Episode-1

Tokyo

- Prologue -  「LAに出張になるかも知れない」という予感は、確かに1ヶ月くらい前からあった。  ただ「経費削減の折、たぶん流れるだろう」とたかをくくっており、事前準備は全くナシ。  そんな状況の中、前記のような緊張感の無い会話により、わずか3日前に渡航が決定。  当初は「2日間だけだから」という話が、いつのまにか「どーせ旅費かけて行くんなら、関連  企業も回って来てね」と話が膨らみ、結局まるまる1週間という行程になってしまった。
- Departure -  「本多君、荷物、それだけ?」   成田空港の出発ゲートで、S氏はピギーバックを転がしながら私に近づいて来た。   1月25日(日)、午後5時を少し回った頃である。   S氏は工場の課長で、今回の出張のお供に私を指名した張本人だ。年に数回は海外出張を   こなしており、マイレージポイントだけで世界一周できるのではないかと噂されている。  「ええ、これだけです」   私は床に置いた、パンパンに膨れあがったビジネスバックを爪先で蹴飛ばして見せた。   今回は移動が多いこともあり、機敏に動けるように荷物はこれひとつに集約したのである。  「着替えとか、そんなものでよく入ったね」  「まめに洗濯する、ということで、最低限にしました」  「でも、向こうで資料をもらうだろ?帰りの方が荷物が増えるんだよ、君」  「大丈夫です。こちらから持っていく資料は捨てて帰りますから」  「おみやげはどうする?1週間も留守して、何か買って帰らなきゃマズいだろ?」  「帰りの成田で、マカデミアンナッツでも買おうかなと....」  「君、いまどきマカデミアンナッツはないだろう。   うちの子供達なんか、あれを買って帰ったら見向きもせんよ。挙げ句の果てには『ジャン   ケンで負けた方が食べる』なんてゲームをやってる程だ」
  不毛な会話の後、機内に搭乗となる。予約の関係上、S氏と席はバラバラ。   経費削減の折、当然のことながらエコノミークラスである。バブルの頃が懐かしい。   持ち込んだバックは、前の座席の下にちょうどぴったり収まった。してやったり、と   ほくそえんだが、周りの乗客は頭上の棚にかなり大きなバックまで載せている。   まぁ、足元にあった方が出し入れもしやすくて便利だろう、と自分的に納得をした。
- Arrival -  機上8時間、エコノミーのくそマズイ食事を2回取っているうちに、飛行機はLA国際空港に到着  した。現地時間で1月25日の午前10時頃だったから、日本を出た時より時間が前に遡っている。  この時差というやつは、何度経験しても気持ちが悪い。  入国審査場の「IMMIGRATION」という文字を見て、頭の中にImmigrant Songが流れていた。  実はZEPPもこの表示を見てあの曲を作ったのではないか?いやいやいや、そうに違いない。  アメリカ公演の時、入国でもめた時にひらめいたのだろう。ボンゾは悪人顔だから....。  早くも時差ボケの影響か、列に並びながらそんな妄想を真剣に考えていた。  ちなみに、入管手続き時にはなるべく身なりを良くする事をお薦めする。  私は下はブルージーンズであったが、上はワイシャツに紺ブレザーという比較的パリっとした服  装であり、一瞬で手続きを終了した。しかし、派手なジャンバーを着た観光風のお兄さん達は軒  並み止められてて、根掘り葉掘り尋問されていた。そう言えば、三浦和義(ヴェルディじゃない  方)のロス疑惑ってのもあったなぁ、などと突然思い出す。
「お疲れ様でした」  空港の到着ゲートで、初老のI氏が出迎えてくれた。最初に訪問する会社の日本代理店の人で、  我々より前の便で到着していた。空港の外は温かく、半袖で歩いている人もいた。 「レンタカーを借りてありますので、それでホテルまで行きましょう。  あれ?本多さん、荷物はそれだけですか?」 「ええ」ちょっと顔がひくついた。やはり、海外出張にしては小さ過ぎたのであろうか?  I氏が借りたのはワインレッドのシボレー。のっぺりした車体のフォルムは日本車そっくりで  ある。S氏が後部座席に、私は助手席に座る。 「ちなみに、IさんはLAは詳しいんですよね?」走り出してから、私は何気なく尋ねた。 「ええ。でも最後に来たのは10年以上前ですね。このあたりも随分変わりました」  I氏はバックミラーの位置を直しながら、にこやかに答える。 「それじゃ、ひょっとしてこれから行く場所は....」S氏が恐る恐る尋ねる。 「ええ、初めてです。私も道が分かりませんので、本多さん、ナビゲーターをお願いします」  そう言って、I氏は私にドライビング・マップを渡した。  自慢ではないが、私はペーパー歴10年である。免許証も輝かしきゴールドだ。  更に最近視力が急激に低下しており、標識の文字なぞほとんど見えないに等しい。  無事、ホテルまでたどり着けるのだろうか?不安で一杯になった。
「長い道のりですからね。音楽でもかけますか?」  I氏はくったくのない様子でカーラジオのスィッチを入れた。選曲ボタンを何度か押して、  アコースティック・ギターの音が流れて来たところでハンドルに手を戻した。  流れて来た曲は、なんと"Stairway to Heaven"であった。  アメリカのFM局でウン十万回オンエアされたという逸話があるが、まさか自分が西海岸に来て  最初に聴いたのがこの名曲とは....。  驚きと不安と時差ボケで朦朧となりながら、私は車窓を流れるパームツリーを見つめていた。
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