温泉街の葡萄酒店

 いよいよ格安温泉宿チェーンの旅も、最終の大江戸温泉物語である。
 AKB48を起用して派手な宣伝を繰り広げているので、知る人も多いだろう。
 関東中心のおおるり、伊東園と比べ、西日本にも多く展開している。
 私の叔母も、ちょくちょく大江戸チェーンを利用しているそうだ。
 格安チェーン御三家の中では、ほかの二つに比べ三割から五割くらい高く、そのぶんサービスはいい。
 費用を露骨に切り詰めました感が少ないところが好まれているらしい。

 そんなわけで甲州石和温泉。
 ここを選んだのは純粋に交通の便からである。
 大江戸チェーンにはおおるりや伊東園のような、首都圏発着の送迎バスがない。
 中央線利用で新宿から2時間以内で行ける宿がここだった。
 石和は塩原や鬼怒川、伊香保や箱根のような、「いかにも温泉地」という土地ではない。
 ワインセラーの葡萄畑から、偶然お湯が噴き出してきたということだ。
 ここも鬼怒川と同じく、バブル期には慰安旅行軍団が大挙しておしかけ、ホテルではピンクコンパニオンが乱舞していたと聞く。
 それは無惨に崩壊したが、鬼怒川ほど廃墟化しなかったのは、ワインセラーという本業が堅調だったからなのだろう。
 ピンクコンパニオン、慰安旅行と聞くと思い出すのは、雑文サイト勃興期によく見に行っていた雑文サイトのこと。
 サイト主は土木関係の仕事についているサラリーマンであったらしく、秋になると土建業界のお得意様を招待して温泉への慰安旅行にくりだす。そこでコンパニオンやらピンクコンパニオンやら金髪コンパニオンやらまっぱコンパニオンやらが入り乱れ、大宴会場であられもないショーを繰り広げたあげく商談がついた(土建の商談ではない)男女が個室に消えていくというありさまをセキララに書き連ねていた。
 今はそのサイト名もアドレスも忘れたし、「コンパニオン エロ まっぱだか 慰安旅行 雑文」などというキーワードで検索してもひっかからない。かのサイト主の幸せを祈る。

 そんなわけで今回はバスではない。
 10時半、新宿駅から特急かいじに乗り込む。
 中でジャンケン大会とかあるかと期待したが、そんなこともなく、列車はすべるように中央本線を走る。
 往復で4,540円、特急指定席3,520円と、送迎バスに比べて散財だが、電車の旅の醍醐味は景色を見ながら呑む缶ビールにある。
 缶ビールとおにぎりで気持ちよくなってうとうとした頃、列車は目的地の石和温泉に到着。
 駅前に足湯があって、いかにも温泉地っぽい。
 土産物屋が並んでいるのもいい味出してる。

石和温泉駅前1 石和温泉駅前2

 駅前から線路沿いに数分歩いたところに、しんとみというほうとう屋がある。
 そこに入ってほうとう、鶏モツ煮、地ビールを注文。
 ほうとうは具だくさんで熱々、たちまち汗が噴き出してくる。
 とにかく量が多いので、私と母親で分けあって食って正解だった。
 鶏モツはこのへんの名物料理で、たしかB級グルメ選手権で優勝してるはずだ。鶏の内臓を甘辛く煮込んだ料理。酒のつまみにいい。
 残念ながらこの店のはレバーとハツだけで、玉ひもがなかった。玉ひも好きなんだよ。

しんとみ ほうとうとモツ煮

 しんとみからさらに線路沿いに10分ほど歩いたところに、マルスワイナリーの工場がある。
 工場を見学させてもらうが、日曜日なので工場は稼働していない。
 それはまあいいんだ。どうせ工場見学の後の試飲だけが目的なんだから。
 試飲コーナーでは10種類くらいのワインと葡萄ジュースが飲める。
 どうもこの辺は甘口が得意らしく、貴腐っぽい白ワインや、トカイっぽい赤ワインが多かった。

マルスワイナリー

 マルスワインからさらに10分ほど南下すると、大江戸温泉物語のホテル新光がある。
 駐車場が広く、乗用車が多く停めてあるのは、やはり送迎バスがないからだろうな。
 ロビーは広く明るい。
 奥には庭園を見晴らす休憩所と漫画図書館もある。
 むろん、「賭博破戒録カイジ」も常備している。
 チェックインの時、無料で会員登録したらお得ですよと言われ、発券してもらう。
 その会員証でさっそく、夕食の飲み放題1,500円を200円割引にしてもらう。
 一泊二食8,300円、それに入湯税150円と飲み放題1,320円(税込)で、ひとりあたま9,770円ということだな。
 客室はそこそこ広く、布団が既に敷いてあった。このへんは伊東園、おおるりと変わらない。
 難を言えばトイレがちょっと狭かったことと、トイレの隣に謎の部屋があることくらいか。
 おそらく元浴室だったのだろうが、開かずの間と化しており、ちょっとドアを開けてみたら、数年間そのまんまにしてますみたいな臭いと瘴気が流れてきたので、あわてて閉める。

