眠りは夢のように甘く…… (第1章)

 ハッ……!!
「やばい、また寝過ごした!!」
 俺はあわてて枕もとの時計をひっつかんだ。時刻は午後5時20分。もう夕方じゃないか!
 今日のスケジュールはどうなってたんだっけ? 鞄から取り出した手帳を見る。今日は……。ああ、今日は祝日じゃないか。なんだ、あせって損した。なんだか安心したら、また眠くなってきたぞ……。

 プルルル、プルルル……。
 遠くで何かが聞こえる。何だろう。
 ブルルル、プルルル……。
 うるさいなあ。なんなんだ、この音は……。
「電話だっ!!」
 俺は、ずっしりと重くなった自分の体を電話までなんとか引きずっていった。
「……もしもし」
「おお、ヒロシ。家にいたのか」
「うん……ああ、いたよ。なんだよ、桜井」
「今日、スケジュールが合えば同期の飲み会に参加するって言ってたじゃないか」
「ああ、あれ今日だっけ?」
「もう始まってるぜ。来ないのか?」
「いや、行ってもいいんだが……」
「ヒロシ……寝てたな、おまえ」
「悪いかよ」
「何時だと思ってんだよ。もう夜の8時だぜ」
「いいじゃないか、休みなんだし」
「昨日、遅かったのか?」
「いや、眠かったので10時ごろには寝た」
「じゃあ、22時間も寝てるのかよ!」
「ひとのことは放っておいてくれ」
「わかったけど、あんまり寝すぎても体が疲れるぜ。ところで、今からでも来るか?」
「そうだな。まだ1時間くらいやってるか?」
「余裕、余裕。じゃ、待ってるから早く来いよ」
 ガチャ。
 ふう……。俺は目を覚まそうと顔を洗った。
 なんだか、まだ眠い。眠ることを体が要求しているから動物は眠るのであって、十分に眠ったら目が覚める。確かに俺は22時間も眠ったが、これは俺の体が必要としている睡眠なんだ。
 気を抜くとまた眠ってしまいそうなので、俺は大きな音で音楽を鳴らしながら服を着替えた。
 確かに長時間眠った後は、背中やら首筋などが妙に痛かったりする。それと……。
「痛っ!!」
 いつごろできたのかわからないが、後頭部の下の方、やや右側に小さなへこみがあって、ここを触ると痛みを感じる。特に、寝起きに触れると痛いような気がするのだ。
「ま、いいか……」
 俺は家を出た。
 駅までの道を歩いていても、何度もあくびが出た。俺は、子供の頃から良く眠っていたらしいが、それにしても、なんでこんなに眠いんだろう?
 電車で渋谷まで15分。俺は文庫本を読むことにした。

 トントントン……。
 なにかが体に当たる。
 ワワワワン……。
 なにかが遠から聞こえてくる。
「お客さん、お客さん!!」
「……」
「お客さん、起きてください。終着駅ですよ」
 目の前に駅員の姿があった。
「ああ……」
 俺はぼんやりとした意識の中で電車の外を見た。
 渋谷だ。渋谷に着いたんだ。席を立とうとして、足元に文庫本が落ちているのに気づいた。どうやら、本を読んでいる間に眠ってしまったらしい。
 自分では気づいてないが、俺って相当疲れてるんだろう。でないと、こんなに眠らないはずだ。

 今日の飲み会は、渋谷のちょっとはずれにある洒落たバーの貸し切りだ。なんとか9時までに店に着くことができた。俺は、ひと息ついてからドアを開けた。
「どうも、遅れてごめん!!」
「遅い遅い、もうみんなできあがってる時間だぜ」
 笑いながら出迎えてくれたのは、さっき竜話をかけてきた桜井だ。ざっと店の中を見渡したところ、確かに桜井の言うように顔を真っ赤にした奴や、すでに眠り込んでいる奴もいる。とりあえず、俺はみんなにあいさつをしながら、空いているカウンター席についた。丸い眼鏡のマスターが笑顔で俺を迎えてくれる。
「何になさいますか?」
 すかさず桜井が隣に来て、言う。
「生ビールふたつで、とりあえず乾杯だ」
「ちょっと待って。私も仲間に入れてよ」
 和田美奈子だ。スレンダーな体、長くてストレートな髪。同期の中でも結構な美人だ。 彼女は、俺の左隣の席にあったポーチを膝に乗せて座った。どうやらトイレにでも立っていたらしい。期せずして美奈子の隣とは、ツイている。
「じゃあ、とりあえず」
「久々の同期会に乾杯!!」
「乾杯!」
 3人はググッとビールを飲み干した。
 ちょっと落ち着いた俺は、急に空腹を感じた。
「マスター、何かお腹が膨らむもの、作れますか」
「ピラフとかパスタなら、すぐできますよ」
「じゃあ、ピラフをお願いします」
 美余子が微笑む。
「お腹が空いてるのね。食べてこなかったの?」
「うん、まあね……」
「まあねどころか、ヒロシ、今日は何も食べてないんだよな。なんたって、さっきまで眠ってたんだから!!」
 また桜井がいらないことを言い出す。
「ねえねえ和田さん、聞いてくださいよ。このヒロシって奴は、休みとなると20時間とか眠るんですよ。信じられないでしょ、まったく」
「へえ……。でも、いつもってわけじゃないんでしょう?」
「いや、それが……このところずっとなんですよ。自分でも不思議なくらい眠れるっていうか、いくら寝ても寝足りないというか……。休みはずっと寝てるし、平日も早く寝るようにしてるんですが、ちょっと気を抜けば寝坊して遅刻。もともとよく眠る方だったんですが、特にこのところエスカレートしてるみたいで」
「でも……。それ、本当に体がどこか悪いんじゃないかしら。一度、病院で調べた方がいいと思う」
「そうかなあ。確かに困ってるんですけど、眠るだけですからねえ」
「そういえば、私、こんな話を聞いたことがあるわ。人間は死ぬまでに眠る時間が決まっていて、あんまり眠りすぎると、一生が早く終わってしまうって……」

 俺の後頭部がズキンッと痛んだ。

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(C) Tadashi_Takezaki 2003