三十八度線上のメリークリスマス

 昔あるところに、ちいさな王国がありました。
 王さまは三人の王子をもっていました。王さまは、三人をおんなじようにかわいくおもっていました。それで、じぶんが亡くなったあとは、どの王子をあとつぎにしたものか、見当がつきません。
 そこで王さまは三人の王子を玉座にまねきよせて、
「わしのあとつぎになる者は、この国をしっかりとおさめ、党と人民大衆と軍部の支持をとりつけなければならん。そこで」
 と王さまは言いました。
「おまえたち、だんくん様の話は聞いたことがあるだろう。日本は海の底、中国では北京原人がハダカで暮らし、ジャワでは小人がいた、はるか昔々、このチュシンの人々の願いにこたえ、強盛大国をきずきあげた神の子、あのだんくん様だ」
「だんくん様なら、聞いたことがあります」と長男の王子は言いました。
「たしか、チュシンを建国したあと、永い眠りについたとか」と次男の王子も言いました。
「そうだ。おまえたち三人のうち、はるか北にあるという、だんくん様の眠る王稜に行き、だんくん様のお墨付きをもってきた者を、あとつぎといたす」
 王さまはいいました。

 さいしょに長男が旅にでました。ずんずんと北へ北へ歩いていくと、街のはずれに、ぼろをまとったお婆さんがいました。お婆さんは
「若い太ったかた、わたしは日本人妻です。敵対階層といわれて山奥で強制労働させられ、日帝のスパイといわれて収容所に送られ、やっとのことで脱走してきました。どうか哀れとおぼしめして、トウモロコシ粥のひとさじでも、めぐんでいただけないでしょうか」
 と、息もたえだえに、蚊のなくような声でささやきました。
 しかし長男の王子は、
「なんだ、きさまは。敵対階層で犯罪者のチョッパリじゃないか。そんな毒虫野郎の腐敗帰胞が生きる余地はこの国にはないぞ。逮捕だけはおめこぼししてやるから、さっさとあっちへ行け」
 と言いすてて、そのままずんずん歩いていきました。

 長男王子はさらに北にずんずん歩いていきましたが、やがて日が暮れてきました。
「そろそろ宿をとらないといけないが、旅行証明書も糧券もないし、困ったなあ。よし、あの家に押しかけて、幹部風をふかせて、むりやり泊まっちゃおう」
 山のふもとにある、ちいさな家をめざして、長男王子はずんずん歩いていきました。
 長男王子は家の戸をどんどんと叩いて、
「あけろ! 人民班の巡検だ! 班長様のおなりだぞ!」
 とわめきましたが、出てきたのは、なんと、ちいちゃなネズミでした。
「これはこれは王子様ちゅうちゅう。ネズミの園へようこそちゅうちゅう。歓迎しますちゅうちゅう」
 そこには吊りズボンのネズミやら、ワンピースのネズミやら、リボンをしたネズミやら、ネズミばっかりがいっぱいいました。
「さあさあ王子様ちゅうちゅう。ここは持ち込み禁止ですが、いくらでも中には食べ物飲み物がございますちゅうちゅう」
「アトラクションをお楽しみくださいちゅうちゅう」
 ネズミにさんざんごちそうされ、お酒ものみ、ネズミの踊りやパレードを見せられて、長男王子はすっかり満足してしまいました。
「ここはいいなあ。おやじの国なんかもうどうでもいいや。ずっとここで暮らしたいな」
「ぜひとも、そうなさいませちゅうちゅう。ここは夢と魔法の園、いつまでも夢をみていられるのでちゅうちゅう」
 ご満悦の長男王子を、さっき街に倒れていたお婆さんが、ひややかに覗いて、
「腐敗した独占資本が、愚民大衆を好きなように操作するために作った魔法、そして大衆をいつまでも馬鹿なままにしておくために見せる夢。そんなのに騙されるってことは、長男王子、しょせんあんたは、この国の領導者たる資質がないってことさね」
 と、つぶやきました。

