「禁区」は中森明菜の名曲

 

 先日のヒデ自殺の件ですが、なかなか面白いことになっているようです。

 さすがに他殺説は出ていないものの、死因について、
「じつは泥酔して寝ゲロに窒息して死んだのだが、あまりに体裁が悪いので首吊りに修正したのだ」という噂が。

 あとはお約束の後追い自殺。
 無名の男が、「今行くぜ」と飛び降り自殺したのに続いて、なんと漫画家のねこぢるも後追いか?という報道が。
 しかしねこぢる後追い説の根拠といえば、「方法が同じ」というだけのものだから・・・

 ともあれ、「ねこぢるさん自殺」ってのもマヌケな見出しですな。死ぬつもりならもっとペンネームを考えて欲しいものだ。
 ねこぢるに限らず、「とろろいも」「玉袋筋太郎」「キャンディー奥津」などという名前の人は、自殺しちゃいけないような気がする。

 このあいだのネタ振りにヒデを使った件といい、自殺者でさんざん遊んでいますが、まあ死人に口なしというものですから。
 夏目漱石だって、生徒の藤村操が自殺したことを苦にしていたと言われるが、「吾輩は猫である」ではちゃっかり、
「あの様子じゃ華厳の滝に出かけますよ」
などとギャグにしているのだから。
 それに、藤村操の自殺は、人生に悩んでということにして世間が感動していたのを、稀代のスネモノ宮武外骨が、
「あれは実は菊池文部大臣の娘松子を恋していたのだが、美濃部達吉に奪われたので、それで自殺したのだ」などと暴露してしまった。おまけに死にきれず車夫をしているなどという噂さえ流されてしまった。

 そういう訳なので、みんな自殺者で遊ぼうじゃないですか。

 

 異様に前フリが長くなったが、今回は自殺ネタではないのです。
 放送禁止用語なるものについて、読者諸兄もいささか仄聞されたことがあると存じます。
 我々がこのような概念と親しく接するのは、やはり昔の映画やアニメを鑑賞するときではないでしょうか。
 悪い殿様に雇われた忍者、四貫目が逃げるサスケを追う。人影に気づき、ふと立ち止まる四貫目。そこに現れたのはぼろぼろの衣服でこれも破れ目だらけの笠をかぶった男。そこらの木の枝を折って作ったらしい杖の先には鈴が結ばれ、ちりんちりんと音を立てる。笠の破れ目からのぞく男の顔は見るも無残にただれ、まるで溶けかけた蝋人形のよう。四貫目はにやりと笑って呟く。
「なんだ、カッタイ乞食か」
 音声の故障かと思い、録画していたテープを巻き戻して確認したって、やはりスペース部分は発音されない。しかし、確かに画面の人物は口を開いて何かを発声していた。そうです、再放送時に不適当な用語を削除されてしまったのです。この「不適当な用語」を集めたものが「放送禁止用語集」としてマスコミ各社で配布されているものです。

 とりわけ有名なのはNHKの用語集です。ここでは禁止するだけではなく、「言い換え集」としてこういう具合に言い換えなさい、という指導もしています。なかなか積極的な態度です。

 有名なのは「特殊部落」「同和地区」「くろんぼ、ニガー」「黒人」などでしょうか。しかし、中には変なのも混じっています。

 「植物人間」「植物状態人間」というのはいったいどういう基準で決めたのでしょうか。「状態」を入れることにより差別が解消されるのでしょうか。ひょっとしたら、ワイアール星人やケロニアから「我々は植物人間だが、立派に活動して地球征服に従事している。自分で活動できない人間と混同されるような用語を使うな」と抗議が来たのでしょうか。

 「きちがい」(原則として使わない)というのはまあ分からないでもない。しかし、「きちがいに刃物」「きちがい沙汰」(絶対に使わない)とするのは何故か。(原則として)の寛容な姿勢が(絶対)と硬化するのは何故か。論理的に考えると、「刃物」「沙汰」がこの硬化をもたらしたとしか考えられない。とすると、前出の「サスケ」でもしこの用語が使われていたとしたら、殿様は、
「ばか者、百姓に鉄砲を与えるじゃと。それこそきちがいに刃物じゃ」
と叫ぶのでしょうか。