ホテル新光 客室

 まだ時間があるので、近所をうろつくことにする。
 ホテルから歩いてすぐのところにある、八田家書院というところに行ってみる。
 戦国時代に武田家に仕えていた八田氏は、江戸時代には郷士身分として朱印状を与えられ、屋敷の一部で甲府代官やその部下を接待していたという。その書院が一部はもとのまま、一部は修復して見学できる。
 屋敷を管理しているのは市役所の人っぽい年配女性で、気さくにいろいろ話をしてくれたうえ、お茶まで出してくれた。
 八田家に伝わる朱印状や文書などのアルバムも拝見させていただく。それによると八田家は幕末、幕府の徴募に応じて百姓身分の若者など数十名を江戸に送り込んだらしい。ひょっとすると新撰組と一緒に闘ったりしたかもしれんなあ。

 八田家から歩いて10分くらいのところに、モンデワイナリーの工場がある。
 こちらも工場見学を駆け足ですませ、最後の試飲コーナーへ。
 マルスワインと同じような感じで、ワインや梅酒など10種類くらい、ジュース2種類が小さなコップで試飲できる。
 ここもやはり甘口系が主流だったなあ。
 ことし夏に収穫して醸造した新酒がもう売っているというので、白を一本購入。千円くらいだったかなあ。
 あと、350ミリの缶ワインもあったので赤と白を購入。こちらは一つ300円くらいだったか。

モンデワイン

 夕方になったのでホテルに戻り、温泉に入ってみる。
 この宿は時間で男湯と女湯をチェンジする方式らしい。
 さて、今回は新兵器をひとつ用意してある。
 それはアイガンから出ている「For ゆ」という入浴用メガネである。
 全体がプラスチックでできており、誤って踏んづけても破片で怪我をする心配がない、曇りどめ加工で湯気の中でもはっきり見える、など入浴用に特化した眼鏡である。
 最高度数で購入したが、さすがに普段の眼鏡と比べると度数が足りない。強度の近眼が、ふつうの近眼になりました、というくらい。
 それでも足元などはちゃんと見え、露天風呂の石畳や段差なども安全に歩くことができる。
 ただ残念なのは、この宿の露天風呂は、市街地の一階にある関係上か、塀の隙間からしか外を見ることができなかった。
 塩原や鬼怒川ならさぞかし爽快に見えただろうなあ。

 さて夕食のバイキングである。
 伊東園やおおるりに比べると会場が広く、かつ明るい。
 そして料理が多い。
 ざっと100種類くらいの料理が並んでいる。
 刺身だけでもマグロ、鰹、キンメ、タイ。寿司だけでもマグロ、イカ、海老、ホタテと並んでいる。
 キンメの刺身がうまかった。
 オープンキッチンの特別コーナーでは、期間限定の壺焼きのこ、網焼きステーキ、海老・キス・マイタケの天ぷらが調理されている。海老の天ぷらはおおるりではペンシルサイズだったが、こちらではマジックインキサイズの大物。
 ここでは酒類はスタッフに注文する方式。最初にビールを二杯飲んだが、せっかく甲府だからというので、カラフワインも頼んでみる。赤も白もけっこういける。
 最初は寿司や刺身も食ってみたが、そのうちオープンキッチン御三家専門となり、ワインを飲みながらステーキと壺焼きと天ぷらをむさぼり食らう。
 デザートも各種フルーツとケーキ、シャーベット、ソフトクリームとずらり並んでいた。
 さすがにこれだけ食えれば、夜の街をさまよい歩く必要はない。
 部屋に戻り、もういちど温泉に入ってから、缶ワインを飲んで寝る。

夕食会場 オープンキッチン御三家

 翌朝は温泉にもういちど入ってから朝食。
 バイキングで和洋中華いろいろ並んでいたが、シンプルにごはんと味噌汁と納豆だけにしておく。
 11時にチェックアウト。歩いてモンデワイン工場にもういちど行って試飲してから、近くにある蕎麦屋「いしやま」に入る。ここで地酒と、いしやま御前を頼む。これはワンプレートにざるそば、鶏モツ煮、馬刺し、天ぷら、カボチャサラダ、煮豆、ごはん、漬け物、味噌汁、フルーツと甲州名産がふんだんに載った豪華版。残念ながらこちらの鶏モツも玉ひもがなかった。
 まだ時間があるので、タクシーでそこらを走ろうかと思うが、石和温泉近辺は流しのタクシーが少ない。
 駅前近くのタクシー会社まで歩き、ようやく乗せてもらう。とりあえず信玄餅の工場へ。
 20分くらい走って到着した信玄餅工場は、アウトレットショップを併設していて、でかい観光バスが何台も停まっていた。どうやら観光コースに組み込まれているらしい。
 工場見学は時間が合わなかったので、とりあえず信玄餅だのワッフルだのカステラだの多彩な菓子類を見物し、さらに菓子で作った山水だの田園だの風物だのを見物して、電話でタクシーを呼び出してまた駅まで戻る。
 14:34の特急かいじに乗り、缶ビールを満喫した後、16:04新宿着。
 どっとはらい。

いしやま いしやま御前


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