センチメンタル ジャーニー 第十話 音声

永倉 えみる
EMIRU NAGAKURA
〜 はてしない物語 〜
記録: 神木(version 0.7)

もう、何年、こうしてこのあたりにいるのでしょうか ‥‥ しかし私は、はてしない物語の一員になってしまったのですから、 もう、それが運命であると心に決めて、ずっとずうっと生きています。
私ですか ‥‥? まあ、それはおいおい分かることですから。
あ、それより ‥‥

カラカラカラ ‥‥

彼女です。

来るよ、来るよ、‥‥ クスクスクスクス‥‥ あの子が来るよ ‥‥
「ふにゅう?」

やっぱり来てしまった、あれほどいけないと云ったのに。 どうやら、私の心の叫びは残念にも伝わらなかったようです。
こうなったらもう仕方がない、 皆さんと一緒に彼女を見守りながら、ひとときを過ごすことにしましょう ‥‥

きっと、多分、これもまた、果てしない物語のごくごく僅かではありますが、 一部となるのですから ‥‥


「ん、しょ、
あああ、ラムネ瓶さん、‥‥
よかったりゅん、中庭のほうはまだだ、 いま掘り出してあげるりゅん、
っと、」

来たよ、来たよ、
「待っててくれてるよね、ラムネ瓶さん。
私の思い出と未来をずっとずっと抱きしめて」

バサバサバサッ、ギャア、ギャア、ギャア‥‥

「ふ、
う、なによぉ、じゃましないでよぉ!」

ギャア

「え、ふえ、
う、そういえば ──」

「‥‥ ねぇねぇ、知ってるぅ? 生まれてから何十年も、何百年もたつと、 物にも霊が宿るんだって」
「へえ」
「付喪神っていうんだよ ‥‥」
「つくもがみ ‥‥」
「この校舎にも、実は霊がやどってたりして ‥‥」
「へ、あ ‥」
「きゃあ、恐いっ!」
「あ」
「は、あはははは ‥‥」
「いらっしゃるんでしょうか? 付喪神さま、どきどき ‥‥」

ギー ‥‥

「うーん、ふん、っと、‥‥
わ、わあああああ、」

ガッシャーン、
ギャアギャアギャア、‥

「はぁ、‥‥ 塔の逆位置、‥‥ 破滅!」

「あ?」

ザ、ザーーーー

「うそ、うそ、
いやああああーん、
もう、なによこれぇ!」

もう帰さない
「誰?」
お前がここから帰るのはお前がお前でなくなった時だ
「なにそれ、冗談ポイだよ」
ふっふっふ、そうだろうか?
「濡れてない、だって、どうして、そんな!」

ガラン、

「はあ、あ、土足でごめんなさい!
はっ、はっ、はっ ‥‥」

ガランガランガラン‥‥

「なんで? 誰なの、
なんでこんなことするの?!」

この場所を公園などにさせない、この場所は私の住処だ。
「だからって、どうして私なの?」
それはお前の希望でもあるはず。
「希望ってなに? 私そんなこと頼んでない!」
私にずっと生き続けて欲しいと想いを送ったではないか?
「え?」
願いどおり私は生きてやる。お前の身体を新たな魂の依り代としてな ‥‥
「う、こんなこと、お願いしてないってばあ!
えっ、えっ、えっ、えっ、‥‥
ああー」
ドタン
「幻‥‥? そっか、雨とおんなじ、
霊だから、幻みせるくらいしかできないんだ。
‥‥ 恐がって損しちゃった、
うん、よっと」

「‥‥ なんにも、いないよね‥‥?
もうすぐだよ、ラムネ瓶さん。
ん、うーん、
‥‥? よし、うっ、ううううううう」

ギーー

「やったぁ、
‥‥‥ どうして?」

逃げられはせん。 この校舎は私の身体。お前は私の身体の中にいる。
「いやああああああ ‥‥」
どこに逃げようと同じことだ。 さあ身体をよこせ、 よこせ、 よこせ、 よこせ!
「いやいやいやあ ‥‥!」
えみる?
「えみる! こっちだ、えみる!」
「その声!」
「早く、こっちだ!」
「ダーリン!
ふう、ふうふう ‥‥」
無駄なのが分からぬか
「ダーリン、守って!」
さあ、‥‥
止めろ、そこへ入ってはならん!
「お願い、‥‥ うううう、」

