哀しみのタイガース・ジョーク

 試合に行く途中、盲目の乞食を見つけた岡田監督は、十円をやりながら呟いた。
「かわいそうやな、まったく目が見えないなんて」
 乞食はお辞儀をしながら答えた。
「選手を見る目がないくらいだったら、まるっきり目がないほうが幸せですぜ、旦那」


 阪神担当の新聞記者と阪神のスコアラーが愚痴をこぼし合う。
 阪神担当記者は言った。
「ああもう、やってられないよ。チームはぼろぼろ、監督の采配は支離滅裂だってのに、むりやり誉める記事を書かされるんだもんなあ」
 スコアラーは言った。
「君はまだ読んでもらえるだけいいよ。俺なんか、他チームのデータを調べていっしょうけんめい報告書を書くのに、あの監督ときたら、いちども読んだことがないんだぜ」


 庚申像を見た阪神ファンが話し合っている。
「これこそ岡田監督そのものだ。選手の調子も適性もまったく『見ザル』、コーチの進言もスコアラーの情報もまったく『聞かザル』」
「でも最後の『言わザル』はどうなんだ。岡田監督はのべつうじうじと、責任転嫁の言い訳を喋り散らしてるぞ」
「それを見たファンがあきれてものが『言わザル』なのさ」


 オリックスの伊原監督のもとから、三人の選手が逃げ出していった。
「もう、こんな不人気で弱くて給料の安いチームはまっぴらだ! 俺たちは阪神に行く!」
 しばらくすると牧野が戻ってきた。
「もう阪神はこりごりです。継投策がムチャクチャなんで、自分が先発するのか六回に投げるのか九回に投げるのか、勝ってるときに投げるのか敗戦処理なのか、さっぱりわかりません。いつ登板するのかわからないんで、さっぱり調子が出ないんです」
 さらにしばらくすると、葛城が戻ってきた。
「僕はバッティングが売り物だって口がすっぱくなるほど言ったのに、どういうわけか代走とか守備固めで使うんですあの監督は。そしてエラーすると新聞記者に葛城のせいで負けたって言うし、もうやってられません」
 しかし残りのひとり、いちばんバカでノロマでヘタクソな選手だけは戻ってこなかった。伊原監督は阪神に様子を見に行ったが、なんとその選手は、監督室で葉巻をふかしてふんぞり返っていた。
「もうオリックスには戻らない。阪神は天国だぜ。俺なんか、こども野球入門を読んだだけで、ヘッドコーチに任命されたぜ」


 ダイエーの王監督のもとに、警備員から報告が来た。
「監督、阿呆面をした不審な男が、ワンちゃんに会わせろと言い張っています」
 用心しながら様子を見に行くと、それは岡田監督だった。なんと、血まみれの人間の腕をかかえている。
「どうしたんだね岡田くん、そんなぶっそうなものを持って」
「いや、トレードを申し込みに来ましてん。ウチの秀太とオタクの田之上を交換しまへんか」
「それは考えるが……その腕はなんだね?」
「へえ、見本にと思てな、秀太から切り取ってきましてん」


 試合前の練習で、岡田監督の頭にファウルボールがぶつかり、脳震盪を起こしてしまった。すぐさまトレーナーに連絡がいく。
 「脳震盪?」いぶかしげに猿木トレーナーは問い返した。「そりゃ変だ。私は選手時代から岡田監督を知っているが、あれには脳なんかないはずだぞ」


 岡田監督が和田コーチと練習の相談をしていた。
「あした、昼から守備練習やる。もし雨が降っていたら、夜からやる」
「もし、夜に雨が降っていたら?」
「そんときは、昼から練習や」


「やっぱり前監督がよかったな」
「前監督のほうが勝てるよ」
 と、なにかにつけてファンが言うのを聞いていた岡田監督、
「前監督の評判がええな。わいも早く前監督になりたい」


