2006年4月25日
松本市長 菅谷 昭 殿
長野県知事 田中 康夫 殿
環境省長野自然環境事務所長 岡本 光之 殿
国土交通省松本砂防事務所長 今井 一之 殿
                     
長野県自然保護連盟会長 町田 和信
                        上高地調査委員長 中島 嘉尚

上高地・冬季の自然保護と利用に関する要請書(提言)

 
 昨今、上高地に通じる新釜トンネルの開通に伴い、冬期間を通した上高地の通年観光が行われるのではないかとの懸念が生じています。またそれとも関連して、通年観光にむけた上高地への登山鉄道建設構想も、取りざたされています。
 現在の状況でも過剰ユースが問題になり、上高地の自然環境への影響が心配されています。冬期間に多くの観光客が入らないことは、上高地の自然環境の養生と保全・回復に大きな役割を果たしているものと考えられます。当連盟としては、現状においてすら自然環境への負荷は増大しており、これに対する対策が必要であると認識しています。少なくともこれ以上、上高地の自然環境に影響を与える行為は避けるべきであります。
 つきましては、当連盟の上高地冬季調査報告など<別紙の添付資料1〜3>に基づいて、次の提言を要請いたしますので、至急に文書でご回答ください。



1. 日本の山岳を代表する優れた自然と景観を有する上高地は、自然公園法(注1)などにより「自然の風景地と動植物の多様性の保護及び適正な利用」が規定されています。その観点から上高地の通年観光を行わないでください。

2. 冬季の通行止めやマイカー規制、観光バス規制はこれまで通り継続してください。
 また通年での上高地の適正利用者数を自然環境や生態系、景観などに与える影響を輸送手段や宿泊施設などの社会基盤などとともに総合的、科学的に評価検討して、必要ならば冬季も含めた「利用調整地区」(注2)として指定も検討してください。

3. 冬季も含めた上高地の自然や景観の保全については、広く国民的合意を得るためにも、観光客や登山者への自然保護学習と啓発活動を徹底してください。

4. 上高地への冬季入山は、気候の変化や積雪などでいつ遭難が起こってもおかしくない状況にあります。中高年の登山ブームや新釜トンネルができたことによる安易なツアーやハイキングは、遭難の恐れもありますので、登山届の提出徹底や指導などをするべきであります。

5. 砂防工事の必要性について、将来的な上高地の自然環境や利用をかんがみて、工事そのものの是非について検討してください。なお冬季に上高地で当面行なわれる砂防工事は、工事そのものや騒音が動植物に与える影響を最小限にするように配慮してください。

6. 砂防工事の目的の一つとされている諸施設の防災については、上高地の自然を保護する総合的な見地から、再配置について長期計画の下で検討してください。必要な各施設も必ず改築・新設を迎えます。そうした時期に再配置と見直しを順次実行するのは不可能な計画ではありません。

7. 登山鉄道は経費の問題、工事による環境への影響、国立公園としての上高地の本来利用などを考えて、建設するべきではありません。(別紙の添付資料3 参照)

以上
(注1)
「国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者は、環境基本法第3条から第5条までに定める環境の保全についての基本理念にのっとり、優れた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において務めなければならない」

「国及び地方公共団体は、自然公園に生息し、または生育する動植物の保護が自然公園の風景の保護に重要であることにかんがみ、自然公園における生態系の多様性の確保を旨として、自然公園の風景の保護に関する施策を講ずるものとする」
(自然公園法第3条、2002年改正)

(注2)
「当該公園の風致または景観に維持とその適正な利用を図るため、特に必要があるときは、公園計画に基づいて、特別地域内に利用調整地区を指定することができ、利用調整地区に指定された地域については、一定の場合を除いて立ち入りが禁止される」
(自然公園法第15条、2002年改正)



長野県自然保護連盟 連絡先  
             〒381-2233 長野市川中島町上氷鉋1332-1(関設計内)
              TEL 026-284-5545 (080-5145-4966)
              FAX 026-284-6431
              Email s.sekkei@grn.janis.or.jp


<添付資料 1>第4回山岳科学フォーラム「未来に引き継ぐ日本アルプスの自然」
(2006.3.11・松本市)における主な意見 /長野県自然保護連盟理事 望月 良男

