世界ふーど記

 最近すっかり山本正之である。

 先月CDを1枚買ったのがあとをひいて、1枚もう1枚、ついに「山本正之大全集」まで購入してしまった。山本三昧である。至福である。総計約2万円の至福である。安いものだ。
 山本正之とはいかなる人かというと、名古屋の人である。「燃えよドラゴンズ」でデビューし、笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」間寛平の「ひらけ!チューリップ」のヒットで認められ、タイムボカンシリーズの音楽担当に抜擢された、と、まあこういう人生らしい。他にも私の尊敬する吾妻ひでおの「コロコロポロン」「ななこSOS」の主題歌、ドラゴンズの応援歌のほとんど、ハンダースの「あなたは見たか!ナンチャッテおじさん」、アニメ「おじゃまんが山田君」「銀河旋風ブライガー」「UFO戦士ダイアポロン」「がんばれゴンベ」の主題歌などを手がけている。なんだか私が子供の頃聞いていたアニメソングとコミックソングの半分はこの人が作っていたかのような錯覚すら覚える。

 とにかく、ノリがいい。ここのところずっと、頭の中では「イケイケ池袋」だとか「魏志倭人伝」だとか「ムージョ様のために」だとか「真実イッターマン」だとか「名古屋はええよ!やっとかめ」だとかの音楽が鳴り響いておる。私は思念により頭の中で音楽を再生させることができるので、ウォークマンは不要なのである。「電波系」だとか誹謗中傷する人もいるが、あちらは他人の思念だ。こちらは自分の思念である。主体性が違う。電波系はいいとしても、仕事がまるではかどらないのはちょっと困る。まあ、仕事はもともとはかどっていないのだが。山本のせいにしてはいけない。

 名古屋出身者ゆえ、彼は名古屋を歌うことが多い。私は名古屋には出張で2回くらいしか行ったことがない。その乏しい経験と、山本正之の歌から妄想するに、名古屋とは以下のようなところらしい。

・山本正之とつぼイノリオがスターである。
・毎年「燃えよドラゴンズ」が出る。きっと98年版はこんな歌詞に違いない。

  1番ジョンボム 塁に出て
  2番久慈のとき 盗塁だ
  3番立浪 タイムリー
  4番ゴメスが ホームラン

  コイを捕まえ 優勝だ
  ツバメを落として 優勝だ
  邪魔な大豊 パウエルを
  阪神に追い出し 優勝だ

・ナイトクラブであろうがキャバレーであろうが必ず手羽先がつきだしで出る。
・夜8時になるとみんな寝てしまう。
・結納品をスケルトンタイプのトラック2台で運ぶ。

 偏見であろうか。いかにも偏見である。しかし人間はこの地域的偏見から逃れることはできない。

 私は中学まで大阪にいた。3年生のとき父の転勤で東京の練馬に引っ越すことになった。その旨を担任の教師に伝えると、教師は開口一番こう言った。
「大変だな。大根のところか」
 おそらくこの教師の念頭にあった練馬とは、

 いちめんのだいこん
 いちめんのだいこん
 いちめんのだいこん
 いちめんのだいこん

 の詩のように、はるか広大な関東平野の見渡す限り大根のプランテーションが広がり、あずまえびす共は半裸でプランテーションの耕作奴隷として使役される、というような光景であろう。ひょっとするとあずまえびす共はいまだに平将門を「新皇様」とあがめているかもしれぬ。年号だって、「慶応」「明治」に続いて「早稲田」「立教」と続き、いまは「東京理科」かもしれぬ。それで「大変だな」の文句がおもわず口をついて出たのだろう。

 行ってみたら練馬とは、教師の思うようなところではなかった。
 大根でなく、いちめんのキャベツであった。
 実はその後引っ越した世田谷にもキャベツ畑があった。私はたまげ、
「さてさて東京といふ処は田臭漂ふ場所なり」
 と、ひとりごちたものである。

