阪神ファンが年に二度、気が狂うのは、なぜか

 ずっと昔、私たちの球場がいつも野球シーズンだったころ、阪神ファンたちは、一年じゅう、いとこたちと陽気に遊び暮らしていた。
 ところがある日、偉大なる野球の霊は野球ファンたちに、つぎのような警告を送った。
「木々の葉が落ちたら、野球をやめなくてはいけないよ。きびしい寒さと雪がくるからね。それに、ラグビーもするかもしれないんだから」
 阪神ファンのいとこたちは、みんなその警告に耳を傾け、冬をやりすごす準備をした。しかし、阪神ファンは、みんなをばかにして、高いポールの上の応援旗を、何回も振り回して言った。
「冬が来るんだって? おれはこれで充分しあわせなんだ。寒さとか、雪だとか、そんなものは見たこともないね。だから、そんなものがあるなんてことは信じないよ」

 ところがすぐに公式戦は終わり、日本ハムファンと中日ファンは、あわただしく日本シリーズの準備をはじめた。そこで阪神ファンたちは、しばらく遊びをやめて、なにごとかと聞いてみた。すると両方のファンは答えたが、その答えは阪神ファンたちの気にいらなかった。
 なぜかというと、その答えによれば、偉大なる野球の霊の使いが、みんな長い休みにつくように命じたというのだった。その休みは日本一の決定とともにはじまり、翌年の春まで続く長いものだということだった。
 そこで阪神ファンたちは、そんな話は、みんなバカげたことだと言った。そして日本シリーズに呼ばれてないので、勝手に遊んでいた。
 しかし、阪神ファンのいとこたちは、みんないっしょうけんめいだった。かれらは来期のリーダーをえらびだし、いくつもの軍を組んだ。そしてかれらは来期に備え、いろいろなことを学んだ。つまり、リーダーに従わなければならないこと、スポーツ新聞の記事は、あまり真面目に読んではいけないこと、また、寒い間のすごしかたによって、来期の成績が決まるということなどである。
 こうしてみんな、冬に備えて集まりだした。それを見て騒々しい阪神ファンたちは、みんなで、いとこ連中を笑いものにしつづけた。

 やがてついに寒気と霜がやってきて、阪神ファンたちはとても暮らしにくくなった。そして、みんなあわてふためき、あっちこっち飛びまわって、誰か自分たちを日本一へ連れていってくれるものはないかと、探しまわった。だが、そんな案内者はどこにもいなかった。
 かれらは球場や街を気違いのように飛びまわり、やがて、ほんとうに気が狂ってしまった。
 淀川や他人のサイトに、かれらははじから飛びこんで、ここが日本一なのかと聞いてまわったり、実質日本一だよなと言ってまわったり、中継ぎ以降は日本一のはずだと言ってまわったり、そういうおかしな書きこみを他人のサイトに繰り返したりした。そうやって飛びこまなかった川やサイトは、ひとつもなかったと、わたしは思う。
 ちょうどそのころ、偉大なる野球の霊の使いが、はるか東の国のアメリカのところに言伝をもたらすため、阪神ファンがいる球場を通りかかった。だがその使いが阪神ファンに言ったことは、「自分はほかに仕事がある」ということだった。
「それに、あんたたちは、あんたたちが気違いと呼んだ、いとこたちと同じように、注意を受けていたんだよ。わたしが偉大なる野球の霊から聞いたところでは、あんたたちは、たぶんこの寒さの中で、ずっと過ごさなければならないね。それも今だけでなく、今後、毎年冬を、ここで過ごさなければならないんだ。だから、日本シリーズなしで、なんとかうまくやっていくんだね」
 これが阪神ファンにもたらされた悲しいニュースだった。しかし、彼らは勇敢なチビさんたちだったので、もうじたばたしてもだめだとわかると、なんとか、うまくやっていくようにした。
 そして一週間もすると、またいつものように元気になり、新しい監督や、秋季キャンプで頭角を現した若手のことを楽しみにするようになった。

 それに今、阪神ファンたちは、冬はやがて終わるものだと言ったことを思い出して喜んだ。かれらは、ストーブリーグのことをさんざん話しあった。そのため、夏から狙っていた選手がFA宣言しなかったときでも、宣言はしたが案の定巨人にかっさらわれてしまったときでも、ドラフトで目玉をみんな持っていかれて、残念な選手しか取れなかったときでも、おたがいに、これは"春のきざしだ"といって喜びあった。
 こうしてかれらは、六甲おろしを繰りかえしうたったので、荒涼たる街には、再びにぎやかな楽しい歌声がひびきわたった。そして森の人々も、つらさに敢然とたち向かう雄々し阪神ファンを愛するようになった。

 やがて冬はほんとうに終わった。ついに球春がやってきたのである。自主トレが終わり、阪神の主力選手がケガで出遅れ、一部リリーフ投手が契約更改で越年し、キャンプに残りの選手が集合して、オープン戦をはじめたのが、その合図だった。
 空にはすばらしい便りがいっぱいにみなぎった。阪神ファンたちはそれを感じ、体全体でそれを知った。そして喜びのあまり気が狂い、お互いに「今年こそ日本一やぁぁぁ」と大声で叫んだ。
 そして、一週間もすると、冬が来る前と同じように、陽気な生活にもどったのだった。

 ところが、かれらが初めての冬に、ひどいめにあった記憶は、今でもかれらのうちに残っている。だから、試合が終わってさくばくとした球場を、冷たい現実が吹きぬけると、阪神ファンたちは二、三日間気が狂う。
 そして、ありとあらゆる妙なところにとびこんでいくのだ。だから、かれらはそういう時期には、他球場にもくるし、冷たい川や他人のサイト、匿名掲示板へもとびこむ。
 だから今度、あなたがたが、妙な場所で阪神ファンの姿を見たら、かれらは年に二度気が狂うのだということを、思いだしていただきたい。
 つまり春と秋に、日本一をさがして、そういうおかしな場所で、おかしな行動をしてしまうのだということを思いだしてほしいのである。

参考文献
・コガラが年に二度、気が狂うのは、なぜか(森と自然の物語)シートン 集英社


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