●Qさん(ホテルA)
・建設費は約400億円かかるが、あと10年以内に登山鉄道を必ず実現したい。
・観光バスの乗り入れ禁止によって日帰り客が大幅に減った。シャトルバスが高いのでバスツアーが減ったのが原因である。また旅館業者は儲けているというが昨年は赤字だった。
・冬季利用に関してはお客様の安全を重視して行いたい。
●冬季利用に関しての発言には、小さなざわめきのようなブーイングが聞こえた。
●Pさん(B山荘)
・新村橋くらいまで、入山者を車で送って行き、歩いて帰ってくる(ツアーガイドとする)体制がつくれないか。誰でも利用できるということでなくても実現したい。
●Oさん(C山荘)
・もし登山鉄道を作るなら、終着駅は帝国ホテル止まりにすべきである。
●Nさん(D大学教授)
・冬の上高地こそ利用調整地区に指定すべきである。今の内ならまだ冬の規制が可能である。
●Mさん(Eパークガイド)
・冬は静かな上高地が帰ってくる。そのため開放はすべきではなく、登山鉄道は作るべきでない。
・冬季利用には反対、雪のためどこへでも入り込めてしまう、トイレも使えない。雪の上を歩いても自然への負荷があるということへの知識が必要である。
●Lさん(F大学教授)
・冬の上高地は登山者の世界である。
・自然に負荷をかけずに楽しんでいただくためには、時間的、エリア的な分散が必要である。
●Kさん(G大学教授)
・冬の上高地の入山体制と登山鉄道の建設は、上高地の利用者増につながるのではないだろうか。
●Iさん
・ほっておいても勝手に入山してきてしまう、どう対処したらいいのか。
●冬季利用についてもすべての旅館が営業することは不可能で採算が合わないだろう。
●上高地は冬山であり安全の確保は難しく、何よりも冬は静かな上高地にしておくべき。
                                   以上
(参考)
★ 上高地観光アソシエーション(上高地の旅館や関連企業などで構成)のホームページに「登山鉄道計画が進められています」と記されています。
「安房トンネルの開通と共に益々国道158号線の交通量と上高地への観光客が多くなってきたのにともない、上高地への新たな交通手段として沢渡から上高地まで、トンネルによる登山鉄道計画が進められています。」
<添付資料 2>上高地・冬季の自然状況と利用に関する調査(2006.3.21)報告
                             長野県自然保護連盟
「調査計画書」
目的:上高地の冬季における自然と利用状況の調査

主催:長野県自然保護連盟
調査委員会
調査委員長:中島嘉尚(長野県自然保護連盟理事・弁護士)
副委員長 :渡辺隆一(長野県自然保護連盟副会長・信大教育学部教授)
事務局長 :関 昌憲(長野県自然保護連盟理事長)
  委員 :望月良男、小林重夫、杉田浩康(各氏・長野県自然保護連盟理事)

調査内容
1・冬季のトンネル及び道路の状況
2・利用状況 スノーハイクによる人の出入数、環境影響
3・冬季の自然状態  景観・植物・動物等及びそれらへの人為の影響
4・旅館、ホテル等の冬季利用・過去における冬季利用状況の情報収集

調査日時:2006年3月21日(火)

沢渡駐車場:午前7時集合(長野からは別途集合して沢渡へ)
         釜トンネル手前までタクシーなどで移動
         釜トンネルより徒歩  上高地ビジターセンター(河童橋)付近まで
         参加者数によっては、グループ毎に調査を行う
         調査終了時間(釜トンネル入り口まで戻る)は、午後2時までとする
         登山(山行)届は所属会にて作成提出を行う
         装備・食料については各自持参する

連絡先
事務局:関 昌憲   〒381-2233 長野市川中島町上氷鉋1332-1(関設計内)
              TEL 026-284-5545 (080 5145 4966)
              FAX 026-284-6431
              Email s.sekkei@grn.janis.or.jp