 大阪人だけでない。東京人も大阪に対して偏見を持っている。
 東京で入学した高校の遠足で湖に行ったとき、湖畔に碇泊していたボートをみてふと、
「このボート、売ったらいくらくらいになるかな」
 と呟いた。べつに受けをとるつもりはなく、ごく自然にそう思ったのだ。
 すると同級生は哄笑し、「やっぱり大阪人だ」と言い囃すのである。
 どうやら大阪人は全員商人で、
「もうかりまっか」
「ぼちぼちでんな」
 と挨拶していると思っているらしい。
 当時、漫才ブームはまだ無く、大阪のお笑いは東京に浸透していなかったので、「大阪人は毎日漫才している」という偏見はまだ存在していなかった。

 他の地域も偏見から免れることはできない。
 私の周囲では、広島人といえばヤクザということになっていた。確かに、広島弁というものは他県人が聞くとおそろしいものだ。「そうじゃけんのう、あんた、わしの言うこと無視しとると、打越の連中はくされ外道じゃちゅうて言われるとよ。吐いたツバは飲まんようにしんさいよ」というような言語を駆使するものはヤクザに違いないと、判断した他県人を責められようか。
(もっとも、私の住んでいた大阪も、東京人にとってはヤクザが毎日銃撃戦を繰り広げているところとされているようだ。実際、山口組3代目、田岡組長が銃撃されて日本を震撼させた「ベラミ事件」の現場は私の家からバスで10分ほどの近所だったが)

 私の母親は岡山県出身だが、西日本では岡山人というとイヤな奴ということになっている。実在の岡山出身者に典型を求めると、戦国武将で謀略と陰謀を尽くした宇喜多直家、軍縮で肝心の母体である陸軍に嫌われ、ついに総理大臣になれなかった政界の惑星、宇垣一成といったところであろうか。
 岡山出身者には、剣豪宮本武蔵や清廉の士、犬養毅もいるのだが、こちらは岡山人の典型でないとして無視される。それが偏見の恐ろしいところだ。決して反証されることはないのだ。

 このような地域的偏見を、「ドグマ」と言うらしい。「人種的、民族的に、確たる証拠もないのに広く信じられている先入観、偏見」というほどの意味らしい。

「ドイツ人はみな几帳面で科学的でホモである」
「フランス人はみな女たらしで芸術的である」
「ロシア人は男も女も髭を生やしていて行列が大好きである」
「メキシコ人はみな小柄で覆面を被っている」
「オランダ人はみな大柄で格闘技に通じ、大麻を吸いながらバーの用心棒をしている」
「トルコ人はみな残酷で官能的で、ハーレムを持っているか宦官かのどちらかである」
「インド人はみな半裸にターバンをして魔術が使え、腕を自由に伸ばしたり縮めたりでき、象が友達でいつも連れている」
「中国人はみな神秘的な微笑をたたえ、商売の天才で、謎の拳法の達人で、仙人になる術を心得ている」

 等がある。

 こういう偏見は困ったものでもあるが、これを逆に利用する商売もある。プロレスなどはその典型であろう。

 ロシア出身を自称するプロレスラーは必ず巨体で、筋骨隆隆で、ラリアットを得意技とする。
 ドイツ人を自称するレスラーはリングネームに「何とか・フォン」とつけ、ナチスの軍服を着て、アイアンクローが必殺技である。
 自称日本人はトーゴーという名前で、ハッピにゲタ(女子レスラーは肌襦袢にぽっくり)という格好で、ゲタで殴るのが得意である。空手チョップも持っている。マネージャーは必ず眼鏡をかけていて、金で敵を買収しようとする。

 中にはドグマを逆手に取るレスラーもいる。アンドレ・ザ・ジャイアントはフランス出身だが、「フランス人は小柄」というドグマを裏切ったその巨体でファンを驚かせた。ジャイアント馬場も同様で、「日本人なのにこんなにでかい!」という驚きがその巨体をますます巨大に見せた。

