プラサスティ (Prasasti)


 近代以前のバリの歴史を知るには、乾燥させたロンタル椰子の葉にペンで刻み込んだロンタル文書を読む方法と、石版や銅版、石像の光背に刻まれた碑文を解読する方法があります。

 高温多湿のバリでは、ロンタルや紙は保存に適しておらず、19世紀の写本(原本を筆写したもの)でもたいへん貴重な資料です。もちろん、古い本を何回も筆写し直して現代に伝わっているのですが、筆写を重ねる過程で書き損じたり、故意に内容が変えられてしまう可能性があります。

 それに対し、碑文はロンタルとは比較にならないほど長期間保存がききます。古代の為政者もそれを信じ、王の威信と国の繁栄を後世に残すことを碑文に託しました。

 面白いのは、983年までは古代バリ語で書かれていたのが、次の989年の碑文ではバリ語に古ジャワ語が混じるようになり、1069年からは古ジャワ語のみで書かれるようになりました。
 989年は、ジャワの王女マヘンドラダッタと結婚したウダヤナ王が即位した年に当たります。古代バリの絶頂期を創った王様も奥様には頭が上がらなかったのかもしれません。

 ちなみに、マヘンドラダッタ女王(彼女は必ず夫君よりも前に名前が書かれているところにも、ジャワとバリの力関係が反映されています)は、有名な魔女チャノナラン(ドゥルゴ女神)のモデルとされています。後にチャノナランは、バロンと闘うランダと同一視されるようになりました。

 話が脱線してしまいましたので、最後に珍しい碑文をご紹介しましょう。
 914年に建立され、二つの異なる言語と文字で刻まれた「バリのロゼッタ・ストーン」ともいえる石柱(高さ177cm、直径62cm)が、サヌール南方のプラ・ブランジョン(Pura Blangjong)というお寺の境内にあります。
 奇妙にも、古代バリ語文には南インド系の前ナーガリー文字、サンスクリット語(梵語)文には古代バリ文字が使用されています。

 この謎に挑戦しようと思われる方は、ぜひブランジョン寺を訪れてください。ただ、埋没した石柱の周囲に溝を掘り柵で囲ってあるので、近くで見られないのが残念です。

 <読書案内>

  • Bernet Kempers, A.J., Monumental Bali, Berkeley: Peripuls Editions, 1991, pp.97-99.
    <本書は、バリ考古学の入門書です。文献目録付>

  • Goris, R., Prasasti Bali, Bandung: Masa Baru, 1954, Vol.I, pp.64-65 (No.103).
    <サヌール・ブランジョン石柱のローマ字転写。本書は、バリ碑文集です>

ブックリストへリンクボタンのアイコンですバリの古代碑文に関する読書案内です


戻る


Created by
NISHIMURA Yoshinori@Pustaka Bali Pusaka,1998-2000.