格安温泉宿チェーンの旅、第二弾はおおるりチェーンである。
ここは格安温泉宿の中でももっとも格安を誇る。
なんと一泊二食付きで5千円台というから凄い。
二位の伊東園に2千円近くの差をつけている。
まあ実際は、おひとりさま割り増しや送迎バス有料やらで、その差はもっと縮まるか、あるいは逆転するのだが。
今回は鬼怒川温泉。
ここはおおるりチェーンの宿だけで2軒ある。伊東園は3軒、大江戸温泉物語は2軒。
これほどに格安温泉チェーンが集中しているのはワケがある。
鬼怒川はかつて、観光地日光に近く、東京からも2時間ほどで行ける交通の便、渓流の風光明媚、などの利点で栄えた。
箱根や伊香保が温泉愛好派に愛されたとすれば、熱海や鬼怒川は温泉歓楽派に愛されていた。
バスを連ねて慰安旅行、温泉ホテルのハワイアンダンスショー、露天の射的、場末のストリップ劇場、温泉芸者という路線である。
それがバブル崩壊で壊れた。
乱痴気騒ぎする団体さんは激減し、ホテルは次々と潰れた。
鬼怒川温泉郷は、バブル崩壊と共に、乱痴気騒ぎの殿堂、遊楽の温泉街としてはいちど崩壊しているのだ。
そのとき潰れたホテルを、のちほど格安チェーンが買い取っている。
池袋東口に8時45分集合。今回もでかい観光バスである。
おおるりのバスは伊東園とは違うシステムで動いている。
伊東園は1バス1方向で、乗車した客はそのまま同じバスで目的地の宿に送り届けられる。
おおるりは1バスが多方面を担当する。
池袋や新宿や横浜や宇都宮からそれぞれ乗車した客は、南方、北方、西方、東方に向かい、方面の基幹となるサービスエリアで、それぞれの目的地行きのバスに乗り換える。
われわれは北方方面軍ということになる。
9時に池袋を出発したバスは、45人の乗客を乗せ、10時に佐野のサービスエリアへ到着。ここで、日光方面、塩原那須方面、鬼怒川方面のバスに乗り換える。このとき、新宿や宇都宮や横浜から来た客も合流。
マイクロバスに20名ちょっとの乗客を乗せ、佐野を出発した。
このバスは鬼怒川にある、平家本陣、おおるり荘、ホテルニューおおるり行きということになる。
11時45分にバスはホテルニューおおるりに到着。ここで降りた客は私のほか2人だけ。
ホテルニューおおるりは鬼怒川に面した、ちょっと古びた外観のホテル。
チェックインは13時からとのことで、荷物だけ預けてそこらを歩き回ることにする。
ホテルニューおおるりから。最寄りの鉄道駅、東武鬼怒川温泉駅まで歩いて10分くらい。
途中、遊楽街復興の志なのか、射的小屋をみかけたが、むろん誰もいなかった。
駅前の土産物屋の2階にあるレストラン八家で、まいたけ天ぷらそばと鬼怒川地ビールを頼む。天そば1,050円、ビール700円。
天ぷらはさくさくしてたが、そばは普通だったかな。地ビールはくせのない万人向け。
食後、東武鉄道に乗り、竜王峡に行く。
ここに日本でも数少ない、秘宝館の生き残り、秘宝館の生きた化石こと、鬼怒川秘宝殿があるのだ。
今年で閉館するという噂もあり、現在でも不定期開館なので、なんとか見ておきたい。
鬼怒川温泉から2駅目の新藤原で乗り換え、ひとつ先の竜王峡で降りる。
ちなみに竜王峡には自動改札がないので、鬼怒川温泉駅でカード入場すると精算がめんどくさい。竜王峡へ行くなら切符を買うのが正解。
ま、私は優しい駅員のおばちゃんに精算手続きをやってもらってほのぼのしたからいいけど。
竜王峡から道路沿いに南下して徒歩5分弱のところに秘宝殿があった。
従業員のっぽい車一台しか停まってないので、閉館かと危惧したが、ちゃんと開館していた。
館長らしいおじさんに入場料を払う。