タ、タ、タ‥‥
「そっか、そうだったんだ。 ありがとうりゅん ‥‥」

はあ、よかった。私にできるのはこれくらいです。
ははははっ、可愛い寝顔ですねぇ。

そうそう、ここは彼女にとって一番安心できる場所だったのです。
えーと、もうどれくらいになりますか、そう 7 年も前、あの時も同じでした。 お姫様が眠っている間に少しそのころのお話をしてみましょう ──


小学生のころ、彼女は少し変わった、いえ変な子と思われていました。

「あ」
「ここんとこ、テストにだすぞ。
永倉どした、‥‥ こんどはなんだ」
「UFO だよ」
「え、うそうそ!」
「みえないじゃん、うそばっかり」
「ほら、さっさと席にもどれ!」

まあ、きっかけはそんな小さなことでした。 そして、彼女自身も自分とみんながちょっぴり違うということに だんだんと気付いていきました。

「見えないんだって。みんな」

「コロボックルさん、出て来て下さい」
「幽霊女ぁ、」
「うそつきー」

みんなより余分に夢を見る女の子、小さいころからずっと彼女はそうでした。

「今日から皆の仲間になる」
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」

それが、彼女にとって運命の出会いの始まりでした。

「旧校舎さん、みんなはあなたが寂しそうにしてるなんて感じないんだって」

「あ」
「なんか、気の弱い妖怪が棲んでいそうだよね」
「信じるの? 妖怪」
「うん。はいってみようか、探検」
「うん!」

「どなたかいらっしゃいますかあ?」

彼女の心臓が、どってこ、どってこと大太鼓のように鳴ったのは、 けっして、その冒険のためだけではなかったと思います。

「ふあ、あ」
「あ」
「!」

お互いが大切な存在になるのにそんなに時間はかかりませんでした。

ミーンミーンミーン ‥‥

「ふるんるるん、よっと、‥ あれ?」
「勝ちい!」
「走ってきたのにぃ!」

「幽霊みたことある?」
「まだない。あるの?」
「うん、おじいちゃんが死んだ夜、 ちゃんとピーマン食べなさいって」
「へえ」
「それからピーマン食べられるようになったんだ」
「おじいちゃんのおかげだね」
「今日が命日なの」
「‥‥ そうなんだ」
「だから、今いっしょにいるかも」
「ふうん、‥‥ そうだ、じゃあこれ、おじいちゃんの分」
「ありがとう」

それは幸せな時間だったことでしょう。 えみるにとってなんでもないことがなんでもなく話せる唯一のひととき。

「テトラテトラ、UFO さま、どうか私達のもとにおおり下さい」
「ペントラペントラ、UFO さま、どうぞ私達のもとにおおり下さい」
「ペントラペントラ、UFO さま、どうぞ私達のもとにおおり下さい」
‥‥

「ああ?!
‥‥ かっぷしるこ、食べよっか」

「これなに?」
「魔法陣」
「魔法陣?」
「うん。なにがあっても、どこにいても、 この魔法陣を通して、僕の力を君に送れるように」
「え、えへ、うん、やだなあ、もう、えへ、 照れちゃうじゃない、いきなりそんなあ、うふ、もう、うふふふ、
あれ? ラムネの瓶だ‥‥」
「どうしてこんなところに」
「っと」

この建物ができた大正 8 年、 大工の一人が休憩時間にラムネを飲んで、 その空き瓶であるこの私をこんなところに置き去りにしたのですが、 まあ、そんなことは彼女達にはどうでもいいことでした。

二人は私を奇麗に洗ってくれました。 私に反射した光できらきらと輝く彼女の顔を今でもよっく覚えています。 しかし、それが、彼女と彼の最後の思い出になってしまいました。