 阪神の練習風景を見た、西武の伊東監督は驚いて言った。
「投球練習はただストレートを投げるだけだし、打撃練習はゆるいストレートを打ってスタンドに放り込んで喜んでるだけだし、守備練習はまったくないし、ほとんどの選手がダラダラしてるし、いったいこのチームはどうしたんだ」
 それを平田コーチが聞きとがめた。
「じゃ、あんたとこの練習はどうなんだ?」
「うちでは、守備練習はフォーメーションプレーを中心にきちんとやるし、イニングや走者やアウトカウントの状況を想定して陣形を使い分けるし、打撃練習は相手投手の持ち球を考えて、右狙いとか引っ張りとかいろいろやらせるし、投球練習も状況を考えながら投げさせるし、選手が遊ばないよういろいろな練習を組み合わせている」
「古くさいな、それは」平田コーチは笑った。
「そういうのはウチは、去年までにもう済ませたよ」


 阪神ファンの太郎くんは、あるとき本を読んでいてわからない言葉が出てきた。さっそく父親に聞きにいく。
「ねえパパ。バントって何?」
「バント? 聞いたことがないな」阪神ファンのパパは首をかしげる。
「お隣の物知りお爺ちゃんに聞いてみるといいよ」
 太郎くんは隣に行って聞いた。
「ねえお爺ちゃん、バントってなに?」
「バント……バントねえ。たしか、昔に聞いたような気がする。そうだ、うちにある古い事典で調べてみよう」
 ふたりはほこりのかぶった古い本を開いてみる。そこにはこう書いてあった。
 バント。旧弊な野球戦術のひとつ。試合の面白さと選手の自主性を損なうため、阪神においては、ほぼ百年来、ファンから使用を拒絶されている。


 岡田シンパが阪神ファンを集めて演説した。
「みよ、岡田阪神の輝かしい船出を! 不調の伊良部も復帰し、先発投手陣は盤石となった! リリーフは安藤、リガン、ウィリアムスと鉄壁だ! 内野には三十年に一度の大型新人、鳥谷が加入して、いまや十二球団ナンバーワンだ! 外野には葛城が入り、レギュラー争いは熾烈だ! 誰よりも阪神をよく知る智将岡田監督に平田コーチ、中西コーチと人材が集まり、チームの雰囲気は最高! いまや阪神は無敵だ!」
「しかし」とひとりの男が口をはさんだ。
「俺はきのう試合を見てきたが、先発は打たれる、中継ぎは崩れる、打線はつながらない、ボロ負けでベンチはお通夜みたいだったぞ」
「もっと月刊タイガースを読むんだ!」岡田シンパは叫んだ。「くだらない試合なんか見ている暇があったら!」


 満員の甲子園球場だが、阪神はまたもボロ負けしている。スタンドで試合を見ていた夫婦がいたが、夫は突然立ち上がりわめいた。
「もう我慢できない! 何時間も行列して、やっと切符を買って入ったというのに、なんなんだこのクソ試合は! もう許せない、岡田の野郎を殺してやる!」
 そう言って球場を飛び出していった夫のことを心配しながら、妻はとりあえず家に帰って待つことにした。
 次の日の朝、出刃包丁を下げた夫がとぼとぼと帰ってきた。
「あんた、本当に岡田監督を殺しちゃったの?」
「ダメだ。あっちも、えんえん行列だった」


 プロテスタントの一派では安息日を重んじ、日曜日は遊んではならない。そんな教会の牧師のところに、阪神ファンが訪れた。
「牧師さま、あしたの日曜日、野球の試合かサッカーの試合を見に行かないかと誘われています。どうしましょうか?」
「野球を見に行くのはいいが、サッカーはいけない。なぜなら、安息日に楽しいことをしてはならないからだ」


 吉野は不調のため、中西コーチつきっきりでフォームの調整を行った。練習場から出た吉野は呟く。
「もう何がなにやら、わけがわからなくなった。あのコーチの指導を受けていると、俺が上手投げなのか、横手投げなのか、下手投げなのかわからなくなってくる。それどころか、俺が右投げなのか、左投げなのか、そもそも投手なのか、野球選手なのか、あの男は本当にコーチなのかさえ……」


