愛の告白

ある夜、イベントがはねた後で、俺は仕事仲間の麻由とふたり、ちょっと洒落たイタリアンレストランで食事をとっていた。

「突然で笑われそうだけど……、実は私、あなたのことが好きなの」
本当に突然の告白に、俺は思わず腰を浮かした。

麻由は長い髪で細面の顔、目元がクッキリした、いわゆる美人タイプの女だ。向上心も強く、仕事に対する姿勢も厳しい。そんなクールな彼女の口からこういった言葉を聞くとは、あまりにも意外だった。

「びっくりしたでしょ!?」
彼女はちょっとおおげさにニコッと笑って見せる。
「なんだ、冗談かよ」
「冗談じゃないわ。本気よ」
間髪を入れずに答えた麻由は、今度は真顔だ。

「私のこと、どう思ってる?」
「うーん……難しい」
「難しい!?」
「だってさ、オマエみたいな美人が俺のこと好きだなんて、今の今まで考えてもみなかったし。だいたい、これまでずっと一緒に仕事してきて、こんなにいきなりはないだろ!」
「あなたにとって、私ってそんなもんなんだ……」
「そんなもこんなもないだろう、困ったな」

困っている理由は、実は別のところにあったりする。
確かに麻由みたいな、ちょっと手が届きそうもない美女から告白されるなんて、超ラッキー。夢のような出来事だ。迷っている場合じゃない。
しかし、実のところ、俺にはここ数年、密かに片想いを続けている女性、直美がいるのだ。麻由は、俺にはもったいないくらいの女性だし、せっかくのチャンスなのだが、直美への想いを決着せずに麻由とつきあうのはちょっとつらい。

麻由が俺の目を覗き込む。
「なに考えてんの?」
「困ってる」
「やっぱり私のこと、好きじゃないのね」
「そんなことないんだ。ただ、あまり急な話なんで……」
「急な話だから駄目っていうのは、そんなに好きじゃないってことじゃないの?」
「好きなんだけどさ、心の整理がつかないんだよ」
「ふーん……」

ふたりが見つめ合ったまま、少しの沈黙が流れた。
「まっ、いいか。今日のところは許してやろう。仕方がないわね」
「はあ……」
「私があなたのこと好きってことはホントだから、まぁ、前向きに考えておいてよ」
「ごめん……」
「いいのよ。いろいろあるもんね、お互い。恋愛って簡単じゃないもんね!」
なんだかよくわからないけど助かったような気持ちになって、俺はようやく冷めかけたスパゲッティを口に運んだ。

そんなわけで、早速その夜、俺は直美に電話をかけてみた。
「よう、直美、元気か?」
「どうしたの、珍しいわね」
「あのさ……」
「なによ?」
「突然こんなこと言うの、変なんだけど、実は俺、君のことがずっと好きだったんだ」
「またまた。ちょっとビックリするようなジョークね」
「いや、ジョークじゃなくて、マジなんだ」
「……ふぅん。そうかぁ」
「なぁ、どうだろう。俺とつきあってみないか…って、やっぱ変だよな。こんな話」
「そうね。突然言われても困っちゃうわねぇ……」
「そうだよな。直美と俺は長い間ずっと友達だったんだもんな。だけど、いつの間にか俺は、君を好きになっていたんだ。でも、まぁ突然言われても困るよな……」

しばらく黙ってから、ふと直美が言った。
「どうして、急に告白する気になったの?」
「いや、別にどうって理由もないんだけど……」
「本当に?」
「う…うん、ホントだよ。でも、別に今すぐ返事をくれなくていいよ」
「そうね。本当に申し訳ないんだけど、少しだけ考える時間をちょうだい」
「全然、オッケーだよ」
「それじゃあ、またね」
「バイバイ……」
ブツッと電話は切れた。

やっぱりそう簡単に事が運ぶわけないよなぁ。一体、麻由にはどう説明すればいいんだ。
いろいろ考えてみたものの、妙案が浮かぶわけもなく数日が過ぎ、俺は意を決して麻由に率直な気持ちを伝えることにした。

「おっ、電話してきたわね」
「待たせたわりにはどっちつかずの返事なんだけど……」
「それって、どういう意味?」
「正直に告白すると、俺は麻由が好きだ。でも、麻由が俺とつきあうことなんてありえないと思ってたから、麻由を恋愛対象として見てなかったんだ。それで、俺は俺なりに他に好きな女性を見つけた。しかも、それも片想いなんだよ。麻由に好きだって言われて、俺は天にも昇るような気分なんだけど、ずっと片想いしていたのをそのまま忘れてつきあうのってスッキリしないんだ。後に引きずってしまいそうで……。だから、片想いに決着をつけさせてほしい」
「ふぅん、ていのいい両天秤ってわけ?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「フフッ、嘘よ。いいわ。待ってあげる。私の方が先に好きって言っちゃったんだから、こっちが不利な立場なのよ。仕方がない」
「ホントに、ゴメン……」
「いいのよ。早めのいい返事を期待してるわ」

また数日が過ぎて、ある夜、直美から電話がかかってきた。
「ごめんね。返事を待たせちゃって悪いんだけど、まだ決心できないの」
「いや、もうダメならダメでいいよ。ずるずる待ってても仕方がないし。もう、いいよ」
「よくないわ。私もあなたのこと好きなの。でも……。そうね、待たせてばかりで申し訳ないし、本当のことを言うわ。実は、私、ずっと片想いしてる男の人がいて、あなたとつきあう前に、自分の気持ちを整理したいと思ったの。それで、両天秤みたいで悪いけど、彼に私の気持ちを打ち明けてみたわけ。そしたら、しばらく考える時間が欲しいって言われちゃって……」

この話を聞いて、なんだか俺は安心してしまった。
「そりゃあ、仕方がないよな。突然好きって言われたって、誰も心の準備はできてないよ。わかった、待つよ。」
「ゴメンね」
「いいよ。気長に待ってるよ」
なんだ、直美も俺と同じ立場なんだ。

俺は早速、麻由に電話をかけた。
「例の件なんだけど……」
「決着はつきまして?」
「それが、事態はなかなか進展しなくって…」
「仕方ないわね。もう少し待ってあげるわ」
「いいのかよ。ずいぶん待たせてるぜ。何だか悪いなぁ…」
「フフッ、ホントのこと言うと、実は私もある男に返事を待たせてるのよ。だから、気にしないで」
「なんだ、そうだったのか。じゃあ、またな」
「またね!」

それ以来、数日おきに直美から電話をもらい、そのたびに麻由に電話をする。そういう日々がずっと続いているのだ。


(C) Tadashi_Takezaki 2003