女海賊は血まみれだって抱いてあげるわ

「今日の体育の授業、ヤス先生だって」
「きゃあ、やったー」
「あの先生、東洋人だけど、カッコいいのよねー」
 女子生徒たちの会話に加わることもなく、ナヴィアは黙って着替えをしている。
 体育の制服は、上半身は白い綿のシャツ。下半身は騎士の鎧を参考にして、紺の伸縮性のある生地を使い、短いパンツの形に作ってみた。
「でも、ヤス先生、あのニーナ先生のコレだって噂よ」
「ええ、なんでー」
「あたしたちよりちびっちょで、おまけにずん胴なのにー」
「変態よねー、そんなのって」
「ウソに決まってるわよそれって」
「そうよねー」
「あなたたち」
 ナヴィアの冷たい声が響いた。
「おしゃべりできないようにしてあげようか」
 静まりかえった女生徒たちを置いて、ナヴィアは一足先に体育館へ出た。一声、「こえー」という呟きが後ろに聞こえた。

「今日は片手剣の練習をする。片手剣は致命傷を与えにくいので、相手の剣を持つ手を傷つけるのが勝利の決め手だ。とはいっても心臓を刺されたら致命傷なので、心臓をかばうように、半身になって立ち、こんな形で構える」
 安之進は短剣の形をした竹刀もどきを片手で持ち、ポーズをとってみせた。ジェノヴァ近辺には竹がないので、エジプトの葦の茎を束ね、それらしいものを作ってみた。
「では2人1組になって、練習はじめ」
 男子生徒の制服は、上半身は同じ白いシャツ、下半身は騎士のタイツをゆったりめに作ってみた。コッドピースは、省略した。
「そこの生徒、ちょっと来て」
 安之進はナヴィアを呼んだ。ナヴィアは、相手の男子生徒と練習、というよりは、相手を叩きのめしていた。
「俺と練習しよう。ええと、名前は」
「ナヴィアです」
 言うが早いか、ナヴィアの短剣は、一気に安之進の心臓をめがけて突進した。安之進はその剣を打ち払った。その剣を持つ手を、さらに斬りたおそうとするナヴィアの剣。安之進はナヴィアの剣を受け流し、喉元に剣をぴたりとつけた。
「ナヴィア。君は技術よりも、気合いで勝負しすぎる傾向があるな。それは、まるで」
 安之進はナヴィアに似た人間の名前を言おうとして、ふと苦笑した。
 ニーナだった。
 攻めることばかりで、防御をまるで考えていないところ。
 その野獣のような精気にまかせ、一直線に突き進んでいくところ。
 (ニーナに似ている)
「とにかく、もっと防御にも身を入れろ」
「でも、先に殺せば勝ちです」
 そんなこともニーナなら言いそうなことだな、とひそかに苦笑しながら、教師らしく威厳をつくり、安之進は言った。
「ここは学校だ。とにかく、防御を習え」
 ナヴィアの汗がきらきらと真珠のようにこぼれ、安之進は、(美獣)という言葉を、なんとなく思いだしていた。
 (ハーリー・レイスだったっけかな)

「今日はこれまで」
 宣言した安之進に斬りかかるような勢いで、ナヴィアは尋ねた。
「ヤス先生、ニーナとはどういう仲なんですか」
「ニーナ先生と呼べ」
「尊敬できない人を、先生とは呼べません」
「ニーナは船長、俺はその部下だ」
「それだけなんですか」
「それだけだ」
「それならいいです」
 ナヴィアは去りぎわに、こう言い捨てて去っていった。
「ニーナは先生にふさわしくありません」
 斬り裂くような口調だった。


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