「きょうはセンサーが壊れてる機械がひとつあるから、百円引きの900円でいいや」とのこと。
おじさんは病気で倒れ、鬼怒川崩壊で入場者も減り、この施設も崩壊しつつあるらしい。
話し好きらしいおじさんに、この施設のことをいろいろと聞く。
昔はこの近辺で、巨大ぼぼと巨大まらが出逢う勇壮な祭りがあったとか。
「また再現したいんだけどね。役所がうんと言ってくれないんだ」
そうおじさんは淋しげに語った。
またおじさんは、入口にある人形を指さして語る。
「これ、なんだかわかりますか?」
「緋牡丹博徒ですよね」
実際、その女性像は、和服を片肌脱いで乳を出し、下着をつけずに片膝を立て、壺を振っていた。
「いやでも、この顔は誰か分かりますか?」
「え……お竜さんだから、藤純子……」
「これね、吉永小百合さんなんですよ」
嬉しそうに笑う館長のおじさん。ひょっとしてこの人の好みか。
ウタマロ風の浮世絵が飾られた廊下を通り、あやしげなお面が飾られた階段を上ると、ギミック人形が並んでいた。
人形の前を通るとセンサーが作動し、ナレーションと共に人形があやしげな運動をするというもの。
・道鏡と女帝のお戯れ
・秀吉、夜の天下様(これが壊れていた)
・板東武者出陣前夜図
・旅の途中、雲助に襲われる娘
・干瓢農家の父と娘
・温泉でイチャイチャカップルを覗きながらひとり慰める娘の図
などなど。ちゃんとローカル色を加味しているのがうれしい。
さらに性科学風の展示があり、最後には昭和の香りたっぷりのポルノ映画上映館もあった。
定番のモンローが飾られた出口前には土産物屋があり、どれも魅惑的な品ばかり。
四十八手てぬぐいと四十八手トランプを買ったが、トランプはウタマロ浮世絵のほうがよかったかなあ。トランプも手ぬぐいも千円。
出たところにはUFOキャッチャーがあり、こんなもんどう見るんだというようなVHSビデオ、たぶんWin95対応だろうなという感じのエロゲームなどが並んでいた。
どうせこんな観光地のゲーム、ボッタクリに決まってる、と百円投入してやってみたら、あっけなくパンティが取れた。
まあ、いつ閉めるかもわからん施設だから、大盤振る舞いなのかもしれんね。
すこしけがれた心を洗い流そうと、竜王峡の渓流を散策。
駅前の地図で一周一時間という散策コースが手頃と思って歩き始めたが、これが以外と難行苦行だった。
山道だから上下が半端ないし、丸太で作った道路がところどころとぎれている。
新品の靴を履いた足がたちまち痛くなってくる。汗がしとどに流れる。
花の咲いていない水芭蕉の水田を通る頃にはもう半死半生。
そこからさらに30分、目標地点の橋にたどりついたら全死無生。
汗はいつのまにか出なくなっていたが、これは楽になったからではなく、脱水したからだ。
宿に戻ってみたら、足の親指の爪が真っ黒に変色してはがれかかってた。
やっとのことでスタート地点によろばい着き、茶店で生ビールを頼む。
あまりに汗みどろなのでおばちゃんに笑われるが、今はそれどころではない。
脱水しかかっている身体にビールが染みる。それと同時に、脱水したため止まっていた汗がどっと噴き出す。
いっきに呑み干してしまったビールのおかわりと岩魚の塩焼きを頼み、今度はちびちび、電車が出るまで一時間ほど休憩。
駅で駅員のおばちゃんが飼ってる黒猫(野良に餌をやってるだけらしいが)としばらく遊んで、電車に乗り込む。
帰途、電車の中から、みごとなまでの元ホテルの廃墟が見えた。
16時半、ホテルに戻りチェックイン。
予約すれば貸切露天風呂を無料で利用できるというので、22時から予約しておいた。
部屋は和室で、まずまずのところ。渓流が見おろせて展望は良好。