「うそ、うそりゅん!」
「ごめん」

彼はそれからすぐ引っ越さなければならなくなったのです。

「やだやだやだやだりゅんっ」
「ごめん」

「これをここにいれて、一緒にタイムカプセルにしよ?」
「‥‥ うん」

それは大きくなって再会し、今と同じように遊ぼうね、という約束を込めた手紙でした。 そう。彼女は二人で埋めた私を守る為にここに来てくれたのでした。
だから私も、彼女を守らなければ。


「えみるちゃん、えみるちゃん!」
「はっ、ダーリン?」
「ここももう危ない、すぐに出るんだ」
「ダーリン、来てくれたんだ ‥‥」
「早く!」
「ダーリン!」
「こっちだ!」
「待って!」

行くな、えみる!

ふっふっふっふっふ ‥‥
「んしょ」
「こっちこっち‥‥!」

「いしょっ」
「ここだよっ」

「まって、
っしょ、」

ゴ、ゴゴゴゴ‥‥

「バカだな ‥‥」
「え? う、わあああ、
ダーリン?」
「バカだな。
ほんものの僕がくるはずないだろ?」

── くるはずないだろ? そう。来る筈がないのだ。

「どうして、どうして、こんなにしてまで私を」

未練が、未練が旧校舎の霊をそうさせているのです!
思い出を捨てなければ。 ああ、私の声は彼女には聞こえない! このままでは彼女は!

お前はあのラムネ瓶を守るためにここへきた。それは何故だ?
「なぜって、なくなっちゃ嫌だから」
そう。なくなってしまうことは悲しいことだからな。
形がなくなれはやがて人は忘れてしまう。
形が消え、人々にも忘れられたら、それは永遠に無だ。
だから私は形が欲しい。お前の身体が必要なのだ。
「‥‥ そうだったんだ」

納得してはいけない! 身体が乗っ取られたら、 自分の存在が自分でなくなってしまうんですよ!

「いいよ」

ああっ、純粋すぎます!

「この校舎が無になっちゃったら、 私とダーリンの思い出もなくなっちゃうもん。
だから、いいよ。私の身体、欲しいなら。私の中で校舎さん、 ずっとずっと生きてて欲しいから」

だめです、そう考える自分がもういなくなってしまうんですよ!

「あれ?」

はぁ?

「違うよ。違う」

もう遅い。
まもなくお前の身体は
「でも違うよ。 思い出はなくならないんだ。 そうだよ! たとえこの校舎がなくなっても私の思い出がなくならないかぎり校舎さんも永遠だよ。 そんでもって、私が死んでも、私の思い出は永遠だよ」
永遠、思い出は、永遠 ‥‥


ザーーーーー

「あれ、夢、だったのかな ‥‥」

「よ、いしょっと、」

「は、ん」

ギ、コロコロ ‥‥

そうなると、私はいったいなんなのでしょう?
いいえぇ、これは決して夢などではありません。

「ばいばい、ラムネ瓶さん」


ミーンミーンミーン ‥‥

「うふっ、ひさしぶりにきてみれば。
みんな、元気ぃー、あはっ、
いってきまーす! あははっ」

そして、わたしも永遠になりました。きっと、多分、あの子も大人になって、 夢だけでは生きていけなくなるのでしょう。

でも、私は安心しています。 だって、それでもあの子が夢をなくすことはないでしょうから。
だから、私もずうっとずっと、 このいつまでもつづく果てしない物語の一員でありたいと思います。

── ところで、私の中の紙に書かれた日付、覚えているんでしょうね ‥‥?
「え?」

── FIN.

モブ声とか、叫び声とか、正しく写し取ることができない声も多かったが、 かんべんして mOm

データシート。

製作: サンライズ
放送: テレビ東京 Jun. 17, 1998; 25:45 - 26:15.
CAST: 永倉 えみる前田 愛
ラムネ瓶青野 武
学校霊大友 龍三郎

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