●ヴィレッジ・バンガードの夜/ソニー・ロリンズ

アルバムの冒頭、客のざわめくノイズがライブ録音の臨場感を醸し出すと、ドラムスのエ
ルビン・ジョーンズとウィルバー・ウェアのベースがビートを刻みはじめる。コードを弾
くピアノ等の楽器は存在しない。耳を傾けるこちら側にも、幾許かの緊張がはしる。「恋
人達のバラッド/ベスト・オブ・ジャズ」的な雰囲気などどこにもない。そこにロリンズ
の、ブットいサックスのサウンドが飛び込んでくる。あたり一面、ニューヨークのホンモ
ノのジャズクラブの雰囲気が広がる。
このソニー・ロリンズがヴィレッジ・バンガードというジャズクラブで録音したアルバム
は、確か最初に買ったブルーノートのアルバムである。テナー・サックスとベースとドラ
ムスのみという刺激的な編成のこのアルバムは、ソニー・ロリンズというサックス奏者の
最高傑作だと思っている。アルバムとしての構成が見事なうえ、演奏が全て名演ときてい
る。まさにマジックであるが、このマジックはプロデューサーのアルフレッド・ライオン
によって意図的に作られたものである。後年、このときのアウト・テイクが陽の目を見る
が、アルバム3枚分にもわたるボリュームであった。その中から選りすぐりの演奏を1枚
にまとめているのだから、傑作になるべくしてなったといえる。それだけではなくこの時
代のロリンズは、演奏者としてのピークを迎えていた。その演奏は一言で言うと自由闊達
であり、音符のタイム感覚なども自在となっている。そのような演奏を行うようになった
ロリンズにとって、もはやコード楽器の弾く和音というのは自分の演奏の自由を妨げるも
のでしかなかった。実際、アルバムの冒頭を飾るオープニングナンバー《オールド・デヴ
ィル・ムーン》に、コード楽器の入り込む余地は無い。コードの入らないその自由な即興
演奏は、クリームやレッド・ツェッペリンといったギター、ベース、ドラムスの3人編成
によるロックの即興演奏が好きな人なんかも、きっと気に入るのではないかと思う。ジャ
ズの弾きまくり系のギタリスト(例えばパット・マルティーノ等)も、このアルバムの大
きな影響を受けているのではないか。僕自身、ギター、ベース、ドラムのパワートリオ編
成で、この《オールド・デビル・ムーン》を演奏してみたいと強く思うのである。その他
にも、ミディアムテンポのハーマンシュタインU世の名曲《朝日の如くさわやかに》、ロ
リンズのオリジナル・ブルースで我が師である中山康樹さんがいうところの”関西弁のロ
リンズ”が炸裂する《ソニームーン・フォー・ツー》など、ごりごりの即興演奏が盛りだ
くさんのアルバムである。
最近では1年に1回くらいは必ず、新聞の片隅に”ジャズ最後の巨人”とかいうキャッチ
・コピーで来日コンサートの紹介がされているロリンズ。そのソニー・ロリンズという人
のアルバムを1枚といわれたら、僕は文句なくこのアルバムをお薦めする。