観的であるのがよい。

 特攻兵くる八月の雲に乗り       木田千女

 口語と断定はできないが、内容も響きも十分に口語俳句の世界であろう。父君のことであるようだ。

 あの頃へ行こう蜻蛉が水叩く      坪内稔典

 ああ、「あの頃」。人はいつの時代も生まれ育った環境を懐かしむ。口語でなければ、この雰囲気は作れない。懐古感の句だが、口語で余情を生み出すことに成功している。

 被爆ドーム昭和を忘れ忘れない     相原左義長

 昭和の些事は忘れても、ただ一つ忘れないものがあるということである。
 さて、続いて同じ年鑑の「書架自選作品集二七〇〇句」に目を通してみると、さらに口語俳句の割合は低い。明確に口語と断定できる句は五十句にも満たない。
 その中で、少数ではあるが、十七音を細分化し、密度を上げて、文語以上に多くを語ろうとする作品があった。

 火変りの焔が寒雲に燃え移る      芳賀経文
 霜どけの湯気の立つ地を売りに出す  谷中淳子

 短く詰めて表現するのは文語の得意分野だが、口語でも言葉を選べばこうしたことが可能になる。「腸詰俳句」などという悪口もあるが、戦後の中島斌雄などの細かな文節使いの系譜と見ることができよう。
 一方で、冗長な口語の性質をそのまま使った作品もある。

 桜の夜ラストオーダーですつてよ    田口 武

おしろいやこはいおばさんだつたけど  辻田克巳
 多くを言わず、読者の想像力を喚起して世界を広げる手法である。格調とか写生とかを切り捨てているが、切れの手法は残している。
 さらに何かを伝えようという力みを消して技巧を隠し、その姿勢によって自分の生き方を伝えようとする作品がある。「平成軽み調」の行き着いた先の姿である。

 入浴中に空蝉がふえている       大坪重治
 ところてん突きに突かれて心太     大山重幸
 坂の上巨大な鳥居灼けている      谷山花猿
 さくらんぼの大小どこかのんびりする  田沼文雄

 いずれも現代俳句のベテランの作品である。技巧をどこまで見えなくするかという点で共通している。自然体を志向し、「ただごと」に見せているのであるが、よく読むと、大坪氏のは事実の発見を超現実空間に広げようとする技巧があり、大山氏には言葉自体への関心、谷山氏には思想が潜んでいる。田沼氏のがもっとも純粋に生き方だけを伝えている。氏は今夏鬼籍に入られた。
 しかし時代は、もう少し何か言う方向に向かっているように思える。次の作品群は、口語表現に新しい切り口を開いたと思われるものだが、明らかに思想やテーマ性が強い。

 空見る自由つぶれる自由 蟻に     鎌倉佐弓
 沈黙は最高度の接続である       近木圭之介
 もの種のいのちのはじめとは乾く    亀丸公俊
 かれも僕も背に昭和の夕日が従いてくる 田中 陽

 鎌倉氏のは世代を超えて、十代、二十代の人々の実感にもなっているのではないか。近木氏は今年九十四歳。自由律を継続されているが、いささかも古くない。
 これ以上テーマ性を明確にすると、戦後の社会性俳句の時代が匂ってくる。

 花吹雪また戦争がかくれんぼ      田中千恵子

 だが、この内容に「花吹雪」の斡旋はやはり平成の表現であろう。
 口語俳句と言えど、巧さを志向し出すと、そこには類型を生み出す危険が発生する。類型は、凡庸を志向するところに生まれるのではなく、むしろ技巧や洗練を志向する場所に発生するものである。次の作品群は、たしかに口語俳句としての鮮やかさを身にまとった佳作である。それだけに、そこに類型を発生させてしまう危険性を持つ作品だと言えるだろう。あるいはすでに類型として存在しているものもあるかもしれない。

 死にたい日死にたくない日午睡婆   小原啄葉
 ルビ振るやうに夏の美術館歩く     石田よし宏
 村の名が消え麦秋の空がある     岡村行雄
 行く秋の私へ手紙かいてみるか    高橋葱郎
 揚雲雀まだそちらには行けません   葉狩淳子
 点滴急くな秋の入日がいま童話    細井啓司
 祭あと伸びつぱなしでゐるホース   松田秀一

 だが、俳句の大衆化は、こうした作品を核として起こる。真似しやすい作品がなければ、多くの人々が参加する俳壇は形成されない。そこがまた難しいところでもある。  


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