 いつまでたっても長男王子がもどってこないので、次男王子がでかけることになりました。
 長男王子とおなじように北へ北へずんずんと歩いていくと、山の中でぼろをまとった兵隊さんにでくわしました。銃もヘルメットもない、その兵隊さんは、
「着飾った若いお方、わたしは脱走兵です。徴兵されてからもう20年、小隊長や連隊長の下男のようにこきつかわれ、食糧も火薬も制服もいつもお偉方にピンハネされ、給料もぜんぜんもらえませんでした。そのうえ、故郷では女房子供が飢え死にしかかっているという噂を聞き、たまらなくなって、とうとう脱走してしまいました。どうかわたしに、ヤミの通行証を買うたしになるお金を、めぐんではくださらんか」
 と、次男王子にものごいしましたが、次男王子は冷酷に、
「なに、脱走兵だと、この逆徒め、国家反逆の輩め! お国を護る気概のない、おまえのような徒党がいるから、社会主義の完全勝利も、社会主義の全面勝利もまだ達成できないんだ! おまえのような逆徒野郎には、たとえ1チョンだってやるもんか! 命だけは助けてやる、さっさと原隊に復帰せよ! お前の家族は国賊となるのでみな泣いておるぞ! 反逆者は三代まで絶滅だぞ!」
 と、きめつけました。兵隊さんは泣きながら去っていきました。

 次男王子はさらに北にずんずん歩いていきましたが、やがて日が暮れてきました。
「山の中で野宿はしんどいなあ。狼が出るかもしれないし。おお、あそこに家の灯りがあるぞ。おや、エリック・クラプトンの歌声も聞こえてくる」
 山の中にある、ちいさな家をめざして、次男王子はずんずん歩いていきました。
 次男王子は家の戸をどんどんと叩いて、
「君もクラプトンマニアなのかい、ホワーイ?!」
 するとグルービーの格好をした若い娘が出てきて、
「スローハンドは神だと思っているわ、ワーオ!」
 といいました。
 クラプトンのDVDが大音量で再生されるライブハウスで、その娘とすっかり意気投合した次男王子は、すすめられるままに密輸入のスコッチウィスキーをがぶ飲みしましたが、それに魔法の薬がはいっていたので、次男王子はたちまち女になってしまいました。
 女になってもクラプトンのナンバーを絶唱している次男王子を、さっき追い出された兵隊さんが、にやにやしながら覗いて、
「あんたの性根にお似合いの姿になったな。西欧の退廃音楽に心酔して、いつも父親の陰に隠れて、母親にすがりきってきたお前さんのことだ。人民大衆を指導するなんて柄じゃないぜ」
 と、あざ笑いました。

 長男も次男も、いつまでたっても戻ってこないので、こんどは末っ子王子が出かけることになりました。
 ずんずんずんずん歩いていくと、道ばたに、ぼろをまとった子供がいました。
「栄養状態のよいおじさん、わたしはコッチェビ(浮浪児)です。お父さんはお米をヤミで売った罪で処刑されました。お母さんは南朝鮮へ脱北しました。わたしは服務班に見捨てられ、家を追い出され、草むらで寝ています。もう1週間、なにも食べていません。どうか野菜くずのかけらだけでも、めぐんでいただけないでしょうか」
 がりがりにやせ細った子供の言葉に、末っ子王子は、
「それはかわいそうに。ウリ式社会主義を築く次代をになう子供たちが飢えるなんて、あってはならないことだ。全社会を主体思想化する、真の主体型の共産主義革命家になるために、さあ、これを食べなさい」
 末っ子王子はふところから、白いご飯のお握りを出して、子供に食べさせました。飯盒で肉スープを作り、それも飲ませました。さらに自分の着替えをとりだし、
「さあ、これを着なさい。ちょっと大きいが、生地はわが国の誇る世界最高の繊維、ビナロンだよ。丈夫で長もち、しかも撥水性と吸水性にすぐれているという値打ちものだ」
 と与えました。
 子供は涙を流してよろこび、
「ああ、おじさん、こんなに親切にしていただいたのは生まれてはじめてです。どうか神様のおめぐみがありますように」
「わが国は王国とは名ばかりで、党中央は人民大衆に服務することになっているのさ。でも、神様はいけないな。神は腐敗した封建政府が人民を縛りつけるために作った迷妄だし、宗教は人民大衆の覚醒をさまたげる阿片だよ」
 末っ子王子はそう言って、また北へずんずんと歩いていきました。

