東海道五十三次を歩いてみた
(新居宿〜白須賀宿〜二川宿〜吉田宿〜国府駅(2日目))
2025年1月19日〜20日



宿泊地の豊橋から二川駅へ

飯村地区には昭和40年代は
100本を超える松が残っていたが
松くい虫や道路拡張で減少し
最後の松も虫食いより
平成19年2月28日に伐採されたという
年輪から1854〜60年頃のものとされる
二川駅
二川駅
昭和33年頃の飯村地区の松並木
昭和33年頃の飯村地区の松並木
国道1号合流地点に
飯村一里塚跡の碑が建っている

しばらくは
車の往来が多い国道1号を歩く

路面電車が走ってるー
思わずパチリ
飯村一里塚跡
飯村一里塚跡
路面電車
路面電車
吉田城の江戸口の東惣門から
国道を外れ裏道に入る
中央分離帯に建てられた
吉田宿の標柱が感慨深い
東惣門
東惣門
吉田宿
吉田宿
うなぎやさんの前に
本陣碑があり説明が書かれている
東隣に江戸屋と2件の本陣があった
豊橋市道路元標
豊橋市道路元標
清須屋本陣跡
清須屋本陣跡
豊川に架かる豊橋周辺は
吉田湊という船町として栄えた

豊橋から70mほど下流の吉田大橋に
高札場が設けられていた
西惣門
西惣門
船町と高札場
船町と高札場
豊橋手前を左に行くと
旧豊橋の親柱が展示されている

当時の遺構を目にすると
テンションが上がるね
旧豊橋親柱
旧豊橋親柱
豊橋
豊橋
旧東海道から少し外れて
瓜郷遺跡に立寄る
竪穴式住居が復元されている
下地一里塚跡
下地一里塚跡
瓜郷遺跡
瓜郷遺跡
豊川放水路にかかる高橋は
車の往来が多い上に歩道がない
身の危険を感じたので
上流側の小坂井大橋へ迂回する
豊川放水路手前
豊川放水路手前
伊奈一里塚跡
伊奈一里塚跡
新栄2丁目交差点で今日はここまで
国府駅から帰路へ
新栄2丁目交差点
新栄2丁目交差点
国府駅
国府駅


今回の感想
・この日はテリックに厚手の靴下
・左足薬指下が赤くなって痛い
 右足足首の痛みは初めての経験
 さらに左腰も痛い
 リュックを背負い変な姿勢で歩いたためか?
・今回初めて新幹線を使った
 早割りだとグリーン車はお値打ち
 新幹線何年振りだろ?ワクワクするよね   

8:55 チェックアウト
9:17 二川駅
10:05 飯村一里塚
11:00 吉田本陣跡
11:55 下地一里塚
12:15 瓜郷遺跡
13:10 伊奈一里塚
14:25 新栄2丁目交差点
14:30 国府駅

18.04km


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