温泉は浴槽がひとつだけだったが、汗を流せればそれでいいやという心境。
さて17時半開始の夕食バイキングなんだが。
メインは天ぷら(エビ、オクラ、タケノコ)。他にイカフライ、豆腐ナゲット、海老春巻き、枝豆、鴨ハム、ハンバーグ、煮物、カレー、チャーハンなどなど。エビの天ぷらはペンシルサイズのかわいい奴。
酒は17時半から18時半までの一時間。
私はビールと、ビールのつまみに特化した天ぷら、イカフライ、枝豆に絞った。
揚げたての天ぷらはおいしかったよ。ミニエビ天も、ひとくちサイズで酒のつまみにはいい。
刺身なし、トリカラなしというところが伊東園よりローコストなところかな。
夕食がチープなのは先刻承知していたので、食後風呂に入ってから駅前に再度くりだす。
ホテルニュー三日月のネオン噴水を横目に見ながら、屋台居酒屋を通り過ぎ、ラーメン屋の2階にある「カラオケスナック たろう」という店に入る。
この店は鬼怒川太郎さんという演歌歌手の経営する店である。3,000円で飲み放題という明朗経営。
私が入ったときは客が3組ほど。あえて年齢不詳の、店主と懇意そうな婦人、常連客らしい中高年男女、やはり常連らしい老人。私より若い人はいない、という安らぎに包まれる。
最初にフルーツの盛り合わせが登場し、あとはイカクンや柿ピーやポッキーのような乾き物が出てきて、あとはお酒をご自由に、というシステムらしい。とりあえず地元の焼酎をロックでお願いする。
一階のラーメン屋から料理を持ってきてもらうことも可能らしい。私はやらなかったが、餃子が名物らしい。そういえば、宿の向かいにあるラーメン屋も、餃子が美味いという評判だったなあ。
それからあとのことはあまり記憶にないのだが、焼酎のロックを注文していて店の人に「よく飲みますね」と呆れられたこと、布施明やら沢田研二やらをフリ付きで熱唱したこと、ホテルの露天風呂をドタキャンしたこと、翌朝の二日酔いから、したたか呑んだと想像できる。
というわけで翌朝は二日酔い。
それでも朝食のアナウンスで会場に駆け込んでみたら、もう閉まっていた。
9時にチェックアウトし、バスで近くにある「湯けむり会館」というところに運ばれる。
ここで帰りのバスが来るまで、ショーを楽しんでくださいとのこと。
このショーが良い感じだった。
ザ・大衆演劇という感じで、鬼怒川を舞台にした股旅物。悪役はメイクから悪っぽく、二枚目は京本政樹の様に颯爽として、座頭はベテランの演技力で舞台を締め、娘役は若作りですがすがしく、三枚目はとにかく笑いを取るという、実にわかりやすい。
演劇が終わった後、一座がお茶や化粧品を売って回り、二枚目にババどもが千円札のレイをかけていくところなんか、たまんないねえ。
12時過ぎにバスが来て出発したと思ったら、20分も走らないうちに停車。吾作というおおりり経営のレストランで昼食休憩だとのこと。
私を含め半分くらいは、隣の「きのこの杜」という即売所で時間を潰す。
ここできのこ汁を食う。いろんなきのこ満載で100円は安い。
もっとも、ここで売られているきのこ、確認したらほとんどすべて中国産だった。
14時半、行きと同じように羽生パーキングエリアで池袋行きバスに乗り換え。
15時40分、池袋到着。
どっとはらい。
後記。この直後、集合・解散場所だった池袋西口の道路で、危険ドラッグ吸引者の車が暴走して死傷者が出る騒ぎがあった。やれやれ。
後記2。この半年後、鬼怒川沿いに犬を殺して死体を遺棄する事件があった。やれやれ。
後記3。鬼怒川秘宝殿は2014年末をもって閉館となった。歓楽街の象徴ともいうべき秘宝館も、これで熱海に残るのみとなった。