あるインタビュー

 阪神タイガースに在籍する、今岡誠選手のインタビューには定評がある。
 インタビュアーの話を聞いていないという定評である。
 かなり調子を落としているため、いまでは滅多に聞けなくなってしまったが、かつて行ったヒーローインタビューから、今岡らしい問答をいくつか抜き出してみよう。

インタビュアー「7回の攻撃、目の前で金本選手が敬遠されました。どんな気持ちでしたか?」
今岡「こういう試合を勝てて、ホンマ嬉しいです!」

インタビュアー「8回の決勝ホームラン、打ったのはどんな球種でしたか?」
今岡「いい場面で打てて、むっちゃ嬉しいです!」

インタビュアー「今日は母の日でしたね」
今岡「絶対打ってやろうと思いました!」

インタビュアー「これで打点もトップ、打率も三割に戻しました」
今岡「もうホントにね、ムチャクチャね、カナモトさんのおかげっす!」

 今岡の「他人の話を聞かなさっぷり」が片鱗だけでもうかがえるのではないかと思う。
 最後のインタビューは、かすかに会話が成立しているかのようないぶきが漂ってはいるが、「カナモトさんのおかげっす!」は、「それにつけても金の欲しさよ」と同様、どんな言葉にくっつけても成立するから油断がならない。
 たとえば、

「チームも首位安泰です」「カナモトさんのおかげっす!」

「中継ぎ以降がひじょうに安定してますね」「カナモトさんのおかげっす!」

「郵政法案がかろうじて可決されましたが」「カナモトさんのおかげっす!」

「ロンドンの同時多発テロにどう対処するつもりか」「カナモトさんのおかげっす!」

「勝さんの相続放棄でスッキリするのか」「カナモトさんのおかげっす!」

「わしらが何故モテないかというと」「カナモトさんのおかげっす!」

 「カナモトさんのおかげっす!」がいかに便利な言葉か、読者諸兄にもご理解いただけたことと思う。

 カネモトだけど。

 こういう面白インタビューというか、珍インタビューを愉しむことができる人間は今岡だけかと思っていたら、最近、その独壇場を崩す若手が誕生したという。
 サッカーJリーグ、ガンバ大阪所属、全日本代表でもある大黒将志選手である。

 大黒選手のインタビューは、大阪弁と標準語のほどよいコンビネーションを特徴としている。
 そして大阪弁では強気で傲慢、標準語では温和で謙虚という、あたかも自分の中の二重人格を使い分けるようなアンサンブルが持ち味である。
 その実例を列挙してみよう。

「いや、点取るだけっす。」

「次の試合とか、考えてないっす。点取るだけっす。」

「去年の日本人得点王?去年のことっす。点取るだけっす。」

 これはデビュー当時のインタビューである。このころはまだ自我が未発達で、「点取る」という言葉が大脳の全てを支配しており、まだ分裂するところまでにも至っていない。いわば原始選手である。
 それから数年、大黒も成長しました。

「ブラジルですか? ボランチより後ろは普通ですわ。案の定、走ったら僕らの方が速かったですもん」

 これが現在の進化した大黒インタビューの基本構造である。
 標準語の疑問形で謙虚にはじまり、いきなり大阪弁で傲慢をぶちかます。そして、やや崩れた形の標準語で説明してとどめを刺すというパターンである。

「リラックスして待っていました。本能? そうっすかね。どんな相手でもいい動きさえすればやれる。実際に点も取ったしね。でも一点じゃアカン。二点取らなアカンかった」

 これは基本形からの発展形である。大黒の精神がじわりじわりと謙虚から傲慢へ変化してゆくとともに、標準語がだんだんと崩れ、大阪弁に支配されてゆく。あたかも、精神の崩壊を絵姿の醜悪化とシンクロさせたオスカーワイルドの名作「ドリアン・グレイの肖像」のごとく、読む者に不安と恐怖を植えつける。

「ブラジル? 守備が、ちょっとテキトーっぽい。チームはいつでも勝利を目指してやっている。出してもらったらまた点を取るだけです」

「あと一点取れるチャンスがあった。ギリシャ? 今日は欧州チャンピオンやなかった。裏にスペースあったし、プレスも少なかった。」

「シュートを外したのがよくなかった。フクさんからいいボールが来たのにトラップミスをしてしまった。裏を狙う動きはよかったけど、やっぱり決めないとダメですね。あのプレーでコンタクトを外してしまって。空振りしたのがあかんわ。右目だけだったですけど。だけどシュートは入れんと。入れることが一番大事」

 ここまできたらわれわれは、恐怖と戦慄の大黒ワールドに身をゆだねるしかないのである。

 もしも、と空想する。
 もしも、もしもこのふたりの対談がおこなわれるようなことがあったら。
 どのような惨事になることであろうか。

「今岡さんですか? 膝から下はチンケですわ。案の定、座ったら僕らの倍くらいありますもん」
「いやもう、一生懸命やるだけです!」
「あと一点取れるチャンスがあった。アカボシさんが出て、カナモトさんがタイムリーツーベース打ったのに、あそこで続かんかったらアカンわ。打率は落ちてるし、守備が、ちょっとテキトーっぽい」
「勝てたんがホンマ嬉しいです!」
「変態? そうっすかね。でもあんな空振りしとったらアカンわ。おまけに唇は出てるわ、胴は長いわ、嫁さん無駄遣いやわ、ホンマええとこがない(笑)」
「ムチャクチャ嬉しいっす。アカボシとカナモトさんのおかげっす!」

 この対談に急遽参戦してきた人物がいる。

「正直に話しますとね、みなさん打点打点と騒ぐじゃないですか。だけど僕は打率に注目するんですよ。今岡誠さんが、これからどのような手法で打率を整えてくるか、僕としては、ひじょうに興味森林です。ええ、謎が森林のように雨窓としているという、まあ、比喩ですね。もちろん。ええ。はっきり言いますとね、きょうの試合でもそうじゃないですか。今岡誠さんがエラーをしたように見えたわけですね、ええ。でもそれは相手が仕掛けてきたわけですよね、バントを。そうじゃないですか? はい? あ、その質問ですが、逆に私が聞きたいくらいなんですよ。私は平成の大横綱であったわけですよね? それは、事実ですよね? だから相撲胴というものがあると同時に、野球胴というものもあるわけですよね? そうじゃないですか? それが誠さんの胴であるかは、そこは私に聞くより、奥さんの梨恵さんに聞いてくださいね、ええ。私がこれからお話しするのは、ぜんぶ真実なんですよね。ええ。それよりも今岡誠さんが選手会長として、ちゃんと働いているのか、副会長のアカボシさんに全部おまかせしてるんじゃないのか、それを逆にお聞きしたいくらいなんですよね。ええ。どうして分からないのかなぁ。はっきり出てきて、反論したほうがいいと思うんだがなぁ」

 おまえら。
 とりあえずアカホシだ。


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