ある男がお墓のそばに住んでいました

 自分でも思っていた以上に小心者らしく、いきなりネタに詰まって駄文を作ろうと苦しんでいる夢を見て朝早く目覚めた。だからその夢の話をそのまま書く。

 タイトルはご存じのように、シェイクスピアが書いたもっともかわいらしい子供マミリアス王子が、王妃である母親、ハーマイオニと、その侍女に物語ろうとした話の発端であるが、彼がせっかくここまで話しだしたとき、父王リオンディーズがそのとりまきとともに登場して、王妃を牢獄へ追いやってしまうのである。この話には続きはない。いったい、どういう筋になるはずだったのだろう? むろん、シェイクスピアはそれを知っていたし、このわたしもあえて知っていると言わせてもらおう。おそらくそれは、つぎのようなものである。

 ある男がお墓のそばに住んでいました。
 男というからには人間でした。すなわち、地球の生物でした。地球という星はご存知のように、おおむね、摂氏マイナス30度から摂氏50度のあいだの温度、つまり摂氏マイナス273度を絶対零度とする絶対温度Kであらわせば、だいたい240Kから320Kのあいだの温度をたもっています。そして地球の生物は、だいたい270Kから310Kの温度をたもっています。そんな地球の生物は、その温度の範囲内で反応しやすい炭化水素を主体にできています。これを、ここでは炭素型生物と呼びます。
 ところが地球よりもっと太陽に近く、暑い星、たとえば気温が600Kを超えるような星では、炭化水素はすぐばらばらになってしまい、生物の体をつくることは難しいのです。その場合、炭化水素の代わりに、弗素とシリコンが結合した弗化シリコンが主体となる生物の存在が考えられます。弗化シリコンなら、地球のような寒い星では不活性すぎますが、600Kやそれ以上の気温、体温のもとでは、ちょうど反応しやすい状態になるでしょう。これを、ここでは弗素型生物と呼びます。
 逆に、地球よりももっと太陽から遠く、寒い星、たとえば絶対零度の0Kにほとんど近いような星では、弗化シリコンはおろか、炭化水素すら不活性すぎて生物の主体としては向いていないでしょう。そのような寒い星では、地球では気体となって飛び散ってしまうような、たとえば水素が液体として生物の主体となっているかもしれません。これを、ここでは水素型生物と呼びます。

 さて、ここで仮に、ある生物が交配して、炭素型生物1、弗素型生物2、水素型生物4の割合で子孫を残す可能性があると仮定しましょう。どの生物が生まれたとしても、もういちど交配したときにそれぞれの生物が産まれる確率は同じだとします。その場合、その生物が3代、すなわち3回の交配を行った結果として、ある男がお墓のそばに住んでいました確率は、どうなるでしょうか。

 この王子の難問に若い侍女は頭を悩ませ、ええと、7分の1かける7分の1かける7分の1で、ええと……と計算をはじめる。
 王妃ハーマイオニはちょっと待って、炭素型生物が3代続く確率を計算してもそれが答えじゃない、と侍女をおしとどめ、やっぱり7分の1じゃないのかしら、と息子に訊ねる。
 マミリアスは侍女と母にブッブー、大はずれと宣告し、ある男、と言ったじゃない、男である確率を考えに入れないとダメだよ、だから14分の1、と得意げに言うのだった。

 ここでマミリアスの父王リオンディーズが登場し、どのような生物であるにせよ、炭素型生物と弗素型生物と水素型生物を確率的に産み分けるようなことのできる生物が存在する可能性はゼロである。よってこの問題は問題として成立していないと、おごそかな声でのたまい、男がお墓のそばに住んでいた可能性もゼロであるし、おまえが今後の劇上で生存を続ける可能性もゼロであると息子に宣告する。
 かくして、登場人物をやたらに殺すのが好きなシェイクスピアとその登場人物と、才能とか他の点では桁違いの大違いにせよ、そこだけは同じ趣味のわたしの意見は一致し、マミリアスは間もなく死んでしまい、それでお話は終わりとなる。

参考文献
・ある男がお墓のそばに住んでいました(M.R.ジェイムス傑作集) 創元推理文庫
・われわれの知らないようなやつ(空想自然科学入門) アシモフ ハヤカワ文庫
・冬物語 シェイクスピア 白水Uブックス


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