 岡田監督と平田コーチと中西コーチがドライブに行った。道の真ん中に牛が寝そべっていて進めない。岡田監督が押したり引いたりしたが、牛は微動だにしない。平田コーチがバットでぶんなぐったが、牛はなにも感じない様子だ。ところが中西コーチが牛の耳元でなにかひとこと囁くと、牛は慌てて起きあがり、逃げていった。
「すごい! いったい、牛に何と言ったんだ?」
 中西コーチはなんでもないように、
「いや、ただ、フォーム改造するぞ、って言っただけさ」


 佐藤コーチは大敗している試合中にブルペンを見て仰天した。安藤とリガンが汗みどろになって投げている。慌てて中西コーチに聞いた。
「おい、いったい、あの二人をいつから投げさせてるんだ? 何球?」
「試合開始からですよ。もう300球は投げてるかな」
「バカ、ふたりを潰すつもりか! 試合で使わないのに投げさせたりして!」
「僕はバカじゃありませんよ。ちゃんとふたりを酷使しないように、試合では使わないことにしてるんですから」


 井川は平田コーチに、岡田監督に対する不満をぶちまけた。平田コーチは慰める。
「まあ待て、お前は岡田監督を悪く言いすぎる。阪神はだんだんとよくなってきているよ。考えてみろ、去年まではお前が勝ったら、誰の功績になる? 監督だ! 新聞で誉められるのは誰だ? 監督だ! ところが今年、お前が負けたら、誰の責任になる? 監督は誰を責める? お前だ! 完全に、お前だけだ!」


 秀太選手は監督室に呼び出された。
「オマエはトレードや。ダイエーに行ってもらう。ついては最後に、なんでも望みをかなえてやる。スタメンがええか、セレモニーがええか?」
「そうですね、では阪神の想い出に、岡田監督の墓に花束を供えたいと思います」
「わいはまだ死んどらんぞ」
「待ってもいいよ」


 阪神タイガース、25年ぶりの優勝。盛大な祝賀会が行われた。そのなかでたったひとり、さめざめと泣いているファンがいる。
「どうしたんだお前、こんなめでたい席で泣いたりして?」
「いやね、俺は、岡田監督が就任した年、あんまり腹が立ったんで殺してやろうかと思ったんだ。でも弁護士に相談したら、殺人罪は懲役20年くらいだろう、って言われたんで諦めたんだ」
「それで?」
「いま、しみじみ思うんだが、あのとき殺していれば俺もとっくにシャバに出られたし、優勝だってもっと早くしていたんだろうなあ」


 桧山はランナーがいないと打つのに、チャンスではどうして打たないのか?
 控えめな韓国人は、打点のような功績は日本人に譲るのである。


 鳥谷はなぜ、さっぱり打てないのか?
 二年目のジンクスを防止するためである。


 暑くなってきたのに、金本はなぜいまだに打てないのか?
 チームがぬるま湯になったからである。


 岡田監督は投手の使い方がなぜ無茶苦茶なのか?
 物事にはすべて発展段階というものがある。岡田監督はついに、リガンとウィリアムスとモレルの見分けがつくようになった。大いなる前進である。おそらく来月までには、桟原と安藤の区別ができるようになるであろう。


 「ノムラの考え」と「オカダの考え」の違いはなにか?
 「ノムラの考え」は難解で、阪神の選手には理解できなかった。
 「オカダの考え」は岡田監督にも理解できない。


 岡田監督は言った。
「阪神ファンはみんな馬鹿で図々しい。馬鹿だというのは、大事なチームを私のような人間に預けるからである。図々しいというのは、そんな馬鹿な真似をしておいて、勝つことを求めるからである」


 岡田監督は史上最高の名将である。
 なぜか?
 たった二ヶ月で、優勝チームを完膚無きまでに叩きのめした。


 悲観論者は言う。「ひどいもんだ。阪神はたった二ヶ月で、もう下がりようもないどん底の状態になっちまった」
 楽観論者は言う。「まだまだ、余地はあるよ」


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