急性腎不全

急性腎不全(acute ranal failure:ARF)とは   
腎機能(GFR)が数時間―数週間の単位で急速に低下し,高窒素血症とそれによる尿毒症症状(食欲低下,吐き気,中枢神経症状など),水・Na貯留による肺水腫,浮腫,高血圧,高K血症による不整脈,代謝性アシドーシスなどをきたす症候群である。乏尿とは結果的に腎機能低下を生じる程度に減少した尿量の状態。体格の大小により差はあるが普通の成人で1日400-500ml(20ml/hr)以下である。この場合腎の濃縮力を最大にしても1日に必要な溶質の排泄が不可能となる。当然ながら老人のごとく濃縮力低下があるときにはこの尿量では不十分で、さらに多くの尿量を要する。無尿とは普通1日50-100ml(5ml/hr)以下の場合である。

臨床検査:  @尿:BUN、尿酸、クレアチニン、Na、K、Cl、Ca、P、NAG、B2-microglobulin、蛋白、糖、沈渣、比重、浸透圧、pH。  A生化学:BUN、尿酸、クレアチニン、Na、K、Cl、Ca、P、B2-microglobulin、肝機能、コレステロール、総蛋白、ミオグロブリン、浸透圧、免疫グロブリン、補体、ASLO、抗核抗体、抗基底膜抗体、リンパ球刺激テスト、赤血球数、赤血球像、白血球数、白血球像、血小板数、ヘマトクリット値、FDP、フィブリノーゲン、血沈、APTT、ATV。  B腎尿路画像診断:単純X線、超音波、CT、DIP、血管造影、逆行性尿路造影、シンチグラム。  C腎生検:特に急性腎不全の原因疾患を追求する場合。  D胸部X線、ECG、眼底、心超音波、中心静脈圧。

診 断: 慢性腎不全との鑑別: @既往歴に蛋白尿や高血圧を指摘されたことがあるかを確める。 A超音波検査やX線像で腎臓の大きさを調べて腎臓が小さければ慢性腎不全,正常かやや大きければ急性腎不全を考える。

1.腎前性腎不全(腎前性高尿酸血症):  循環血 量の減少…脱水、大出血、熱傷、腹膜炎。  血圧下降、循環虚脱…敗血症、心筋梗塞、心タンポナーゼ、うっ血性心不全。  
@脱水:老人、発熱、食事摂取不能、下痢、嘔吐、利尿剤服用等の脱水をきたす恐れのある病歴を有する。皮膚の乾燥、turgorの低下、頻脈、血圧降下、ヘマトクリット上昇、尿比重上昇、心陰影縮小、中心静脈圧低下等の所見がある。補液により尿量が得られ腎不全は速やかに回復する.  
A大量出血、敗血症によるショック:それぞれの状況からこれらの確認は容易である。外傷の場合の出血老人で無熱の場合の敗血症性ショックを見落とさぬようにする。前者では著明な貧血、後者では血液培養陽性を確認する。  
B心不全:これには急性心筋梗塞、心タンポナーゼ、うっ血性心不全等があるが、いずれも特徴的な心不全徴候。すなわち起坐呼吸、チアノーゼ、浮腫等がみられる。胸部X線で心陰影拡大、胸水貯留、肺うっ血像、中心静脈圧上昇、心超音波所見等から診断される。