[上高地・冬季の状況]
*今回の調査で驚いたことは、多くの人が入山していたこと。自然の状態を維持しながら利用もすることは難しい。保護にスタンスを置いて利用を最低限にとどめたい。
*今季の冬季通行止め(2005年11月16日〜2006年4月20日)
緊急車両・工事などのために特に許可された車両を除く。
*各旅館と環境省との協定と申し合わせにより、上高地の旅館は営業していない。ただし大正池ホテルは年末年始に営業している。
*冬の上高地は野生生物が人間とかかわることなく生息できる、本来の自然状態が保たれている。
*スノーシューなど歩いて訪れるツアー客が増加している。特に年末年始などは数百人の人間が訪れる。ほとんど日帰りだが、小梨平でテントを張る人も少なからずいる。
*トイレは6箇所に作られている。大正池、田代池、バスターミナル、小梨平、明神、徳沢。
*梓川に根固工などの砂防施設が作られたことによる河床上昇や、大正池への周辺の沢からの土砂の流入のため、恒久的な排砂が必要となっている。そのため毎年冬季に車が上高地に入り砂防工事などが行なわれている。


[上高地の問題点]
*上高地の自然保護上の最大の問題点は、日本の最も著名な国立公園であり日本の山岳を代表する優れた景観を有しながら、自然を優先するという基本政策がとられていないことである。
具体的には、多大な砂防工事や護岸の建設が自然の摂理に反した形で継続されていることである。これら工事の多くは、現在の旅館等の施設の保護を目的に、「暴れる」という本来の山岳河川の性質を無視して実施されている。
こうしたやさしくない自然の姿も、また日本の山岳の大きな特徴であり、国立公園こそは、地域の自然の特性にそった形での保護と利用が図られるべき地域である。
*冬季でも生息しているサルやマガモなどの野生生物は人慣れしており、すでに原生的自然が大きく損なわれている。
*看板などがあるのにもかかわらず野生生物へ餌を与える観光客がいる。
*これまでの餌やりの影響で、サルやカモは人間を恐れない。カモやキジバトは人間に近
 づいてくる
*河童橋周辺は景観としても優れた地点であるが、周囲にあまりにも多数の施設が林立しており、自然を優先すべき国立公園としては大いに改善すべきである。
*冬季とはいえ、多くの人が容易に上高地に入山できるのは、工事用車両の除雪のためであり、工事を実施しないことで自然のままの姿をとりもどすことができる。
                                    以上








<添付資料 3>上高地登山鉄道構想に関する調査報告書(提言)の抜粋(1997.3)
                       長野県自然保護連盟
                  上高地調査委員長 中島 嘉尚 
目  次

第1 本報告書の基本的観点 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
第2 上高地の自然環境の特徴と保護のあり方 ・・・・・・・・・・・・・ 3
 T 上高地の開発と保護の歴史および現状 ・・・・・・・・・・・・・・ 3
 U 上高地の自然生態系とその特徴 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
 V 上高地の自然と人間の関わり、その問題点 ・・・・・・・・・・・・ 9
  <危機に瀕した上高地の自然生態系>
 W 国立公園上高地、今後の保護と利用のあり方 ・・・・・・・・・・・ 12
第3 上高地新輸送システム(登山鉄道)構想の問題点 ・・・・・・・・・ 14
 T 上高地新輸送システム(登山鉄道)構想について ・・・・・・・・・ 14
 U 上高地登山鉄道の建設と開通後の自然環境への影響 ・・・・・・・・ 16
第4 自然公園法、文化財保護法などによる開発規制 ・・・・・・・・・・ 18
第5 上高地公園線(県道)の排気ガス実態調査 ・・・・・・・・・・・・ 20
第6 上高地登山鉄道構想に関するアンケートの実施結果 ・・・・・・・・ 23
第7 上高地登山鉄道構想に対する見解 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
第8 上高地における当面の緊急対策と抜本的課題 ・・・・・・・・・・・ 29
   <自然環境保護にむけた提言>
〔 資 料 〕 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
〔 参考文献 〕 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
 〔上高地登山鉄道構想に関する調査委員会の構成と活動記録、連絡先〕・・・ 38


