朝夕は急に涼しく、過し易くなりました。 よくしたものでもうそれとわかる秋風がたちます。

田んぼのあぜや野原には ススキ(尾花) が穂を出しております。 秋風でススキや荻がゆれています。

秋の七草であるススキは、十五夜のお月見にはかかせません。 「 一朝めざむれば我有名なりき 」 と日記

に書きましたのは大詩人バロンですが、「 一朝めざむれば秋 」 と多少の驚きをもって迎える日があります。

八月に入り、日増しに激しさを増してくるセミの合唱も、セミの王者クマゼミの登場でピークを迎えます。 凄まじ

いセミたちの雄叫びも、処暑を過ぎると勢いが弱くなり、月末にはツクツクボウシが主力になります。 澄んだ光り

の中を赤トンボが流れ、ツクツクボウシが残り少ない夏の日を惜しんで鳴きしきります。 夜は秋の虫たちの大合

唱が始まります。 明け方近くまで鳴きしきりますが、日を追って強く感じさせます。 虫たちの合唱へ入って

みましょうか。 ショパンの即興曲をボリュームを上げ、聴かせてやります。 ショパンの即興曲 特に 「 第1番、第3

番」は人のおしゃべり、語らいの様子を音楽にしたように思える曲ですが、驚く様子もなく、その音色を楽し

んでいるようにも見えます。 虫たちにはピアノより、弦合奏 〜 ブラームスの弦楽六重奏曲 第1番 〜 の方が

いいかな? それとも音色的にオーボエ、クラリネット 〜 シューマンのオーボエによる三つのロマンス、ホルンやクラリネット

によるアダージョとアレグロ 〜 がいいかもしれません。 虫たちの歌う音量は凄いものです。 静寂な夜ともあっ

てセミたちの比ではありません。 夜八時頃から大盛況になりますが、その合唱を聴きながらやがて寝入って

しまいますので、大合唱が何時頃まで続いているのかわかりません。 処暑を過ぎますと、太陽の位置も大

分変わってまいりました。 ふと気付けば木々の影はすでに色濃く長く季節のうつろいを知らされます。

終りたる旅を見かえる淋しさに誘われてまた旅をしぞおもふ  ー 牧水 ー

 

夏の終わりの涼しい夜にバロックというか、弦楽セクション主体の柔らかく、透明で繊細な曲を聴きますと心が癒されませんか。 名曲の中から独断と偏見ですが、温かく心にしみる曲を挙げてみました。 なお余りにも有名なチャイコフウキーとドヴォルザークの弦楽セレナード、ヴィヴァルデイ 調和の幻想、和声と創意への試み、、コレルリ クリスマス協奏曲、テレマン ビオラ協奏曲、ターフェルムジーク、バッハ ブランデンブルク協奏曲、三つのヴァイオリン協奏曲、ヘンデル 合奏協奏曲、、モーツァルト ディヴェルテイメント K136、K137、K138、K287、弦楽五重奏曲 ハ長調 K.515、ト短調 K516、それにバロック以後のコンチェルト、更にトリオ、カルテットなどの小編成の室内樂は省きます。

グリーグ:北欧の音詩人とたたえられるグリーグならではの、こぼれるような魅力に彩られた名作。

 「ホルベルク組曲」 ノルウエーへの祖国愛から生まれた作品で、優雅で軽妙な味わいをたたえたバロック調

 「2つの悲しい旋律」 第1曲 「胸のいたで」 しっとりとした抒情性が胸を打つ。 第2曲 「過ぎにし春」 どんなに考えぬかれた名旋律よりも胸に迫る魅力をたたえた音楽、余韻を残して消えるように終えるエンディングも 見事。

バーバー 「弦楽のためのアダージョ」 ゆったりと古典美の絶頂へと登りつめる曲想は抒情が香り高く漂う世界。 ケネデイ大統領の葬儀に使われたことでも有名ですが、バーバーは 「私は葬式の音楽を作ったのではない」 ともらしたとのこと。

R・シュトラウス 「メタモルフォーゼン」 オーケストレーションの名人だけあり、完璧な弦楽合奏を構築している。 愛するドイツ敗北の深い悲しみとレクィエムであり、葬送の気持ちを表わしたもの。

シェーンベルク 「浄夜」 ストリングスの厚みと量感が官能的な世界に導く。

バッハ 「管弦楽組曲第2、3番」 弦楽主体ではありませんが、ソロと弦楽合奏のアンサンブルがよく溶けこむ暖かく高雅な音楽になっています。 第3番 2曲 「アリア」 はゆるやかな起伏をもつ表情豊かで美しいメロディーで、G 線上のアリアとしての編曲もあります。 教会音楽の祖バッハのカンタータは200曲近くありますが、コラール 「主よ、人の望みの喜びよ」は心安らかな響です。 「マタイ受難曲」 はバッハの最高傑作にとどまらず、すべての音楽作品の頂点とも言える至高の名作。 「音楽の捧げもの」はバッハ最晩年の作品で全曲の隅々に晩年のバッハ以外の何人もなしえぬ、奥深い精神美が放射している。

ヘンデル 歌劇 「クセルクセス」 の中のラルゴ 「オンブラ・マイ・フ」、オラトリオ 「ソロモン」 中の 「シバの女王の入城」 の音楽も珠玉の一篇です。 「水上の音楽」 も輝くブラスの響や水際立ったしなやかで瑞々しい弦楽合奏が素晴らしい。 オラトリオ 「メサイヤ」 はヘンデルの最高傑作だ。 壮大な外面的効果と大らかで広々とした曲想は、まさにヘンデルの独壇場といえる。 生き生きと明快に聴衆に訴えかけてゆく力 の点では古今独歩である。