2.腎性腎不全:  急性尿細管壊死…虚血−腎前性腎不全からの移行。  中毒−薬物(抗生剤、抗癌剤、消炎鎮痛剤、農薬)、造影剤、重金属、ミオグロブリン。  急性間質性腎炎…薬剤、細菌感染アレルギー。  急性糸球体障害…急性糸球体腎炎、その他の胃炎、SLE、PN、溶血性尿毒症症候群、           Good pasture症候群、血清病。  DIC  
@腎前性腎不全からの移行:脱水、ショック等の腎前性腎不全に始まっても、それが程度が高くかつ長引くと腎組織に虚血性の障害を生じ、最も弱い尿細管が急性尿細管壊死(ATN)の状態となり腎性腎不全に移行する。腎前性のうちは高値だった尿比重、尿浸透圧は1,010,300mOs/kg程度と低下する。尿中Na排泄は20mEq/l以上と増加する。Na fractional excretion(FENa)は腎前性に比し高い。腎不全となれば補液や利尿剤には反応しない。  
A薬物中毒による急性尿細管壊死:抗生剤、抗癌剤、造影剤、農薬、重金属等による中毒性の腎障害は多く急性尿細管壊死の型で腎不全を呈する。毒性をもつものの過量投与、あるいは複数の併用時、脱水の存在するとき、利尿剤と併用されているとき、老人、腎機能障害例などでよくみられる。特殊な場合として、外傷、激しい運動後などにみられるミオグリブリン血症も尿細管を障害して腎不全となることがある  
B急性間質性腎炎:ペニシリン、サルファ剤、消炎鎮痛剤を始め種種の薬剤でアレルギー機序から間質性腎炎をきたし急性腎不全となる。また腎盂腎炎のごとき細菌感染の結果、二次的にアレルギー反応が強くでる可能性もある。普通尿量は大きく変化しない程度である。発熱、関節痛、発疹、好酸球増多等が見られる。薬剤であれば中止し経過を観察し、原因と思われる薬剤で、リンパ球刺激テスト、皮膚テストを行う。ステロイド投与に反応して腎障害が改善、回復すれば傍証となる。再投与で確かめることができれば決定する。  
C糸球体腎炎、各種の腎障害:典型的な急性糸球体腎炎では潜伏期をもつ特有の病歴と補体値の低下、ASO値上昇等の所見から診断は容易である。SLE、PN、Goodpasture症候群、溶血性尿毒症症候群、血清病なども含まれる。これらの疾患では無尿に至ることは比較的少ない。診断はいずれも特徴ある臨床症状、検査所見から容易である。いかなる疾患が原因でも人工透析後のごとく末期になれば乏尿、無尿となり、さらにまったく0となる。  
DDIC:広範に腎の細小動脈が閉号した場合例えばDICが腎に及ぶと乏尿、無尿となる。臨床症状、血液凝固系検査所見(血小板減少、FDP増加、フィブリノーゲン減少)がみられる。実際の臨床の場では腎不全をDIC起因と診断するのは比較的困難である。なぜならばこのような例は通常細菌性、出血性、心原性ショック等の病態も有し、腎前性腎不全や急性尿細管壊死も多いからである

3.腎後性腎不全 1.下部尿路閉塞…前立腺拡大、尿道腫瘍、外傷。 下部尿路が閉塞した場合でこれらでは排尿困難や症痛、血尿、膿尿等の尿所見が認められる。尿路造影で閉塞の有無、部位を確認する。 2.上部尿路閉塞…尿管結石、尿管腫瘍、腹部悪性腫瘍の浸潤、圧迫、後腹膜線維症。 通常尿管は両側にあるので尿量の異常は双方の尿管とも閉塞の場合にみられる。もともと片腎の場合、結石の症痛などで反射的に他側に影響を及ぼす場合には1側の閉塞でも起こり得る。悪性腫瘍例などで尿が全く0となった場合は腎後性の閉塞が想い浮かべば診断は容易である。超音波、CT等で腎盂の拡大を診断する。腎不全は経皮的腎術で簡単に回復する。 [ 鑑別のポイント ] @尿量の非連続的な変化(乏尿や無尿になったり,時に多尿になったり)がみられる。 A超音波検査やCT検査で両側腎盂や尿管の拡大があれば腎後性急性腎不全を疑う。 [ 鑑別のポイント ]  
@尿量は腎前性の場合では腎性腎不全に至った場合よりやや多く、腎後性の場合は数日の間でも増減し変化に富む、などの特徴もあるが決定的なものではない。しかし尿量が完全に0mlのときは、腎後性腎不全が最も考えられる(腎前性、腎性の腎不全ではわずかながらも尿量は認められる)。この際はエコーで膀胱内の尿を確認するか、膀胱カテーテルを入れ尿道閉寒を否定する。膀胱に尿が全く得られない場合は両側の尿管閉寒を考える。  
A脱水、ショック、心不全:これらの徴候がみられれば腎前性の腎不全をまず考える。健常者にても血圧が収縮期70〜80mmHg以下では腎の有効な潅流圧が得られないが、老人や動脈硬化を有する例、すでに腎機能が低下している例ではこの値より軽度の血圧降下でも容易に尿量の減少をきたし腎不全となる。  
B薬物の投与:腎障害をきたすことが知られている薬物で投与量が疑われる場合、また発熱、発疹等の出現で薬物アレルギーが疑われる場合の二つがある。前者では中毒性の腎障害で急性尿細管壊死(ATN:acutu tubular necrosis)であり、後者はアレルギー性の急性間質性腎炎のため腎不全である。一般に後者の腎不全は急性の無尿とまでは至らない。 
C各種糸球体腎炎、各種疾患に伴う腎障害(特に謬原病)、DIC:これらの場合はそれぞれの疾患に特有の臨床症状がみられる。  
D泌尿器科的尿路の閉塞:この場合は尿量の異常の他に排尿困難、疼痛、血尿等尿所見異常、などの症状、所見が先行または併存している。

