花粉症とアトピーと私

 そういう病気にとっつかれようとは、夢にも思わなかった。
 先日ご厄介になった家でのこと。家主がなにかというと背中を掻いては、妻でもない女性に「ほら、そこ掻かない!」などと一喝されているのであった。聞けば、アトピー性皮膚炎だとのこと。アトピー性皮膚炎は皮膚が乾燥してかゆくなるが、掻くのは禁物だとのこと。
 「そういえば私も足の甲がかゆいんですよね」と、私も掻きすぎでカサブタ状となった無惨な生足を見せる。するとその女性、瞬時に
「それ、アトピー」
 と鑑定してくれました。

 まさかアトピーなどという病気にとっつかれるとは思わなかった。
 私の知人では、アトピーの子供を持つ親が数人いる。なんでもものすごい食事制限があるらしい。特に蛋白質が厄介で、卵はダメ、小麦粉も普通のはダメで無農薬でないとダメ、チョコレートなど油脂を含む菓子もダメ。そういうのを食うと、たちまち全身に湿疹が出てかゆかゆになってしまうらしい。
 自分自身がアトピーである知人もいる。蕎麦アレルギーで、蕎麦を食べると失神する人もいる。皮膚が敏感になりすぎて直射日光にさらすとすぐ発病するため、真夏でも黒い長袖に身を包む妙齢の女性もいる。その人、先日タイに出かけて熱射病でぶったおれたらしい。
 アトピーというのは、そういう子供とか子供っぽい人がかかるものだとばっかり思っていた。ほら、なにせ語感も「アトピー」って、可愛いでしょ。のりピー、アトピー、マンモスラッピー。

 そういえば私の発病もタイからだった、と思い出す。
 二十日ほどタイをうろついて帰国したあと、足の甲がかゆくなったのだ。なにせ東南アジアだから、妙な病気をもらってきたのではないかと心配した。いや、妙なお店とか行ってませんってば。でもむこうの蚊が媒介する病気だとか、ゲストハウスのベッドで前に寝ていた人の病気だとか、そういうものかもしれないと思って怖かった。象皮病、とか、笑い病、とか、骨ぽろり病、とか、子供のころ読んだ「世界の奇病と業病」に登場する様々なおぞましい病名が心に浮かんだものだ。
 しばらく症状は足の甲だけだったのだが、やがて頬っぺたの皮がむけてきた。頭をかきむしることが多くなってきた。そのうち、酒を飲んだときや風呂あがりなど、充血したときに全身がかゆくなるようになった。それでも症状はそこから進まず、足の甲を除けば、我慢すれば我慢できるかな、という程度にとどまっていたので、あまり気にとめていなかったのだ。

 アトピーと指摘されてから、アトピー関連の情報を集めてみた。
 やはりストレスや食生活が発症の原因らしい。その中に「アトピーになりやすい食生活」というのがあって、読んでみたら、そらあんた、まったくドンピシャで、これまで三十年余、アトピーにならなかった方がおかしい。
 まず筆頭要因がアルコール。なんでも肝臓で分解しきれなかったアルコールを皮膚から放出しようとして皮膚がかゆくなるらしいのだ。これまで肝臓には負担をかけてきたからなあ。
 それから肉類、油脂、揚げ物。私はトンカツをこよなく愛し、唐揚げも愛する者だから。トンカツはもちろんロースでなければ許せない者だから。スキヤキの脂を食べる者だから。
 さらに香辛料。辛いものは非常によくないらしい。カレーやマーボー豆腐やキムチをよく食べ、なんにでも唐辛子をひとつかみ放り込むのが癖だから。香菜もネギもタマネギも大好きだから。
 煙草は吸わない、甘いものは食べない、納豆や豆腐を好む、などというプラス要因をおぎなって余りあるアトピー性食生活といえよう。ひょっとしたらタイで発病したのも、いつもにも増して辛いものばかり食っていたからであろうか。

 というわけで、めでたくアトピーと認定されたわけだが、さてどうしよう。
 この程度の症状で病院に行くのも億劫だなあ。金もかかるし、どうせすぐには治らず長期通院になるだろうし。
 なによりも病院に行けば、食生活の改善を迫られるだろう。それがなあ。
 酒やトンカツやカレーやマーボー豆腐を絶って健康になるか、それともアトピーを我慢してうまいものを食いうまい酒を飲むか、という選択を迫られたら、躊躇なく後者を選んでしまうものだからして。
 もっとひどくなって我慢できなくなったら病院に行こうかなあ<他の患者さんは真似しないように。


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