クンピ・アナン (kumpi anan)


 オランダの考古学者R・ホリス博士編『バリ碑文集』第2巻収録の語彙集によれば、クンピ(kumpi)は「長老」「集団や組織の長」を意味する称号である。アナン(Anan)については言及しないが、大文字で書き始めているところから固有名詞と考えられている。

 バリの考古学では、スカワナ碑文から33年後、西暦915年に布告されたスロコダン碑文(碑文集No.101)に登場するウグラセーナーをもって最古の王名とするのが定説であるから、アナンはこの王勅を布告した王の名ではない。
 最近では、サヌールのプラ・ブランジョン寺境内にある所謂サヌール石柱(同No.103)の日付が、従来の917年から913年に修正されており、この石柱に登場するケーサリワルマン(シュリー・ケーサリワルマデーワ)の方が古いとする説が有力である。

 現代バリ語で、クンピは「曾祖父母」または「曾孫」に対する呼称である。バリへ行かれた方は、年配者に「クンピアン」とか「コンピアン」と呼ばれる人がいるのをご存知だろう。
 ローカルな例だが、グヌン・サリ舞踊団の舞踊家で、バリスの名手アノム氏のお父上は、多分「ウブッドで最も有名な」コンピアンである。

 一般にバリでは、同居家族内の最年少者を基準に家族の呼称(呼び名)が決まる慣わしがある。例えば、妻の両親(祖父母)と同居する夫婦と子供(孫)のいる家族を想定しよう。
 バリでは、孫の名がリンとすると、家族だけでなく、親しい間柄でも「リンのお祖父さん」などと呼ぶのである。日本でも、孫のいる父母に対し、孫の親たちも「お祖父ちゃん」とか「お祖母ちゃん」と呼ぶことがある。しかし、後述する理由から、基準となる人物(例えばリン)は幼児でなければならない。

 他方、バリは階級社会が厳然と残っているから、常に自分と他人との地位関係(階位)を認証する必要がある。それが称号である。称号というと、僧侶階級のイダ・バグスとか王家のアナック・アグンなどを連想するが、コンピアンなどの呼称も立派な称号である。
 例えば、バリにいる友人を何と呼んでいますか。若い人なら、おそらく、プトラとか、オカ、ラカ、ライ、アノムとか、ワヤン、ニョマン、マデ、クトゥとかで事足りてしまうのではないでしょうか。これらは出生順位に基づく称号の一種である。幼児を除き、本名を名乗るような特殊な場合はごく稀で、普段は称号で呼び合っていることになる。

 私はアノム家の家族構成に詳しくないので確実ではないが、この場合はアノム氏の兄姉に孫がおり、件のコンピアン氏は、その子の曾祖父に当たる。と同時に、コンピアン氏の曾孫もコンピアンと呼ばれる。
 ちなみに、アノムは「末っ子」(実際には第4子、第8子、・・・)という意味で、貴族の家柄の男女に対する呼称である。庶民の場合はクトゥと呼ばれる。

 話が脇にそれてしまったが、スカワナ碑文のクンピは「長老」「始祖」を意味する称号である。次のアナンは「土盛りした土地」「森を開いた土地」すなわち開墾地という意味がある(I W.Simpen, Kamus Bahasa Bali, Denpasar: 1983:14)ことから、クンピ・アナンとは、現在キンタ・マニと呼ばれる地域を開拓した人物を指す語ということになる。

 <読書案内>

  • Bernet Kempers, A.J., Monumental Bali, Berkeley: Peripuls Editions, 1991, pp.97-99.
    <本書は、バリ考古学の入門書です。文献目録付>

  • Goris, R., Prasasti Bali, Bandung: Masa Baru, 1954, Vol.I, pp.64-65 (No.103).
    <サヌール・ブランジョン石柱のローマ字転写。本書は、バリ碑文集です>

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NISHIMURA Yoshinori@Pustaka Bali Pusaka,1998-2000.