パーセル/ブリテン編曲 「シャコンヌ ト短調」 みやびやかな中にも、一種独特の威厳をたたえた音楽。

アルビノーニ 「アダージョ ト短調」 オルガンの荘厳さと弦楽合奏の甘美な美しさが魅力。

マーラー 「交響曲第五番」 第四楽章 アダージェット ハープと弦だけによる透明な美しさに満ち、地の底から湧きあがってくるような、森の中の湖の底知れぬ深淵をみるような憂愁に包まれる。

レスピーギ 「リュートのための古風な舞曲とアリア」 第三組曲 香り高い気品が漂う弦楽合奏の美の真髄がここにはあります。

ブルックナー 交響曲 「第七番」 「第四番」 各第二楽章 陶酔的に歌われ、やさしい天の慰藉。

ショスタコーヴィッチ 「交響曲第五番」 第三楽章 弦樂セクションのアンサンブルが主体の透明で繊細な美しさをもつ緩除楽章。

ブラームス 交響曲 「第一番 2楽章」 「第二番1、2楽章」 「第三番 2、3楽章」 「第四番1、2楽章」 ブラームス特有の渋く重厚な響で、哀愁を帯びた厳粛なムードに溢れる。 ブラームスの交響曲は年代を追うごとに古典的な形式への回帰が強くなり、オーケストラの編成も比較的小さく、オーケストレーションも古色蒼然とした趣きが強い。

 「弦楽六重奏曲第一番」 ブラームスは一生独身で通しましたが、シューマンとの出遭い、その妻クララへの深まりゆく思慕と葛藤、やがてアガーテという女性と密かに結婚を約束し合うところまでいった"かなわぬ恋"、ブラームスの夢みる日々は終わりましたが、全曲を満たす美しい楽想の数々、ロマン的な憧憬には青春のほてりの名残のようなものが映し出されているよう。 「弦楽五重奏曲」 も味わい深い名品だ。

 「クラリネッ五重奏曲」 100年前のモーツァルトのあのクラリネッ五重奏曲 イ長調 K.581と並び立つ傑作。 曲趣は作曲家の特徴が出ており、モーツァルトの明朗で優雅、それでいてどこか憂いを帯びた旋律と絶妙なアンサンブルに支えられた究極の均整美と品格を有するのに対し、ブラームスは内に秘めたたえた哀愁と情熱が織り成し、醸し出す世界をこの楽器がもつどこかくすんだ音色と深い陰影で見事に表現した玄人好みの作品となっている。これら新旧の五重奏曲はクラリネットを含む室内楽曲のまさしく二大高峰といってよい。

サンサーンス 「交響曲第三番」 第一楽章 第2部 ポコ・アダージョ 宗教的な静けさとコラール風でもある祈りの音楽のように美しく感動的で印象的な旋律が奏でられ、最終は静かに幻想の中に沈み込んでゆく。

ラフマニノフ 交響曲 「第一番 2、3楽章」 「第二番 1、3楽章」 「第三番 2楽章」 弦楽セクションのスラブ的な香り高い、美しく甘い旋律がてんめんと流れる。

シベリウス 「トウオネラの白鳥」 「悲しきワルツ」 「カレリア組曲」 交響詩 「タピオラ」 どれもミステリアスな静謐の美の極み。 「交響曲第二番」 第二楽章も北国の情緒が濃くでているのは迫りくる長い夜と酷寒への予感、それゆえ閉ざされたまなこの奥に広がる幻想の果てしなさからでしょう。

メンデルスゾーン 「弦楽八重奏曲」 華麗なアンサンブルが出色で、シンフォニックな効果とリズミックな立体感をもつ。 幸福感と優美で夢みがちなロマンテイシズムを上品なタッチで表現した作曲者16歳 時の作品。 モーツアルトと比肩する早熟の天才として、音楽史上に名を残していますが、12〜14歳頃の作品とされる弦楽交響曲全集 「シンホニア1〜13番」 は圧巻だ。 交響曲第3番 「スコットランド」 も素晴らしく、透明で分厚い弦の響はまさにメンデルスゾーンの世界だ。 この作曲家の 調べはなぜか物悲しく、憂いを秘めていて、セミのヒグラシのあの物悲しい鳴き声に似ていませんか。 「Vnソナタヘ短調」 などはその極めつけです。 傑作としてあまねく知られているVn協奏曲の出だしのVnソロだってそう思いませんか。

ロッシーニ 「弦楽のためのソナタ第一番〜六番」 一聴してモーツアルトの喜遊曲を思わせる明朗で優雅な旋律。 急ー緩ー急の簡明な3楽章で構成されているが、形式を越えた溌剌とした音楽美に溢れた魅力ある作品となっています。 12歳当時の習作だそうで、その早熟ぶりには驚かされます。

ワーグナー 「ジークフリート牧歌」 清冽な抒情と平穏なムードにあふれた美しい音楽となっています。

 楽劇「トリスタンとイゾルデ」 の前奏曲、愛の死。 陶酔的で官能的な美しさは他に類をみない洗 練の極みがここにあります。 歌劇 「ローエングリン」 第1幕への前奏曲も、神秘的な和音に始まり清冽にして崇高な美しさは限りないものになっています。

歌劇の間奏曲の中にも素敵なのが多々あります。 マスカーニ 歌劇 「カヴァレリア・ルシチィカーナ」、プッチーニ 歌劇 「マノン・レスコー」、グルック 歌劇 「オルフェオ」 から 「精霊の踊り」 など