 昔は日本でもアメリカでも地域ドグマレスラーがたくさんいた。日本で有名なレスラーを列挙するだけでも、「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シン、「スーダンの呪術師」アブドーラ・ザ・ブッチャー、「カナダの密林王」グレート・アントニオ、「黄金のギリシア人」ジム・ロンドスなど、きりがない。力道山時代のワールド・リーグ戦などは各国国籍を名乗るこのようなレスラーの展示場であった。「アメリカ代表」ディック・ハットン、「カナダ代表」ジン・キニスキー、「蒙古代表」ルー・キム等に混じって、「国籍不明代表」ミスターXや「覆面代表」ザ・マミー等の妖しげな代表もいたっけ。

 またそのための国籍詐称もきりがない。テキサス出身のフリッツ・フォン・エリックはドイツ人を名乗ったし、先のブッチャーはアメリカ、シンはカナダの出身だ。韓国の大木金太郎もアメリカでは広島出身ということにして、「原爆頭突き」を必殺技にした。

 日本でプロレス団体を主宰する谷津嘉章は、こういう地域ドグマレスラーを復活させたい意向のようだ。あるプロレス雑誌のインタビューで、
「やはり誰が見てもわかりやすいレスラーを呼びたいね。
 『あいつはアフリカのデカい奴だ』
 『あいつはテキサスの芋だ』というような」
 と言っていた。

 残念ながら現在では良識が勝利したか、アメリカでもこのような典型的な異国レスラーはかげをひそめた。もはやナチスドイツの軍人も、アラビアの魔術師も、ロシアの巨漢も、目立つところにはいない。湾岸戦争盛んな頃はイラク人が急増し、サージェント・スローターというレスラーなどは、それまで名前通りアメリカの軍曹スタイルで人気者だったのが、いつのまにかイラク軍の軍曹に籍を変えてしまい、悪役としてホーガンにやられまくっていたものだが、それも今はいない。

 代わって目立つのが職業レスラーである。アンダーテイカー(葬儀屋)だとかミリオンダラー(億万長者)だとかツーバイフォー(大工)だとかヨコヅナ(力士)だとかディスコダンサー(舞踏家)だとかナルシスト(己惚れ屋)だとかを名乗るレスラーが輩出している。

 日本でもいっそのこと名古屋人を名乗るレスラーが出現してはどうだろうか。

 リングネームは「ドラゴン藤波(仮名)」であろう。金色に輝くショートタイツである。金色に輝くシャチホコを頭に被っている。
 入場テーマ曲は、「燃えよドラゴンズ’92」である。
 入場する後ろには、セコンドやマネージャーが箪笥やらカラーテレビやら冷蔵庫やら大量の荷物を背負って行進する。荷物にはなぜかノボリが立ててある。「元祖味噌カツ」とか「本家八丁味噌」とか「名題の味噌煮込みうどん」とか「本場の名古屋コーチン」とか「天むす食い放題」とか食い物の名前しか書いていない。
 マットに上がると、コーナーポストでシャチホコのポーズを取り、「みゃー!」と吠える。
 試合中も、「行くだぎゃー!」「決めるみゃー!」「チョークだがや!」ととにかくうるさい。
 得意技はもちろん、シャチホコ固めである。
 変形のチキンウイング・フェイスロックを「手羽固め」と称してかける。
 また、ロープ最上段からのボディアタックも得意とする。技の名は「スーパー・エビフライ」である。この技を出すときは「エビフリャー!」
と絶叫する。
 勝利するとまた「3,2,1、みゃー!」と吠え、倒れた相手レスラーがなぜか持っている財布を奪い、マネージャーと、「これで女子大小路で豪遊だがや」と笑って消えてゆく。
 人気は抜群だが、決してトップレスラーにはなれない。なぜなら夜8時以降は登場できないからだ。

 ああ、これで名古屋出身の友人を失うかもしれない。


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