またしても度量衡の罠

 横浜市立大学の付属病院で、カルテと患者を取り違え、心臓の悪い患者の肺を切り取り、肺の悪い患者の心臓を手術してしまった事件が有名になっている。
 医者もなんかおかしいなと思いながらも、「いやこれでいいんです!」などと言われ、半信半疑で手術を終えたという。
 こんな面白い事件が続発すると、創作者の側は困ってしまう。
 典型的な取り違えギャグ。病院での手術という少々ブラックな味付け。カルテを間違えたおっちょこちょいな看護婦と、おかしいなと思いながらも最後まで手術したボンクラな医師の取り合わせの妙。まさにコントの見本である。
 これをTVで上演するとしたら、キャスティングはどうしようか。看護婦は矢部美穂がいいな。医師は…岸辺一徳と岸谷五朗はなんか似ているので、いいかもしれない。ナイナイの二人というのもいいかも。患者は…ひとりは絶対にいかりや長介にして欲しい。もちろん、最後に切られた胸をさすりながら、お決まりの決めギャグ、
「駄目だこりゃ!」
 で終わるのだ。

 不謹慎な話はここまでとして、と言いながら実は最後まで不謹慎なのだが、私の知人も、最近医療過誤の犠牲になったらしい。
 彼はニューヨークに在住している。最近、舌に腫瘍ができ、癌化はしていないが厄介なものらしいので、手術で切り取るために入院した。
 その医院、医師はフランス人で、看護婦は現地人のアメリカ人。医者の指示を、何かにつけ看護婦が間違えるらしいのだ。
 ある時、点滴をされた。
 なんだかいつもより多い量だな、と思っているうち、体内が水分でいっぱいになってきた。
 小便が漏れそうだ。
 しかし身体は針が突き刺されていて、身動きもできない。
 溲瓶もない。
 もう我慢の限界だ、漏れるぅぅぅぅ……
 というぎりぎりの瞬間、看護婦が慌てて駆け込んできて、針を抜いたので助かった。
 なんでも、医師がリットル単位で点滴の指示をしたのを、看護婦がガロン単位だと思ってしまったらしい。
 1ガロン=約3.8リットルである。
 手術のときも危うく殺されるところだったという。
 手術の前に、患部の切開する部分の皮膚をあらかじめマーキングする。
 このとき、医師がセンチ単位で指示したのをインチ単位と勘違いした看護婦が、顎から後頭部をぐるっと回って反対側のこめかみまで印を付けてしまった。
 このときは医師がさすがに気付いて、そんな無体な切り方はしなかったのだが、横浜市立大学付属病院の先生にかかっていたら、頭を一周してカンピョウのように皮膚を剥かれてしまっていたところだ。
 1インチ=約2.6センチである。

 さすがに忍耐強い知人も、
「まったくアメリカ人という奴は、自分とイギリスでしか使っていないヤードポンド法を、世界標準だと思いこんでるからタチが悪いよ」
 とぼやいていた。

 またしても度量衡の罠である。
 不適切な場面で使われた不適切なモノサシは、時として人を死に追いやりかねない。
 昔の歌にも、そういうのがあった。
「アルプス1万尺」である。
 そもそもアルプスと言えば、スイスである。
 日本の度量衡を使用するいわれはまったくない。
 万一使うとしても、山の高さに尺を使うのは変だ。
 丈を使うべきだろう。
 このような二重の過ちのために、まさか「一万尺」ではないだろう、と潜在意識が働き、聞き違いが起こる。
 ある人は、これを、
「アルプス1万ジャック」と聞き取り、アルプスに1万人のジャックが集合したのだと思っていた。
 なるほど、アルプスには尺よりはジャックが似合う。
 その人はその後の「小槍の上で」も、「子山羊の上で」と聞き違い、
 「アルプス1万ジャック、子山羊の上で、アルペン踊りを、さあ踊りましょう」
 と覚えてしまった。
 度量衡が不適切なために、子山羊には死ぬほどの苦しみを与えてしまったのである。 

 もっとも、私を含むコンピュータ関係者も、そうとう罪深い。
 さっきのガロンやインチと違って、微妙な違いだから、かえって困る。
 kという単位である。
 普通、kはキロであり1000である。カルビンと言う人は、この際切り捨てる。
 ところがコンピュータ関係だけは、k=1024という単位で使うこともある。
 例えばメモりだとかハードディスクの容量などは、1kバイト=1024バイトで計算してある。
 従って1Mバイト=1024kバイト=1024*1024バイト=1048576バイトである。ああややこしい。
 要するに、1コンピュータk=1.024通常kである。
 コンピュータ関係者は二進法がどうの歴史的にこうのと言い訳するが、こういうローカルで紛らわしい単位は、早く消滅させた方がいい、と思う。
 政府も、匿名性だの危険な掲示板だのよりも、こちらの方で問題提起していただきたいものだ。

 先ほどの知人だが、腫瘍を根絶するために放射線治療をすることになった。
 治療の結果は良好。腫瘍も消え、予後も良好。以前より元気が出たくらいだ。
 ただ、最近抜け毛が多い。
 どういうわけか枕元の花瓶の花がすぐ萎れる。
 欠伸をしたら、なぜか口から火が出て、天井が焦げた。
 怒ると背中が光るらしい。
 下半身が異様にでかくなってしまった。
 子供が自分に似ていない。
 膝を抱えてみたら、空が飛べた。
 看護婦にこの症状を訴えたら、顔色を変えて、医者の部屋に駆け込んでいった。
 どうやら、また単位を取り違えたらしい。医師は放射線の単位をベクレルで指示したのに、看護婦は昔の単位、キュリーで照射してしまったようだ。
 1キュリー=370億ベクレルである。


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