大師は弘法にとられ 祖師は日蓮にとられ 尊師は彰晃にとられ

 我々は慇懃無礼な集団と思われているらしい。
 母など私によく「変な人たち!」と言っていた。友人からの電話がおおむね次のような具合に行われるからだ。会話には特に潤色を加えていない。

「もしもし、下条先生ですか。わたくし江嶋でございます」
「ああ、どうもお久しぶりです。最近いかがですか?」
「おかげさまでまあ何とか。ところで、明日の土曜日ですが」
「はいはい」
「いつもの飲み会でございますが、その前にですね、新宿で映画でも鑑賞はいかがかと」
「ほほう、どういう類の映画でしょうか」
「それがね、モスラなんです。小林恵の方の」
「なるほど。私のほうでしたら、喜んで行かせていただきます」
「左様ですか。そしたらですね、テアトル新宿で3時20分からあるんです。これなら5時ちょうどに終わりますから、それから十徳ということに」
「承知しました。よろしくお引き回しのほどを」
「ではテアトル新宿前に3時10分ということで、よろしくお願い致します」

 最近いかがも何もない、先週同じ十徳で飲んで暴れたばかりである。鑑賞もくそもない。たかがモスラである。引き回しと言っても、映画館から居酒屋に行き、酔っぱらったらゲームセンターに行ってバーチャロンをやり、酔いを醒ましてからビアホールに行くというお決まりのパターンに過ぎない。そのような行動を共にしている、腐れ縁とも言うべき関係のくせに、上司か教授に使うような言葉使いで話すのは、変だというのだ。

 不精な上に、団体の中での位置関係というのがどうもわかりにくい連中ばかりだから、相手によって言葉使いを変えるというのが面倒くさくて仕様がないのだ。だから、誰にでも最大級の敬語を用いる。敬意を表してのことではなく、こう言っとけば間違いはない、くらいの意味である。相手にしてみれば却って失礼を感じるかもしれない。

 そういう我々だからして、人物につける敬称にも最大級を用いる。先ほどの会話で出たように、仲間うちは大体「先生」で済ます。先輩でも後輩でも。もっとも、本当に「先生」もいる。「神崎先生」というのは、運動部員が最近強姦したり自殺したりで世間を騒がせている大学で日本文学を教えているので、誤用ではない。余談だが私は帝京高校を知ってからだいぶたってあの大学の存在を知ったので、どうしても大学が高校の付属のような気がして仕方がない。さらに余談だが、この手の大学で一番哀れなのが武蔵大学だ。付属で武蔵高校があるのだが、関東随一の進学校で、みんな東京大学に行ってしまい、武蔵大学に進学する生徒など一人もいない。同じ敷地に大学と高校があるのだが、高校生が歩いてくると大学生は道を譲るということだ。

 だれにでも「先生」をつけるとどうなるか。その中でも、特に敬意を表したい人に対しては、「大先生」と呼ぶ。そのうちに、「大先生」が増えてくると、中でも特に尊敬している人に対し、「大大先生」と呼ぶ。それが、「超先生」「尊師」「大尊師」に化すのにさほど時間はかからない。敬称のインフレ状態である。そのうち、「将軍」とか「博士」とか「総督」とか「ミステル」とか「大王」とかショッカーの幹部のような敬称で呼ばれる人も出てくる。こうなると敬称か馬鹿にしているのか分からない。「先生」の時代からそうだともいうが。小説家などは、「センセイ」と呼ばれるのがとりわけ嫌いだという。

 敬称が奇妙な発達を遂げることもある。ある男は、名前に由来して愛称が「たっちゃん」だった。多分後輩が先輩に「ちゃん」と呼ぶのは不遜だと感じたのだろう、「たっちゃんさん」と呼んだ。これが全体に広まってしまった。最終的には「先生」も付き、「たっちゃんさん先生」という面妖な呼ばれ方をするようになってしまった。中には「たっちゃんさん先生大元帥」や、「たっちゃんさん先生大明神」などと呼ばれることもある。何故か敬称を並べれば並べるほどリズムが良くなるので、ついずらずらと並べてしまう。

 この集団でメーリングリストなるものを始めたときには困った。何しろ10歳年上から15歳年下までいる。年上は「さん」でいいかもしれんが年下はどうするか。現役の学生などは年が離れすぎて名前と顔が一致しない。それほど親しくないものを呼び捨てとはいかがなものか。(でも、普通の人は、顔を覚えていないほど年下だから、呼び捨てでいいのだと考えるんだろうなあ)年上に「さん」年下に「君」というのも、長幼の序を強調しすぎるようで嫌だ。それに、「君」というのも、ちょっと馴れ馴れしすぎる語感がある。結局、苦吟したあげく、「氏」で統一することで落ち着いた。これなら性別も気にせず済むし。

 例外はこの駄文でも何回か登場願っている「ハラ君」である。彼の場合、「たっちゃん」と同じで、敬称ごと愛称になってしまっている。もっとも、彼はメーリングリスト上は「Waffen SS」というSS将校を名乗っている。最近は「凄統」という敬称もつけてあげた。私はメーリングリスト上は、「MANN」というドイツ軍二等兵を名乗っているので、本来なら、「ハラ上官殿」か「ハラ閣下」と呼ばなければならないのだ。


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