都市

「ううむ、困った」
 火星植民地総督は腕組みをして唸った。
「これを見て理解しろという方がまちがっとる」
 総督の前には大きな地図。火星植民地の都市名が書き込んである。
 この時代、火星には地球の各国から移民が押し寄せていた。アメリカから、日本から、ロシアから。新しいフロンティアを求め、続々と火星での新生活を夢みてやってくる人々がいた。それらの人々は、だいたい地球のコミュニティを維持していた。つまりアメリカ人はアメリカ人、日本人は日本人と、元の国籍が同じ人同士で集まる傾向にあった。そのため、火星植民地は各国の移民センターに大幅な権限委譲を行った。植民政策、都市の建設、都市政策、住民対策、それらの政策は各国移民センターの自治に任されていた。そして、都市の命名も。
「困りましたね」
 総督の前に立つのは火星地理院院長。ようやく火星の地図を完成したのだが、満足の表情は見られない。苦渋の表情を浮かべている。
「やはり、都市の命名は総督権限にした方がよかったのでは……」
「今さら遅い」

「だいたいアメリカ移民センターがいかんのです。あそこが最初に、あんな適当な地名をつけちまったもんだから」
「あれはひどいですね。ニュー・ニューヨーク、ニュー・ニューハンプシャー、ニュー・ニューボストン」
「ニューを付ければいいと思ってやがる」
「イギリス移民センターが、よせばいいのに、ニュー・ヨーク、ニュー・ボストンなんて地名を作って対抗したもんだから」
「大混乱になりましたね」
「パプア移民センターがよせばいいのに真似して、ニュー・パプアニューギニアなんてつけちまったもんだから、ギニア移民センターのニュー・ギニアと混乱したこともありました」

「しかし、ニューなんか可愛いよ。中国移民センターがなあ」
「あの、西北京市、東北京市でしょう」
「おまけに北西京市、西東京市、中南京市と作りやがって」
「しかもそれが、火星都市の相互関係で東西南北を付けたんならまだいい。本家の地球の都市から見て、わずか北だとか西だとかいって付けやがったもんで、北西京市の北に南東京市が、東南京市の東に西西京市がある有様で」
「日本移民センターがこれまた、新東京市、西東京市、東東京市、中東京市、新中東京市、新東東京市、東新中東京市と、エスカレートしっぱなしで」
「あのイエローども、東京とつけばいいもんだと思ってやがる」
「総督、それは差別用語です」
「やっぱり、地名の命名を各移民センターに任せたのがよくなかった」
「まったくです」

 そこへ植民官が駆け込んできた。
「なにごとだ」
「総督、ロシア移民センターからの緊急連絡なのですが……」
「どうした」
「本国でクーデターが起きたそうです」
「火星には関係のないことだ」
「それが大ありなんです」
 植民官は息を大きく吸い込み、
「今回のクーデターでイワン八世王朝とカラマーゾフ内閣は崩壊し、代わってジュガリニコフ将軍とチョチョシビリ長官の連立政権が成立しました。そのため、ロシア移民センターの、イワングラード、カラマーゾフスブルグは、それぞれ、ジュガリニコフグラード、チョチョシビリブルグと改名されます。さらに、ネオモスクワのイワン八世通り、カラマーゾフ通りはそれぞれ、ジュガリニコフ通り、チョチョシビリ通りと改名されます。そしてまた……」


戻る               次へ