善人たちの聖夜

 あいもかわらずおれと北原は、クリスマスの街をのんだくれていた。
「判で押したような生活ですなあ」
「なにも変わる要素がないからな」
「私はいささか変わりましたぞ」
「なにかあったのか」
「結婚しました」
「それで、こんなに飲んでていいのかよ」
「結婚くらいで生活が変わるような人生は送りたくないのですよ」
「それ、既婚者の七割からおもいっきり反感を買う発言だぞ」
「残りの三割からは負け惜しみだと思われるでしょうな」

「だいたい、あなたも親しい人の喪に服すのが人の道では」
「いやまあ、別れの杯だから」
「何回別れてるんですか」
「まあ、ええ相方やったなあ」
「なぜいきなり大阪弁。そもそも、男女の関係はなかったのでござるか」
「ないない。ちっともない」
「一緒に旅行まで行っておいて、信じられませぬな」
「信じられなくても本当になかった。ひたすら酒飲み友達」
「そして漫才の相方」
「どこまでツッコんでも受けてくれたからなあ。邪道と言われようと、おれは他サイトいじりと楽屋落ちが大好きなんよ。あの人がいなくなってから、他の人間をいじりにかかるんやが、どうもいまひとつ。ここまで言ったら怒ったんじゃないか、気にしてたんちゃうかなと、後悔しながらやからなあ」
「そのわりには、やりまくってますが」
「ええ相方やったなあ」
「泣きなさんな」

 ふらふらと通りを歩くおれと北原の前に、恰幅のいい老人が立ちはだかった。
「またこのパターンか」
「七味唐辛子はこないだ買いました」
「わしは七味唐辛子売りではなーい! サンタクロースであーる!」
 赤い服の老人が叫ぶと、その背後からわらわらと数人の人物が登場した。
「また戦隊もののパロディか」
「ネタにしても陳腐きわまるものですな。いまどき、ライトノベル業界ですら、少女戦隊もの、美少女名探偵もの、見知らぬ許嫁や妹が突然家にやってくるもの、このパターンは門前払いされているそうですぞ」
「ライトノベルを野放しにしすぎたのが、最近の若手の想像力不足に影響してるよなあ」
「うるさーい!」
 サンタクロースは絶叫した。
「わしらは美少女でないからいいのじゃ!」
「強引が過ぎますな」
 北原は評した。

「とにかーく!」
 サンタは叫んだ。
「わしらは、この聖なる夜を汚す悪人を許さなーい!」
 サンタの衣装がみるみるうちに赤から黒に変わり、頭からは角が生えはじめた。
「わしはクリスマス善人軍団のひとり、サンタ黒牛」
 突進してくるサンタの攻撃を、おれは刹那の見切りでかわした。サンタは後ろにいた酔っぱらいの腹に角を突き立て、酔っぱらいは酒臭い血を吹きながら絶命した。
「わたしはクリスマス善人軍団のひとり、消毒太子。この汚れた世を消毒してやる」
 タラコくちびるにチョビヒゲ、だぶだぶした服に身を包んで変な髪型の男は、いきなり持っている杓から泡を吹きだした。その泡を浴びたカラオケ店員がみるみるうちに溶けてゆく。
「ほっほっほ、わしはクリスマス善人軍団のひとり、マリモ良寛。子供の心を失った人間は地獄の業火に焼かれるべきなのじゃよ」
 頭巾をかぶったじじいの顔がぶくぶくとふくれあがり、緑色になって毛まで生えてきた。そして腕にくっついている同じような緑のボールを投げつける。エロビデオ屋から出てきた客たちが、そのボールにぶつかってボウリングのピンのように吹っ飛ぶ。
「この着ぐるみはカイメングリーンの使い回しですな。予算が足りないのでしょう」
 あやうくボールを避けた北原は、こう感想を述べた。

「わしはクリスマス善人軍団のひとり、トルストインコ。悪書を読むな、小説を読むな、わしの本など読むな!」
 髭面のロシア人らしき男は巨大な鳥へと変身し、ウラ本屋の店員の目玉をつついてえぐり出す。
「そしてわたくしが、クリスマス善人軍団の紅一点、マーダー・テレサ! 神を信じない者は皆殺しじゃ、ほほほほほ!」
 バテレンの尼さんの恰好をした老女は、いきなり腕が化したマシンガンを乱射し、麻薬の売人やストリートロッカーをなぎ倒してゆく。
「あれはマシンガンスネークの改造ですな」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
 おれは北原の腕をつかみ、駅の方向へ走りだした。
 とにかく寒くてたまらなかった。
「それがオチかよ」
「それでオチになると思うようでは、もうダメですな。つまらないものを書くくらいなら、更新しない方がマシです」
「それを言うな。新しい芸風を模索してるんよ」
「ぼやき漫才にしては、中途半端ですな」


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