●ドクター・ジョンのニュー・オーリンズ音楽絵巻

僕がロックを聴き始めて、その魅力にハマリだした当初、一番よく聴いていたのはなんと
いってもビートルズであった。ビートルズをあまり聴いていない友人は、ストーンズを聴
いていた。そしてジミヘンにズッポリとハマリ、さらにベック、ペイジ、クラプトンの三
大ギタリストからブリティッシュ・ロックの深い森に入っていき、そうこうしているうち
に怒涛のクロスオーヴァー旋風がやってきて、一速とびにジャズに行ってしまった。僕と
同世代のロック好きで、自分でも楽器をやっていた人間というのは、概ねそのような流れ
だったのではないかと思う。それ以外のやつは、南こうせつ、風、アリスに熱をあげてい
たはずだ。全国的に調べたわけではないが、まわりの同世代の人と話してみても、おおよ
そ同じ様な体験をしてきている。そのような特徴がある僕の世代であるが、よほどの音楽
好きでもドクター・ジョンを聴いていたというやつには未だかつて会ったことがない。

ドクター・ジョンことマック・レベナックが1972年に出した、『ガンボ』というアルバム
がある。細野晴臣や大瀧詠一といったミュージシャンの作品に大きな影響を与え、80年代
にミュージック・ヴィデオを紹介していた「ポッパーズMTV」のキャスターだったピー
ター・バラカンは「ボクの音楽人生で最重要アルバム10枚に入るアルバム」とまで言って
いる。僕には、これがわからなかった。何回も『ガンボ』を聴いたのだが、何故そこまで
みんながこのアルバムを持ち上げるのかがさっぱりわからなかったのだ。リンゴ・スター
のオール・スター・バンドで来日した際のドクター・ジョンのステージを実際にみても、
やはりわからない(確か『ガンボ』から《アイコ・アイコ》を歌った)。ブリティッシュ
・ロック中心に聴いてきた耳には、ドクター・ジョンの音楽にどう対処してよいかわから
なかったのだ。

ひとことで言うと『ガンボ』は、ドクター・ジョンによる音付きのニュー・オーリンズ音
楽絵巻である。ニュー・オーリンズの音楽と言うと、ルイ・アームストロングに代表され
るようなジャズだけだと思っている人がいまでもいるが、ファッツ・ドミノやリトル・リ
チャードに代表されるブギウギをルーツに持つロックンロール、ミーターズに代表される
ニュー・オーリンズ・ファンクといった多彩なスタイルがあるのである。このサイトのエ
ッセイでも、ニュー・オーリンズの音楽の多彩さについて2003年に一度書いている。何を
隠そう、僕だってニュー・オーリンズの音楽の多彩さに気がつきはじめたのは、ロックの
ルーツ・ミュージックを意識的に聴き始めたここ10年くらいの話なのだ。そうやって何回
も『ガンボ』を聴くうちに、ようやくドクター・ジョンがこのアルバムで何をやりたかっ
たのか、皆が何を凄いと思っていたのかがわかるようになったのである。

ドクター・ジョンが『ガンボ』でやっているのは、ロックンロールのルーツ・ミュージッ
クの一つである主に50年代から60年代初期のニューオーリンズR&Bのカヴァーである。
ドクター・ジョン自身がニュー・オーリンズでミュージシャン人生をスタートさせている
ようなので、『ガンボ』は彼自身のルーツ・ミュージックへの旅でもある。アルバムに収
録された各曲には、ドクター・ジョンによる丁寧な解説までついている。つまりドクター
・ジョンは、僕のようにロック好きなのにニュー・オーリンズの音楽について何も知らな
い人たちに対して、ロックのルーツでもあり自分自身のルーツ・ミュージックでもあるニ
ュー・オーリンズのR&Bをもっと知ってもらいたかったのだ。細野晴臣は「(このアル
バムの音楽は)謎解き」と語り、ピーター・バラカンもその著書の中で「素場らしい世界
が一気に開けていった」と語っている。みんな、同じだったのだ。

アルバムの各曲に込められた情報量は、物凄い量である。ニュー・オーリンズ独特のシン
コペートしたリズムを決めるドラムスや、はねあがるブラス・セクションは凄い。ドクタ
ー・ジョン自身のピアノも、ニュー・オーリンズの全ピアニストの父的存在であるプロフ
ェッサー・ロングヘアーのカヴァー《ティピティーナ》など見事な演奏だ。全体的に殆ど
の曲が、ニュー・オーリンズR&Bを代表する一人で、このアルバムでも多くの曲がカヴ
ァーされているヒューイ・”ピアノ”・スミス&ザ・クラウンズの1957年のヒット《ロッ
キン・ニューモニア・ブギ・ウギ・フルー》(大瀧詠一は、渡米した際にこの曲をライヴ
で聴いて「びっくらこいた」と語っている)のようなブギ・ウギ・ジャンプ・バンドのよ
うな演奏だ。ロックと自らのルーツに対し多大なる敬意をもって作られたこのアルバムの
音楽は、確かに生涯をかけて謎解きをしていけるくらいの面白さが潜んでいるのである。

『 Gumbo 』( Dr.John )
cover



1.Iko Iko, 2.Blow Wind Blow, 3.Big Chief, 4.Somebody Changed the Lock, 
5.Mess Around, 6.Let the Good Times Roll, 7.Junko Partner, 8.Stack-a-Lee, 
9.Tipitina, 10.Those Lonely Lonely Nights, 
11.Huey Smith Medley: High Blood Pressure/Don't You Just Know It/
Well I'll Be John Brown, 12.Little Liza Jane  

Dr.John(vo,p,elg on 6), 
Ken Kilmak(g), Alivin Robinson(g,cho), Ronnie Barron(p,elp,org,cho)
Jimmy Calhoun(elb), Freddie Staehle(ds), Richard "Didimus" Washington(per),
Melvin Lastie(cor), Sidney George(sax, harmonica on 6), Lee Allen(sax), 
David Lastie(sax), Moe Bechamin(sax,cho), 
Harold Basttiste(sax,cl), Streamline(tb on 4), 
Shirley Goodman(cho), Tami Lnn(cho), Robbie Montgomery(cho), Jessy Smith(cho)

Released  : 1972
Produced  : Jerry Wexler & Harold Basttiste
Label     : Atco
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