鑑別疾患: 腎前性 腎 性 腎 後 性 初期 乏尿期 非乏尿期 初期 慢性期 UV(ml/day) <400-500 不定 <400 >400 不定 不定 Uosm >500 >350 <350 <350 >500 <350 U/Posm >1.5-2.0 >1.1 <1.1 <1.1 1.1-1.5 1.1-1.5 U/PCr >20-30 10-20 <20 <20 >10 <10 UNa <20 20-50 >50-60 >40-50 <20 <40 FENa(%) <1 >1-2 >1 >1 <1 >1 U/PBUN >5-10 ? <5-10 ? ? ? BUN/Cr >15 不定 10 不定 不定 不定 治 療   [ 腎前性腎不全 ](マンニトール・ラシックス試験で利尿がついたとき、または脱水が確認されたとき)      1.CVP10cmH2O(またはPCWP10mmHg)前後を目標に補液を行う。 処方例:ソリタT1 500ml/1-2 hr         2.この際、電解質異常、酸塩基平衡の異常に注意し必要に応じて補正する。      3.純粋な腎前性腎不全はこれで治癒するが、元々慢性腎不全の準備状態だったものに腎前性腎不全が重なった場合は治療に難渋することが多い。 [ 腎性腎不全 ]     基本は、原因を除去し、代謝異常を最小限にして、合併症を管理しながら腎機能の回復を待つ。    1.原因の除去、 a)薬剤性の頻度がかなり高いので、原因と思われる薬剤が投与されているときには(可能な限り)中止する。 b)全身性疾患が基礎にあるときは、原疾患の治療を行う。     c)免疫学的機序が考えられる薬剤性間質性腎炎の場合、ステロイドが使用されることがあるが効果については賛否両論がある。       処方例)プレドニン   20〜30mg/日 または  ソルメドロール 1000mg/日×3日間    2.利尿剤の投与     ラシックス 1回40〜100mg 静注(数回繰り返してよい)      注)初期にのみ使用。      注)利尿が得られないときには、漫然と投与し続けない。  3.高カリウム血症の補正     a)ケイキサレート30g+(ソルビトール30g)+微温湯100ml  1回注腸     b)50%グル40ml+ヒューマリンR 5単位 1回静注(約5分で)     c)メイロン 40ml 1回静注     d)塩化カルシウム 1A(20ml) 1回ゆっくり静注      注)K≧7mEq/ では a) b) c) を行う。d)はゆっくり投与しないと心停止の恐れがあるので慎重に!      注)K=6〜7mEq/ では、まず a)を行い、アミュ−の投与を併用。      注)上記にて6mEq/ 以上が持続するときは血液透析を考慮。 4.アシド−シスの補正: メイロン=投与量の目安=細胞外液量(体重 kg×0.2)×BE(mEq/l)×1/2(ml) 点滴静注(1〜2時間で) または            メイロン=体重×2(ml)     注)pH<7.3で補正を行う。       注)メイロンは1mlあたり約0.8mEqのNaを含有する。 メイロン(大塚):注:7%20・50・250mL P注:7%20mL 84注:8.4%20・50・250mL、高Na血症や高浸透圧血症に注意する. 注)進行するアシド−シスが持続するときは血液透析を考慮する。   5.水分管理     a) 絶食     b) 投与水分量=予想尿量(=前日尿量)+500ml     c) 溢水状態にある時(CVP>15cmH2OまたはPCWP>20mmHg)は、 血液透析を考慮する。    6.高カロリー輸液と必須アミノ酸の投与 a) 50%グルコース 500ml ネオアミュー200ml ヒュ−マリンR 20−32U を1単位とし、中心静脈より、1日1〜3単位持続点滴。 b)ネオアミューは必須アミノ酸製剤で、100ml中に0.9gの窒素(N) を含有する。 c)熱量(Cal)/投与窒素量(g)>600で、尿素窒素再利用効果が 期待できる。     d)アルブミンの投与で意外に投与N量が増えることがあるので注意。    e)インスリンの量は少なめで開始し、スライディングスケ−ルにて微調整 を行いながら、混注する量を補正していく。    f)本療法には、GIの効果があり血清K値は低下する。    g)必要に応じて10%NaCl、KClを混注する。投与量は前日尿中に排泄された量を目安とする。       [参考]10%NaCl:10ml= NaCl 17mEq      KCl:10ml= KCl 10mEq h)電解質投与量を決定するときには、抗生剤、メイロンなどを投与するときに入る量も計算に入れておく。 i)腎不全の輸液は細心の配慮をもって!! 7.合併症の予防と治療     a)消化管出血      1)出血性胃炎、出血性潰瘍の合併頻度が高い。      2)予防:アルロイドG 60ml 3x  経口投与不能の時は、ガスタ−20mg 静注(1日2回)      3)治療:アルロイドG 80ml 4× および ガスター 20mg 静注(1日2回) など     b)心不全・肺水腫  緊急血液透析による除水。     c)尿毒症性脳症      1)痙攣、意識障害(無関心・記銘力低下・集中力低下などから始まる)などの症状がみられたら本症を疑う。      2)BUN 60mg/dl以上の時には本症の可能性あり。      3)次項の薬剤性脳症との鑑別が問題となる。      4)治療:血液透析、短時間頻回に!(例:1回1時間、1日3回)     d)薬剤性脳症      1)排泄遅延、腎不全による薬剤の蛋白結合率低下の2つの理由により副作用の出現頻度が高くなる。      2)肝排泄型の薬剤でも本症を起こし得るので注意!      3)起こし易い薬剤:βラクタム剤、新キノロン剤、H2ブロッカー。      4)症状:傾眠、昏迷、幻覚、痙攣、不随意運動など。      5)治療:原因薬剤の中止。中止後36時間以内に改善がなければ透析。     e)貧血           イ)溢水のあるときは希釈による影響を考慮。              8.血液透析の適応     a)次のいずれかがあるときは、血液透析を考慮する。      1)尿毒症症状があるとき。      2)除水が必要なとき(溢水状態の持続・心不全・肺水腫)。      3)電解質の補正が困難の時(K>6mEqが持続)。      4)アシド−シスが持続、進行するとき(BE<−10)。      5)発症後72時間を経過しても、利尿がつかないとき。      6)肝不全の合併のあるとき。 7)慢性腎不全を基礎にして発症し代償期への回復の見込みが無いとき。     b)BUN、クレアチニンの値には慢性腎不全の時の様な明らかな適応基準はない。諸家によりBUN 60〜130mg/dl以上とまちまちであるが、一応、BUN 100mg/dl前後が1つの目安と考える。   注)最近は比較的早い段階で透析をした方が腎予後がいいという報告がある。           