第7 上高地登山鉄道構想に対する見解

1 上高地登山鉄道構想に関する課題
上高地登山鉄道構想に関する課題を、前記の中から主なものをまとめると次のようにな
る。
 (1) 上高地の開発と保護の歴史および現状
上高地の自然に加えられた開発の特徴は、大正年代(1912年頃)に始まった旅館や山宿
などの建設と、それに続く観光施設の増加であつた。
すべて国有地である上高地は、国立公園の指定以前から、ここの自然保護が国の方針と
され、人工の侵入を抑止することにあったので、寸地といえども借地が許されなかった。
しかし、そうした中にも登山者の増加につれて、休憩・宿泊所などの必要性に応じて、願
い出れば借地建物を許可し、進んでそれを勧めるようにさえなった。以後しだいに、これ
らが増加の一途をたどっている。
近年になって、この優れた自然や景観を持つ上高地は、それ自体が観光の対象として一
般客や団体ツァー、修学旅行などを受け入れるようになり、近年は年間 200万人近い人が
殺到している。
 いま、上高地は大部分が中部山岳国立公園の特別保護地区でありながら、多くの課題を
かかえている。あまりにも多くの人が、ここを訪れることによる自然環境の破壊や交通渋
滞による排気ガス公害、自然にふれる快適性の減少、自然や景観を破壊している防災名目
の護岸堤防の建設などは、その一例である。
上高地のかけがいのない自然や景観をいかに守り、将来あるべき上高地の自然と人間が
いかにかかわっていくべきかについては、今まさに地域住民や広く国民全体にとって、大
きく問われている課題である。そのためにも、自然環境の保護や入り込み客の増加(オー
バーユース)、交通渋滞、排気ガス公害、防災工事見直しなどの緊急および抜本的対策が急務となっている。
(2) 上高地の自然生態系とその特徴
 上高地の植生は、一口で言えば温帯上部の原生林が残されたところである。現在日本で
原生林として残されているところを挙げれば、南の屋久島、北の白神山地、中央部の上高
地である。
 上高地は第四紀にユーラシア大陸につながる遺跡的な植物が存在する所で、学術上貴重
な所として保護されてきた所である。
 上高地の植生は、前述したように温帯上部の植生であり、外力が入れば直ちに壊れ始め
る特徴がある。
 現在人の入り込みにより、遊歩道を越えて自然地にも入り込んでいる。このことによっ
ても破壊は進んでいる。更に多い人の入り込みがあるなら、加速度的に破壊は進んでいく。
 (3) 上高地の自然と人間の関わり、その問題点<危機に瀕した上高地の自然生態系>
上高地には多種多様な動植物が生息し、それらがそれぞれ関係を持ちながら共存共栄し
ている。上高地は北アルプスの玄関口のひとつの独立した世界、小宇宙であり、世界に誇
りうる日本の財産である。にもかかわらず上高地の生態系は人間が気のつかない内に、そ
の人間によって質を変えられ、更にそれが進んでいる。
 その原因は過剰利用であり、環境教育の立ち遅れであり、建設省と林野庁、環境庁など
がバラバラである日本の行政の欠陥であり、利益優先主義を核とする日本の経済政策及び
倫理観の誤りであろう。このままでは間違いなく上高地の自然は破壊されていく。それを
防ぐためにはどうしたらいいのか、まず上高地の自然を中心に考える知恵を我々が持つべ
きではないだろうか。
 (4) 国立公園上高地、今後の保護と利用のあり方
中部山岳国立公園の中の上高地とその周辺は、そのほとんどが自然公園法による国立公
園特別保護地区(1965年・昭和40年)として、また文化財保護法による特別名勝・特別天然記念物(1928年・昭和 3年)として指定されている。
特別保護地区は国立公園の中で最も規制が厳しく、自然を厳正に保護しようとするとこ
ろである。ここでは、ごく限られた公共事業や計画に基づく山小屋、歩道などだけが認め
られるほかは、原則として一切の施設や現状を改変する行為が許されず、自然を厳しく守
るところとされている。利用に際しても、機械力によるものは原則として排除し、人間が
自分の力のみによって自然に対するところとされている。
自然公園法の目的には、「すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進
を図り−−−−」とあり、自然の保護と利用をうたっている。しかし、この保護と利用が
同列に置かれているきらいがあるばかりでなく、上高地周辺の旅館、山荘などか建設され
ている地域が、利用を優先した「はじめに開発ありき」であったり、近年上高地を訪れて
いる入り込み客が年間 200万人近くになりオーバーユースとなって、それらが自然や環境
などの破壊につながっていることに、環境庁および関係機関が抜本的な対策を講じていな
