タイ旅行記その7:護符と珍味

11月11日(木)
 いよいよ最終日。のたのたと荷造りを終え、チェックアウトを済ませ、荷物を預けて最後の街歩きに。ま、土産物でも買おうかと。

 まずバスでタニヤ通りへ。そこのデパートを二軒回ったのだが、たいした収穫なし。タニヤプラザで古本を買う。バッポン通りのミズキッチンで昼食。180バーツという値段から定食みたいかとおもったら、ここの売り物、サリカステーキは鉄板でじゅうじゅうの本格派であった。しかしビールも頼んだので勘定は330バーツ。どうもこの旅行、エンゲル係数に占める酒の割合が多すぎる。

 そこから初の挑戦、バス乗り継ぎで目的地到達というのをやってみようと思ったのだ。まずシーロム通りを通ってバスを乗り換える。そこからチャイナタウンを通って王宮前に。やった。成功。方向音痴でも、正確な地図と的確な判断力があれば、人間何でもできるのだ。
 ところがバスの降りぎわに猛烈なスコール。やむなく降りたのだがずぶ濡れ。この旅行、雨に祟られるなあ。ともかく軒下を伝って市場へ。ここは高僧が祈りを込めたお守りを売っている市場なのだ。なにしろガイド氏の言葉によると、「これ、持っているだけで、モテモテね」という、高僧の霊験というよりは神秘の石ラピスラズリのような効果があるというのだ。

 市場の薄暗いなかで、雨をものともせず、中年男や老人が、ひとつひとつガラスケースから取り出しては、一生懸命お守りを虫眼鏡で鑑定している。ううむ、霊験というものは、虫眼鏡で見えるものなのだろうか。ともかく、観光客がのこのこと入っていく雰囲気ではない。前に日本刀の展示即売会に紛れ込んだのと同じような冷たい視線を浴びながら、入り口近くに退却。こちらは一山いくらのクチで、雰囲気も明るい。ケース入りのお守りを100バーツ、ケースなしを20バーツでいくつか買う。値切りはしたが、またぼられたんだろうなあ。20バーツのを五つ買ったときなんか、おやじが頼みもしないのに一個おまけしてくれたもんなあ。
 しかしながらお守りを買ったときから、急に空が明るくなってきたのだ。こんなに早く霊験が現れるものなのか。バス停に移動し、また乗り継ぎでバッポン通りへ。

 まだ時間が早いので、バッポン通りで時間を潰そうとしたのだ。しかし夜店は構築中。やむなく通り過ぎようとしたら、お、入り口の屋台で売っているのは、もしや、ずっと求めていたコオロギの空揚げではないか? その屋台ではコオロギ、カイコ、バッタの空揚げを売っていた。勇躍してこおろぎとカイコを買う。

こおろぎ蚕の蛹

 とりあえず歩きながらひとくち食ってみる。まずカイコから。これはサナギだな。ぱくっ……あっ、美味い。浅草の料理屋でも食ったことがあるが、そのときは煮びたしみたいになっていて、冷えていて美味くなかった。これは揚げ立てで暖かく、殻の中の肉も詰まっていて柔らかくて美味しい。小松左京が「ぽくぽくして美味しい」と書いていた意味が、やっと分かった気がする。
 コオロギは、これも美味しい。いなごの佃煮より肉が多く、柔らかく、滋養、という感じの味がするのだ。カイコもコオロギも、素材本来の味を損なわない程度の薄い味付けなのがよろしい。日本だとこういうのは、佃煮にして、醤油と砂糖の味しかしなかったりするのだ。いやはや、タイの食文化は侮れない。

 目標の達成できた喜びに街を歩いていたら、ふと汚い店の中が目に入った。店頭で駄菓子やペプシが売っているような何でもない店の中に、プーケットやピピ島で見慣れた、稲穂のマークの瓶が。「ラオカーオ?」と聞くと、老婆がうなずく。デパートにもない、酒屋にもない、バンコクでは買えないと諦めていたタイ焼酎ではないか。

カブトガニ(調理前) 焼酎と虫を抱えて夕食を終え、さてバス停へと歩き始めた途端、足が止まった。あ、あのシーフードの屋台に並んでいるのは、カブトガニ!
 満腹であったがとにかく注文。カブトガニって、あれでしょ、カブト以外の部分ってほとんどないでしょ。だから食べるところなんて、ちょびっとしかないと思っていたのだ。なのに予想を裏切り、しばらく待って登場したのは、カブトの部分いっぱいに卵を持っていたのだ。清盛のように衣の下に鎧が覗いているのではなく、カブトガニはカブトの下は生殖一途だったのだ。憎めない奴だぜ。
カブトガニ(調理後) 卵はナタデココのような大きさで、みっちりと中身が詰まっている。カニミソのような泥臭い味。とてもひとりで食い切れる量ではない。やむなく半分ほど残す。

 しかしながら、旅の最後になってこんなにも目標がぞろぞろと達成できるとは、やはりお守りの霊験はあらたかなのではないだろうか。

 ホテルに戻り、九時にエアポートバスに乗る。思ったほど渋滞もしておらず、十時過ぎには空港に着いた。早すぎてまだチェックインできない。十一時になった。まだできない。十一時半、おかしいなと思って窓口へ。もう手続きはあらかた終わっていた。あれ、チェックインと搭乗券の手続きは別だったっけ?

 荷物を預け、飛行機に乗り込む。なぜか日本人ばかり。行きよりはシートが広く感じられるのは気のせいか、それとも機種が違うのか? それはよかったがまたも音声装置は壊れており、おまけにリクライニングも故障していてシートが倒せなかった。おかげでよく眠れない。機内食は朝食のみ。それも香辛料で固めたようなハンバーグと無味無臭の鶏肉、緑の不気味な卵焼き。申し訳程度に口を付け、パン一個だけ食べる。

 どうもうまくいかない。なぜだ……あっ、そういえばあのお守りを鞄に入れて預けたのだ。あれは身につけていないと効果がないのだ。そうかそうだったか。今頃私の荷物は快適な旅行を楽しんでいるんだろうなあ。くそう。

 税関ではほとんどノーチェックで通過。手荷物に入っているこおろぎや芋虫を見られずに済んだ。生の唐辛子も、本当はいけないんだよな。やはりこれもお守りの御利益か。
 翌日九時頃、成田着。さすがに寒い。スカイライナーで帰る。お守りの御利益で、座って帰れた。それは全席指定だってば。

 ちなみに帰国後一週間、下痢が止まらない。検査の結果待ちだが、赤痢の疑いもある。あの護符は、幸運のお守りであって、健康のお守りでないことがわかった。

今日の収支
 残金 6700バーツ
 バス 6バーツ
 昼食 330バーツ
 本 150バーツ
 バス 7バーツ
 お守り 450バーツ
 バス 7バーツ
 コーヒー(喫茶店) 120バーツ
 買い物(生唐辛子、腸詰、ナンプラー、パウダー)400バーツ
 こおろぎ、カイコ 40バーツ
 ラオカーオ 65バーツ
 夕食 250バーツ
 カブトガニ 250バーツ
 バス 3.5バーツ
 コーヒー(ホテル) 70バーツ
 エアコンバス 70バーツ
 残金 4500バーツ


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