3)腎性腎不全利尿期   
1.利尿期の病態的特徴 a)尿量が多い割に、尿細管による濃縮希釈能力の回復が不完全。     b)補液の電解質組成、浸透圧とは無関係に、ほぼ一定の電解質組成を有する尿が出る。 c)不適当な輸液を行うと、容易に電解質の致命的な異常や著しい脱水を生じる!   
2.利尿期の輸液療法の基本理念     [Replacement]= 尿中に排泄された水電解質を補充する。   
3.利尿期の輸液療法の実際     a) 補液総量の決定       前日尿量+不感蒸泄(患者の状態により300〜700ml)         または最近数時間の平均時間尿量から1時間の補液量を決定。     b) 投与総Na・K量の決定       前日の1日排泄量(一部尿の電解質組成より計算)を基準に、血清の値を考慮して増減する。   c) 1日の投与総量を決定してから補液のメニューを組み立てる。   4)腎後性腎不全     原因の除去につきる。それが不能な場合は、腎性腎不全の治療に準じる。

[参考1]尿細管間質性疾患(TID)を起こし得る薬剤 1) 抗生剤:アミノグリコシド、βラクタム剤、ST合剤、ミノサイクリン、リファンピシン、エタンブトール、INH、アンフォテリシンBなど。 2) 抗炎症剤:インドメサシン、フェノプロフェン、サリチル酸塩など   3) 利尿剤:クロロサイアザイド、フロセミド、トリアムテレンなど   4) 抗痙攣剤:フェノバルビタール、フェニトイン、カルバマゼピンなど   5) その他:ペニシラミン、マンニトール、デキストラン、造影剤、アロプリノール、ワーファリン、アザチオプリン、クロフィブレート、プロプラノロール、シメチジン、金、ビスマス、リチウム  

Clinical Evidence