いことも、利用を先行させていると言わざるわ得ない。
 以上のような自然環境の保護と利用のあり方を上高地において、名実ともに実現してい
くためには、何よりも現在のオーバーユースを根本的に解決することである。また、パー
クレインジャーを大幅に増員・強化し、自然生態系の調査・研究や徹底した復元策、自然
環境教育などに積極的な取り組みが求められている。同時に、梓川やその支流で行われて
いる自然環境の破壊となる砂防や治山のための工事を抜本的に見直すべきである。
 以上の課題をなし遂げるために、環境庁や林野庁、建設省などか分け合っている国立公
園の管理を一元化することも、避けて通れない大きな課題であろう。
 (5) 上高地新輸送システム(登山鉄道)構想について
ゼネコンや安曇村、地元交通機関などは、それぞれの利益を優先させ、国民的財産である上高地の自然環境を守る立場にたっていないと考えられる。また上高地の表玄関は安曇村であるとして、岐阜県側にイニシァチブを取られたくないという「地域エゴイズム」の感が強い(安曇村、地元交通機関など)。
 (6) 上高地登山鉄道の建設と開通後の自然環境への影響
 トンネル建設は、大型の機械類が導入される大きな土木工事であり、地層や地下水脈の
分断、掘削や排土の搬出、埋め立て、またその用地の確保などにより、生態系に大きな変
更が避けられないだろう。また、大型の機械類の導入は、排気ガス、機械類の移動に伴う
自然や景観の破壊が予想される。
以上のようなことから、上高地新輸送システム構想の論議は、上高地の自然環境の保護
保全・復元を大前提として、まず始めにこの構想の中止や変更をも展望した科学的な総合
的環境アセスメント(計画アセスメント)を公的機関により実施すべきである。
 安曇村の上高地新輸送システム構想によると、その目的は @交通渋滞解消 A環境保
全 B入り込み者の総量規制 としている。しかし、目的@の交通渋滞解消 だけが先行
していて、A環境保全、B入り込み者の総量規制 については、後位になっていると言わざるをえない。
目的A環境保全 については、上高地自然保護対策事業の推進に向けて(提言書)(93
年11月/安曇村)の中で「施設の整備や利用形態の検討」を掲げ、これに基づいた上高地新輸送システム構想の中で「自然環境の保全を大前提にしつつ」、「上高地を快適に楽しんでいただける観光地として整備を行い、地域の発展を図る」としている。しかし前記で提起した自然環境保護の課題に対して、ほとんど実効性ある具体策が提起されていない。
目的B入り込み者の総量規制 についても、同構想の中で「上高地における適正な環境
容量を設定し、それに見合った観光客の適正な規制と誘導による上高地の公園利用のルー
ルづくりをはかる」としているが、適正な環境容量の数的根拠が明らかでなく、具体的な
総量規制の方法が明示されていない。また当調査委員会の調査(96年 9月)に対しても、安曇村長が「上高地登山鉄道による入り込み客を、冬期を含めて今より増やす事を考えて
いない」と答弁しているが、一方で「安房トンネル開通(97年秋)後は、岐阜県側からの
観光客の増加が予測され、上高地の混雑が広がっていく」、「中部縦貫自動車道の整備にあわせ、松本広域圈、アルプスあづみの地域、奥飛騨温泉郷などと広域的なネットワーク化をはかり地域の振興につなげる」、「観光に生きる安曇村は、上高地という格の高い観光地を核にして、(中略)地域づくりをすすめる」、「アクセスレールの考え方・輸送容量の検証で/道路拡張、新設が△であるのに対して、登山鉄道は○と評価している」、「登山鉄道に関する視点で/顧客動員力を有し、地域振興の活性化につながる」(同上構想)としている。このことはこの構想が、ゼネコン主導による経済優先の観光開発構想であると言わざるを得ない。従ってこの構想による入り込み者の総量規制は、実現性が極めて少ないと考えられる。
前記で提起したように、現在でも上高地の利用者はオーバーユースの状態であり、自然
環境の破壊が深刻になつている。このための緊急対策を具体化しないまま、安房トンネル
と上高地登山鉄道の開通による更なる入り込み客の増加(岐阜県側からの入り込みを含め
て)は、上高地の自然や景観の破壊が、取り返しのつかない事態になることを、ここに強
く指摘しておきたい。
 (7) 自然公園法、文化財保護法などによる開発規制
上高地周辺(河童橋付近を除く)は、あらゆる開発が禁止されている国立公園特別保護
地区であり、その位置づけをふまえた検討が必要である。上高地登山鉄道の建設は、自然
公園法や国立公園内における各種行為に関する審査指針、文化財保護法などの開発規制制
度からみても、現時点において開発規制法規に抵触すると考えられる。