 末っ子王子はさらに北にずんずん歩いていきましたが、やがて日が暮れてきました。
「夜になってしまったか。でも、あの光明星はいつもわが国を照らしてくれる。あの星が導くとおり歩いていけば、必ずやすばらしい未来に行きつけるはずだ」
 夜になっても末っ子王子は、恐れることなく光明星めざしてずんずんと歩いていきました。すると光明星のもと、さっきのコッチェビが立っていました。子供はみるみるうちに、けだかい男の人に姿を変えました。
「わしが北の強盛大国、チュシンの王であった、だんくん様じゃ。さきほどのおまえのふるまい、まことにチュシンの王たるにふさわしい」
 だんくん様は、末っ子王子にひとつの笛をわたしました。
「これがおまえの力になってくれるだろう。これを吹くと、力強い味方がやってくる」

 末っ子王子がようやく王国にもどったとき、国は荒れはてていました。
 お父さんの王さまが亡くなり、そのすきを狙って、大きな国と中くらいの国と小さな国が攻めてきました。長男王子と次男王子は、なさけないことに、戦いから逃げ、あり金や財宝をもって、スイスに逃げてしまいました。
 末っ子王子は、「ぼくは逃げない。この祖国を帝国主義逆徒から守るために戦う」と宣言し、わずかな兵隊をひきいて、パルチザン闘争にはいりました。
「まずは、帝国主義逆徒どもの出方をうかがうことだ」とおもった末っ子王子は、たったひとりで偵察にでかけました。

 大きな国の主は黒人で、白人の国民から嫌われ、ばかにされていたので、「オバカ大統領」と呼ばれていました。
 中くらいの国の主は大きな国にも小さな国にも公平にぺこぺこしておべっかばかりつかっていたので、「野だいこ総理」と呼ばれていました。
 小さな国の主は不正行為ばかり起こして自分の政治生命をすりへらしていたので、「じばく大統領」と呼ばれていました。
 末っ子王子がこっそり敵陣に忍びこんでいくと、オバカ大統領が偉そうにふんぞり返って、人民を奴隷のようにこき使いながら豪語していました。
「国王はくたばり、青二才の末っ子しか残っていないという話だ。今こそあの国を軍事占領し、わが国のいいなりになる傀儡国家を作る、絶好のチャンスだ」
「まったくもって、おっしゃるとおりでゴゼエマス。さすが明察果断のオバカ様、よっ、大統領!」
 野だいこ総理は両手をもみながら、おべっかを言いました。
「あの若造は党幹部や軍隊への抑えがきかない。今こそ圧倒的な軍事力で電撃的勝利をかちとり、悲願の半島統一をなしとげるのだ!」じばく大統領は怒号しました。
「なんとも声涙ともに下る名演説、この野だいこ、ホトホト感服いたしましたでヤンス。よっ、大統領!」
 野だいこ総理はこちらにもおべっかを使いました。

「抑えがきかないのはどっちのことなんだ。おまえらは野党どころか、自分の党や官僚、親類すらロクに抑えられてないじゃないか」
 あざ笑った末っ子王子は、笛をいちど吹きました。澄みわたった青空に、鋭い笛の音がひびくと、どこからか人民服に身を包んだ男が姿をあらわしました。
「私はあなた様の友邦、キントーさん。なんなりとご命令ください」
「よし、あそこに集結した軍隊をやっつけろ」
 末っ子王子が言うやいなや、わらわらわらわらと出てきた人民解放軍兵士。人海戦術で、あっというまに帝国主義の兵隊野郎どもを殲滅してしまいました。
 虎の子の軍隊があっという間に全滅して、怒り狂ったオバカ大統領は、
「ようし、こうなったら一騎打ちの決闘を申し込むぞ。言っておくがオレは、ハイスクールではレスリングのヘビー級チャンピオンだったからな」
 と、末っ子王子を挑発しました。
 末っ子王子が笛を二回吹くと、こんどはコマンドサンボ着に身を包んだ、がっしりとした男が現れました。
「私はあなた様の友邦、プーチンさん。なんなりとご命令ください」
「よし、あそこのひょろ長い黒ん坊をやっつけろ」
 末っ子王子が言うやいなや、プーチンさんはオバカ大統領をつかまえ、サンボの裏技で手足をへしおってしまいました。
 じばく大統領と野だいこ総理は、泡を食ってみっともなく逃げていきました。

 こうして末っ子王子は、人民大衆の歓呼のなか、新しい王さまになりました。この国がほろびてなければ、今もさかえています。


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