 「てんぼう」「隻腕」も変な話です。たしか野口英世は、子供の頃「てんぼう」といじめられていましたが、あれは片手の指が癒着してしまっていただけで、腕が無かったわけではないはず。NHKで「野口英世物語」を放映する際は、野口少年は、
「やあい、隻腕、隻腕」
とからかわれるのでしょうか。そっちのほうが、野口一族から抗議が来そうな気もしますが。

 しかし、なかなか勉強になる部分もあります。「片手落ち」の説明として、「本来、片+手落ちの意味であるが片手+落ちと誤解されるのでなるべく使わない」とあります。すみません、私、誤解していました。もうしません。しかし、手落ちが片っぽというのはどんな状態なのでしょうね。両方が手落ちならいいのでしょうか。

 俗語、隠語についてもNHKは情熱を燃やしています。
 「シマ」「なわばり」へ、「デカ」「刑事」に、「ガサ」「捜索」に、「ずらかる」「逃げる」に言い換えよ、というのです。これでは、NHKBS劇場で「仁義なき戦い」を上映するのは不可能ですね。それどころか、「はぐれ刑事純情派」も無理だと思います。あ、あれは「刑事」と書いて「デカ」と発音させるから、元々駄目ですね。
 「おとしまえ」「金銭の絡んだ決着」というのもなんか変です。「あいつは任侠道にもとる行為があったので、おとしまえとして指を詰めさせただけだ。断じて金なんぞ払わせていない!」と組長からの抗議があった場合、どう対処するのでしょうか。

 「土左衛門」「水死人」に言い換えろという根拠はどこにあるのか分かりませんが、「過去帳」「身分」「おんぼう」「下男、下女、女中」「女工」「職工」「小僧、丁稚」「親方」「坊主」「馬喰」も駄目ということなのですが、これでは時代劇の放映も無理でしょうね。私は見ていないのですが、NHKは一体どうやって「徳川慶喜」を放映しているのでしょうか。たしか慶喜の妾(これも禁止かな)は新門辰五郎というやくざの親分の娘かなにかだったと覚えているのですが、そのあたりどう描写するのでしょうか。
 「芸人」はいけない、「芸能人」にしろ、というのも、落語家あたりがかえって怒るような気がするのですが。すくなくとも永六輔と小沢昭一は怒るぞ。
 「板前」「板前さん」と「さん」をつければいいというのも安易だ。「芸人さん」「女工さん」「隠亡さん」というのは駄目なのでしょうか。

 地域ネタももちろん御法度です。「ぜいろく」「伊勢こじき」「南部のシャケの鼻曲がり」全部駄目。当然、前回の名古屋ネタもNHKの「ニュースセンター9時」で紹介される機会は永遠にありません。「日本のチベット」も駄目ですが、これは東北地方とチベットのどちらに失礼なのでしょうか?

 外国はもっといけません。「アメ公」「イタ公」「チャンコロ」「鮮人」は駄目。「シナチク」も駄目というのは笑えます。「ポコペン」「中国人」にしろというのも、かえって怒ると思うぞ、中国人。「ダッチマン」「オランダ人」にしろというのも訳が分からない。単に訳しただけじゃないか。

 「当て馬」というのもどこがいけないのかわからないが、そういえば最近は聞かないな。野球中継でも、「偵察メンバー」と言っていた。

 「本腰を入れる」(卑俗な感じを持つ人もいるので、注意して使う)というのも過敏すぎるとおもうが、(スーパージョッキーのゼスチャーで「する」を伝えるために腰をクイクイしていた辺見えみりは、放送禁止アイドルなのでしょうか)それより、「溺れ死ぬ」「溺れて死ぬ」というのは最大の意味不明ですな。なぜ言い換えねばならないのかまったく分からない。

 しかしこの言い換え集、最大の傑作は、「馬丁」の説明です。(競馬法では馬丁のまま)とあります。そうです。法律用語としてはあくまで「馬丁」なのです。そういえば、アイヌ関係の法律で、「旧土人法」というのもありましたね。法律というのは、放送禁止用語使いまくりの無法地帯らしいです。

 放送の用語をこちゃこちゃいじくってる時間があったら、もっと肝心な法律の方を直せよ、と思う私は、間違っているのでしょうか。


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