2 上高地登山鉄道構想に対する見解
 上記1.上高地登山鉄道構想に関する課題を総合して検討すると、上高地登山鉄道構想
については、現時点においては課題(問題点)があまりにも多すぎて、このままでは賛同
できるものでない。
 はじめに登山鉄道ありきでなく、先ず自然環境の保護、保全、復元に力をつくし、その
上で上高地に対するアクセス問題を考えることが重要である。更に上高地へのアクセス問
題については、「安曇村の上高地」から「国民の上高地」という原点に立って、地域住民、
県民、国民などによる幅広い国民的論議と合意の形成を前提にすべきである。


第8 上高地における当面の緊急対策と抜本的課題
   <自然環境保護にむけた提言>

 上高地の生態系はいま、辛うじて保たれている状態というよりむしろ破壊が進行してい
る過程であると考えられる。この状態がこのまま続くと、上高地の自然や景観は滅びてし
まう危険が迫っている。このことは、長野県下有数の山岳観光立村である安曇村の住民に
とっても死活の問題である。
 すでに記したように、いまの上高地は大部分が中部山岳国立公園の特別保護地区であり
ながら、多くの課題をかかえている。あまりにも多くの適正以上の人が、ここを訪れるこ
とによる自然環境の破壊や交通渋滞による排気ガス公害、自然にふれる快適性の減少、自
然や景観を破壊し動植物に悪い影響を与えている護岸工事、野生動物にまで悪影響を及ぼ
しているゴミやし尿問題、自然環境教育の立ち遅れなどは、その一例である。
 これらの課題を正面から見据えて、上高地の自然環境の保護・保全・復元に取り組んで
いくために、次のような提言をするものである。

1 当面の緊急対策
 (1) 上高地における自然生態系や景観などの総合的な調査(評価)・研究を早急に行い、
現状を科学的に把握し、今後の自然環境の保護対策を確立するとともに、利用者の適
  正容量などを明確にする。
(2) 現在上高地における自然環境破壊の元凶で、オーバーユースとなっている観光客を
中心とする入り込み者の利用を、これ以上増加させないために定期・貸切バスやタク
  シー、自家用許可車などの乗り入れ総量規制を含めた対策を講じる。また、入り込み
  の時間規制や予約制などを実施する。
 (3) 生態系を破壊している排気ガス公害をなくすため、定期・貸切バスやタクシーなど
  の総量規制や低公害車以外の自動車を乗り入れ禁止にする。また駐停車中のアイドリ
  ングを即刻禁止にする。
 (4) 排気ガス・ゴミ・し尿などによる自然環境破壊に対する調査・研究とその対策を行う。
 (5) これ以上、人間本位の人工的工事をしない。護岸工事などの砂防工事を抜本的に見
  直す。
 (6) パークレインジャーなどの増員を行い、自然環境保護の徹底管理と自然環境教育の
  実施、滞在して自然を楽しむソフト面での企画を充実させる。

2 抜本的課題
(1) 日本や世界の上高地として、経済優先の観光開発を許さず、自然保護を最優先とし
  た総合政策を、国民的論議と合意で早急に確立する。
 (2) 上高地の自然環境の破壊からこれを守り、更には環境を保護し復元をめざすための
  長期的展望を確立する。
(3) 現在、上高地の管理は林野庁や環境庁、建設省、運輸省などで行っているが、自然
環境保護を第一義とする国立公園上高地の管理は、アメリカのナショナルパークのよ
  うに一元化する。
 (4) 人間は自然の一部、自然にそっと触れさせてもらい、自然を後世に伝え残すという
  自然観(自然環境教育)を学校・社会教育の中で広める。
 (5) 前記1・(1)、2・(1)から・をふまえた上で、上高地に対する最適なアクセス方法を
  定める。
                                     以上 

長野県自然保護連盟トップへ